開運は自分を知ることから始まる 羽田一彦のブログ -36ページ目

親の情

一般的に、親は子供が可愛いものですし、出来ることなら良い暮らしが将来出来るようになって欲しいと思うことでしょう。

 

が、子供によってはそれが却って自分の運気を妨げてしまうこともあります。

 

先日、ご相談に見えられた方の心配の種は次男さん。

 

一度は医系の大学に入学して医者を目指したもののドロップアウト。

 

大学を中退した後、また医系の学校を目指して予備校に通うも成績は今ひとつ。

 

もう25歳になったし、これから先どうしたら良いでしょう?

 

というご相談。

 

あらかじめ、ご家族の生年月日は知らされていたので算命の命式はプリントアウトしておきました。

 

で、このお父さんと次男さんの命式を並べて見てみると・・・

 

お父さん        次男

癸 己 戊       戊 癸 庚

巳 未 戌       寅 未 午


あ~、このお父さん、この次男さんのことが気になって気になって仕方ないんだろうな~

 

と予想。二人の年月日の干支がけっこう絡まりが多いのに加えて、ある要素が大きく関わっていました。

 

これは私の算命学の生徒さんならすぐにご理解いただけると思いますので、後でご自分で命式を出して考察してみて下さい。

 

すぐに納得していただけます。

 

閑話休題

 

この親子、並々ならぬ絡みがありながら、次男さんにとっては親の援助はかえって悪影響を与えてしまいかねません。

 

これは次男さんの命式で日干は戊。そして十二支には夏の、つまり火の十二支だらけ。

 

これじゃあ、いつ爆発してもおかしくない火山のようなもの。

 

幸い、月干に癸、年干に庚があるので、多少は爆発を抑えていますが、癸は戊に干合されていることもあり、蒸発しているようなもの。

 

そして、五行の関係から見れば、この次男さんにとっては親は火。

 

つまり親が援助すればするほど爆発に近づきます。

 

幸か不幸か、この次男さんは天将星(四柱推命では帝旺)をお持ちなので、援助が無いほど自分の実力を発揮します。

 

というか、いつまでも親元でくすぶっていると星が輝きません。

 

そこで、「お父さんがこの次男さんのことが気になって仕方ないのはよ~く分かります。でもね・・・この子、親の援助が無い方が自分の力を発揮しますよ。」

 

「お前が家に居て良いのは寝に帰ってくる時だけ。自分の予備校のお金、食い扶持は自分でアルバイトでもして稼いで来い。」くらいのことは言っても良いんじゃないですか?

 

というお話をさせていただきました。

 

するとお母さんが(ご両親でご相談にいらっしゃいました)、「そうなんですよ! 私も本当にそう思うんです。でも、この人(ご主人)が××(次男の名前)がかわいそうで、と言うんです。私はもっと突き放した方が良いと思うんですが・・・」

 

じゃあ、ということで、この次男さんを突き放してどうか? ということを易に聞いてきました。

 

すると、天雷旡妄六二。

 

あら~、これはまたなんとも妙なるかな。

 

天雷旡妄の六二とは、「耕していない畑が豊作になる。開墾していないのに土地が肥える」という意味の言葉が書いてあります。

 

よく生徒さん達には、この天雷旡妄の六二を『待ちぼうけ』のいう童謡を引き合いに出して説明します。

 

自分は何もしていないのに、思いがけない収穫がある、という意味です。

 

そこでお父さんにこの易の説明をしたところ、「う~ん・・・」と唸ったまま。

 

私としてはこれで決まりだろう、と思いました。これで納得してもらえるだろうと。

 

 

が、この後、このお父さんから出てきた言葉は、「××(次男の名前)がいじらしい」

 

これぞ親の情というものでしょうか。

 

私はついつい理詰めで説明してしまいがちですが、理屈では分かっていてもどうしても思い切れないこともあります。

 

そこで、とどめの一撃。これは私の師匠がよく言っていたことです。

 

「これは私の師匠が良く言われていたことですが、『おれぁ、絶世の美女が一糸まとわずに俺に言い寄ってきても、易にダメと言われたら、指一本出さねぇぜ』だそうです。」

 

「で、さらに『おれぁな、易がダメと言ったことに手を出して地獄を見た客を大勢見てきたからな。だから易の恐さが骨身に沁みているんだ』とのことです。」

 

ここまで聞くと、さすがのこのお父さんもがっくりと頭を垂れて、「分かりました。そこまで言われたら私も覚悟を決めました。××(次男)のためですから。」

 

ということで、次男さんの話は終わり、今度はこのお父さんの仕事のこと、投資(FXがやりたいそうです)に話が移りました。

 

それについては割愛させていただきますが、親の情について改めて思い知らされたお客さんでした。

 

 

ある別れ話

今日のこと。

とある女性の生徒さんから、

「やっと別れられました」

との報告を受けました。

やっと、というのは、この方、実は相方さんとずっと別れることを考えていたそうです。

もともとバツイチだし、再婚するつもりもなかったんだけど、押し掛け亭主のような形で二人で暮らし始めるようになったため、平和に別れることが出来るタイミングまで待っていようと思っていたようです。

