質問コメント4、12、14でいただいた内容へのお返事を書いていきます。
touchanさんとはコメント欄で何度かやりとりをしていますので、その過程などは書ききれませんので、記事内では反映されないことも多いと思います。今回は、コメント欄内にいただいた情報をメインとしてお返事させていただきます。
今回のコメント欄でいただいた情報を以下にリストします:
・民間のカウンセラーより境界性パーソナリティ障害、依存性、強迫性、演技性の、4つの人格障害があると言われたことがある
・スカイのブログ内で「生まれついての歪みを持った子が一族にはいる」と過去記事に記載されていた内容に心底、安心したことがある
・1個人に強い想いが集中し連続することがある、日々の困り感はそれがメインかもしれない。(「最近、心の距離を自然に遠くしたりできれば、スーッと自分の前から消えていくというか、関わらなくなれる感じにはなる」)
・発達凸凹の専門医より、一見するとグレーゾーンだが強いASDとADHDが潜在すると言われている
・1つのことに過集中、掘り下げる性質(父親と似ている)
ご質問内容:上記のようなtouchanさんに、それなりの良いアドバイスか過去記事があれば。
とのことでした。
追加の2つのコメントは書き出さず参考とします。理由は、「発達障害の特性の自覚以前と自覚以後」でtouchanさん自身が変化していると感じるためです。よって、過去のケースは「自分の特性に自覚がないまま迷走し、頑張って自力でサバイバルした」成育歴として参考としました。
そして、アドバイスできる範囲ですが、touchanさんは問題の根底である「特性の理解」の部分を大規模に取り掛かっておられますので、ほぼ問題解決の道が終わりかけている、と感じています。今現在四苦八苦されている「苦労」は、特性理解の次の段階にある、最終段階の「現実でそれなりに上手くやっていく自分オリジナルの工夫の発見と確立」の所なのだろう、と思います。
私は発達凸凹の親族の情報のみから、相談された内容の例として適切と思われる部分をはじき出しているだけの素人ですので、いただいたコメント欄の情報の「パーソナリティー障害」等々の知識や情報、経験がなく提供できるアドバイスがありません。しかし、これを「発達障害と関係なく判断されていた」内容でしたら、それは発達障害の特性の自覚がないまま迷走した状態が「そのような症状に見えた」のかもしれない、という仮説も考えられます。
今までのやり取りの中から感じるのは、私達とさほど変わらない特性を持ち、特性を理解し分析することで「現実世界での物の見方」が変化し、現実世界での言動も変化し、人生自体が今までと違う、少しずつ良い方向へ進んでいる、という過程におられるのでは、ということです。
ということは、今のtouchanさんへのアドバイスはただ一つ、今の「自分自身をよく知り、それを仕事場や外界でより良い人間関係、より自分が自立できる方向性=仕事、生活、今後の人生に活かしていく、仕事場や外の実践の場でトライ・エラーを繰り返しつつ、自分なりの工夫パターンを確立して仕上げていく」ということを続けられたらいいのでは、ということです。
発達障害の特性を自覚してからの自分はまだ「発達障害の初心者」ですので、現実社会でこうかな?と思った工夫を実践してみて、はずしてエラーしてしまう、ということは多いと思ってください。まだ初心者だから、と思いつつ、工夫をあれこれ試すことで「これが一番無難だ」というものが見つかっていくことと思います。その「見つかったオリジナルの工夫」が増えていくごとに、発達障害の「自分の」特性に対してオリジナルの「対処法パターン」が出来上がるという、少しずつ自分自身のプロになっていきます。年数を重ねるとエラーも減り、自分を知れば知るほど社会での実践で困難は減っていきますので、そこは焦らず、コツコツやっていってください。それでもADHDの勢いがおそらく、背中を押して回復は早くなるだろうと思います。
現在の状態としては、一人の個人に固執する、クローズアップして距離感を近く捉えるとのめりこんでしまうという傾向を自覚されているようですが、自覚されているということは自分のこだわりの特徴とそれが「物」ではなく「人」であるという客観性も持てている、そして最近は意識するとそのこだわりをマイルドにできている、ということなので、つまり
<自分を良く知る→特性を受け入れる→特性からくる現実生活の困難を発見する→その部分を回避する工夫を考える→実行する→無難にやりすごす>
