Gabor George Burt著「Slingshot」
久々に見た良書。
アコーディオンチャート。
とにかく分かりやすい。
誰しもが子供の頃に思い描いた、無邪気で、無垢な心持ち。
純粋な問いや疑問。
ビジネスでもそんな気持ちが本当に大事。
大人からすると失笑されることだって、
子供からしたらすごい大切かもしれない。
その芽を大切にしたら、なんかすごいことができそうだ。
常識を疑う力。
それが思考プロセスを煽ってくれるとも言える。
Slingshot: Re-Imagine Your Business, Re-Imagine.../Gabor George Burt

¥1,630
Amazon.co.jp
アコーディオンチャート。
とにかく分かりやすい。
誰しもが子供の頃に思い描いた、無邪気で、無垢な心持ち。
純粋な問いや疑問。
ビジネスでもそんな気持ちが本当に大事。
大人からすると失笑されることだって、
子供からしたらすごい大切かもしれない。
その芽を大切にしたら、なんかすごいことができそうだ。
常識を疑う力。
それが思考プロセスを煽ってくれるとも言える。
Slingshot: Re-Imagine Your Business, Re-Imagine.../Gabor George Burt

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突然変異のように発展した街とデジタル
先日、仕事で北京、香港に長期出張に行ってきた。
この地域へは初めて行ったため、見るもの全てが斬新だった。
タイなどの東南アジアにもなく、欧米諸国にもない感じ。
正確には、斬新というか、どこか”不思議”な感覚を覚えた。
中国のGDPは毎年7%ぐらいで成長している。ものすごい勢いだ。
そんなことは新聞やらニュースやらで当然のように知っていたのだが、
その実態を今回初めて知った。ただ、その実態は3つの要素をはらんでいた。
行ってみないと分からない、嘘のない透明な現実がそこには確かにあった。
-----------------------------
①表面的なトレンド
VW、ベンツ、BMW、ポルシェ。
北京の街では、日本よりも遥かに走っている。
ニュース等でも知っていたが、本当にこんなに走ってるのか、と思うぐらいだ。
ファッションの世界でも、ルイヴィトンはじめ、
欧米各国のハイエンドブランドが軒並み巨大路面店を展開している。
一方で、現地の人のファッションはというと、Tシャツ・ジーパン。
そして、見慣れない”組み合わせ”。
現地の人に、よくよく聞いてみると、現状、”組み合わせ”を気にする人は少く、
むしろ、”そのものを持っている”こと自体が重要だとのこと。
社会学者ウェブレンのいう”見せびらかしの消費”ではないが、
どこか背伸びした、俺はすごいんだ!を撒き散らす消費が顕著に見えていた。
でも、それって、かなり表面的だ。
自分たちの手中に収めていないというか、ほとんど消化しきれていない。
印象深いスポーツ論を語るけど、自分は運動音痴みたいなもんじゃないか、と。
批判しているわけではなく、そうしたトレンドフェーズなのだろうか、
逆にそれがすごくポジティブにも見えた。
②”ダークフォース”が介在する街
とまぁ、とにかく上へ伸びる、先へ行こうとする勢いはすごい。
僕たちとしても見習うべきポイント、目を見張るモノがある。
一方で、上述した通り、どうも自分たちのものとして
”消化しきれていない”感は否めなかった。
つまり、揺り戻しが来るのではないか、と。
ある種、背伸びしすぎている気がしたわけだ。
一方で、背伸びしたくてもできない人にも気づいた。
例えるなら、六本木ヒルズのすぐ真下で、
フルーツや雑誌、古着などを売る業者が数多く存在している感じ。
どうにかしても、両者は交わらないイメージ。
庶民の生活の中でさえ、年収格差、世代格差、身分格差の間で、
”文化の融合が起きていない文化”とでも言えるだろうか。
今まで見たこともない程、強烈な”差”だった。
その差を埋めるための努力が功を奏する国といえばポジティブだが、
この文化差が今後どう交わり、融合していくのか、または、
両者の間にダークフォースが入り込み、この差をさらに拡げていくのか。
どこか、とても不思議な感覚に襲われた。
③楽しむ生活
とはいえ、極端な話、昼夜問わず、街が楽しい。
夜中に公園でディナーを楽しむ人が沢山いた。
日本ではありえない風景だ。
本当にポジティブ。
悲観している人なんていないと思えるぐらい。
格差は存在しているにせよ、こうした目に見える勢いが
国の成長を支えているのだなと思えた。
-----------------------------
と、ここまで書いてきて現地で思ったことがある。
それは、
・世代、身分等における明確な格差にブリッジをかけられたらどうなるか?
