開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -40ページ目

東国三社参り その2

息栖神社1

香取、鹿島の両神宮に比して、あまり名前が知られていないのが、この「息栖神社」でしょう。

地図を広げてこの三社の位置を確かめていただくと、実はこの息栖神社が扇の要の位置にあるとういうことがお分かりいただけます。この三社は、二等辺三角形の配置になっています。

それに、ここのお水は「天下の三神水」と賞された水が湧き出ることでも知られています。

利根川の支流の脇に鳥居があり、江戸時代まではここへ舟でつけて参拝してから、香取様をお参りして一泊。翌日、鹿島様をお参りされていたそうです。

これは息栖神社の宮司さんに聞いたお話です。

が、この宮司さんとは、ここ数年お会いしていません。

この宮司さんがいらっしゃる時はご祈祷をお願いして御拝殿に上がらせていただくのですが、ご高齢のせいでしょうか。

仕方ないので、本殿に参拝させていただいた後で社務所で御神札をいただき、その後、あの天下の三神水をたっぷりと頂戴して、次の目的地、鹿島神宮様へと向かいます。

鹿島神宮1
息栖様から香取様までは車で30分くらいでしょうか。

一の鳥居のすぐ脇にある駐車場に車を止めます。

4年前の大震災の時に倒壊してしまった大鳥居も復興し、前にも増して立派な大鳥居をくぐり抜けて手水へ。

鹿島神宮2

立秋を過ぎたとはいえ、強い日差しですが、ここ、鹿島様の土から湧き上がってくるエネルギーの強さは半端無いっす!

鹿島神宮3

この建物が御本殿で、昨年まではこの拝殿に上がってご祈祷をしていただきましたが、今年は新たに立派な拝殿が建てられていて、そちらでご祈祷していただきました。

が、ご祈祷が終わった後で、御本殿にもお参りさせていただきました。


そして、この鹿島様のお水は御本殿からけっこう距離のある御手洗(みたらし)という、山の中腹から湧き出ている湧水でいただきます。


鹿島神宮4
ここは四角く区切られている池になっていて、神職さん達が禊をされる時にも使われるようですが、この写真の右手に湧水があり、参拝された方が次々とお水を汲んでらっしゃいます。

真夏でも冷たい湧水をたっぷりと頂戴して、来年も無事に参拝できますように、と祈念して今年も無事に三社参りが終了しました。


この三社で頂戴した御神水は、富士山のお光りをいただいてさらにパワーを増して、ご縁のある方達に使っていただくこととなります。



その1はこちら

東国三社参り その1

今年も、東国三社参りに行ってきました。

もう二十数年続けていますが、毎年参拝出来る幸せに浸っています。

香取神宮1

まずは香取神宮様から。

ここから砂利の敷いてある参道を歩いていくと、大きな鳥居をくぐって手水に出ます。

ここで手、口を清めて、いよいよ御本殿。

わたしは、おそらくこの香取様とは何らかのご縁があるらしく、砂利道を歩き出すと、なぜかとっても楽しくなって、にっこにこと笑顔になってしまいます。

参道に足を踏み入れた瞬間、幸せな気持ちがあふれて来るのです。

うきうきしながら参道を踏みしめ、今年も香取様へお参りに来られた幸せを噛み締めながら御本殿へ。

と、手水を使って御本殿まで少し歩くのですが、御本殿が見えた途端に、幸せは頂点に達します。

まるで大好きなアイドルに会えたオタクみたいなものです。



香取さま~!!!


