昨日、チャンピサージセラピストと

セルフチャンピのインストラクターの

ディプロマ、資格証明書が届きました。

 

 

 

チャンピサージは、

アーユルベーダの流れを汲む

国際基準のヘッドケアで、

頭部を中心に背中、肩、腕、首、

顔にアプローチして

エネルギーバランスと

心身の調整をするセラピーです。

 

そもそもは、

2014年頃にセルフで頭部をケアするワークに出て、

頭へのアプローチは、美容面、心身の流れの調整、

デトックスにとても有効だと感じたことから

本格的に学びたくなり、

セラピスト養成講座を受けたのでした。


それが2015年の2月。

その後、諸々の事情で中断していましたが、

この春から症例モニターを再開。

試験や復習を経て

ようやく2年半かけて認定をもらえました。

 

「時間の感覚がなくなって、

潜在意識と健在意識の間を

行ったり来たりしていました。

頭の中のいらないものを

お掃除してもらった感じ。

チャクラが開いてクリーニングされて

目覚めたみたいでした。」

 

というモニターさんもいらっしゃっるように、

チャンピサージは

普通のヘッドマッサージとはちょっと

違うところが魅力です。

 

3カ月にわたって、

症例に協力してくださったアコちゃんと

アンドチャットの皆さん、

覚えの悪い私に根気よくつき合ってくださった

鷺島広子先生に感謝いたします。

 

10月下旬からは、自宅の2軒となりの一室を借りて

「ライフ&フィジカル ホーリー・トゥリー(Holy tree)」を

オープンします。

 

チャンピサージの他に、

デトックスのためのメディテーションや

カードワーク、ソマティックなコーチングなども検討中。

そしてお友達のセラピストさんにも

使ってもらたいたいと思っています。


同時に貴船坂サロンも

「アトリエホーリー・トゥリー」に改名して、

創作作品の発表の場にしていきます。

第一回目は、私の5字詩のメッセージを、

書家の小山礼子さんに書いてもらい

額装するコラボ展覧会を

12月7日から10日まで開催します。

 

取材やライティングやコーチングに加えて

好きな仕事がもう一つスタート。
決意を新たに大いに楽しんでいきます。

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ヴィパッサナー瞑想から戻って、

あっという間に1週間が過ぎました。

 

また慌ただしい日常に戻り、

ゆっくりと振り返れないでいますが、

目に入るものが違って見えるような気がします。

 

ヴィパッサナー瞑想は、

池に浮いたゴミをすくうのではなく、

水をすべて書き出して

底にたまった汚泥を掃除するような、

深い内観をするものでした。

 

マインドフルネスの元祖。

まさに純粋な瞑想です。

 

日頃は喧噪の中にいること、

耳からも目からも

不要なものが入っていることを

「聖なる静寂」で感じました。


規則正しい生活と少なめの自然な食事が、

心身の循環を正常にすることも実感しました。

 

夜、灯りを落としたホールで

グループ瞑想をすると、

聴こえてくるのは虫の声と

かすかな空調の音だけ。

虫の声もその日によって違うことや、

身体が感じるものも

刻一刻と変わることに気づきます。


指導する先生も奉仕で、

運営も何も全てが

完全なドネーションでまかなっていることにも

感銘を受けました。

 

すべてのものは生まれては消えて行く。
「無常」と言う意味の「アニッチャ」。
書いたものは何もないけれど、

忘れたものはそれでよし。
頭の中の記憶をたどる

楽しい作業を少しずつしていきたいと思います。

 

 

台風一過の秋の空

 

 

ルリマツリも盛りを過ぎて

 

 

見たことのないハーブが育っています

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東京に戻ったら、すっかり秋。
早くもヒガンバナ、
そしてトケイソウも花開いていました。

 

 

 

千葉県茂原市のセンターで行われた

「インターナショナル・ヴィパッサナー瞑想10日間コース」に参加してきました。

 

 

こちらは8月30日の空。

現地の写真は1枚もないので途中の車の中からの唯一のショット。


奉仕者を含んだ、
さまざまな国籍の男女60人以上が集まり、
朝4:30から夜9:00までの、
規律正しい生活の中、
瞑想修行を続けた10日間でした。

 

初日の受付終了から
「聖なる沈黙」が始まり、
最後の日の朝の瞑想後に解かれるまで
先生からの質問以外は、
我々生徒はひと言も言葉を発しません。

 

