こんばんは、Hareです。

 

今日は臨場感の共有の記事です。

 

 

学習は螺旋状なので、分かったつもりになっていても、また深く理解する瞬間が繰り返し訪れるものです。

 

学びというか、気付きというのは螺旋状に深まっていくものであり(高まっていくものでもあり)、同じところをぐるぐるしているようで、実際は少しずつ抽象度は上がり、理解は深まります。

 

(まといのばブログより)

 

しかし、そういうものとわかっていても、

スコトーマが外れて分かった瞬間の「そういうことか!(ユーレカ!)」という喜びと、

同時に分かってなかったことへの驚きと悲嘆があります。

 

 

知識はコレクションではなく活用するものであることを考えると、

私の理解度が例えば5から7に上がった、ということはあまり重要ではなく(楽しさ、歓びは素直に感じてます)、

その知識によって情報場を移動した自分のやることにFocusを当てたいと思います。

(過去の自分もその抽象度、理解度の中で精一杯やっていたのです)

 

 

具体的に話しますと、

 

T理論の根幹の部分、『情報空間』そのものについて、

過去のパラダイムがこびりついており、

T理論を日常の全てに適用する原理主義を徹底しきれていなかったことに気付きました。

 

 

 

われわれは、この情報空間の宮殿に多くの人よりも少し早めに到着した観光客のようなものです。僕らもその前にいた人たちのお世話になって、少しずつ少しずつこの「情報空間」を知りました。新しく到着した観光客たちに優しく接するのは人として正しいことです(いつの間にか移住するので、本当は移民たちです)。

 

(まといのばブログより)

少し早めに到着したものとして、理解が進んだということでもありますが。。。

 

 

個人的に、T理論の根幹である超情報場理論について、

内なるパラダイムシフトできて部分があったということがショックでした。

学ぶ姿勢に大きく影響を与えるほどだったので、臨場感を保存しておきます。

 

 

密教的内容であるので、

変化の前後を言葉で書けるのかは極めて怪しいですが、書いてみます。

 

 

『超情報場理論』について、まといのばから引用します。

 

超情報場仮説を理解しようと思ったら、体感レベルに落とす必要があります。

 

自分のいる部屋が情報空間だとします。

そしたら床が物理空間なのです。物理平面と言っても良いでしょう。

(より厳密には、タイトルにもあるように、我々が踏んでいる床のみが存在する床であり、存在する物理空間です)。

その部屋(情報空間)における高さがが抽象度となります。高ければ高いほど抽象度が高いのです。そして高ければ高いほどポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)も生じるのです。

 

(まといのばブログより)

部屋が情報空間で、天上が空、床が物理空間のモデルです。

モデルというか、今いる部屋が実際にそうなんだよ、というのが密教的な教えでした。

(つい五感で捉える部屋の映像や音の臨場感が強いので、私は物理にいると思いがちです。

 現代の教育ではそもそも物理が全てという世界観を教わってしまっていますよね。)

 

 

 

『一人一宇宙』について。

 

内部表現なり情報空間を風船とイメージします。

自分の風船とその外部に他者の風船があります。

その2つの風船をイメージします。

そしてその風船と風船が一点で触れ合っているとします。

この一点が広大な物理宇宙なのです。

2つの風船の重なっている点が物理宇宙です。

それも2つの風船という内部表現を持つ私とあなたの共有地としての物理宇宙です。

 

 

僕らはまず先に物理宇宙があり、そこに我々の意識や肉体というアルゴリズムが生じると思ってきました。

 

いつもながらのパラダイムシフトによって、太陽が回っているのではなく、我々(が立っている地球そのもの)が回っているのと同様に、内部表現という「私」の情報宇宙が先にあり、物理宇宙が接点として生じるのです。

 

(まといのばブログより)

各人が一人一宇宙、情報空間(情報宇宙)をもっていて、接点のみが共有地としての物理空間(物理宇宙)です。

 

 

