~貧困のない世界を目指して~ -3ページ目

~貧困のない世界を目指して~

2011 自転車で日本縦断。
日本が、そして自分がどれだけ恵まれているのか知った。

2012 世界最貧国エチオピアへ。
貧困の現実と、それでもエネルギッシュに生きる人々を見た。

使命を見つけた。それは世界の貧困をなくすこと。

サロムノ!(Hello!)


世界遺産である「ハラール・ジュゴル歴史要塞都市」を現地ガイドのダニエルとともに観光します

まずはジュゴルと呼ばれる高さ約5m城壁の外側に沿って歩き、8つだけあるゲートの一つへ行きます






石畳がエチオピアにはいないように思わせる

ゲートに到着した☆





きれいだ





ジュゴル内部の道は確かに細くて入り組んでいる。












世界遺産の中で生きる人々↓





雑貨屋の店主と買い物にきたおばさん。





右側の一人が熱い鉄をしっかりと押さえ、残り2人がリズムよくハンマーで鉄を打っていく。





仕事は休憩? 雑談に花を咲かせる男3人。



ジュゴルで生きる人々の写真を撮りながらダニエルについて歩いていくこと数十分、

フランスの詩人Arthur Rimbaud アルチュール・ランボーが住んでいた豪邸に着いた





小さな民家が多いジュゴルの中で、ひときわ大きな建物だ。

建物の内部も見学できた↓





内部も装飾が美しい

ここでランボーは詩を書き、交易も営んでいたという。

ランボーの詩の一節↓

 私は愛した。荒野、干からびた果樹園、色あせた店、ぬるくなった飲み物を。



ハラール観光はまだ続きます。

アムセグナロ!(Thank you!)

サロムノ!(Hello!)



エチオピアで二番目に大きな都市Dire Dawa ディレ・ダワに2泊し、今日はHarar ハラールに移動です






ホテルのレセプションのお姉さんが可愛かった(*^^*)

最近こんなことばかり書いてるのでそろそろ控えましょう。

さて、ディレ・ダワからハラールへはミニバスで1時間半

この二つの都市は近いんですね。

ぴったり1時間半後





ハラールの街が見えてきた☆

写真の男は道路の真ん中でストレッチでもしているのでしょうか。

ルールがないのが発展途上国です。

このゲートをくぐってさらに進むとエチオピアの皇帝ハイレ・セラシエの父であるラス・マコーネンの銅像が見えてきました





ハラールは、アフリカとアラブ世界、インド、エジプトをつなぐ交易の拠点として栄えてきた都市。

ラス・マコーネンの出身地でもある。

だから都市の入り口に大きな銅像があるんですね

そしてこれがハラールで2日泊まるBelayne Hotel バライネ・ホテル↓





部屋はこのようになっています↓





エチオピアのホテルも水シャワーの部屋が多い。

つまり、ボイラーがなくお湯が使えない。

ラッシュマスと僕は、ホテルに着くと、まず部屋を見させてもらい、お湯が使えるかどうか確認するようにしている(^w^)v

この部屋はボイラーが使えるようです

どうせちょうど良い温度になるまでに1時間以上はかかるだろう。

そう思って、部屋に着くなりボイラーのスイッチを入れた2人。

トイレに入ったラッシュマスが勢いよくトイレから出てきた

「キョースケ 熱すぎる

ラッシュマスがシャワーの温度を確認しようとしてお湯の蛇口だけを回したところ、
出てきたお湯はカップ麺でも作れそうな温度だった

湯気がもくもくと出ている

状況が飲み込めてから改めてラッシュマスの驚いた顔を見ると笑えたww



ゲートの中にさらにゲートがある





そう、ハラールは新市街と旧市街という二つのエリアがあり、旧市街の方はJugol ジュゴル約5mの城壁に囲まれたエリアで、このエリアが「ハラール・ジュゴル歴史要塞都市」として世界遺産に登録されいる

街そのものが世界遺産☆

このジュゴルの中には82ものモスクがあり、ムスリムにとって聖地の一つとなっている。

ジュゴルの内部はアラブ風の門構えと高い塀に囲まれた民家が隙間なく続いているため、『地球の歩き方』によると、「ガイドがいない場合無事に短時間で脱出することは困難であろう」。。。

そんなハラールの街を明日からガイドと一緒に観光します(^o^)/



続きは次の記事で。

アムセグナロ!(Thank you!)

サロムノ!(Hello!)


