【前回のあらすじ】


添い遂げてから新居での初夜を迎えた二人。改めて、お互いが大切な存在であることを再認識する。


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【十六夜の月】第19話



カタンッという音がしてふと目を覚ますと、隣にある筈の温もりは無く。慌てて飛び起きて居間へと向かい、台所で水を飲む沖田さんの背中に声を掛けた。


「お、おはようございます…」

「…起こしてしまいましたか」


ここから屯所までが結構離れている為、まだ薄暗い早朝に家を出なければならない。割り切ってはいたものの、いざその時を迎えるとどうしても寂しさが込み上げてくる。

「今夜も、なるべく帰ってくるようにします」

「…無理はしないで下さいね」

「はい。でも、」


沖田さんは土間付近まで歩み寄り、「私がそうしたいのです」と、言って微笑む。


「沖田さん…」

「そろそろ発たねば」


その視線が居間の隅に置かれていた刀に向けられてすぐ、私はその刀を取りそのまま沖田さんに手渡した。


「…どうぞ」

「ありがとう」

「少しでも具合が悪くなったら体を休め、お薬もちゃんと飲んで下さいね」

「はい、では行って参ります」

「いってらっしゃい」


家を後にする沖田さんを見送って間もなく。しばらくの間、しーんと静まり返った部屋に佇みながら、昨夜のことを思い出してどんどん頬が真っ赤になっていき。


(…初夜、迎えちゃったんだよね…)


頬に添えた指先がどんどん熱くなっていくと同時に、自然と顔が綻んでしまう。


特に、『貴女を諦めなくて良かった』と、言って貰えたことが何よりも嬉しくて。


二人の生活が終わりの時を迎えるその日まで、もっともっと沢山の愛の言葉を伝え合いたいと思っていた。



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*沖田SIDE*


私が屯所へ辿り着いた頃にはもう、数名の隊士らが朝餉の準備をし始めていた。


「沖田さん…」

「おはよう」


台所に向かうと、少し驚愕の表情を見せる斉藤くんと目が合う。


「あまり無理をしないで下さい」

「大丈夫、最近は調子が良いのだから…」


と、言いながらも薬の効果が切れたのか。久しぶりにやって来た息苦しさに胸を抑えた。


「……うっ…」

「沖田さん!」


堰を切ったように出始める咳を止めることが出来ないまま、急いでその場を後にしようと廊下を歩き始めたその時、


(……!)


少量だが手の平にそれを受け止めた。


「すまない、水をくれないか…」

「はい!」


咳を堪えつつ、斉藤くんの足元を見つめながらそう言うと、持参していた薬を取り出し口に含む。


「水です」


湯呑を受け取り、すぐに飲み干すものの一度出た咳はなかなか止まることは無く。


「大丈夫ですか?」

「…ああ……」

「その様子は大丈夫ではなさそうですね。部屋で休んで下さい…」


こんな時、未だにどうして己がこのような目に合わなければいけないのかという想いに苛まれることがある。


私が何をしたというのだろうか、と。


斉藤くんに肩を借りながら、以前の自分の部屋へ辿り着くと、素早く布団を引き始める斉藤くんに声を掛けた。


「…すまない」

「何を言っているんですか」

「君にはいつも世話になりっぱなしだ」


布団に横になる私を見下ろしながら、彼は泣き笑いのような顔で言う。


「沖田さん、この際ですから言わせて頂きますが…」

「…お小言かい?」

「はい…」


お互いに視線を外したまま、彼が言いそうな言葉を思い浮かべた。


「最期まで新選組として生き続けたいという気持ちは分かります。ですが、家族を持たれた以上は…」


(…やっぱりな…)


「私も、そのつもりだ」

「ではなにゆえ、」

「春香さんが、言ってくれたんだよ」

「え?」


彼の少し怒ったような瞳が、驚愕の色へと変わる。


「これからも、新選組として生きる私を支えたいと」

「…………」

「春香さんは、私が思っていた以上に芯の強い方だ」

「そう…でしたか」


少しだが納得してくれた様子の彼に微笑み。だからこそ、新選組として生き続けなければならないのだということを告げると、彼は視線を落としたまま小さく溜息をついた。


「…俺に出来ることがあれば何でも手伝いますから、遠慮なく言って下さい」

「ああ…」

「朝餉はこちらへ運びます」


そう言うと、彼は小さく一礼して部屋を後にした。


(…やらねばならぬことがあるというのに…)