という、私達が常にやっているプロセスと同じ事をされているように思います。これを何年も繰り返すとこのプロセスが定着して、「現実世界での自分」として確立しますので、特性は変わらずありますが、現実世界でのやりやすさは各段に上がります。トラブルがまず各段に減り、それと共に対人関係が改善したり、今までになかった「良い面」が定型社会の中で見出せるようになっていくからです。
ということで、過去の自分は「自分の特性を知らなかったゆえに迷走した」経過ですので、その過去の苦痛と記憶は、現在の、または将来の幸福には必要なさそうだな、という感想を持ちます。参考にするとしたら「自分はどういう風に物を考え行動する性質があったか」という観察にとどめ、それも未熟だった時代の自分なので、今はおそらくそこから「変化した自分」がいると思いますので、できれば「今の自分」を観察し参考にした方が、特性を理解したり工夫したりするのには精度が上がるのでは、と思います。
客観的視点を持って熟考ができる分、特性における困難からの回復は速いと思いますが、それでも私達の場合は「自閉している部分がある」ため、すっぽりと抜け落ちる視点がどうしてもあります。自分自身の視点では「これですべてだ」と実感していても、他人から指摘されれば「抜け落ちている」という部分があり、そこに自力で気づけない、という凹み部分が以前としてあるわけです。そこを、家族や専門家、親しい上手くわかりやすく解説してくれる親しい友人などから「いただく」ことをしているわけです。
ただしこれらのことはtouchanさんを実際に見て、話して、付き合って初めてできることですので、現実世界でそうした人を専門家を含め、一人ずつ、少しずつ得ていかれることが今後の人生を豊かに、また自分理解と工夫の蓄積の速度を速めていけるコツかなと思います。加えて、良好な対人関係を築くために、依存関係に対抗することもものともしない強そうな「しっかりと自分自身がある」人を友人にもつと、油断して「こだわり」が発動しそうになっても、相手側で明確に一線を引いて距離を取ることができる人であるので、よい実践の上に長く適切な距離感と頻度で良い関係が持てる可能性が高いと思います。
最後に、人への特定の強烈な思い入れと過集中は、発達凸凹の特性の一つ「こだわり」の特性そのものと思われます。通常、物や趣味に発動することが多いのですが、それは理由として「人への関心が薄い」か「理解が難しい感情というものを持った人が苦手」なため、理解しやすい物や趣味(プログラミングだとか研究など)に発動することが多いです。ですが、touchanさんの場合は洞察力がある、観察力がある、という部分で通常の自閉している人より人への視野が開けているので、「こだわり」特性が人へ向くのかもしれない、と思います。
あと、情報でいただいた中の、生まれ持った歪み、というのは通常とは違うこだわりや、考え方の違い、性善説、性悪説のどちらかに極端に偏ること、なども含めて日本の定型社会の常識から逸脱した「素の状態」をもとて生まれてきたこと、という風に感じることがあります。それは「生まれた時に持っている素の状態」ですので、そこを熟成して成長させると、違う形で「現実社会で利用可能で有益な」風に変化することも多いです。だから「歪んだ・変わった特性があっても、やっていける」ということを伝えるためにこうしてブログを書いている、ということもあります。その原点の部分である歪みも生まれもったものなので、まず受け入れてからが「自分を知る」ことにつながるので、そのことがtouchanさんになんとなく伝わったなら嬉しいなと思います。
生まれた素のままの状態で成人し、現実社会で疎外されたり敵対したりして、苦しく困難な人生を歩んで行く人が少なくなれば、私達と同じ種族の人が幸せになれば、いつか私達の子達のそのまた子達がどこかで出会うかもしれません。できれば、特性を知らないがために家庭内や集団社会で負の連鎖を起こして苦労している親や子が楽に幸せになっていくといいな、と、私達と結婚したパートナーでありすでに一族である者も、過去、家族関係で苦しんだりしていますので、心から願っています。
話が少し脱線しましたが、以上が、私が「今の」touchanさんに伝えられることかなと思います。いつもよりはしょって書いていますので、誤字脱字、説明が不十分なところも多々あると思いますが、ご容赦いただけますと助かります。