開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -40ページ目

東国三社参り その1

今年も、東国三社参りに行ってきました。

もう二十数年続けていますが、毎年参拝出来る幸せに浸っています。

香取神宮1

まずは香取神宮様から。

ここから砂利の敷いてある参道を歩いていくと、大きな鳥居をくぐって手水に出ます。

ここで手、口を清めて、いよいよ御本殿。

わたしは、おそらくこの香取様とは何らかのご縁があるらしく、砂利道を歩き出すと、なぜかとっても楽しくなって、にっこにこと笑顔になってしまいます。

参道に足を踏み入れた瞬間、幸せな気持ちがあふれて来るのです。

うきうきしながら参道を踏みしめ、今年も香取様へお参りに来られた幸せを噛み締めながら御本殿へ。

と、手水を使って御本殿まで少し歩くのですが、御本殿が見えた途端に、幸せは頂点に達します。

まるで大好きなアイドルに会えたオタクみたいなものです。



香取さま~!!!


と、誰もいなければ、大声で叫びたいほどです(マヂです)。

香取神宮3

その香取様の御本殿がこちら。

この御本殿を見ただけでキュンキュンしてしまいます。


数年前から改修をされていましたが、それも終わり、見事な、立派な御本殿。ピカピカしています。
茅葺きの屋根も素晴らしく、うっとりとしてしまいます。

で、ご祈祷の申込をし、さらには御朱印帳もお願いします。

しばらく控え室で待っていると、ド~ンド~ンという勇壮な太鼓の音。

と、清楚な巫女さんが控え室に来て下さって、いよいよご祈祷です。


毎年、私のお願いごとは「心願成就」、いろいろと思うところがあるけれど、そのいろいろなことを、どうかお聞きいただけないものでしょうか、という思いを込めております。

このお参りを始めた頃は、私一人でしたが、数年前から連れも出来て、ここ数年は3人でお参りしています。

神主様のお祓い、祝詞奏上をいただき、それぞれに玉串を捧げて、無事、今年も香取様での参拝が終了。

御神札を賜って御神前を辞します。

香取神宮2

その後は、香取様の御水をたっぷりといただきました。

これは来月の富士山のお光をいただいた後、ご縁のある方にお使いいただくこととなっています。


そして奥宮へ。

香取神宮4

初めてこの奥宮へお参りさせていただいた時は、理由も分からずに緊張しまくっていたのですが、なんと、この奥宮は香取様の荒魂をお祀りされていたのですね。

なんでこんなに緊張するのか、それで納得でした。


今年も香取様にたっぷりと浸らせていただき、息栖様、鹿島様へと出発しました。



その2に続く


大運天中殺のさまざまな現象

私が鑑定に使う算命では、「大運天中殺」という見方があります。

四柱推命ならは「空亡(くうぼう)」という名前ですが、算命では「天中殺(てんちゅうさつ)」と言います。

昭和の頃、とある占い師がテレビでさかんにこの天中殺の恐怖をあおったため、一時期ブームになったようで、今でも天中殺=何か悪いことが起こる時期、ととらえてらっしゃる方が多いのかもしれません。

ただし、この占い師が言っていた天中殺とは12年のうちの2年間巡る天中殺で、さらに言えば、悪いことが起こる時期と軽卒に判断できるものではありません。

ただ、自分の気持ちがぶれやすくなるので、新しいことを始めるのには向いていない、ということは言えるとは思いますが。

で、今回この記事に書こうとしているのは、「大運天中殺(たいうんてんちゅうさつ)」というもので、これは人によって巡ってくる方と巡ってこない方がいらっしゃいます。

巡ってくる方も、大抵は20年間ですが、もろもろの条件が重なると、60年間という、人生のほとんどをこの大運天中殺で過ごす方も、ごく稀にではありますが、いらっしゃいます。

実は私の易の師匠、横井伯典はこの珍しい60年間の大運天中殺が巡った方でした。

27歳~87歳までの60年間が、師匠の大運天中殺期間だったのですが、私が師匠から聞いた話では、27歳の時に易に出会って易者になったそうです。

そして87歳の時に、築地の教室も閉めて引退されました。

まさに大運天中殺期間中、易者として人生を送っておられたわけです。


こんな方も珍しいですが、長年鑑定に携わっていると、さまざまな大運天中殺現象に出会うことがありました。

この期間中、とても運気が上がって我が世の春を謳歌された人も見ましたが、とても運気が下がって何をやってもうまくいかない、という人も見ました。

が、どちらの方も、大運天中殺が終わると、元の鞘に収まるというか、運気が上がっていた人は運気が落ち込んだと感じ、運気が下がった人は運が向いて来たと感じているようです。


これが私が教わった大運天中殺のパターンですが、実際にいろいろな方を鑑定してみると、これ意外にも特徴的な現象が出た方もいらっしゃいました。

意外に多いのが病気です。大運天中殺の入ったとたん、難病にかかりずっと寝たままになった方や、大運天中殺に入った頃から鬱病になって仕事が出来なくなった方がいらっしゃいました。

この場合、たいていは本人ではなく、ご家族からの鑑定依頼でした。

生年月日等のデータをいただいて解析してみても、どうもピンと来なかったのですが、体調が悪くなった時期と大運天中殺の時期が重なっていることに気がつきました。

そこでクライアントさんに、「○○歳ころから悪くなったのではありませんか?」とお聞きすると、「そうなんです。○○歳まではごく普通に生活していたんですが・・・」


人の運命は、さまざまな要素によって形作られているのですね。

ただ、ある先生から言われたことがあります。

「どんなに優秀な占い師でも、人の人生の100%は分からない。というか、分かってはいけない。どんなに優秀でも50%まで。それ以上は人間が踏み込む領域ではない。」

せめて50%までは到達したいものです。

人間の自由意志

命の占で鑑定していると、時々、人間の自由意志というのはあるのだろうか? と疑問に感じてしまうことがあります。

先日、算命のレッスンで、一応の決着となった大塚家具のお二人を題材に取り上げて生徒さん達に解説したところ、生徒さんの一人がこんなことを言われました。

「なんか人間って哀れですね。自分で考えて動いているつもりでも、干支に操られているんですね」

100%干支の暗示通りになるわけではないし、そこに自由意志は介在するのだろうとは思うのですが、それでも多くの例題を解析する限り、干支に操られているように見えてしまいます。


この大塚家具のお二人を調べている時に、以前に見たヤオハンの元会長、和田一夫さんのことを思い出し、命式を引っ張り出して改めて眺めてみると、やはり和田氏の幸運期が終わると同時にヤオハンが経営危機に陥り経営破綻していました。

以前、ほぼ同時期に勉強を始めた友人と和田一夫氏について議論したことがあったのですが、その時はまだまだヤオハンが絶好調の時でした。

その時は、この幸運期が終わると和田さん個人は運気が落ち込むけど、あれだけ大きな会社だから、会社全体がおかしくなることは無いのではないか、という結論になりました。

が、その後、実際にヤオハンが経営破綻したのを見て、あれだけの大きな会社でブレーンも大勢いたのかもしれないけれど、実質的には和田さんのワンマン経営だったのではないかと推測せざるをえません。


かねがね思っているのですが、経営者こそ、こういった命学を学んでいただきたいと思います。

従業員、およびその家族の生活を保証しなければならない経営者は孤独な存在ですが、それだけに先を見る道具を持っていたいものです。