衣類や生活用品が売っているマーケットを見た後、別のマーケットを探して歩いていると、駅に出てきました






ところで、僕はエチオピアで一度も鉄道に乗っていません。

エチオピアの首都Addis Ababa アジス・アベバから、ここDire Dawa ディレ・ダワを通り、紅海に面する隣国ジブチのジブチ港へと続く総延長781kmもの、ジブチ・エチオピア鉄道というものがあります

しかし、アジス・アベバからディレ・ダワまでの区間(つまりほとんどの区間)は運休となっており、エチオピア国内の物流はトラックなどの陸運とエチオピア航空などの空輸がほとんど。

ディレ・ダワからは毎週火・木・土だけ運航する国際列車に乗れば、陸路で国境越えをし、ジブチに行くことができるのです

しかも、その国際列車の料金が1等席で93Birr ブル ≒465円だから驚き

もちろんパスポートとビザは必要ですが。。。

物がなく、物価も高く、バックパッカーからは嫌われがちなジブチですが、ダジューラ(ビーチリゾート)から紅海を眺めて、エビ(ジブチの名産品)でも食べたかったなぁ(^w^)

そしてソマリア美女も見てみたかった(〃∇〃)

エチオピアも負けてません

話が脱線しました。

島国・日本や広大なエチオピアにいるとあまり感じない国境を感じる一コマでした(^^)v



次はスパイス・マーケットに行きます

マーケットの入り口に到着 そこには・・・





ラクダー

自転車日本縦断の時にも鳥取砂丘で飼育されているラクダ(笑)を見ましたが、

こうして生活のために飼われているラクダに感動☆

中央アジアはフタコブラクダ、中東やアフリカではヒトコブラクダです(^^)v



ここでも何十種類ものスパイスが売られている





だからエチオピア料理はスパイシーだけどおいしい

ディレ・ダワの子どもたちも元気↓





カメラを向けて上半身裸になるなんて、サービス精神が良いんだか、何なんだかw

とにかく面白かったマーケットを一通り観光した後は、お腹もすいてきた





ハンナ(右・ドイツ)が持っていたガイドブックに載っているレストランへ。

プリン(左・フランス)もマカロニ食べてご満悦(^^)

ラッシュマスはどこ行った?笑




ランチの後は、そのガイドブックに載っている、このあたりで有名なデザート屋さんへ。

店に入るとかなりの行列だった

10分ほど並んで、そのデザートをGET

2階のテーブル席に行くとここにもムスリムの女の子たちが

外国人も見て、はしゃいでいたので話しかけ、

「写真を撮らせて^^!」

と言うと、撮った写真を見せてあげることを条件に承諾☆








みんな撮られるのは恥ずかしけど、撮るなら見せてほしいんだね(*^^*)ww

で、こちらが、その有名なお菓子↓





パクパク、ムシャムシャ・・・

・・・

「あまっっっっ

何と表現したらよいんだろう。

砂糖とハチミツを混ぜて油で揚げた感じ?

あ、砂糖入りの油で(笑)

それぐらい甘かった


ヨーロッパとアジアからのボランティア4名は、一口食べて、水をがぶ飲みして、ご馳走様

さっきの女の子たちは美味しそうにパクパク食べている

これもまたカルチャーショックですね



それから露店の周りも散策。





野菜は日本で食べられているものと似ていますね(^^)



陽も傾いてきた

エチオピアの国旗カラーの教会が美しい。









ディレ・ダワも良い町です。

田舎はやっぱり人が良い^^

親切なスパイス屋のおばさん。

写りたがりの布屋の店主と店員。

裸でポーズを決める男の子。
サロムノ!(Hello!)


先日、エチオピア北部のの街Bahir Dar バハルダールとLalibela ラリベラに行ってきたばかりだというのに、ルームメイトのラッシュマスと2人で

「もうエチオピアにいられるのも4週間、ラッシュマスは3週間しかないよ!」

と話しだし、僕の希望でエチオピア東部へまたもや旅行に行くことになった(^o^)

北部へ一緒に旅行に行った他のボランティアにも声をかけてみた

みんな自分の活動先の学校での活動が優先なようで、東部への旅行は、ラリベラで一緒に登山をしたハンナ(ドイツ)、プリン(フランス)と、男女各2名の計4名で行くことになった

北部への旅行でも利用したsky bus スカイバスに、

また早朝に乗り、Addis Ababa アジス・アベバをし出発する


今回の東部への旅行は4泊5日

目的地はエチオピアで二番目に大きな都市Dire Dawa ディレ・ダワ☆

もう一つは、エチオピア正教会が大部分を占めるエチオピアで唯一イスラーム色の強い町Harar ハラール☆

まずはディレ・ダワを目指します。

・・・長い。。。

北部も遠かったけど、

長い。。。

早朝5時に出発したのに、ディレ・ダワに到着したのは午後2時orz

自称「足はそんなに長くないのに座高が高いんだよ」のラッシュマスも腰が痛いご様子。

まるで日本人みたいな悩みですね。

9時間の移動を経てようやくディレ・ダワに到着

感想は、、、

暑い南国

ホテルが南国のリゾートのよう






観光ガイドにも載っていない最近できたばかりのAfrican Village Hotel アフリカン・ビレッジ・ホテル☆

わらでできた屋根の部屋がかわいい

室内ももちろん清潔☆

しかも、エチオピアの安いホテルでは珍しくTV付でした(^^)v

BBCニュース





南国を思わせるきれいな花や木が植えられている





ホテルのレストランで飲めるフルーツジュースは南国カラー☆





新鮮でとてもおいしい(*^^*)

