開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -61ページ目

ちょっと嬉しい

今日、ある女の子からの恋愛相談を受けました。

良い子なんだけど、なかなか、これといった縁がなくて、ちょっと心配だった子です。

まずは易で見てみたら、とても好感触。

でも方針は「澤水困」なので、すぐにはこの恋は実らなそう。

澤水困は、本によってはとてもひどいことが書いてあったりしているので、誤解されている方も多いようですが、そんなにひどいことにはなりません。

それどころか、とても楽チンな卦。

だって、チャンスが来るまで待っていれば良いだけのことですから。

ただ、今は動けない動かないほうが良い。そう易は言うわけです。

だから、焦らないでね。

運命の要諦はバランスにあり(かな?)

「宇宙は常にバランスをとろうとしている」

こういった意味のことを、高尾宗家がどこかに書いていらした記憶があります。

最初は、なんのこっちゃ?

と思っていましたが、最近この言葉の意味が朧げながら分かってきたような気がします。

それどころか、運命の鍵はこの「バランス」にあるのではないか、とさえ思っています。


バランス。


中国では昔から「中庸」を重んじています。

易でも、2爻、5爻が比較的良い言葉が多いのも、それぞれが内卦、外卦の中庸の場所にあるからです。


このバランス、ということを、一人の人生の中で考えてみると、ほとんどの人は、一生を通じて安泰な、あるいは楽しい人生を送れることはありません。

ほとんどの人が、ある時期、とても苦しんだり悩んだりします。

算命の言葉で言えば「守護神運」、あるいは「大運天中殺の陽転」などのように、この世の春を謳歌できるような時期は限られています。

その時期が若い時期に巡るのか、中年で巡るのか、あるいは晩年で巡るのかは、人によって違います。


運命のグラフを描いてみると、運勢は上がったり下がったりしているのではないでしょうか。

しかし、山の部分と谷の部分を足し引きしてみたら、どの人も、さほど大きな違いは無いのではないでしょうか。


これは一人の人間の一生という尺度で見た場合ですが、これを例えば家族、という単位で見てみるとどうでしょう。

今は子供の数も少ないので、あまりはっきりとは感じられない、または現象として出てこないかもしれませんが、昔のように子供が大勢いた時代では、けっこうはっきりと現象として現れていたような気がします。

貧乏人の子沢山、と言いましたが、昔は兄弟姉妹の数が多かった。

この兄弟、姉妹の間でもバランスがとられているように思うのです。


つまり、大勢兄弟姉妹がいると、その中に一人、どうしようもなくだらしないのが一人いる。定職にもつかず、ふらふらと遊んでいる。或は遊び人仲間に入ってグレてしまう。

こういう兄弟が一人出るかと思えば、中には飛び抜けて勉強が出来て出世するのがいる。

これも、その家族の中で見れば、一人が飛び抜けて出世する代わりに、一人がうだつの上がらない人生を送る。

これでバランスがとれる。


この実例は、私が実際に鑑定した方の中にもいらっしゃいましたし、私の友人の場合にもありました。


この考え方を敷衍すれば、水野南北の「食は運命を左右する」という考え方も、結局はバランスの問題なのではないかと考えているわけなのです。

雷火豊上六についての考察

昨日いらしたお客さんの当面の健康運に出たのが、タイトルの「雷火豊上六」です。

んっ、これ何? と思ったのですが、すぐに、ああなるほど、と合点が行きました。



この方、年齢は53歳ですが、見た目は40代そこそこ。

見た目はメタボでもなく、中肉中背です。

そこで質問してみました。

「何かスポーツされてます?」

と、その方がおっしゃるには、

「ときどきジムとか行くのですが、実は一週間くらい前に犬と一緒に走っていたら肉離れをしてしまって・・・」

そこで雷火豊上六を納得しました。



「若い頃はスポーツもされていたようですが、最近はあまりスポーツもされていないようなので、軽い運動程度にされていたほうがよろしいですね」

と言うと、一瞬驚いたような顔をされたのですが、苦笑いの後、こうおっしゃいました。

「いや、まさに先生のおっしゃる通りなんです。若い頃はバスケットをやっていたし、自分ではまだまだ動けるつもりでいたんですがね~」



まさに雷火豊上六ですね。

雷火豊は卦自体は、その名の通り「豊か」なんです。

でも、その豊かさのバリエーションは爻によって様々。

特に上爻になると、豊かさの終わりを意味します。

でも、卦全体は豊なので、一見、豊かに見えますが、その中身は、とても豊かとは言えない。


つまり、この方の健康にあてはめて考えれば、自分ではスポーツマンだった過去の思いがあって、見た目と自分の気持ちは「豊」ですが、実際の肉体は、とても「豊」とは言えない状態になっている、ということなんでしょう。


そして易にはこう書いてあります。

「三歳まで見ず。凶」

三年もこのままほうっておいたら、ますます体は衰えるぞ、と。


ここでもう一度若い頃を目指して少しずつでも運動を始めるのか、このままほったらかしにしておくのか、どちらを選ぶかで未来はかなり違ってきてしまうのではないでしょうか。