キビシ~!(by財津一郎)
財津一郎という方は、今の人なら「もっとも~っとタケもっと」というCMのフレーズを思い浮かべるかもしれないが、昭和の子供にとっては、「キビシ~!」とか、「やめて~、ちょうだい!」などのギャグで楽しませてくれたコメディアン。
で、本題は財津一郎とは全く関係無いのだけれど、最近出した易の結果に、思わず「キビシ~!」と言ってしまった出来事がありました。
先日の周易セミナーの際、ある生徒さんから、こんなご相談を受けました。
うちの息子が務めている会社の上司なんですが、去年あたりから、仕事と家庭の両方にかなりストレスを抱えているようで、仕事も上の空らしいんです。
最近、二人目のお子さんが生まれたので、その育児もある程度はしなければいけないし、会社ではあれこれと仕事を任されるしで、最近は会社に来てもトイレに閉じこもっている時間が長いそうなんです。
息子としては仲の良い上司であり先輩であり、とても心配なんだそうです。
そこで生徒さんに、この上司の半年運(今は6月だから年末までの半年間の運気)の易を出してもらいました。
すると結果は・・・
山風蠱 六四
それで私は思わず、「キビシ~!」と言ってしまった、というわけです。
山風蠱六四、というのは簡単に言えば「お前、だらしないね」ということです。この上司さん、お前はだらしない奴だと易は言うわけです。
山風蠱というのは、大事件が起きて、それから跡取りが先代の後を取り繕って立て直していく話と思っていただければ分かりやすいでしょう。
蠱というのは事件、つまり先代が死んだ、あるいは失敗した。そこで跡取りがその後を担って事後処理に奮闘し、見事に新しい時代を担っていくわけです。
その中で、最も使えないのが六四、というポジション。
この六四はぐうたら息子で、一家が大変なことになっているのに何もせずにダラダラしている。この上司はそんなぐうたら息子みたいなもんだ、と易は一言で厳しく諌めるのです。
そこで、半年運の他にも色々とこの上司に関して易を立ててもらったら、どうもプレッシャーを感じてオロオロしているのは本人だけの様子。
となると、このだらしない上司をなんとか補佐しようとしているこの息子君はどうしたら良いのか、という問題が残ります。
この上司の状態が分かっただけでは片手落ちになってしまうので、この息子君はどうしたら良いか、も易に聞いて見ました。
すると易の答えは、
天地否 六二
これまた「キビシ~!」と思わざるを得ませんが、上司がだらしないだけなら、部下としてはこれは当然の事かもしれません。
天地否六二とは、つまり、「放っておけ」でしょう。
「易は風諌」という師匠の言葉を改めて思い出しました。
神仏へ祈願する、ということ
最近どんどんと仕事が無くなってきた。たまに仕事の依頼があっても大した金額にならなくて手間のかかるものばかり。このままじゃ、先が不安で仕方ない。
これから先どうしたものか。
と言うご依頼。
昨年から続くコロナ禍の影響ももちろんあるけれど、それ以前から仕事の依頼がどんどん減ってきているんだ、とのこと。
以前からのクライアントさんで、飛ぶ鳥を落とす勢いの時期もあったことも知っているし、今だに都内の一等地に仕事場を持っている方です。
久々のご依頼だったので、こんなことになっているなんて驚いてしまいました。
そこで以前に作ったこのクライアントさんの資料を引っ張り出して、改めて見て見ると・・・
この方、数年前から仕事がどん詰まりになる、と言う運気に突入されていました。
で、いつ頃から仕事が減ってきたのかを尋ねて見ると、まさにこの運気に入った頃からでした。
そして、この運気は、まだ数年続くはず。
古くから一緒に勉強をしている友人が以前に言っていた、
「所詮、人間は干支の操り人形」
と言う言葉が、この時私の頭をよぎりました。
さて、どうしたものか。
どうあがいても、以前のような飛ぶ鳥を落とす勢いには戻れないけど、この方はあの頃の金回りの良かった時の感覚のままだし。
そこで、
まずは都内一等地の仕事場を整理して自宅兼仕事場にする。
アシスタントも減らす。仕事を選ばない。
といった、当たり前のことをまずはやりましょう、と提案しました。
しかし、どうもご不満な様子。
「どこかの神様にでもお願いしたらドカンと大きな仕事入って来ないかな。先生、神様詳しいじゃないですか。どこか紹介してくださいよ」
と言われました。
紹介してくれ、と言われても、私、神様の友達じゃないし。
それに、たとえ紹介してこの方がお参りに行ったとしても、受け入れて願いを聞いてくれるかどうかはあちら様(神様)次第だし。
とはいえ、クライアントさんのご要望を無碍に断る訳にもいかず、ふと思いついたある神仏はどうだろうかと易を立ててみました。
すると、出たのは、
天沢履 九五
あ、なるほど。
分かりました。よ~く分かりました。
と易の神様に心の中でお礼をして、クライアントさんにはこうお話しました。
ご紹介しても良いですが、その神様がどこにあったとしても、あなた、死ぬまで毎月必ずお参りできますか?