押し掛けられて数ヶ月でこの方は天中殺に入ったので、まぁ2年間は待ってみようと思ったそうです。

そして今年2月で天中殺を抜けてから、何度か話し合いをしたそうです。

相方さんの命式も出してあって、なるほどな、とは思うのですが、今回は彼女が立てた易が面白いので、彼女に許可をもらって掲載させていただきました。


まず彼女が立てた易の占的は「2月までに離婚できるか」そして、「2月の話し合いで離婚決定するか」でした。

最初の占的「2月までに離婚できるか」で出たのは、

離婚できる  火風鼎 上九
離婚できない 坤為地 上六
方針     地天泰 上六


もう既に結論は出ているのですが、この易を見たときに、ちょうど時期が来て、無理なく別れられたのだろうな、と思いました。

火風鼎は料理を作る卦です。その卦の上爻となれば、料理が出来上がった状態。だからちょうど良いタイミングなのだろうと判断しました。

そして次の占的「2月の話し合いで離婚決定するか」で出たのは

決まる    水沢節 上六
決まらない  雷火豊 九三
方針     風水渙 初六


水沢節は一度では収まらないという特徴があります。節は竹の節と同じで、二度になる、という意味があるので、おそらく何度目かの話し合いだったのでしょう。

そして方針の風水渙は、風が氷を溶かす易。これまで頑に別れ話を拒んでいた相方さんも、もう諦めたのでしょう。


正式に結婚したわけでもなく、内縁関係のようなものでしたが、このお二人の最初から最後までを見届けさせていただくことが出来て、私は易を見ていただけですが、やはり易は面白いですね。

易の言葉は短くてさりげないものが多いですが、そこには実に多くの意味が込められているのを感じます。

私の師匠は易神が乗り移ったような方で、何をするにも易で判断されていましたが、わずかながら私も師匠の気持ちが分かるような気がします。

易は面白い。そして深い。入り口は少し厄介かもしれないけれど、使えると実に便利なものです。
私も易の魅力にどっぷりハマってます。

師匠曰く「50歳なんざぁ、まだまだガキだ」

4月から始まる新しい周易講義の資料を作るため、我が師匠、横井伯典の講義録を改めて聴き直しています。

最初はMDに、その後はデジタルレコーダーに録音しておいた、私が通ったクラスのレッスンを録音しておいたのですが、その量は半端無いです。

約10年、師匠の教室に通い、その全部ではないけれど、けっこうな量の録音が残っていて、今はその録音をランダムに聴いています。

と、先日、聴いていた録音の中の、師匠の一言がとても心に響きました。

その一言とは・・・


「50歳なんざぁ、まだまだガキだ」


なぜこれが心に響くのかと不思議に思われるかもしれません。

50歳といえば、かなりの大人。人によってはかなりの地位に昇っている方もいらっしゃるでしょうし、功成り名を遂げた方もいらっしゃるでしょう。

そこまでではないにしろ、世間で見ればちゃんと結婚をして子供も成人し、規模の大小は問わずとも自宅を購入した方も多いことでしょう。



が、自分のことを振り返ってみると、現在の住まいは借家だし、長女は大学を卒業して社会人になっていますが、次女と長男(末っ子)はまだ学生。

蓄えもさほど無い(カミさんは持っているかも?)し、これと言って大きな仕事を成し遂げたわけでもない。


算命なり四柱推命で私の宿命干支を見ていただくと、識者の方なら納得いただけることと思いますが、働き盛りの時期に思いっきり翻弄される運命のようです。

実際、三十代から四十代、五十代の前半にかけて、けっこうとんでもない運命を味わってきました。

しかし、なんで自分がこんな目に遭わなくちゃいけないの?

とは思いませんでした。


というのは、けっこう若い時に干支学に出会ってしまったからです。

が、頭で、知識でそれを学ぶのと、自分の人生でそれを味わうのでは雲泥の差がありました。

こんなことになるんかい~!

というのが正直な感想です。

が、学生時代の友人などと久々に会って話すと、それぞれに安定した人生を送っている者も多く、それにひきかえ自分は何をしてるんだろう、と思い落ち込むこともあります。

そんなブルーな気分の時に聴いた師匠の声で「50歳なんざぁ、まだまだガキだ」と言われると、ああそうか! まだまだ私はガキなんだ。まだまだもがいていても良いんじゃないか、と思えて、胸にわだかまっていたものがスーッと消えていきました。



干支学を始め、周易やタロットなどの占を学び始めた頃は、こんなに凄い技術を身につけたら、もう人生恐いことなんて、無いじゃん!

な~んて思っていた私は馬鹿でした。思いっきり馬鹿でした。

4月から一緒にセミナーをさせていただく東海林先生ともよく話すのです。

「勉強すればするほど、自分の宿命が良く無いことが分かるよね~」 と。

でも、師匠に言わせればまだまだガキ。これから先の人生、干支学の暗示も見据えながら、実際にはどのような現象が起こってくるのか、じっくりと味わっていきたいものです。


4月から始まる周易講義は、師匠横井伯典から伝えられた、実践から掴み取った使える判断をお伝えするつもりですので、乞うご期待。