開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -60ページ目

運の良い人

一般的に「運の良い人」というのは、仕事でとても成功しているとか、お金をたくさん持っている人などをイメージされるのでしょうか。

これを算命学や四柱推命などの視点から見てみると、世間一般の見方とは違う面が見えてきます。

東洋の占いは五行説という考え方が基礎になっています。

この世は木、火、土、金、水の5つのエレメントで構成されている、というものです。

なので、人にも、この五行という5つのエレメントが備わっていると考えます。

この5つの要素によって、人の宿命や性格などを読み取っていくのですが、その構成比率は人それぞれ違います。

この構成比率が、さまざまな人の運命を作って行くと考えるわけです。

なるべくなら、この5つの要素が同じくらいの比率で備わっていると、穏やかな人生を送れる可能性が高くなります。

こういう方の場合は、大きく運が上下することはあまり無いようです。

しかし、人によっては、この構成比率が偏っている場合があります。

こういう人の場合、この偏りを是正してくれるような運が回ってきた時は、ぐんと運勢が良くなります。

他の要素も考えなければなりませんが、おおまかに考えると、この後天運という、人生で巡ってくる運勢が味方してくれる時は、とても楽ちんに人生が送れる時期になりやすいので、こういう時期には、大きな仕事をやり遂げられる可能性も高くなりますし、それによって収入もぐんと増える可能性も高くなります。

世間の人は、こういう時期にある人を見れば、「あの人は運が良い」と思うのでしょう。

しかし、こういう運というのは、たいていの場合、20年前後くらいしか続きません。

人によっては数十年こういう運気が続く場合もありますが、たいていは、20年前後でしょうか。

この良い運気が働き盛りに巡ってくる人は、いわゆる「運の良い人」に見られるのでしょう。

ただし、この「運の良い人」も、この良い運気が過ぎてしまえば、元々は偏りが大きな宿命を背負っているわけなので、また生きづらい人生が待っている、ということになりかねません。

算命学とか四柱推命などの知識があれば、ある程度は自分の運気が良い時期があらかじめ予測できます。

これは人それぞれの考え方なのでしょうが、その運気が良い時期に、思い切り人生を謳歌するのか、それとも徳を積むような気持ちで、運気の良い時期を過ごすのかで、その後の人生が変わっていくような気がします。

今夜はファイナル

タロット教室の生徒さんの娘さんが「東京音楽コンクール」の「木管部門」でファイナリスト4人に選ばれていて、いよいよ今夜がファイナル!
会場は上野の文化会館大ホール。
ここは私も子供の頃、クラシック音楽好きな父に連れられて何度か来たことがありますが、そんな大会場で、生まれた時から知っているお嬢さんがステージに立つなんて、なんだか夢のようです。
このファイナルでは、日本フィルハーモニー交響楽団とのコンチェルト。
本人はかなりプレッシャーを感じているようだったので、前回の教室の時に彼女に来てもらって、ワンオラクルでカードを1枚引いてもらいました。
このことは「最近使っているカード」で書きましたが、彼女が引いたのが「ワンド3」でした。
さて結果がどうなるかはまだ分かりませんが、ワンド3ならば、それなりの結果が期待出来るのではないでしょうか。

東国三社参りに行ってきました。

算命、周易、タロットを分かりやすく教えます 羽田一彦のブログ-香取神宮


今年も東国三社参りに行ってきました。

すっかり毎年この時期の恒例行事となりました。

香取様と鹿島様はよく知られていますが、肝心要の息栖様は、すっかり忘れられているようです。

ここは、宮司さんがいらっしゃる時といらっしゃらない時があります。

ここ3年ばかり、いつもいらっしゃらないので、ご神殿にあがってのご祈祷を受けていませんし、神札も新しいものをいただいていません。

いつ行っても、ほとんど参拝される方もいらっしゃらないので、しようがないかと思います。

ですので、いつも柏手をうってお参りだけしてきます。

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香取様~息栖様~鹿島様の順番で巡るのですが、それぞれの神社でお水をいただいてきます。


で、鹿島様。


なんか違うと思ったら、なんと一の鳥居が無い!

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これが去年お参りした時の写真。

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そしてこれは、今年の写真。

3月11日の地震で、石の大鳥居が倒れてしまったそうです。

なんともまあ痛ましいお姿。

地元では、人々の代わりとなった、と言われているそうです。


いつか、以前のような勇壮な大鳥居が再建されんことを祈っています。