雨が降ろうが槍が降ろうが、どんなに体調が悪くても、それでも死ぬまで毎月お参りできますか?
絶対にやります! とおっしゃるなら、ご紹介しますよ。(紹介じゃないけど)
と、そのクライアントさん。黙ってしまいました。
「死ぬまで・・・ですか? 毎月必ず、ですか?」
しばらくの沈黙の後、
「家族と相談してみます」
とおっしゃってお帰りになりました。
天沢履九五
と言うのは、サッカーのイエローカードのようなもの。
とっても危険である、これ以上足を踏み入れたらレッドカードだよ、と言う易の神様からの警告です。
さて、このクライアントさんはどうされるでしょう。
多くの方は、神仏にお願いすればこちらの都合に合わせてくれるかのように思われているようですが、お願いをするのならばそれなりの覚悟が必要なようです。
また・・・
夏の暑さも収まったので、久々にロングで走ろうと思ったわけです。
私の趣味の一つに自転車があって、晴れた休日には走りに行くのですが、酷暑の夏はあまり走る気にもならず怠けていました。
が、ここ最近は空気も爽やかだし、久々に夢の国あたりまで走ろうと思って、前日の夜から用意もし、自転車のメンテナンスもしっかりやって朝早めに起きたわけです。
もちろん、前日には明日無事に走りに行けるようにと易を立てて確認しました。
すると出た易が
地天泰 六五
だったので、よし! と思ったわけです。
地天泰六五ならば、事故を起こすことも無く、無事に走ってこられるだろうと思いました。
で、今日は朝も早くから出かけました。
が・・・R17を順調に南下してもうすぐ東京都に入ろうという、戸田橋のすぐ手前に差し掛かった時、顔に水滴が落ちてきました。
もちろん、今日の天気予報は確認してあって、曇りだけれど降水確率は低いし、何しろ易が地天泰だってんだから、大丈夫だろうと思ってそのまま走っていましたら、またまた水滴が落ちてきました。
空を見上げると、どんよりと分厚い雲。はるかかなたには、少〜しだけ陽光が射している箇所もありましたが、このまま走るのに不安を感じて引き返すことにしました。
せっかくの休日、それも久しぶりに走るってのに、なんてこったい、でも易が地天泰六五って言うのに、なんで?
と思ったのですが、ここでハッと以前、全く同じようなことがあったのを思い出しました。
もう数年前のことですが、その時も、これから走りに行って良いかと易に聞いたら、今回と同じく地天泰六五が出たので走りに行ったら、出た先で驟雨に見舞われたのでした。
で、その時に考えたのが、地天泰六五が変化すると水天需になる、ということでした。
水天需とは、天の上に水がある象。
つまり雨が天から降ってくる、という暗示だったのでしょう。
しかし、この時も走りに行きたいという気持ちが強くて、この易を冷静に判断できなかったために、土砂降りの中を走って帰宅することになったわけです。
そうだった!
あの時も地天泰六五だったじゃないか!
と思い出し、急いで帰宅しました。
せっかく易が天気の変わりようを暗示してくれたのに、自分の欲が絡むと冷静に判断できなかった。
師匠がよく言われていた、「易の言うことは絶対だ」と言う言葉は身にしみていたはずなのに、目先の欲が絡むと、つい忘れてしまう。
まだまだ修行が足りない、と師匠に怒られそうです。