開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -43ページ目

「風水渙 初六」 あるいは、易って優しいんですね、と言われたことについて

この易は、先日婚約した、私の生徒さんの婚約者さんの仕事について占った時に出た卦爻です。

実は、この生徒さんの婚約者さん、Mさんとしておきます。

彼女は中学生から大学を卒業するまで、とても辛い日々を送ってきた女性でした。

というのは、彼女の母親が、いわゆる「統合失調症」と診断される、心の病(実はこれにもいろいろな話がありますが、ここでは書けません)で、その看病やら妹たちのケア(彼女は三姉妹の長女)なので人には言えないような苦労があったそうです。

父親も、この母親の看病やらケアやらでまともに仕事も出来ず、年収もとても少なくなってしまい、このMさんはずっとバイトをし、さらには奨学金も受けながら大学を卒業しました。

そして、まずは派遣のOLとして昼間も働くようになったのですが、妹達の学費を稼ぐために、夜のバイトは続けていたそうです。

が、この度、ある会社(とてもしっかりとした安定した会社です)に就職することが決まったのです。

そこで、私の生徒さんが心配して、この仕事がMさんにとってどんなもんか、易で見ていただけませんか、ということでした。

そこで出たのが、


風水渙 初六


でした。


この風水渙というのは、水の坎難を、風が吹き散らす、という意味の卦です。

これを見た時、このMさんの苦労を、易が慰めてくれたような気がして胸が熱くなりました。

で、私の生徒さんである、このMさんの婚約者の男性にはこう、話しました。

「このMさんは、これまでとても辛い思いをしてきたんだよね。でも、これからは大丈夫。仕事は心配ないから大いに張り切っておやりなさい。易が、これまで頑張ったね、って言ってるよ」と。

そこで、生徒さんも笑顔になって

「易って優しいんですね」と言ってくれました。


でも、あたしには、こんな優しい易って、ほとんど出ないんですが。

まだまだ苦労が足りないってことですか?


師匠の易の凄さ

我が師匠、横井伯典は、もう御年90歳近くなり、教室も閉めてしまいましたが、私は約10年、この師匠の教室に通わせていただきました。

この間に、師匠から教わった易の判断の妙味というものを、今、しみじみと味わっています。

師匠は良く「俺の師匠は、自分が間違った判断をした易だけだ」とおっしゃってましたが、それほど実践で磨かれた判断でした。

それも、泥まみれというか、人のドロドロとした欲望渦巻く現実における判断で磨かれた易でした。

それだけに、師匠の解説の一言、判断の一言には千金の重みがありました。

その一言半句を書き留めておいたことが、現在の私の財産になっています。


普段の鑑定の時には、じっくりと読み返していられないこともあるのですが、時間のある時に改めて読み返してみると、なるほど~と思えることが多くあります。

もう教室は閉めてしまって、半ば隠居状態になってしまわれた師匠ですが、出来得る限り元気で、穏やかな日々を過ごしていただきたいものです。

雷山小過 上六

今月の月運は「雷山小過上六」でした。

雷山小過はどの爻でも、あまり有り難く無いのですが、特に上爻はひどく、天災と人災がいっぺんにやってくる、というような意味が書いてあります。

これが出た時に、いや~な気分になったのですが、他の仕事運や財運、などには、特にこれといって難しい易が出なかったので、雷山小過ってなんだろう、と思っていました。

実際、今は3月半ばを折り返しましたが、前半は、特にこれといった問題も起こらず、それどころか、けっこう順調に過ごしてきました。

が・・・今日、とうとう雷山小過上六かと思われるようなことが起きてしまいました。

久々の休日だし、晴れていて陽気も良いし、自転車で走ろうと思ってコンタクトレズを装着しようとしました。

軽く洗い流してから装着しようとしたら、今まで使っていたのとは違うボトルがあったのですが、大きさも同じだしと思い、このボトルを使いました。

が、これを目に装着したとたん、痺れるような痛み!

う~ん、しばらく使っていなかったからゴミでもついているのかと思い、さらにこのボトルの液体をレンズにかけてもう一度装着してみたら、またまた痛みが!


後で分かったことですが、これはコンタクトレズの洗浄液だったんですね。

目を水で洗い流して、多少痛みは収まってきたのですが、今日は日曜日なので、目医者さんには明日、行くしかありません。

で、はっと思い出したのが「雷山小過上六」です。

人災と天災とはことことかと納得しました。

やはり易は、いろいろなことを暗示してくれました。