私は、見飽きた天井を見つめ、歯痒さでいっぱいになりながら唇を噛み締めた。


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*土方SIDE*


総司がそのようなことになっているとも知らずに、俺は江戸から戻った近藤さんにあの書状を手渡し、今までの経緯を告げていた。


「総司に…」

「ああ、総司もそれを承諾している」

「…………」


顎に触れたまま厳しい顔つきの近藤さんを見やり、ただ次の言葉を待つ。


「局中法度は絶対なり。ましてや、総長がその規律を乱したとあっては切腹は免れん」

「…ああ」

「だが歳、お前はどう思っている…」

「俺は、局長の意見を尊重するのみだ」

「それは、本心か?」

「…………」


心の中を見透かされたような言葉に一瞬、動揺を隠せずにいたが。隊の規律を守る為にも、必要不可欠であることを伝えると、近藤さんの眉が更に顰められた。




あの日。


総司が山南を連れて戻った後、俺は山南からの申し出を受けていた。


『土方くん。最後にもう一度、手合せ願いたい』


刀を抜き払う奴の真剣な顔を脳裏に焼き付け、切っ先が合わさる度に死を覚悟した男の本気を感じ。


お互いに息を乱す中。

奴は自らの刀を遠くに見やった後、その場に跪き泣き笑いのような顔で俺を見上げ言った。


『私の負けだ、土方くん。だが…これだけは言わせてくれ』

『…………』

『君らのやり方には虫唾が走る想いだった。それでも決して、君らが憎かったわけではない。ただ、私は……』


───頼む、心を改めてくれないか。


少し虚ろな瞳がじんわりと滲み始め。

俺は何を言う訳でもなく、ただあいつの言葉を聞いていた。



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~


「何もかも承知の上だと聞いた。それとも、今更局中法度を曲げる気なのか?」


近藤さんの表情は険しいままだったが、忙しい身の上である立場も考え、それだけ言って俺は部屋を後にしたのだった。


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それから、部屋へ戻ろうと総司の部屋の前を通り過ぎようとして、ふと襖が閉まっていることに気づく。


(…?)


ゆっくりと襖を開けると、布団の上で仰向けに眠る総司の寝顔があった。


(…総司)


音を立てぬように閉めようとして、あのいつもの声に呼び止められる。


「土方さん」

「…起こしてしまったか」

「ふふ、それだけの気配を受けて起きぬ訳が無い」


布団の傍に腰を下ろし、山南の切腹が明日行われることを告げると、総司は哀しげに微笑み言った。


「明日、ですね。承知しました」

「それよりも、大丈夫なのか…」

「少し咳が出て…」


(こいつが布団に潜り込んでいるということは、余程調子が悪いに違いない…)


「ねぇ、土方さん」

「なんだ」

「どうしても、特例を出すことは出来ぬのでしょうか…」

「…………」

「やはり、私は納得がいかない」


(俺だって、近藤さんだって同じように思っているさ。けれど、今の俺には山南の運命を変えることは出来ない。)


「あいつは、昔から変わらねぇ。日野の地にいた頃からな…」

「そう…ですね」

「だが…」


───それでも、譲れない道がある。


「では…」

「もう二度と、同じことを言わせるな」


悲痛に歪められていた総司の眼が、能面のように無表情なものへと変わって行き。やがて、哀しげに微笑みながら俺を見上げた。


「私は、地獄の果てまでついて行きますよ」



後悔すると知りながら、変えられぬ己がいる。


俺は、本物の鬼になろうとしていた。





【第20話へ続く】




~あとがき~



十六夜の月も、もう19話目に。

書く度に、沖田さんの命が短くなっていくし…次回は、いよいよ山南さんの…。


はぁ…。

史実はどうなんだろう?


もしかしたら、このような会話は無かったかもしれないけれど、こんな会話してくれていたらいいな…なんて、思って書きました。


今回、初めて土方さん目線でも挑戦しましたが…。難しいぃなぁ;


命の尊さ。

土方さんも、沖田さんも…身を持って感じることになるのだろうな…なんて。



ヽ(;´Д`)ノ