でも、最後まで真ん中の白い部分が何の果物なのかわからなかったww


これで2名1室168Birr ブル ≒ 840円だから、ほんとに安い

しかも朝食付き☆



ホテルで長距離移動の一息ついた後、4人でさっそくディレ・ダワの街に繰り出す





三輪のタクシー・トゥクトゥクがこの町の移動手段のようだ。

建物の色やつくりも、首都アジス・アベバとは雰囲気が違う。

まずはディレ・ダワの観光ポイント、市場に行きます





ハンナ(独)とプリン(仏)。

ディレ・ダワの人々も人懐っこい人が多く、外国人と見るとすぐ話しかけてきた

「どこから来たんだい? 俺の写真を撮ってくれ! あと店長も一緒に頼む!」





エチオピアの人はどこに行っても写真を撮ってほしいらしい(笑)

布屋でミシンを器用に扱う男(右)と店長らしき男(左)の表情が良かった^^

ディレ・ダワはエチオピアの隣国・ジブチに近く、交易が盛んで、

ここでもイスラームの影響が見られる。





きれいな布で肌と髪を隠すムスリムの女性。





こちらの女性2人か目以外の部分をすべて隠している。






市場には色んなものが売られていた

アジス・アベバにある東アフリカ最大の市場Merkato マルカトと比べても種類の豊富さはほとんど同じだと思った。

さらにここになマルカトにはあまり売られていないムスリムの女性たちのためのカラフルな布の専門店がたくさんある。

さっきの写真の男たちも、店の前にミシンを出して器用に布を縫っていく。

僕が近くにいると仕事をしないで喋りたがるがww


サロムノ!(Hello!)

デナネチュ?(How are you?)

デナ^^ (I'm fine)

気分も良いのでアムハラ語を喋ってみました(^w^)

とはいえ2か月間のエチオピア滞在で覚えられたアムハラ語はほんのわずか(>_<)

「日本に帰ってからも連絡を取り合おう!」と語り合ったダウィットもキディストも忙しいようでなかなかskypeもできない

それ以前に6時間の時差は大きい

二人が学校での仕事が終わる頃、日本は深夜になってる

それでも国も文化も言語も違うところに友達がいるというのは嬉しい(*^^*)

地球の裏側にいる!・・・は言い過ぎですが、地球の1/4左側に友達がいる

良くわからなくなってきました(笑)

冗談は顔だけにして、エチオピアでの日々を楽しく、リアルに、書いていきます☆




11月も下旬。

エチオピア滞在も残り半月になりました

首都Addis Ababa アジス・アベバのまだ行ったことのない地域を見るために、一人で散歩することにしました

ほぼ毎日一緒にいるルームメイトのラッシュマスには行き先を告げずに朝方、家を出発

「ちょっと出かけてくるね。行ってきまーす!」

家からバス停まで歩く。

もう顔見知りになってしまっているシェア・タクシーの男が

「サディストキロならこのタクシーだよ」

と教えてくれる(^w^)

「ありがとう。でも今日は違うんだ^^」

昔の空港があったOld Airport オールド・エアポート(そのまんまw)と呼ばれるエリアに行くシェア・タクシーに乗った。

運転手が「ここがオールド・エアポートだよ」と教えてくれた。

首都アジスの西側に位置するこのエリア。

僕のホスト・ファミリーの家があるKazanchis カザンチースより中心部からは外れているが、商店街や人ごみもなく、閑静な高級住宅地のような雰囲気だった。

東京で言うところの田園調布、札幌で言うところの円山、僕が住んでいる長沼町で言うところのしらかば区と言ったところです

例を挙げてもわかりやすいとは限りませんね☆



p

閑静な住宅地の道には可愛い子犬が歩いていた。

狂犬病が怖いので、バブーンは触っても子犬は触りません。

(野生のバブーンと僕の奇跡のショットは前回記事でどうぞ☆)




ノートとペンと英和辞典の入ったリュックを背負って、一眼レフカメラを首にぶら下げて、ただ歩いた。右だと思ったら右に行き、面白いものがあったらカメラを構える。

やはり高級住宅地らしく、すれ違う人たちはみんなきれいな服や民族衣装を着ていて、停まっている車も有名な高級車が多い



気づいたらご飯も食べないまま14時近くになっていた

ここにもあったチェーン店KALDI'S COFFEEでランチ







バニラ・クリームとチーズバーガーで66Birr ブル(≒330円)