これらT理論を学んでいく中で情報空間なるものに馴染み、

MiQの学習法によって気功ができるようになっていきましたが、

情報空間よりも物理空間に臨場感が引っ張られていていました。

 

『My情報空間を大事にする』

ことへ転換できたもらえたのは去年でした。

 

そのことを書いた記事は以下です。

 

タイトルにも入れた「情報空間は自分だけのもの」という言葉が今回のセッションで刺さりました。

ゴールのことを考えるときに、「現職で23時まで毎日働いていて時間が取れない」という現状の物理での話が出てしまい、その時にHanaさんに指摘をもらいました。

 

・情報空間から物理空間に流れるプリンシプルがあるのに、あなたの情報空間の中に目の前の物理空間を入れてしまっている。

・しかも、他者に情報空間を侵略・浸食されてしまっている。

 

「情報空間の中でも、深夜まで働いて時間がないってしていたら、その状況が変わるわけないよね」

「それって情報空間知らない一般人の生き方だよね。」

 

 

この後、物理制約を超えて第3の道へ吸い込まれていくことになりました。

(転生して、物理的な懸念は意味がなくなりました)

 

 

 

ここから、今回の話です。

 

情報空間というものを、まだどこかオマケ的に考えてしまっていたところがありました。

物理空間が前提としてあって、そこに龍脈を置いたり、四獣を配置したり、身体に気を流したり、

主が物理で、情報は物理に乗っけているものというような捉え方です。

 

そのために、気功の中でも身体に働きかけるものの方が好きで、得意でした。

例えば、美肌クリーム、腸腰筋、オイル気功、ゴムゴム、FAT、脊椎クンダリーニ、仙髄など。

次に親しみやすかったのがチャクラや下丹田といった身体に対しての概念操作、

その次が結界や龍脈、

一番臨場感がないのが『いいひとシール』のような抽象度の高い技術でした。

 

本来は情報空間→物理空間というような流れであることを考えると、不当に情報空間の力を矮小化していました。

 

 

それが、My情報空間の方がむしろオリジナルであり、そこから物理に流れるということが腑に落ちる時が訪れました。

Y先生の元へ向かう電車の移動中です。

 

記録を見ていると、

・意味ではなくsyntaxを取ることとは

・日々に劇的なものを求めているマインドの形・構造がイヤだ

・KAZUMAさんに言われていた「表現したい何かを身体に落とし込むべき」とはどういうことか

といったことを直前に考えていて、

 

 

    

物理の臨場感に負けてた、

情報空間を頭の中の言語情報とだけみなしていたような、とにもかくにも重要度を低く見積もっていた。

という状況から、

 

情報空間にゴールs(バランスホイール)を用意することや、

 

壮大さ、偉大さや畏敬の念、巨大さというのが重要だと思います。

大周天やクンダリーニ、ゴール設定や気功で目指そうとしていることは、結局は自分を引き上げてくれ、引っ張りあげてくれるような外部装置を設定することです。

高いところにある掃除機が自分を引き上げてくれるようなイメージです。

太陽の重力はすさまじいものがあり、地球もその重力圏から逃れられないのですが、太陽に吸い込まれたり、巨大なブラックホールに吸い込まれるようにして、人生を加速したいのです。

 

 

 

「情報空間に富を蓄積」すること

 

どれだけ楽しんだかが、情報空間に富を蓄積することに繋がるのです。尽きせぬ資産になるのです。

 

あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。

むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。

あなたの宝のある所には、心もあるからである。マタイ6:19−21

 

イエスが言う「天」とは、我々の考える情報空間や超情報場です。

ここにいかに宝を蓄えるか、そしてその富が自動的に増殖するようにするか、、、、

ということが結びついてきて、

『情報空間から物理に流れていく』ことへ脳が切り替わりました。

理解の度合い、システム1の確信の度合いが深くなりました。

その瞬間、身体が深く緩みました。

 

