話す時間を増やして、、、発達障害の双子と共に

 

おかげさまで、話す時間が少しずつ増えていると思います。

そして、観察する時間も増えていると感じています。

 

二人は別々のところにカウンセリングに行っていますが、

今日はそのうちの一人が、

初めてのクリニックで五十分の時間を過ごしました。

 

この医療機関に予約はできるか?とアクセスしてから

もう半年ぐらいたったでしょうか。。。。

 

なんてことでしょう。

この「まつ状況」はずっと変わっていない気がします。

 

初めて私が、彼女たちがアスペルガーだとわかって

(当時はそう呼んでいました)

今の主治医に就くまで本当に時間がかかりました。

 

今では、その主治医とは別に、伺うところも増えました。

 

ここに行き着くまでに

気が遠くなるような時間が必要とされます。

 

頭ではわかります。

そんな急にいわれても、バックグラウンドも、

その子の歴史もわからないのに、

急に診療行為なんてできないって。

 

でも、大変な時、わけがわからないときには、

思うのです。

今、助けて欲しい。

3ヶ月後の予約なんて、

今の私たちには、

何も役に立たないって。

 

振り返れば、あれもいい思い出って思えるか???

いいえ、思えません。

日本でもう少し専門のお医者様が増えたらと、願っています。

 

 

 

 

 

もう少し、話そうと思います

 

 

我が家の娘たちのことをずっと書いてきました。

それをいつも読んでくださってありがとうございます。


ASDのこと、発達障害のこと、

理解者が増えたらうれしいと思い、

社会でも受け入れ体制ができていったらいいと思っています。

 

そして彼女たちは、いま、とても話す時間を必要としています。

 

世の中はAIに情報を渡して、

それを文章にしてもらうということで、

手間を省くことも多いと思いますが、

 

我が家の体験や、

その時の感情はAIに考えてもらうということはできないので、

それなりに時間をかけてかいてきました。

 

あんなこと、こんなこと、いろいろ書くことによって、

心の整理にもなりました。

が、いま、

彼女たちは彼女たちの中の整理が必要。

それで、

彼女たちともう少し話す時間を、増やそうと思っています。

 

 

週に一度は携帯をみない、

パソコン開かない日を設けていますが、

それ以外にも医療機関の往復の車内、

夜寝る前、

どこかのティータイム、

夜中のチャットなどで話をしています。

 

きっとこの年齢の娘を持つ親としては

多くを話す時間に費やしている気もします。

でも、それでも、まだ不十分であることも感じています。

 

彼女たちの中には、

わかっていることと、わかっていないことが混在しています。

まだらになっているからこそ、

外からはとてもわかりにくい。

そして私にもわかりにくい、

そして、本人たちにもとてもわかりにくいらしいのです。

 

私、、どんな人なんだろうって。

 

凸凹も特殊で幅が広いらしい。

なので、もっとわかりたいと思っています。

 

これからの彼女たちの将来のことなど、

もっと話す時間が必要です。

 

幼い時からいっぱい話してきました。

双子であるが故に、

一人ずつの時間もとって話してきました。


それをまた、増やしたいとおもっています。

 

娘たちも大人の年齢になりました。
でも、その年齢になったからこそ話すこともあります。

迷うこともあります。

 

これからの彼女たちのことを、

もう少し一緒に考える時間を大切にしたいと思っています。

 

 

 

 

糠床に落ちて、池で沈んだ。

あの子が、今の娘たちにいてほしい。

 

独身時代、ずっと犬がいました。

スタンダードのダックスフント。

 

みかんと糠味噌漬けが大好きで、

一度は糠床に前のめりになりすぎて落ちました。

 

ぬかみその樽のなかに、ダックスフント。。。絶句。

 

 池で泳がせようと抱っこして池で放したら、

四肢を下にして沈みました。

 

庭を掘った後は泥だらけ。

 足を洗っている間は、お腹までびしょびしょになる。

 

いつもは大きな足音なのに、

いけないことをした時だけ、足音をさせない。

抜き足差し足。。

 

そういう子でした。

 

娘たちにも犬を飼ってあげたいと思います。

 

でも、いきなりの吠える声。 

獣医に彼女たちだけでは連れていけない。 

汚れた時、どこまで洗えばいいか、加減がわからない。

お風呂でどこまで流したら

石鹸がおちているのかわからない。

 

自分たちのことでもわからないことがいっぱいある。

 だれかのお世話は、それだけで負担になります。

 

それでも、と思うのです。

 

娘たちは、よく、過去と未来を持ってくる。

「ああ、やっちゃった。」 

「ああ、明日、いやだなあ。」

 

後悔と心配が、日常にあります。

 

犬は、今を生きます。

 

糠床に落ちても、池で沈んでも、

次の瞬間にはもう全力でいる。 

昨日のことも、明日のことも、持っていない。

 

そういう子が、すーっと寄ってきてくれたら。

「今」を生きるお手伝いを、

人間にはできない方法でしてくれるんじゃないか

と思うのです。

皆さんのそばに、「今」を連れてきてくれる存在はいますか?