本や筆記具は持ち込まない。

携帯も貴重品も預けて、
読み書きも一切しない。
何人いても自分1人で過ごすように、
ただ、瞑想と朝昼の食事と休憩と
お茶の時間、部屋に帰って
眠るだけの日々。


人とまったく関わらないという
静寂の世界の清々しさ。

 

ヴィパッサナーは
「正しい観察」という意味。
自分の内面を正しく観察して、
すべてを直視し、
心の浄化をし、よりよく生き、
より幸せになるための瞑想。
仏教の教えではなくて、
ブッダが説いた瞑想をして
悟りを開くための修行なので
宗教色もお祈りも儀式もありません。

 

 

渇望から自由になれるように。
嫌悪から自由になれるように。
執着から自由になれるように。


いつでも平静さを失わずに。
そうしてすべての人が幸せになるように。
全ての人が平和になるように。

 

清潔な宿舎と機能的な
暮らしの仕組みは、
使う人の気持ちを考えて作られ、奉仕者の手づくりによる、
愛情のこもった食事も感動的でした。

 

今まで何度もトライしても
行けなかったけれど、
自分がこの世での身体をもらい、
父母が身体を離れた意味のある
9月がベストタイミングだったのかもしれません。

 

瞑想はあまりに深く、

あまりに強く、

溝の汚泥をすくうように

心の根底から書き出すようでした。

 

このことについては、

カテゴリーを分けて少しずつ書いて行きます。

 

 

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赤紫蘇を煮る。

甘みと酸味を加えて

ジュースを作る。

 

 

緑から赤に変わっていく

その変化の様子がうれしくて、

美しいルビーのような色に心が弾んで、

種から育ち、

こんなふうに楽しませてくれる

植物に敬意を表さずにいられない。

 

 

8月が終わろうとしている。

これで一旦

区切りをつけましょうと言うように

たくさんの出来事が起きて

更になる月、8月。

そして9月から再生の季節に入って

新しい世界が創られていく。

 

子どもの頃、

夏休みには曹洞宗の寺院の

祖父母の家に行くことが

何よりの楽しみだった。

東京の家にはない

豊かな自然の中では

見るもの聴くもの、

そしてにおいまでもが新鮮だった。

 

草や木のにおい。

田んぼのにおい。

近所の農家のにおい。

土間を入った時のにおい。

台所で煮炊きするにおい。

檜のお風呂のにおい。

本堂のお線香のにおい。

墓地の奥の苔のにおい。

 

それらのにおいの記憶は

どんなに時間が過ぎても

消去されない。

 

好奇心と冒険心と

少しの怖さの中に

まだ見ぬ輝く世界を感じて

覗き込まずにいられなかったのだ。

 

あの時の原風景は

今の私をつくっているのだろうかと

ふと思うことがある。

 

目の前に現れるものへ寄せる気持ちと

出来事を素直に受け取る自分。

外にあるものと自分との

よくもなく悪くもない関係。

 

その関係でいることを

大人になって忘れているような気がする。

どこかで評価の気持ちが生まれる。

 

入ってくるものや

持っているものを

少しずつ減らしていきながら

素の自分になって

感覚を研ぎすまし、

自然の声を聴き続ける。

よくもなく悪くもない関係が

そこにできたらいい。

 

 

 

 

心は元気だけれど、身体はお疲れ気味なので、

Y先生に鍼とお灸やってもらう。


脈診のあと、身体のあちこちを触って「ここ痛いですか」。


いつも的確にポイントを指摘して、

テキパキと鍼をうっていく。

今日は前よりチクチク感じるけど、

長い間元気が続くY先生の鍼灸のファンです。
 

砂糖を控えるとか、

入浴のこととか、

自分でできることいろいろと教えてくれる。
私はあまりとらないけれど、

寝る前の甘いものは安眠妨害。

特に甘い飲み物はもってのほかだそうです。

 

身体や心のことを提供する人は、

技術はもちろん、

それ以外のことも大事だとつくづく思うこの頃。

むしろそれ以外があって

技術が功を奏するのですけど。

ああ、この人だからみてもらいたい

という人に会いたいですね。

 

鍼灸師

整体師

セラピスト

ヒーラー

カウンセラー

コーチ

などなどすべてです。