・旧市街地(屋台文化など)と新市街地との間にブリッジがかけられたらどうなるか?
・両者にブリッジをかけるのではなく、そのグループ内(グワンシー)での消費を盛り上げられないか?
といったことだ。
つまり、”差”をポジティブに捉えれば、
ビジネスチャンスを発見できる余地がかなりあるのではないかと。
デジタルならその差を飛躍的に埋められるのではないかと。
北京や香港で、靴の通販、ランジェリーの通販で大儲けした人がいると聞いた。
物流等のインフラを整える必要性はあるにせよ、
デジタルでこの差をブリッジできることの意義は極めて大きい。
今までなら、この格差は超えられなかっただろう。
しかし、今はデジタルがある。もっというと、スマートデバイスがある。
この路線でイメージを膨らませていくと、
表面的なトレンドにとどまらない、ビジネスモデルで文化を創るぐらいの
壮大なことが出来るのではないか?とも実感したわけだ。
すべてが秩序立って発展したわけではなく、
突然変異的に、Disruptiveに進化しているため、
従来の常識では考えられない現実やビジネスチャンスが
そこには確かにある。
タクシーに引きづられたりと、今回の出張では様々な困難にぶち当たったわけだが、
現実の解釈次第で色んなチャンスが掘り起こせる、可能性に満ち溢れた国だなとも思った。
アジア、熱いな。日本も負けてられないな。
この地域へは初めて行ったため、見るもの全てが斬新だった。
タイなどの東南アジアにもなく、欧米諸国にもない感じ。
正確には、斬新というか、どこか”不思議”な感覚を覚えた。
中国のGDPは毎年7%ぐらいで成長している。ものすごい勢いだ。
そんなことは新聞やらニュースやらで当然のように知っていたのだが、
その実態を今回初めて知った。ただ、その実態は3つの要素をはらんでいた。
行ってみないと分からない、嘘のない透明な現実がそこには確かにあった。
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①表面的なトレンド
VW、ベンツ、BMW、ポルシェ。
北京の街では、日本よりも遥かに走っている。
ニュース等でも知っていたが、本当にこんなに走ってるのか、と思うぐらいだ。
ファッションの世界でも、ルイヴィトンはじめ、
欧米各国のハイエンドブランドが軒並み巨大路面店を展開している。
一方で、現地の人のファッションはというと、Tシャツ・ジーパン。
そして、見慣れない”組み合わせ”。
現地の人に、よくよく聞いてみると、現状、”組み合わせ”を気にする人は少く、
むしろ、”そのものを持っている”こと自体が重要だとのこと。
社会学者ウェブレンのいう”見せびらかしの消費”ではないが、
どこか背伸びした、俺はすごいんだ!を撒き散らす消費が顕著に見えていた。
でも、それって、かなり表面的だ。
自分たちの手中に収めていないというか、ほとんど消化しきれていない。
印象深いスポーツ論を語るけど、自分は運動音痴みたいなもんじゃないか、と。
批判しているわけではなく、そうしたトレンドフェーズなのだろうか、
逆にそれがすごくポジティブにも見えた。
②”ダークフォース”が介在する街
とまぁ、とにかく上へ伸びる、先へ行こうとする勢いはすごい。
僕たちとしても見習うべきポイント、目を見張るモノがある。
一方で、上述した通り、どうも自分たちのものとして
”消化しきれていない”感は否めなかった。
つまり、揺り戻しが来るのではないか、と。
ある種、背伸びしすぎている気がしたわけだ。
一方で、背伸びしたくてもできない人にも気づいた。
例えるなら、六本木ヒルズのすぐ真下で、
フルーツや雑誌、古着などを売る業者が数多く存在している感じ。
どうにかしても、両者は交わらないイメージ。
庶民の生活の中でさえ、年収格差、世代格差、身分格差の間で、
”文化の融合が起きていない文化”とでも言えるだろうか。
今まで見たこともない程、強烈な”差”だった。
その差を埋めるための努力が功を奏する国といえばポジティブだが、
この文化差が今後どう交わり、融合していくのか、または、
両者の間にダークフォースが入り込み、この差をさらに拡げていくのか。
どこか、とても不思議な感覚に襲われた。
③楽しむ生活
とはいえ、極端な話、昼夜問わず、街が楽しい。
夜中に公園でディナーを楽しむ人が沢山いた。
日本ではありえない風景だ。
本当にポジティブ。
悲観している人なんていないと思えるぐらい。
格差は存在しているにせよ、こうした目に見える勢いが
国の成長を支えているのだなと思えた。
-----------------------------
と、ここまで書いてきて現地で思ったことがある。
それは、
・世代、身分等における明確な格差にブリッジをかけられたらどうなるか?