バーガーで40ブルは高い方。

地元のレストランに行けば20ブル≒100円で満腹になる。

でも味はKALDI''Sの方が先進国で食べられているバーガーの味に近い。



エチオピアでは至る所で急速に道路や橋などのインフラ整備が進められている。






大動脈でもまだ舗装されていない道が多いのも、急増する交通量に道路建設が追い付いていないせい。





エチオピア・中国 友好道路。

日本のニュースでも騒がれているように、中国はその膨張する人口を支えるために必要な食糧、資源などを確保するために、アフリカの天然資源保有国に次々と莫大な投資をしている。

幸いなこと天然資源がほとんどないエチオピアもその例外ではない。

幸いなことに―――天然資源が原因で起こる紛争や政治腐敗は数知れない。

突然ですが、ここで

おすぎです!

西アフリカのシエラレオネを舞台にした映画 『ブラッド・ダイヤモンド』!

意味は血のダイヤモンドってことよ!

主演のブラピと助演のジャイモン・フンスーの危機迫る演技がほんと凄いの!

見なきゃ損!

こんな良い映画を観ない奴は、踏んづけてやる!!!

ブラッド・ダイヤモンド 予告編



さらに歩いて歩道橋に登った。

一方でこんなに栄整備されている道路もある。






晴天の国ともいわれるエチオピアでの2ヶ月間はほとんど毎日晴れだった




僕を中国人だと勘違いしてずっと話しかけてくるおばあちゃんと歩いていると、・・・セブン・イレブン






マクドナルドも、ウォルマートもないエチオピアにセブンイレブンがあるはずがない!と思いながら中に入ると、

そこはやっぱり、地元のスーパーでした(笑)

野菜や日用品が売られている。

あえて店主には聞かなかったが、たぶん「セブン・イレブンってカッコイイから、うちの店にも看板つけてみよう!」という発想だと思う(^w^)



オールド・エアポートはだいたい歩いたようだ。

またシェア・タクシーに乗って、今度はBole ボレに行ってみた

『地球の歩き方 東アフリカ』にも載っているMukush Gallary Restaurant ムクシュ ギャラリー&レストランに行ってみるために






オシャレ

店内にはたくさんのエチオピアン・アートが飾られていて、雰囲気が良い

素敵な音楽もかかっていて、日本にあってもお客さんが入りそうは良い店だった☆





ここはデートで使うしかない(笑)

もし・・・






お店の前の道路工事が終わったら(笑)



カザンチースに戻ってきた。

そういえばやってみたいと思いながら、まだやっていないことがあった

北部への旅行と今日の散歩でかなり汚れてしまった靴を洗ってもらうことにした。






エチオピアにも、靴磨きを仕事にしている人がそこらじゅうにいる。

10歳くらいの子どもの靴磨きも良く話しかけてくる。

一回10ブル(≒50円)。

僕は11ブル払って、写真も撮らせてもらった(^^)

一日に何人の靴を磨くのか聞いてみた。

「10人くらいかな」

一日中、道路に座って待っても、10人の靴しか磨けない。

100ブル≒500円の収入にしかならない。

彼の仕事に休みはない。

10メートル歩けば同業者がいる。

外務省のHPによると、エチオピアの一人当たりGNIは390米ドル(2010世銀)、失業率は20.5%(2009世銀)。

11ブル払って靴を履き、席を立つと次の客が来ていた。

ヨーロッパのビジネスマンだと思う。

このビジネスマンには一回いくらだと言うのだろう?

次の客が来るのは何時間後になるのだろう?

首都の貧困と農村の貧困では解決法も違う。



以上。

アムセグナロ!(Thank you!)

サロムノ!(Hello!)


ラリベラで一泊したあと、ミニバスで8時間かけてエチオピア最大の湖であるタナ湖に面した町・バハルダールに戻り、ボランティア4名と合流

8人全員で夕食をとりながら、山で撮った写真を見せたり、体験を話したりと、3日ぶりの8人そろっての夕食に華が咲く(^_^)

バハルダールで一泊し、予約しておいたSky bus スカイバスに乗って南へ走ること11時間(>_<)

10日ぶりに首都Addis Ababa アジス・アベバに戻りました

久しぶりのアジスの喧騒がなぜか嬉しい(^w^)v

バスターミナルでボランティアたちと別れ、ルームメイトのラッシュマスと2人、ホストファミリーの家に戻ります

もちろん、まずはタクシー代を値切ってから(笑)

17時頃、ホストファミリーの家に帰ってきた

10日間の旅行にいっていただけなのに、数年ぶりの再会のように、また笑顔とハグで迎えてくれるホストファミリーが嬉しかった(*^_^*)