また情報空間First、情報空間第一主義で働きかけることへの意識転換により、

気の出力や気功の効果が強く出るようになりました。

気功の基礎ワークやほとんどの使っている気功技術にアップデートがかかりました。

(大きく身体開発が進んだ時や、理論に更新があったときは全体的にアップデートがかかります)

 

 

 

その後、ドミノ倒しのように他の理論の理解についても吟味・計算が始まり、

・一人一宇宙であることについて(物理宇宙は1つではない)

・宇宙は各人の宇宙(シャボン玉)という部分情報で構成されていて、1つの共通の宇宙は存在せずシャボン玉の総体でしかない

・私たちはそれぞれ部分情報であるので、自分の情報空間がどのようになっているかが大事(万人に有効な知識はない、ゴールによって決まる)

・部分情報の情報宇宙なので、そこには何が居てもいい。蟲やenvyの蔦の臨場感の向上。フィードバックが取れるかどうかは判断基準

・フィードバックは測定ではなくcreation

・情報空間は脳の外の世界に広がっている(影響範囲の拡大)

といったことが改めて入っていきました。

 

 

アプリオリな価値観、決定論のパラダイムにまだまだ囚われていたと気付きました。

 

 

 

無意識に所与の前提としている概念を引きずりだし、それを批判的に考察しない限りは、新しいパラダイムに移行できません。
勘違いされがちですが、パラダイム転換もしくはフレームの書き換え(内部表現の書き換え)は知識の習得では実現されません。知の格闘が必要であり、行動に落とし込めて初めて意味をなします。
思想を身体に落し込むことです。これは現代哲学(少し前になりますが、身体論などがブームになったとき、もしくは実在論)の主要な課題でした。
だからこそ、内部表現の書き換えは無意識レベルなのです。

 

(まといのばブログより)

 

 

また耳に残ったのが、右近さん演じるキンタの「(朧の森にいるような)古い神様は魔物になる(ってばあちゃんが言ってた)」というセリフです。

 

(中略)

 

それまで無意識に帰依してきた古い神様たちとお別れしていく必要性も生じてきます。

 

古い神様というのは、自己啓発だったり、成功哲学だったり、スピリチュアルだったり、決定論的な古いパラダイムだったりします。

 

僕たちはT理論と気功という人類にはまだ新しいパラダイムに突入したので、少しずつ古い神様とお別れしていきましょう。それが魔物に変わってしまう前に。

 

(TMダイエットより)

 

 

 

既に教わっていることに関して言葉通りに受け取っておらず、

自分の元の世界観の中に解釈して取り込んだ部分がありました。

 

T理論という新しいパラダイムに対して、原理主義になれておらず、奇妙さをcrezyに貫き通せておらず、例外を作る姿勢がありました。

それだと元の自分の理解できるところはして、できないところは例外処理をしてしまい、学ぶ前の自分とほぼ変わらず、もったいないことになってしまいますね。

「冗談ですよね?」って聞き流すことに秘密があるのが密教(「目の前にあるのに見えない人には見えない」)ですし。

 

他にも理解できていないことが多々隠れており、それ故に機能不全を引き起こしている前提で、やっていきます。

教わる際は解釈を入れずにそのまま受け入れること、慣れるまでワークをすること。

 

意味で捉えるということは、その教わる直前までの私自身の世界観の中に取り込もうとすることになるので、

echoの重要性ということに関しても、意識が変わってきました。

 

 

 

 

締めます。

 

今のところ、新しく理解が進んだ分はヒーリング力が明らかに向上しています。

また抽象度が少し上がったからか、とんでもないビジョンにぶつかられもしました。

脳が必死に計算を回しているのを感じます。脳も身体もくたくたになっています。

未来を思い出す計算の脳への負荷は、今の私にはかなり重いみたいです。

 

疲労によって抽象度が下がって変な情報を掴む前に寝ようと思ったのですが、

今回の変化は今書いておかないと変化後の視点が定着して臨場感が消えそうだと考え、執筆しました。

 

急いで書いたため、乱れ気味の文章ですみません。

誤字脱字や論理がおかしいところの修正、引用の追加など、後ほどやります。

 