・旧市街地(屋台文化など)と新市街地との間にブリッジがかけられたらどうなるか?
・両者にブリッジをかけるのではなく、そのグループ内(グワンシー)での消費を盛り上げられないか?
といったことだ。
つまり、”差”をポジティブに捉えれば、
ビジネスチャンスを発見できる余地がかなりあるのではないかと。
デジタルならその差を飛躍的に埋められるのではないかと。
北京や香港で、靴の通販、ランジェリーの通販で大儲けした人がいると聞いた。
物流等のインフラを整える必要性はあるにせよ、
デジタルでこの差をブリッジできることの意義は極めて大きい。
今までなら、この格差は超えられなかっただろう。
しかし、今はデジタルがある。もっというと、スマートデバイスがある。
この路線でイメージを膨らませていくと、
表面的なトレンドにとどまらない、ビジネスモデルで文化を創るぐらいの
壮大なことが出来るのではないか?とも実感したわけだ。
すべてが秩序立って発展したわけではなく、
突然変異的に、Disruptiveに進化しているため、
従来の常識では考えられない現実やビジネスチャンスが
そこには確かにある。
タクシーに引きづられたりと、今回の出張では様々な困難にぶち当たったわけだが、
現実の解釈次第で色んなチャンスが掘り起こせる、可能性に満ち溢れた国だなとも思った。
アジア、熱いな。日本も負けてられないな。
Little Betsは、やはり重要だ
Experimental Innovation, not conceptual one
Plussing
Growth mind-set
Worm's eyes
Inquisitiveness
Smallifying problems
Anthropological approach
Network of luck
Counterinsurgency
Tons of questions and really listened
Learning a little bit from a lot of people
今の自分に欠けている重要なキーワードがいっぱい。
ベンチャーは、どでかいアイデア一発で生まれるものだけではない。
日常の中で、いかに自分が”虫の目”を持って生活できるかにかかっている。
大きな組織の中で働いていたとしても、同じ。
むしろ、巨大な組織をいかに動かせばいいのかが見えてくる。
Pixar, P&Gでの事例も面白い。
ものすごく、勉強になった。
Little Bets: How Breakthrough Ideas Emerge from.../Peter Sims

¥2,039
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Plussing
Growth mind-set
Worm's eyes
Inquisitiveness
Smallifying problems
Anthropological approach
Network of luck
Counterinsurgency
Tons of questions and really listened
Learning a little bit from a lot of people
今の自分に欠けている重要なキーワードがいっぱい。
ベンチャーは、どでかいアイデア一発で生まれるものだけではない。
日常の中で、いかに自分が”虫の目”を持って生活できるかにかかっている。
大きな組織の中で働いていたとしても、同じ。
むしろ、巨大な組織をいかに動かせばいいのかが見えてくる。
Pixar, P&Gでの事例も面白い。
ものすごく、勉強になった。
Little Bets: How Breakthrough Ideas Emerge from.../Peter Sims

¥2,039
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The Confessions of Google Employee #59
Googlerたちの裏舞台を知ることができる画期的書。
I’m Feeling Lucky: The Confessions of Google Em.../Douglas Edwards

¥2,202
Amazon.co.jp
I’m Feeling Lucky: The Confessions of Google Em.../Douglas Edwards

¥2,202
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Micro Social, Macro Social。「関係性の距離」と「親密性の濃淡」
Google+に参加して1週間が経った。
第一印象は、Facebookがあれば別にいいのでは?と思ったぐらい。