 

 

 

 

白鳥のボートと、アウトレット、

違った、全く違った!!!

 

母、一家の主人、娘。 

それぞれに立場があり、意見もあります。 

いつもこの三つ巴が、えらいこっちゃになります。

 

気づくと、「あれ?私はどこ???」となる。

 

誰もがわかる障害を持っている、97歳の母の「娘」として。 

パッとはわからないものの、

実は重度の障害がある娘たちの「母」として。

 責任ある事務所の「ボス」として。 

アーティストとしての「発信者」として。 

そして、「家事のエキスパート」として。

 

さあ、難しい五角形です。

立場で生きる時と、オギャーと生まれた「私」として生きる時。 この五角形の中を、

プーさんの友達のティガーのように飛び回っているだけで、

何一つ、五角の角まで行き着けていない気もします。

 

 

あっちの部屋で片付けていたと思ったら、またこっち。 

みなさんもきっと、いくつもの立場をお持ちだと思います。

優先順位をつけるのは、本当に難しい。

 

でも、このところ、

娘たちとの休日の過ごし方から学んだことがあります。 

それは「一箇所ずつ、充実させること」。

 

「ながら族」なんて言葉もありましたが、

それを娘たちがピシャっと止めにかかるのです。

 

携帯を見ながら、子供の話を「ふんふん」と聞くことは、

向かい合っていないのと同じ。

 

これは、彼女たちが小さい頃も、

大きくなった今も、変えたらダメだと

痛感しました。

 

 

休日は徹底的に。

 携帯、見ません。

パソコン、開きません。

 

先日の休日は、近場の湖に行きました。

 そして三人で、白鳥の足漕ぎボートに乗りました。

 

湖から見た景色は特別でした。

風も特別でした。

 郊外のアウトレットに行くのも休日の過ごし方です。

でも、

それとは全く違う時間と風が流れていました。

 

 

自分をその環境に置いたから、

そこにいられた。 

 

ちょっと5角のうちの

1つの角をタッチしてこられた気がします。

 

娘たちが私に教えてくれたのは、そういう休日の使い方です。 

 

皆さんも、たまには自分をその環境に置いてみてください。

 五角形の、一つの角に、

ちゃんとタッチできるかもしれません。

 

おすすめしちゃいます。

 

行きたい気持ち、「100」のうち 「5」

それでも、何日も決められない

 

 

 

今日、娘に聞いてみました。

あるイベントに、行くか行かないか。

何日も迷っていたので。

 

「行かない方が気は楽だけど、行くって言っちゃった」

そうか、じゃあ、と私は聞きました。

「行きたい気持ちは、100のうちどのくらい?」

少し考えて、娘は答えました。

「5」

 

私たちなら、5だったら行きません。

迷いません。即決です。

でも娘は、その「5」で何日も迷っていました。

 

私たちが「当たり前」にやっていることを、

少し考えてみてください。

 

このぐらい動いたら、このくらい疲れるだろうな。

こんな場所に今日行ったら、たいへんだろうな。

こんなに混んでいる時間に並んだら、疲弊するだろうな。

だから、やめる。

だから、行く。

だから、参加する。

この判断、自覚もないくらい瞬時にやっています。

 

娘たちには、それがわかりません。

今の自分の状態は、聞けばわかります。

でも、聞かないと自覚がない。

行きたくない、と思っていても、

それがどの程度なら行くべきなのか、がわからない。

 

だから頭の中が、「決めなければならないこと」で

いつもパンパンなのです。

 

「どうしよう」「どうしたらいいと思う?」

おそらく、私への質問でいちばん多いのはこれです。

それだけではありません。

行くって言ってしまった以上、

行かないなら連絡をしなければならない。

 

そのメール、そのコンタクトが、また一つの

「決めなければならないこと」になる。

 

行きたい気持ちは5。

でも、連絡する面倒さを避けるために、行く方を選ぶ。

5なのに、行く。

そういう計算が、頭の中で静かに動いているのです。

 

みんなが当たり前にできることは、実はすごいことなんだ。

娘の「5」を聞いて、そう思いました。