ふくらむ


        ふぅ、と こころ

        ふくらませる

        今日のわたし

        しっかりふわり

        浮かびますよう


夏祭りのヨーヨーや、商店街で配られている風船や。
まるくてふくらんでいるものは、なぜだか、人の心を

嬉しくさせてしまう、不思議な力があります。


中に入っているのは、ただの空気ではなくて。

幸せな気持ちを運んできてくれる、とくべつな空気。


心がすこし、しぼんでいるかな、と感じるときも。

沈んでいかないように、ちょっと力をいれて。

私がふくらむように、ふう、っと。

とくべつな空気を入れてみるといいかもしれません。


ふくらませた心は、もしかするとそれほど長持ちしな

いかもしれないけれど・・・。

とりあえず毎朝、ふうっと吹き込めば、日暮れまでは、

ちゃんとふわり、浮かんでくれるはず。


浮かびさえすれば、流れてゆくことができて。
浮かびさえすれば、ゆらゆら揺れることもできる。


流されても、揺れても、かまわない。

その前に、沈まないことが大切なのかもしれません。

ゆめ


     夢につながる この道は

     ゆらりとつづく ゆらりみち


     すとんとゆかぬ その道は

     けれどゆくてに ころころと


     思いもよらぬ 花たちを

     思いもかけぬ その場所に

     きれいに咲かせてゆくのでしょう



     絵:日向結人さん 心のイロ、心のカタチ。



3


          パタパタと
          しっぽがみえる
          じゃれている
          わらってる
          君のうしろに



犬を一匹、飼っています。


トイレでうまくおしっこができたら、ご褒美は煮干を一つ。
そんなルールがあるので、トイレの後は、いつもきまって

しっぽを180度にふりながら煮干を催促にきます。


そして。煮干がぎっしりと詰まったビンのふたを開けると、

何故かいつも、大急ぎでやってくるのが末っ子。


人間なのに、両手を前足のようにくるりとまるめて。

やっぱり、煮干をひとつくわえて、走り去ってゆくのです。


嬉しそうな末っ子の後ろ姿には、いつも、ぱたぱた揺れる

しっぽが見えるような気がして。
なんだか可笑しくて、すこし幸せな気分になります。


子どもたちのしっぽが、はっきりとよく見えるのは、きっと
10年にも満たない、ほんのわずかな期間。


大きくなると、少しずつしっぽが短くなって、嬉しいことも、

淋しいことも、見た目にはハッキリとわからなくなって。

そうして、子どもは大人になってゆくのでしょう。


完全に大人になってしまった私たちは、もうしっぽはない

けれど。

でも、ときどきは、「嬉しい」の気持ちをぱたぱたと相手に

素直に伝えられる人でありたいな。


ふと、そんなことを思います。


観覧車


     だんだん空に 近づくと
     人も 街も まいにちも
     ほんとはみんな ちっぽけで
     ささいなことに 思えてくるよ


     空からそらを 眺めると
     飛べない私は それなのに
     けれど心は こんなにも
     自由なんだと 気がつくよ




ビルのてっぺんから、観覧車から。


心が曇っているとき、気持ちが下がっているときは、
高い場所から、自分の心を見つめてみます。


不思議なことに、人はなぜか、空に近づくほど心は
自由になれるものだから。


これは、「視点を変える」という思考を実際の行動に
移してみること、なのかもしれません。


できれば、しっかりと晴れた日を選んで。
晴れた空に、なるべく近づける場所へ行ってみる。


答えがでなくても、心はきっと晴れるはず。


写真:Fujitaさん  Perfumed Garden Annex



ボール


         ぽん、と投げる

         心のボール

         君のまんなか

         ちょうどの

         場所へ


 (collabo-works vol.27)
   → design by  心のイロ、心のカタチ。 


ボールを投げる、ボールを受ける。
心を伝えること、心と心を通わせることはキャッチ
ボールとよく似ています。


何故かムキになっているとき、心が急いでいるとき。
私たちはつい、強いボールを投げてしまいがちです。
でも、自分の思いばかりを投げ込んでも、相手がう
まくキャッチできなければ、その心は伝わりません。


夫婦でも、親子でも、気持ちがうまくかみ合ってい
ないと感じるのは、たいてい、そんなときです。


だから、どんなときも。ふうわりと。
心のボールは、相手が受けやすい高さに、ちょうど
な強さで投げられる人でありたいもの。


そして、できれば。
どんなボールが飛んできても、真正面でちゃんと受
けられる人になれたら、もっと素敵。


人としての「おおらかさ」や「しなやかさ」は、心のボー

ルを投げる力、キャッチする力とつながっているよう

に思います。