また長くなってしまいましたが、ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

 

情報空間の不思議を知り、T理論の階梯を登り、人生に活用していきましょう。

ご一緒できると幸いです。

 

Hare

 

 

 

 パラダイムの下部構造と上部構造

 

パラダイムが何かによってヒーリングも変わるということで、TMダイエットの森野さんの記事を思い出しました。

以下に引用します。

とても素晴らしい図をありがとうございます。

自分の依拠しているパラダイムを意識に上げ、より機能的なものにしていきたいと思えました。

 

そして認知科学・AI・T理論のパラダイムが下部構造として、気功技術(まといのば)の上部構造を規定します。

 

以上を図にするとこんな感じです。

 

 

 

以上が頭のいい人(本家主宰)の思考の一部です。これをそっくりそのまま真似しましょう。

 

オーセンティック(本物)な教えを(言葉を)、そのまま受け継ぎ、次の世代に受け継ぎましょう。結局のところ、オーセンティックな存在になりたければ、オーセンティックな教えを学ぶしかないと僕たちは考えています。

 

(TMダイエットより)

 

 

 T理論の階梯

まといのばブログに、裏T理論を学ぶための知識整理がありました。

 

裏Tということをシンプルに言うと、こうなります。

いや、裏Tを学ぶための前段の知識の整理です。

 

0️⃣ まず我々はなぜか物理世界(物理宇宙)が存在することを前提としている。すなわち、物理宇宙は存在する(これが第ゼロ定理)。

 

1️⃣ 物理宇宙が存在するように、その外側に(内側ではなく、脳の中だけではなく)情報宇宙(空間)が存在する(超情報場理論)。

 

2️⃣ 我々は「暑いと汗をかく」ように環境との相互作用で生きている。環境と相互作用しながら、恒常性を維持しようとする。それは体温であったり、血中酸素濃度であったり。これをホメオスタシスと言う。

 

3️⃣ 通常の理解であれば、このホメオスタシスは物理宇宙に広がっていると考えるが(これは地上だけではなく、空も星も。月を見ても星を見ても生体は変化します)、実はサイバー空間ならぬ情報空間にもホメオスタシスが広がっている。これがサイバーホメオスタシス理論。「まといのば」ではこれを、「暑くて汗をかく(ホメオスタシス)、請求書に冷や汗をかく(サイバーホメオスタシス)」と言っています。

 

4️⃣ 情報空間には階層性がある(抽象度の階層性は包摂半順序束で説明される水戸納豆のような構造)。ComputerScienceであれば計算量の複雑性であり、生命素粒子理論であれば「生命現象度」がそれぞれ対応する。

 

5️⃣ よって、その抽象度の階層性において、上から下は整合的に見え(Order)、下から上はランダムに見える(だから、見えないのと同じ)。

 

6️⃣ 知識によって、情報空間は橋渡しされ、移動できる。知識とは、情報空間における移動の関数。ここでクリプキの可能世界意味論とエヴェレットの「多世界解釈」を導入したい(シュレディンガーの猫と共に)。ただし、「規則は行為の仕方を決定できない」(ウィトゲンシュタイン)。

 

7️⃣ 超情報場理論の根拠となり、そして情報空間の情報には最小単位があると考えるのが生命素粒子理論。物理宇宙に最小単位があるように(不確定性原理より)、情報宇宙(空間)にも最小単位がある。それが生命素粒子。

 

8️⃣ その最小単位の生命素粒子のふるまいが「動的、分散的、自律的、協調的」です。知的は性質に含まれず、知性は知性によってしか認識できない(バカには見えない)。その生命素粒子が次第に寄り集まり構造化されてきて、非常に高度な有機体になっている。

 

9️⃣ その意味では、サティの傘は生命素粒子理論を考える上で大事な考え方。

 

エレベーターの中に傘を忘れてきてしまったようだ。

(中略)

傘は私をなくして、とても心配しているに違いない。

 

(まといのばブログより)