これにて、10日間に及ぶエチオピア北部への旅行は終了



・・・ですが、その前に

「追伸」と題しまして、10シリーズにも及ぶ記事でもまだ載せきれなかった写真を載せておきます☆



1.バハルダール2日目の朝。まだ起きてこないボランティアたちを待ちながら、ホテルの外に出てみるとサイクルロードレースが行われていた






陸上長距離大国エチオピア 持久力と心肺機能は折り紙つき エチオピアの経済が改善され、スポーツにも力が注がれるようになれば、サイクルレースの最高峰・ツール・ド・フランスでエチオピア出身の選手が活躍する日が来るかもしれない(^^)☆



2.パピルスでできた船。観光船はエンジン付きだけど、まだこんな船をオールで漕いで漁をやっている人もいる







3.タナ湖の小島観光の帰り道にいつの間にか撮られていた一枚(^w^) 朝日を見るために早起きしたので眠たかったようだ カメラを持ったまま寝ている。







4.バハルダールのギオン・ホテルで飲んだフルーツジュース。一杯20Birr ブル(≒100円)の値段でとても新鮮なフルーツジュースが飲める。バナナ、グァバ、オレンジ、マンゴー、アボカドの中から2、3種類を選んで注文できる。写真はバナナとグァバのミックスジュース。







5.ションコーラという砂糖のもとになる植物を運ぶ少年たち。彼らが歩いてきた方向に歩いて行ったのにションコーラを発見できなかったことは今でも謎(笑)







6.ここからの写真は世界遺産の岩窟教会群がある町・ラリベラ。どうしても岩の穴が気になるワンドワサン(エチオピア)が面白い格好をしているので撮った一枚。彼とは今でもFacebookで連絡を取り合う仲(^^)







7.ラリベラで出会った少年2人。最初は「お金をくれ」と言っていたのに、一緒に写真を撮って見せてあげたら、笑顔で帰って行った(^w^)







8.全員での集合写真! 左から畑瀬、プリン(仏)、ブライス(仏)、ハンナ(独)、ダニエル(米)、リオ(仏)、トム(豪)、ワンドワサン(エチオピア)、ラッシュマス(デンマーク)。








9.野生の子どもバブーンが肩に乗ってきた ラリベラ初日の夜に夕食の後ホテルに戻る途中、野生のバブーンの子どもを発見 近くで見ていると足にくっついてきた 現地の人が「しゃがんでごらん!」と言うので言われたとおりにすると肩に乗ってきて離れなくなり、写真のような状態に










10.バブーンのココちゃん(現地の人が命名)がずっと離れないので抱いて頭を撫でると、ウトウトし始め、そのまま腕の中で寝てしまった。サルもヒトも一緒なんだなぁと思った。でもふとした拍子に体を掴んでくる握力がやっぱり野生動物(笑)





ココちゃんに好かれてしまい、何をやっても離れないので、最終的にビスケットで釣って、森に帰すことに成功 むやみに野生動物に接してはいけません



11回に渡ってお送りした「エチオピア北部へ旅行」シリーズはこれにて終了

明日からまた、活動先のLemlem KG レムレム・スクールでのボランティアが始まります(^_^)



以上!

アムセグナロ!(Thank you!)


サロムノ!(Hello!)


山頂から来た道を引き返して、また高原地帯に住むご家族の家に戻ってきた。

これが家の内部です↓





円形の建物で、中心には料理や暖をとるための囲炉裏がある。

日中に放牧していた動物たちは夜になるとはみんな家の中に入ってくる

高原地帯では夜になると気温が低く、また家畜をハイエナや野犬から守るためだ

そして家にいれた動物たちにはもう一つ重要な役目がある

高原地帯の夜は寒い

室内の壁側に動物たちが入るためのスペースがあり、動物たちの体温で室内を暖めるのだ

なるほど

下の写真の奥に見える木の柵の奥が動物が入るスペースです↓





さてこれから主食のインジェラを作ります(^o^)/

テフという穀物を粉末状にしたものを水に溶かし、寝かせて熟成させ、クレープ状に焼いたものがエチオピアの主食・インジェラ

寝かせておいたインジェラの元を厚い鉄板の上に均等な厚さになるように広げます。





均等に広がったところで、ふたをして蒸し焼きに





全体に火が通ったら、はい!出来上がり





ゆでたポテトとソースを添えて、はい!完成です

ご家庭でもぜひお試しください(^w^)




ウシやヤギの鼻息で温められた部屋で(笑)、ご家族と団欒し、就寝(@ ̄ρ ̄@)zzzz

ボランティアみんなで標高3000mの高地から日の出を見ることにした

6時前に起きた





赤道のすぐ北にあるアフリカにいるなんて信じられないほど空気が冷たい。

青い空が東の方からゆっくりとオレンジ色に変わり、明るくなってきた。





アフリカというより地球にいることを強く感じる。

ボランティアみんな、白い息を吐きながら、ただ明るくなっていく空を見つめていた。



9時。

完全に日が昇り、ようやく暖かくなってきた

朝ごはんを食べ、2泊もお世話になったご家族に挨拶して、出発の準備





英語を話せない彼らとは直接コミュニケーションはとれなかったけど、ガイドやサポーターのマリグを通じて、彼らの優しさや価値観に触れることができた。

標高3800mの山頂には到達できなかったけれど、この2泊3日の登山は2ヵ月間のエチオピアでの数ある経験の中で、忘れられない体験の一つになったに違いない。

登ってくるときに見てきた景色を上から順番に巻き戻して見ながら、足早に降りて行った

3日ぶりの日常。

もっと長い時間ここを離れていたような気がする(^w^)

