開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -42ページ目

干支が示す暗示

今回の記事は、前回の

「風水渙初六」 あるいは、易って優しいんですね、と言われたことについて

で取り上げたMさんの話の続きです。

この記事を、本人が読んでくれて「とても慰められました」という意味のことを言ってくれました。

こういう感想をいただくと、まさに易者冥利に尽きる、とでも言いますか、こういう仕事をしていて良かったな~、と思えます。

そして、命式だけであれば、使っていただいてもけっこうです、とも言っていただいたので、算命や四柱推命など、干支を使う占術をされる方の参考になればと思い、彼女の命式(干支のみですが)を掲載させていただきます。


女命

  己 丙 壬
申 卯 午 申



識者の方なら、う~んと唸ってしまうような命式かと思われますが、簡単に解説させていただきます。

この方、日干つまり自分自身は己なので、いわば田畑です。田園の土です。

ということは、様々な作物を育てるのが役割となります。

そして、この土が生まれたのは午月、夏です。

そしてこの午の真上にあるのが丙=太陽です。

つまり、ギラギラとした太陽が照りつける真夏の田園です。

このままでは土は干上がってひび割れてしまいます。

となれば、まず必要なのは水。真夏の植物には水は欠かせません。


で、この方の年柱「壬申」はまさに水。それも、申という水源を持った強力な水です。

なので、生まれつき幸運な生まれと言えます。


しかし、この水、思うように活かせないという宿命でもあります。

というのは、このMさんの天中殺は申酉。そして年支が申。

壬申は生年天中殺といって、親の恩恵が受けられない、または親はあてにできないことを暗示しています。

さらに、この命式における守護神である「壬」そして壬の水源である申も、あてにできないという暗示でもあります。


彼女の父親は、申の中にある「庚」ですので、父親は彼女にとって守護神(有り難い存在)ではあるのですが、実際には力になれないことを示しています。

そして母親は「丙」。強烈な太陽であり、この命式においては忌神(有り難くない存在)となってしまいます。

この丙は月支午に根っこがあるので、とても強烈です。

この強烈な太陽が、守護神である壬申と本人である己の間に立ちはだかっています。


母親は、彼女にとっては忌まわしい存在。父親は有り難い存在ではあっても、力を思うように発揮出来ない。

こういう暗示が命式に示されています。

彼女は実際にはご両親のことが大好きなのですが、彼女の話を聞いていると、まさに命式の暗示通り。

干支は、時には残酷なまでに現実を示してしまいます。

が、それを知っているのと知らないままでいるのでは雲泥の差ではないでしょうか。

残酷かもしれないけれど、干支が示す現実を受け入れる、そしてそれを自分で納得することで、自分の人生を見つめることが出来るようになるのかもしれません。


クライアントさんが自分の人生を見つめなおし、より良い人生を歩むお手伝いをさせていただくのが、我々の仕事なのかもしれません。

「風水渙 初六」 あるいは、易って優しいんですね、と言われたことについて

この易は、先日婚約した、私の生徒さんの婚約者さんの仕事について占った時に出た卦爻です。

実は、この生徒さんの婚約者さん、Mさんとしておきます。

彼女は中学生から大学を卒業するまで、とても辛い日々を送ってきた女性でした。

というのは、彼女の母親が、いわゆる「統合失調症」と診断される、心の病(実はこれにもいろいろな話がありますが、ここでは書けません)で、その看病やら妹たちのケア(彼女は三姉妹の長女)なので人には言えないような苦労があったそうです。

父親も、この母親の看病やらケアやらでまともに仕事も出来ず、年収もとても少なくなってしまい、このMさんはずっとバイトをし、さらには奨学金も受けながら大学を卒業しました。

そして、まずは派遣のOLとして昼間も働くようになったのですが、妹達の学費を稼ぐために、夜のバイトは続けていたそうです。

が、この度、ある会社(とてもしっかりとした安定した会社です)に就職することが決まったのです。

そこで、私の生徒さんが心配して、この仕事がMさんにとってどんなもんか、易で見ていただけませんか、ということでした。

そこで出たのが、


風水渙 初六


でした。


この風水渙というのは、水の坎難を、風が吹き散らす、という意味の卦です。

これを見た時、このMさんの苦労を、易が慰めてくれたような気がして胸が熱くなりました。

で、私の生徒さんである、このMさんの婚約者の男性にはこう、話しました。

「このMさんは、これまでとても辛い思いをしてきたんだよね。でも、これからは大丈夫。仕事は心配ないから大いに張り切っておやりなさい。易が、これまで頑張ったね、って言ってるよ」と。

そこで、生徒さんも笑顔になって

「易って優しいんですね」と言ってくれました。


でも、あたしには、こんな優しい易って、ほとんど出ないんですが。

まだまだ苦労が足りないってことですか?


師匠の易の凄さ

我が師匠、横井伯典は、もう御年90歳近くなり、教室も閉めてしまいましたが、私は約10年、この師匠の教室に通わせていただきました。

この間に、師匠から教わった易の判断の妙味というものを、今、しみじみと味わっています。

師匠は良く「俺の師匠は、自分が間違った判断をした易だけだ」とおっしゃってましたが、それほど実践で磨かれた判断でした。

それも、泥まみれというか、人のドロドロとした欲望渦巻く現実における判断で磨かれた易でした。

それだけに、師匠の解説の一言、判断の一言には千金の重みがありました。

その一言半句を書き留めておいたことが、現在の私の財産になっています。


普段の鑑定の時には、じっくりと読み返していられないこともあるのですが、時間のある時に改めて読み返してみると、なるほど~と思えることが多くあります。

もう教室は閉めてしまって、半ば隠居状態になってしまわれた師匠ですが、出来得る限り元気で、穏やかな日々を過ごしていただきたいものです。