すでにFacebookのネットワーク外部性は巨大なものであり、今更Google+を頻繁に使おうとは思わない。
しかし、Google+の「サークル機能」は、ちょっと議論の余地がある。何かというと、極めて”micro social”だからだ。村八分的な、ローカル色が非常に強い機能といってもいい。
ネットの登場で個々人のネットワークが一気に外側に広がり過ぎ(”macro social”)、また、震災後での”助け合い・つながりあい”意識が見直されたせいか、身近な人間関係やつながりが再注目されいる。
アメリカでは、身近な人間関係・ローカルに価値を見出し、すでにPath、Color、yobongoなどのサービスが人気を博している。身近な存在の人との結びつきに金脈が眠っていることの証左だと思う。こうした流れを受けて、ローカル広告市場も盛り上がっている。
翻って、Google+。以下ブログコメントが極めて分かりやすい。
とくに、「繋がりだけでは多くの効果は期待出来ない」との下りには、共感を覚える。
------------------------------------------------------------------------
(参考記事)
google+の挑戦はソーシャルグラフでは無く、リレーショングラフの可視化。リーチ力より、より狭い範囲へのレコメンド合戦が始まった
http://www.assioma.jp/?p=365
ソーシャルメディアがもたらす企業と消費者の「逆パノプティコン」な関係
http://japan.cnet.com/news/society/35005035/
------------------------------------------------------------------------
電通YRのジョン・ガーズマ氏の「Spend Shift」を読んだ頃から思っていたのだが、ソーシャルには、「Macro Social」と「Micro Social」があると思う。それに、感情的コミットメント(親密性の濃淡、共感度合い、利用金額、利用頻度など)を掛け算すると、ちょっと面白いマトリックスが出来上がる。各セグメントごとにテーマ性を付与してみると、ソーシャルに関する様々な可能性が見えてくる。(複雑な図だが…)

ポイントは、
①”感情的コミットメントレベルが低いからと言って儲けられないわけではない”という点
②全てのサービスは、個人個人のインサイトから導かれるべきだという点
これら全てのセグメントには、独自のビジネスモデルや競争戦略が伴って当然だし、場合によっては、感情的コミットメントレベルを最初は意図的に絞って、上へ上へ上げていくやり方だってあるだろう。
何が言いたいかというと、「ソーシャル=広いつながり」と捉えていると、マーケティング近視眼に陥り、売上のスケールレベルは低いが、十分に儲けられる領域を見逃してしまう危険性があるということだ。「戦略に”下げる”や”少なくする”視点を含ませる」という点には疑問が多いかもしれないが、とくにソーシャルの領域に限って言うならば、参加人数を少なくして十分に”サービスの濃度”だけを追求して、あえて対象ターゲットを絞るやり方も十分に考えられる。無闇な規模の拡大は、既存ユーザーから”嫌われる”可能性だってあるからだ。
例えば、参加人数が少ないなら少ないなりに、けれども、コミットメントレベルを最大にするやり口。または、コミットメントはしてもらわなくてもいいが、ゆるいつながりの中で、周囲の協力がないと成立しないようなサービスの作り方。戦略の時間展開を図りながら、どの方向にサービスの儲け口をもっていくか、どのサービスにおいてもここが肝だと思う。
雨後の筍のように、様々なソーシャルサービスが出てきているが、図中の発火点を起点として、時間展開を見ながらサービスの戦略を描くことこそ、とても大切だと思う。逆に、ステークホルダーから「上へ上へ」「右へ右へ」といった”無闇な拡張”をいかにしてコントロールするか、ここは組織的な視点でとても重要だと思う。ソーシャルキングやローカルキングといった、すでにスケールしているサービスからすると、新手のサービスへの反撃が容易だからというのも一つ。
最初に戻るが、その点、Google+は、”サークル機能”に対する色んなネガ意見がある中で、「MicroとMacroなソーシャル」をきちんと分けて考えた上で、サービスインしたのではないかと思われる。最初はネガがあってもいい。むしろ、そこをFacebookとの差別化の起点として、時間展開の中で考えれば、逆転要素すら見えてくる。そう考えたのだろう。
リーチではなくて、インタレストの中で広告やその他ビジネスを展開する。あまりスケールしない話には飛びつかない既存の代理店もあると思うが、ここら辺の領域の”束”にこそ、オーディエンスデータ、アドネットワークの未来が沢山埋まっているかもしれない。