3日ぶりのシャワーを浴びてさっぱりした後の、3日ぶりの欧米の食事に、最高の笑顔を見せるハンナ、ラッシュマス、プリン、畑瀬












ラリベラに1泊してから、他の4人のボランティアが心配しながら待っているバハルダールに戻ります



アムセグナロ!(Thank you!)


サロムノ!(Hello!)





筋肉痛とともに迎えた2日目の朝

高地の夜はとてつもなく寒かった

気温は5℃を下回っていたと思う

ガイドが用意してくれていた暖かい寝袋の中で服を着込んでようやく眠りにつけたぐらいだ。



今日はトレッキング2日目

いよいよ山頂を目指す



グレートリフトバレー(アフリカ大地溝帯)の中を歩いている。

標高3000m級の山々が幾重にも連なっている。

昨日もそうだったけど、今日はいっそう空気が澄んでいて、どこまでも見渡せる。







写真の中でしか見ることのできなかった景色の中に、今、自分たちがいる。

どこを見ても絶景しかない。







あまりにも美しいので、少し歩くのも喋るのもやめて、ただみんなで遠くを見つめていた。







向かいの岩肌にバブーンの群れが見える。

よくよく見ると、群れはどこまでも広がっていて、100匹以上はいそうなバブーンが大群で岩肌を移動している。

登山サポーターのマリグもこんなに大きな群れはめったに見られないと言っていた。







植生も麓とは違ってきた。

写真はジャイアント・ロベリアという高山植物。

見晴らしの良い場所までもう少し歩いて、ランチタイム







メニューは、バナナ、オレンジ、パン、ハチミツ、ピーナッツバター、そして泊めてもらった家のお母さんが調理してくれたポテトとスパイシーなソース。

昨日よりも高いところを歩いているのに、すべての景色に感動しているせいか、あまり辛い気がしない。

とにかくどこを見渡しても絶景だ

ご飯を食べていると、どこからともなく高地に住む子どもたちがやってきた








ご飯が欲しいのではない。

こんな高地に外国人が来ることがないから珍しくて近づいてくるのだとガイドは言う。







まだ小学校にも行っていないような年齢の子どもたちがヤギやウシを木の棒一本で放牧し、女の子たちは背負いきれる限りの薪を背負っている。







さらに集まってきた(笑)

一体、どこから僕たちを発見し、どこに住んでいるのだろう。

僕たちがいるところからはあたり一帯が全て見渡せるけど、家らしきものは一つも見えない。








ガイド、サポーターを通訳してもらって、子どもたちと話してみた(^^)

ハンナ 「将来の夢は何?」

子どもたち 「医者になりたい」 「僕は飛行機のパイロット」

ハンナ 「それはどうして?」

子どもたち 「みんなの病気を治したいから^^」 「飛行機があればたくさん歩かなくても早く遠くまでものを運べるから」

お金持ちになりたいという子どもは一人もいなかった。

畑瀬 「一番欲しいものはなに?」

この答えにはびっくりした

誰も何も答えなかったのだ。

畑瀬 「じゃあ、靴はどう? 欲しい?」

子ども 「靴はいらないよ^^」

何も知らないからかもしれない。何も持っていないのに、服だってボロボロで古いのに、何もいらないと言っていた。

ラッシュマス 「デンマークとドイツとフランスと日本のことは知ってる?」

子ども 「アメリカとイギリスは知ってる!」

畑瀬 「学校に行っている子はいるの?」

子ども 「私!」 「私も!」

十数人も子どもがいるのに学校に行っているのは2人だけだった。

マリグ 「この子たちは欲しいものはないけど、みんな学校に行きたいって言ってるよ」

高原地帯にも学校はある。でも子どもたちは学校に行くお金がないし、それ以前に家の手伝いをしなければならない。朝ごはんを食べた後は、男の子はウシやヤギやロバを放牧させに行き、女の子たちは薪を運ぶ。まだ3、4歳の子どももお兄ちゃんやお姉ちゃんについて朝早く仕事に行く。家に帰ってくるのは夕方で、食事は一日2回。勉強する時間も教科書もない。