と、誰もいなければ、大声で叫びたいほどです(マヂです)。

香取神宮3

その香取様の御本殿がこちら。

この御本殿を見ただけでキュンキュンしてしまいます。


数年前から改修をされていましたが、それも終わり、見事な、立派な御本殿。ピカピカしています。
茅葺きの屋根も素晴らしく、うっとりとしてしまいます。

で、ご祈祷の申込をし、さらには御朱印帳もお願いします。

しばらく控え室で待っていると、ド~ンド~ンという勇壮な太鼓の音。

と、清楚な巫女さんが控え室に来て下さって、いよいよご祈祷です。


毎年、私のお願いごとは「心願成就」、いろいろと思うところがあるけれど、そのいろいろなことを、どうかお聞きいただけないものでしょうか、という思いを込めております。

このお参りを始めた頃は、私一人でしたが、数年前から連れも出来て、ここ数年は3人でお参りしています。

神主様のお祓い、祝詞奏上をいただき、それぞれに玉串を捧げて、無事、今年も香取様での参拝が終了。

御神札を賜って御神前を辞します。

香取神宮2

その後は、香取様の御水をたっぷりといただきました。

これは来月の富士山のお光をいただいた後、ご縁のある方にお使いいただくこととなっています。


そして奥宮へ。

香取神宮4

初めてこの奥宮へお参りさせていただいた時は、理由も分からずに緊張しまくっていたのですが、なんと、この奥宮は香取様の荒魂をお祀りされていたのですね。

なんでこんなに緊張するのか、それで納得でした。


今年も香取様にたっぷりと浸らせていただき、息栖様、鹿島様へと出発しました。



その2に続く


大運天中殺のさまざまな現象

私が鑑定に使う算命では、「大運天中殺」という見方があります。

四柱推命ならは「空亡(くうぼう)」という名前ですが、算命では「天中殺(てんちゅうさつ)」と言います。

昭和の頃、とある占い師がテレビでさかんにこの天中殺の恐怖をあおったため、一時期ブームになったようで、今でも天中殺=何か悪いことが起こる時期、ととらえてらっしゃる方が多いのかもしれません。

ただし、この占い師が言っていた天中殺とは12年のうちの2年間巡る天中殺で、さらに言えば、悪いことが起こる時期と軽卒に判断できるものではありません。

ただ、自分の気持ちがぶれやすくなるので、新しいことを始めるのには向いていない、ということは言えるとは思いますが。

で、今回この記事に書こうとしているのは、「大運天中殺(たいうんてんちゅうさつ)」というもので、これは人によって巡ってくる方と巡ってこない方がいらっしゃいます。

巡ってくる方も、大抵は20年間ですが、もろもろの条件が重なると、60年間という、人生のほとんどをこの大運天中殺で過ごす方も、ごく稀にではありますが、いらっしゃいます。

実は私の易の師匠、横井伯典はこの珍しい60年間の大運天中殺が巡った方でした。

27歳~87歳までの60年間が、師匠の大運天中殺期間だったのですが、私が師匠から聞いた話では、27歳の時に易に出会って易者になったそうです。

そして87歳の時に、築地の教室も閉めて引退されました。

まさに大運天中殺期間中、易者として人生を送っておられたわけです。


こんな方も珍しいですが、長年鑑定に携わっていると、さまざまな大運天中殺現象に出会うことがありました。

この期間中、とても運気が上がって我が世の春を謳歌された人も見ましたが、とても運気が下がって何をやってもうまくいかない、という人も見ました。

が、どちらの方も、大運天中殺が終わると、元の鞘に収まるというか、運気が上がっていた人は運気が落ち込んだと感じ、運気が下がった人は運が向いて来たと感じているようです。


これが私が教わった大運天中殺のパターンですが、実際にいろいろな方を鑑定してみると、これ意外にも特徴的な現象が出た方もいらっしゃいました。

意外に多いのが病気です。大運天中殺の入ったとたん、難病にかかりずっと寝たままになった方や、大運天中殺に入った頃から鬱病になって仕事が出来なくなった方がいらっしゃいました。

この場合、たいていは本人ではなく、ご家族からの鑑定依頼でした。

生年月日等のデータをいただいて解析してみても、どうもピンと来なかったのですが、体調が悪くなった時期と大運天中殺の時期が重なっていることに気がつきました。

そこでクライアントさんに、「○○歳ころから悪くなったのではありませんか?」とお聞きすると、「そうなんです。○○歳まではごく普通に生活していたんですが・・・」


人の運命は、さまざまな要素によって形作られているのですね。

ただ、ある先生から言われたことがあります。

「どんなに優秀な占い師でも、人の人生の100%は分からない。というか、分かってはいけない。どんなに優秀でも50%まで。それ以上は人間が踏み込む領域ではない。」

せめて50%までは到達したいものです。