神仏へ祈願する、ということ | 開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ

神仏へ祈願する、ということ

最近どんどんと仕事が無くなってきた。たまに仕事の依頼があっても大した金額にならなくて手間のかかるものばかり。このままじゃ、先が不安で仕方ない。

これから先どうしたものか。

 

と言うご依頼。

 

 

昨年から続くコロナ禍の影響ももちろんあるけれど、それ以前から仕事の依頼がどんどん減ってきているんだ、とのこと。

 

 

 

以前からのクライアントさんで、飛ぶ鳥を落とす勢いの時期もあったことも知っているし、今だに都内の一等地に仕事場を持っている方です。

 

久々のご依頼だったので、こんなことになっているなんて驚いてしまいました。

 

そこで以前に作ったこのクライアントさんの資料を引っ張り出して、改めて見て見ると・・・

 

 

この方、数年前から仕事がどん詰まりになる、と言う運気に突入されていました。

で、いつ頃から仕事が減ってきたのかを尋ねて見ると、まさにこの運気に入った頃からでした。

そして、この運気は、まだ数年続くはず。

 

古くから一緒に勉強をしている友人が以前に言っていた、

「所詮、人間は干支の操り人形」

と言う言葉が、この時私の頭をよぎりました。

 

さて、どうしたものか。

どうあがいても、以前のような飛ぶ鳥を落とす勢いには戻れないけど、この方はあの頃の金回りの良かった時の感覚のままだし。

 

そこで、

まずは都内一等地の仕事場を整理して自宅兼仕事場にする。

アシスタントも減らす。仕事を選ばない。

 

といった、当たり前のことをまずはやりましょう、と提案しました。

 

 

しかし、どうもご不満な様子。

 

「どこかの神様にでもお願いしたらドカンと大きな仕事入って来ないかな。先生、神様詳しいじゃないですか。どこか紹介してくださいよ」

と言われました。

 

 

紹介してくれ、と言われても、私、神様の友達じゃないし。

それに、たとえ紹介してこの方がお参りに行ったとしても、受け入れて願いを聞いてくれるかどうかはあちら様(神様)次第だし。

 

とはいえ、クライアントさんのご要望を無碍に断る訳にもいかず、ふと思いついたある神仏はどうだろうかと易を立ててみました。

 

すると、出たのは、

 

天沢履 九五

 

あ、なるほど。

分かりました。よ~く分かりました。

と易の神様に心の中でお礼をして、クライアントさんにはこうお話しました。

 

ご紹介しても良いですが、その神様がどこにあったとしても、あなた、死ぬまで毎月必ずお参りできますか?

雨が降ろうが槍が降ろうが、どんなに体調が悪くても、それでも死ぬまで毎月お参りできますか?

絶対にやります! とおっしゃるなら、ご紹介しますよ。(紹介じゃないけど)

 

 

と、そのクライアントさん。黙ってしまいました。

 

「死ぬまで・・・ですか? 毎月必ず、ですか?」

しばらくの沈黙の後、

「家族と相談してみます」

 

とおっしゃってお帰りになりました。

 

天沢履九五

 

と言うのは、サッカーのイエローカードのようなもの。

とっても危険である、これ以上足を踏み入れたらレッドカードだよ、と言う易の神様からの警告です。

 

さて、このクライアントさんはどうされるでしょう。

 

多くの方は、神仏にお願いすればこちらの都合に合わせてくれるかのように思われているようですが、お願いをするのならばそれなりの覚悟が必要なようです。