畑瀬 「もし可能ならで良いんだけど、みんなの足の裏を触っても良い(^w^)?」

マリグ 「Why not?(^^)」

通訳してもらうと、子どもたちが次々に裸足の足を出してくれた。

畑瀬 「おー、思ったより柔らかいよ でも年上の子は裸足歴が長いから皮膚が頑丈になっているね^w^」

子どもたちは足を触られてくすぐったそうにしていた(^w^)笑

僕が子どもの足を触っていると、子どもが真似して僕の頭を触ってきた(笑)

真似をして、アムハラ語で「思ったより(髪の毛が)柔らかい」とでも言っているようだったww



僕は僕が知り合った人を助けたいのではない。

僕が一生出会うことのない人にも幸せになってほしい。

でも、こんな純真でまっすぐな目をした子どもたちに会うと、こんな子どもたちこそ幸せになってほしいと思う。

以前の記事でも書きましたが、アフリカの貧困層の80%は農村の人々です。

彼らの親が貧困から脱出することで、その子どもたちを学校にやるお金ができる。

彼らの耕作や酪農が効率的に行われることで、子どもたちは働き手として扱われるのではなく、学校に行って勉強することができる。



高原地帯で生活する子どもたちと異文化交流をしているうちに時刻はすで14時になっていた

マリグ 「今から目的地の山頂を目指すには時間が足りないと思う。3800mではないけど、ここもすでに3600mはあるよ。まだあの山頂を目指す? それとも明るいうちに家に帰ろうか?」

ボランティア4人とも引き返すことに合意した。

山頂を目指して歩いてきたけど、すでにたくさんの絶景を見ることができたし、子どもたちと会話することもできた。

引き返す僕たちを子どもたちは見えなくなるまで見送ってくれた。

「アムセグナロ!」(ありがとう!)と言うと、子どもたちは恥ずかしそうに笑って手を振ってくれた。



また絶景の中を歩いて、土の壁と藁の屋根でできたあの家に帰る。



アムセグナロ(*^^*)

サロムノ!(Hello!)


Lalibela ラリベラで世界遺産の岩窟教会群を観光した後は、8人のボンティアが別行動

4人は首都Addis Ababa アジス・アベバへの道の途中にあるBahar Dar バハルダールへ戻り、そこで3日間、自然の中でのんびり過ごす

そして僕とルームメイトのラッシュマス、ハンナ(ドイツ)、プリン(フランス)の4名は、ここラリベラに残ります

そう







この山に登るために( ̄□ ̄)☆

ラリベラの標高は首都アジスよりも少し高く2600m

目指す山の頂上は日本の富士山よりも少し高く3800m

こんな山に2泊3日で登りたいと、ボランティアの女の子たちが言い出したのだからすごい(ノ゚ο゚)ノ

世界遺産の観光を終えたあと、予約しておいたトレッキングの会社へ。

みんな親切そうな人たちだ(^_^)

まずは事前説明。

「トレッキングは2泊3日」

「目指す山頂はこの当たりでは二番目に高い3800m

「山の中での宿泊は、高山地帯に生活しているご家族のTraditional Houseに泊めてもらいます」

Traditional House!? 伝統的な家

まさに日本人が想像するアフリカじゃないか(ノ´▽`)ノ

「そのため、登山の間、シャワーは浴びることができません」

まあ当然だね

「費用は2泊3日で一人400Birr ブル」 (=約1200円)

安いっ! (結構値切ったw)

説明を受けた後、明日は朝早く出発するということで、ホテルに戻ってすぐに就寝(@ ̄ρ ̄@)zzZ



翌朝

風もない快晴の空だ

いよいよ4人は、ガイド1人、サポーター1人、水と食料を運んでくれるロバ1頭、ロバを扱う少年1人と標高2600mの麓を出発した

ガイドもサポーターも良い人で、かなりこまめに休憩を摂ってくれ、休憩の間は近くにある高山植物の名前や生態を教えてくれる(^^)

