こんなカフェがあったらいい、、

家族の安心を求めて

 

我が子たちは変化が不得意です。

だからチェーン店が好き。

デニーズ、ガスト、のようなファミレスも

ドトール、スタバ、タリーズのようなカフェも

 

店員さんたちの対応に

そんなに差がなくて

どなたになっても予想と大体同じ対応

 

メニューも決まっており

味も同じ

 

我らは、変化がほしいし、単一かなんてつまらない

そうおもっても、彼女たちには安心です。

 

安心したところに落ち着いても

最後のハードルは

隣に誰が座るか

どこの席を案内されるか?です。

 

空いてる、ここなら大丈夫

調理場とも遠い

シューーっという蒸気の音もしない

 

しばらくすると、久しぶりに出会ったのであろう

おばさまがたが隣の4人がけに

 

『きゃーー』『どうしてた???』という

喜びに満ちた高い声

興奮もわかる

 

でも、その音は彼女たちの耳を攻撃してしまう

 

端っこの席あった!

ここなら大丈夫

そこに乳母車の親子2組

 

すやすや寝てる赤ちゃん

よかった、、寝てる

 

赤ちゃんは泣くものですし、それは我々には当然。

でも彼女たちには大変。

 

工事現場は音が大きいとわかっていても

ずっと聞いているのは大変。

 

それと同じことなんですね。

だから、いつもどこかに立ち寄るときには、

静かな席に通してもらい、

後から静かで亡くなった場合には、途中でも出る。

 

またはイヤマフをします。

 

ただ、食事中はイヤマフをしていると自分の噛む音で

食事がたのしめなくなっちゃう。

 

これは誰が悪いわけでもないのです。

ただ、

 

喫煙席のように

静かなブースがあったらいいなと。

 

次に誰が隣に座るんだろうとハラハラしないで

食事をしたいなあと

 

家族も思うのです。

 

娘たちがいなくても、カフェに入って

赤ちゃんが入店してくるとドキっとする

そして、あ、今は大丈夫

私だけだもの、、と思う。

 

これを30年間つづけています。

 

実は彼女たちが小さかった頃

まだASDなんてわからなかった頃

娘たちが、レストランなどで泣き始めたら

すぐに抱っこして外に出て

泣き止むまで待ってから再入店していました

 

はい、二人を両手で抱えて(笑)

これは家によってルールが違い、だれでもにそうして欲しいと

願っているわけではありません。

 

ただ、

カフェは一息ついて

静かに居たいという人もいるということ

覚えておくのも優しさだと思っています

 

聴覚過敏があっても、なくてもね。

 

 

 

 

話すのに一生懸命なんだ。。。だから笑わないで

 

人の笑いは複雑で

その種類は気をつけて観察してみると

多岐に渡っています。

 

幼い頃、彼女たちが

並んで歩いていると、一卵性でそっくりなこともあり

よく可愛いとにこやかに通り過ぎて

声をかけてくださる方もいらっしゃった

 

彼女たちは

なんでわらうの???

と怒っていた

 

すこし大きくなって

彼女たちが子犬をみて、かわいいと微笑んでいる時

『いま、にっこりしたでしょう?

その笑いと、あなたたちが小さい時、

通りすがりの方が笑った笑いと

同じ種類なのよ』

 

と言ったら初めてそうか、、とわかった。

 

こういうこと、わかるのに時間がかかるんだなあ。

 

時々私がしてしまう失敗は、、、

ちょっと言い間違いをしたとき

なにか表現が可愛かった時

クスッとしてしまうことです。

 

すごく自然なことだった

でもすごく嫌だったと半日後、夜になって

言われました

 

それを言うのも半日かかる

それだけ言葉にしにくい人が

毎日毎日、よどみなく話しているのをみると

「話すのも大変」をわすれてしまうのです。

 

一生懸命歩けない人が歩いているのをみて、

笑わないでしょう???

 

その通りね。

まだまだこの障害に対しての認識が甘いんだなあ。

こんなにそばにいつもいるのに。

 

目に見えない障害

本人にも、家族にも、周りの人にも

まだまだのハードルがいっぱいある。

 

 

 

一緒に寝ようよ、昔そうしてたじゃないか、

 

確かにそうしていました。

一緒に寝て、寝ついたらむっくり起きて仕事をしていました。

19時だったか20時だったか、、

寝る時に本を読み、または創作の話をして、

添い寝をしていました。

 

いまでもそうして欲しいと。

色々変わっていくのが嫌だという面と

精神的に凸凹が激しい

場面によってその振れ幅が大きいのです。

 

私も自分がいままでやってきた、

そしてまだ外に出していないものを、

一つずつパッケージにして外に出し始めています。

 