第一印象は、Facebookがあれば別にいいのでは?と思ったぐらい。
すでにFacebookのネットワーク外部性は巨大なものであり、今更Google+を頻繁に使おうとは思わない。
しかし、Google+の「サークル機能」は、ちょっと議論の余地がある。何かというと、極めて”micro social”だからだ。村八分的な、ローカル色が非常に強い機能といってもいい。
ネットの登場で個々人のネットワークが一気に外側に広がり過ぎ(”macro social”)、また、震災後での”助け合い・つながりあい”意識が見直されたせいか、身近な人間関係やつながりが再注目されいる。
アメリカでは、身近な人間関係・ローカルに価値を見出し、すでにPath、Color、yobongoなどのサービスが人気を博している。身近な存在の人との結びつきに金脈が眠っていることの証左だと思う。こうした流れを受けて、ローカル広告市場も盛り上がっている。
翻って、Google+。以下ブログコメントが極めて分かりやすい。
とくに、「繋がりだけでは多くの効果は期待出来ない」との下りには、共感を覚える。
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(参考記事)
google+の挑戦はソーシャルグラフでは無く、リレーショングラフの可視化。リーチ力より、より狭い範囲へのレコメンド合戦が始まった
http://www.assioma.jp/?p=365
ソーシャルメディアがもたらす企業と消費者の「逆パノプティコン」な関係
http://japan.cnet.com/news/society/35005035/
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電通YRのジョン・ガーズマ氏の「Spend Shift」を読んだ頃から思っていたのだが、ソーシャルには、「Macro Social」と「Micro Social」があると思う。それに、感情的コミットメント(親密性の濃淡、共感度合い、利用金額、利用頻度など)を掛け算すると、ちょっと面白いマトリックスが出来上がる。各セグメントごとにテーマ性を付与してみると、ソーシャルに関する様々な可能性が見えてくる。(複雑な図だが…)

ポイントは、
①”感情的コミットメントレベルが低いからと言って儲けられないわけではない”という点
②全てのサービスは、個人個人のインサイトから導かれるべきだという点
これら全てのセグメントには、独自のビジネスモデルや競争戦略が伴って当然だし、場合によっては、感情的コミットメントレベルを最初は意図的に絞って、上へ上へ上げていくやり方だってあるだろう。
何が言いたいかというと、「ソーシャル=広いつながり」と捉えていると、マーケティング近視眼に陥り、売上のスケールレベルは低いが、十分に儲けられる領域を見逃してしまう危険性があるということだ。「戦略に”下げる”や”少なくする”視点を含ませる」という点には疑問が多いかもしれないが、とくにソーシャルの領域に限って言うならば、参加人数を少なくして十分に”サービスの濃度”だけを追求して、あえて対象ターゲットを絞るやり方も十分に考えられる。無闇な規模の拡大は、既存ユーザーから”嫌われる”可能性だってあるからだ。
例えば、参加人数が少ないなら少ないなりに、けれども、コミットメントレベルを最大にするやり口。または、コミットメントはしてもらわなくてもいいが、ゆるいつながりの中で、周囲の協力がないと成立しないようなサービスの作り方。戦略の時間展開を図りながら、どの方向にサービスの儲け口をもっていくか、どのサービスにおいてもここが肝だと思う。
雨後の筍のように、様々なソーシャルサービスが出てきているが、図中の発火点を起点として、時間展開を見ながらサービスの戦略を描くことこそ、とても大切だと思う。逆に、ステークホルダーから「上へ上へ」「右へ右へ」といった”無闇な拡張”をいかにしてコントロールするか、ここは組織的な視点でとても重要だと思う。ソーシャルキングやローカルキングといった、すでにスケールしているサービスからすると、新手のサービスへの反撃が容易だからというのも一つ。
最初に戻るが、その点、Google+は、”サークル機能”に対する色んなネガ意見がある中で、「MicroとMacroなソーシャル」をきちんと分けて考えた上で、サービスインしたのではないかと思われる。最初はネガがあってもいい。むしろ、そこをFacebookとの差別化の起点として、時間展開の中で考えれば、逆転要素すら見えてくる。そう考えたのだろう。
リーチではなくて、インタレストの中で広告やその他ビジネスを展開する。あまりスケールしない話には飛びつかない既存の代理店もあると思うが、ここら辺の領域の”束”にこそ、オーディエンスデータ、アドネットワークの未来が沢山埋まっているかもしれない。