↓ 現地の高山地帯で生まれ育ったサポーターのマリグ。



「意外と歩きやすいね^^」

「自然の中が気持ちいなぁ♪」

他のボランティアたちもトレッキングを満喫しているようだ^^







「休憩はまだなくても大丈夫^^」

4人ともがそんな余裕を見せながら登山を続けること2時間



「ゼェーゼェーー(;´Д`)ノ」

「ハァーハァーー。。。」

ガイド 「もうちょっと行ったら、景色がいいよ!」

「ゼェーゼェーー(;´Д`)ノ」

「ハァーハァーー。。。」

ガイド 「見て見て! あそこにあるのが高山植物のアロエだよ!」

「・・・」

「・・・orz」



標高3000m位になると心肺機能がフル稼働してもまだ酸素が足りない。。。

筋肉は足りるんだけど、心臓がバクバクいって、足がでない。。。



ボランティア4人が酸欠になっている中、エチオピア生まれのガイドとサポーターはすいすいと山を登っていく。

ついにロバも僕たち4人を追い抜いて行った。

スタートした時よりも時間間隔の短くなった休憩を取りながら歩き続けることさらに2時間

ようやく、中間目的地に到着

ここで記念撮影







左から畑瀬、ラッシュマス(デンマーク)、ハンナ(ドイツ)、プリン(フランス)、マリグ(エチオピア)。

バックにある山の形がユニーク

というわけでせっかくなので、エフェクト写真







山に肘かけてるように見えますか



ここでガイドがハラックスを発見







ウサギやネズミに似た外見のハイラックスですが、生物学上はゾウの仲間に近いらしい

警戒心が強い動物で、カメラの望遠レンズをいっぱいにしてもこれ以上近くで撮影できず、シャッターを切った後もすぐに岩の中に戻ってしまいました







ランチタイム

ガイドが用意してくれたバナナ、オレンジ、パン、ハチミツ、ピーナッツバター、そしてここでもやっぱりインジェラを食べる(^w^)

大自然の青空の下で食べるものは何でも美味しい(*^^*)



お腹をを満たして少し休憩してから、また歩き出した。

少し日も傾いてきた







さらに歩き続けること2時間半

ついに







ガイド 「ここが今日のベッドだよ^^!」

おおーー まさにアフリカの家だ

土の壁にわらの屋根

そして、家の中にはもちろん!







ヤギ



ガイドによるとここがだいたい標高3000m

明日はいよいよ山頂3800mを目指す

高山で生まれ育っていないボランティア4人とって、高地で6時間半の登山はかなり過酷でした(>_<)

明日はさらに高い

みんな疲労困憊でぐったりしていたorz

このお宅のお母さんが作ってくれたインジェラをまた食べて(笑)、すぐに就寝

トレッキング初日から超ハードだったけど、高山地帯を歩いていると本当に気持ちが良かった(*^^*)



家の内部と山頂についてはまた次回☆





アムセグナロ!(ありがとう!)

サロムノ!(Hello!)


12世紀初頭にアクスム王国の勢力落ち、新王朝ザグヴェが興る。ザグヴェ王朝11代の中で最も有名なラリベラ王は首都をアクスムからラスタ地方ロハに遷都し、ロハは王の名を取りラリベラと呼ばれるようになった。

ラリベラ王は聖地エルサレムへの道がイスラム教徒に占領されたことにより巡礼が困難になったため、ロハの地に第2のエルサレム建設を試みる。(『地球の歩き方 東アフリカ』より抜粋)

ラリベラ王が君臨していた12世紀から13世紀にかけて、巨大な一枚岩を掘り削って造られたのが、世界遺産にも指定されている「ラリベラの岩窟教会群」なのである。



ただびっくりした。一枚の岩盤を掘り砕いて造られたなんに俄かには信じられない。

700年以上も前に建てられたというのに、現代の建築技術水準をもってしてもどうやってこのような建造物を造ることができたのかわかっていない。





教会内部も完璧に彫られている。





ラリベラの公認ガイド(一番右)とボランティアたち。





教会によっては彫刻だけでなく、色も入れられている。





世界遺産であり現在も使われているこの教会群にはイエスやマリアの絵画や彫刻がたくさんあった。





フランス人の団体が観光に来ているので、いなくなるまでしばし休憩^^




この写真に写っている範囲だって、ハンマーとノミで削ろうと思ったら何か月かかるかわからない。





12の教会群は岩のトンネルやこうした通路でつながっている。





記念写真^^ 後ろに見えるのがラリベラのシンボルともなっている十字型の教会St.George Church 聖ギオルギス教会。





大小様々な形、デザインの教会がありますが、教会の上半分はアクスム様式、下半分はキリシャ様式など、ここでも文化が融合していて面白い。



教会を見学している間、たくさんのヨーロッパからの観光者と、たくさんのエチオピア正教会の信者に会った。

エチオピアの人々は信仰心が厚いと言われる。

エチオピアの人と話すと、よく「宗教はなに?」と聞かれる。

いや、それはそのどの国の人と話しても一緒かもしれない。

そんな時に、あなたは何と答えるだろうか?

自信を持って「My religion is Buddhism!」(私は仏教です)と答えますか?

僕は「一応、仏教だけど、信仰は厚くないし、正直よく知らない」としか答えられなかった。

世界的に見ても、こんな実質的に無宗教の人が多く、宗教観が薄いのは日本だけだと思う。

僕は世界の貧困をなくしたい。

貧しい国、貧しい人とかかわりたいと思ったとき、彼らの経済状況だけでなく、彼らが持っている歴史、宗教、慣習、価値観、、、にまで思いを巡らせないと、本当に分かり合うことはできない。

与えるのではない、救うのでもない。

ともに価値を創っていく。

ともに世界を良くしていく。

みんながそんなふうに考え行動していく。

そんな世界がいいね(^^)b



アムセグナロ! (Thank you!)