ずっとこれも、あれも、

音楽でみんなが楽しくなったらうれしいという発想の元

自分の中で編み出していたものです。

 

今の世の中、いろいろな形での発信があり、

あれこれ考えうろうろしていましたが、

一つに照準を定めたところです。

 

アイデアが先行してしまい、形にならない。

つまり料理を作る人はいるけど、運ぶ人がいない、

長いこと、そんな状態でした。

 

さあ、やっと決まったぞという、、そんな時。

この「一緒にどうしてねてくれないのー????!!問題」

が勃発しました。

 

そういうものですね。なにかに向かおうとすると、

その反対のエネルギーも共に発生する、、、台風みたいに。

 

ちょっと今日は、大袈裟にいうと、、、冷戦気味です。

 

思いっきり一緒にいる日を作ったらね、、

その日に一緒にいるから、他の日は仕事してもいいやって

思ってない???

 

 

などなど、問答は続きました。

「仕事をする」という観念、

「優先順位」という考え方、

「好きなこと」と「できること」の違い、

など、なかなか形になりにくい問題が横たわります。

 

私は昨日仕上げるつもりだったものを、

なんとしても今日仕上げるのだ!と思っていますが、、

添い寝したら、寝ちゃいそうだなあ。

 

 

 

 

 

話す時間を増やして、、、発達障害の双子と共に

 

おかげさまで、話す時間が少しずつ増えていると思います。

そして、観察する時間も増えていると感じています。

 

二人は別々のところにカウンセリングに行っていますが、

今日はそのうちの一人が、

初めてのクリニックで五十分の時間を過ごしました。

 

この医療機関に予約はできるか?とアクセスしてから

もう半年ぐらいたったでしょうか。。。。

 

なんてことでしょう。

この「まつ状況」はずっと変わっていない気がします。

 

初めて私が、彼女たちがアスペルガーだとわかって

(当時はそう呼んでいました)

今の主治医に就くまで本当に時間がかかりました。

 

今では、その主治医とは別に、伺うところも増えました。

 

ここに行き着くまでに

気が遠くなるような時間が必要とされます。

 

頭ではわかります。

そんな急にいわれても、バックグラウンドも、

その子の歴史もわからないのに、

急に診療行為なんてできないって。

 

でも、大変な時、わけがわからないときには、

思うのです。

今、助けて欲しい。

3ヶ月後の予約なんて、

今の私たちには、

何も役に立たないって。

 

振り返れば、あれもいい思い出って思えるか???

いいえ、思えません。

日本でもう少し専門のお医者様が増えたらと、願っています。

 

 

 

 

 

もう少し、話そうと思います

 

 

我が家の娘たちのことをずっと書いてきました。

それをいつも読んでくださってありがとうございます。


ASDのこと、発達障害のこと、

理解者が増えたらうれしいと思い、

社会でも受け入れ体制ができていったらいいと思っています。

 

そして彼女たちは、いま、とても話す時間を必要としています。

 

世の中はAIに情報を渡して、

それを文章にしてもらうということで、

手間を省くことも多いと思いますが、

 

我が家の体験や、

その時の感情はAIに考えてもらうということはできないので、

それなりに時間をかけてかいてきました。

 

あんなこと、こんなこと、いろいろ書くことによって、

心の整理にもなりました。

が、いま、

彼女たちは彼女たちの中の整理が必要。

それで、

彼女たちともう少し話す時間を、増やそうと思っています。

 

 

週に一度は携帯をみない、

パソコン開かない日を設けていますが、

それ以外にも医療機関の往復の車内、

夜寝る前、

どこかのティータイム、

夜中のチャットなどで話をしています。

 

きっとこの年齢の娘を持つ親としては

多くを話す時間に費やしている気もします。

でも、それでも、まだ不十分であることも感じています。

 

彼女たちの中には、

わかっていることと、わかっていないことが混在しています。

まだらになっているからこそ、

外からはとてもわかりにくい。

そして私にもわかりにくい、

そして、本人たちにもとてもわかりにくいらしいのです。

 

私、、どんな人なんだろうって。

 

凸凹も特殊で幅が広いらしい。

なので、もっとわかりたいと思っています。

 

これからの彼女たちの将来のことなど、

もっと話す時間が必要です。

 

幼い時からいっぱい話してきました。

双子であるが故に、

一人ずつの時間もとって話してきました。


それをまた、増やしたいとおもっています。

 

娘たちも大人の年齢になりました。
でも、その年齢になったからこそ話すこともあります。

迷うこともあります。

 

これからの彼女たちのことを、

もう少し一緒に考える時間を大切にしたいと思っています。