いよいよ明日、

5月5日を迎えます。 

私にとって、この日は

「誕生日」以上に、 

自分の魂と深く向き合う記念日です。

 

 

11歳の春。 

交通事故に遭い、

死の淵を彷徨った私が 

この世界に戻ってきた瞬間に決めたこと。

 

 

それは、 

 

「命には今しかない!」 

「死ぬ時に、絶対に後悔しない生き方をしよう!」 

 

という、強烈な誓いでした。

 

 

それからの私は、

そのエネルギーのままに 

自由奔放に生きてきました。

 

 

けれど、人生の荒波や環境の変化、 

いくつもの「役割」を背負う中で、 

いつしかその光を、心の奥底に 

隠してしまうようになっていたんです。

 

 

今回のスタエフでは、 

「眠っている情熱を呼び覚ます方法」
について、熱くお話ししました。

 

 

人生の再構築とは、 

新しい自分を演じることではなく、 

かつて持っていた「本当の自分」を 

もう一度奪還すること。

 

 

50歳。 

私はあの日の11歳の自分と、 

もう一度手を繋ぎました。

 

 

明日は、私の魂の核心をお話しします。 

その前に、あなたもかつての 

「自由だった自分」を思い出してみませんか?

 

 

詳細は、本日の放送をぜひお聴きください。

 



命は当たり前ではない。

当たり前の中にこそ、

感謝すべきものがある。

 

 

そこまで気づいた時、

次に浮かぶのは、

その限りある命をどう使うのか。

 

という問いです。

 

 

「命を大切に」という言葉は、

よく聞きます。

 

 

でもあなたは、その言葉の意味を、

本当に考えたことがありますか?

 

 

命を大切にするとは、

長生きすることでしょうか?

健康に気をつけることでしょうか?

無駄なリスクを避けることでしょうか?

 

 

私は違うと思っています。

 

 

命を大切にするとは、

その命を、自分が本当に使いたいことに

使うことだと思っています。

 

 

言い換えれば、命の時間を、

自分の本音に誠実に使うということです。

 

 

11歳で命の有限さを知った私は、

その日から何かを選ぶ時、

ただ一つだけ

自分に問いかけるようになりました。

 

 

「この選択に、自分の命を使いたいか?」

 

 

この問いを持つようになってから、

選択の質が変わりました。

 

 

誰かに嫌われたくないから選ぶ、

ではなくなりました。

 

 

世間的に正解だから選ぶ、

でもなくなりました。

 

 

みんながそうしているから選ぶ、

でもなくなりました。

 

 

ただ、この命を使いたいかどうか。

それだけが、基準になりました。

 

 

振り返ってみると、

私の人生の選択はいつも、

その問いと共にありました。

 

 

借金を背負った時、

逃げることもできたかもしれない。

でも、この現実から逃げることに、

命を使いたくないと思いました。

だから向き合いました。

 

 

飲食店を閉業した時は、

プライドが邪魔をしました。

でも、このプライドを守ることに、

命を使いたくないと思いました。

だから手放しました。

 

 

コーチとして起業する時は、

不安がいっぱいで怖かったです。

でも、この怖さの前で立ち止まることに、

命を使いたくないと思いました。

だから動きました。

 

 

どの選択も、

正解かどうかはわからなかったし、

うまくいく保証もなかったです。

 

 

それでも、この選択に命を使いたい

という確信だけはありました。

その確信が、

私をここまで連れてきてくれました。

 

 

命基準で選ぶということは、

時に怖いことでもあります。

 

 

なぜなら、命基準で選ぶ時、

言い訳が使えなくなるからです。

 

 

誰かのせいにできない。

状況のせいにできない。

タイミングのせいにできない。

 

 

自分が選んだという事実だけが、

そこに残ります。

 

 

でもその責任の重さこそが、

人を本当の意味で強くします。

 

 

命基準で選んだ結果が

うまくいかなかった時、

その痛みは深いです。

 

 

でもその痛みの中に、

必ず学びがあります。

 

 

命基準で選んだからこそ、

その経験が深く自分に刻まれます。

そしてそれが、次の選択を、

より確かなものにしていきます。

 

 

あなたは今、

何に命を使っていますか?

 

 

毎日の時間を、

自分のエネルギーを、

感情を、

何に使っていますか?

 

 

誰かの顔色を窺うことに使っていますか?

答えの出ない心配に使っていますか?

本当はどうでもいいことに使っていますか?

 

 

それとも、自分が本当に

大切にしていることに使っていますか?

 

 

命は有限です。

使える時間は、決まっています。

 

 

その事実は、

残酷に聞こえるかもしれません。

でも私は、その事実がある種の

自由を与えてくれると思っています。

 

 

時間が無限にあるなら、

人は何も選ばなくていい。

 

 

何でもできる、いつでもできる、と思えるから。

でも時間が有限だとわかった時、

人は初めて本気で選び始めます。

 

 

何に使うか、誰と過ごすか、

何を大切にするかを、

本気で考え始めます。

 

 

命の有限さは、

真剣に生きるための最大の動機です。

 

 

私が今ここにいるのは、

命基準で選び続けてきたからです。

 

 

完璧な選択をしてきたわけではありません。

間違えたこともあります。

遠回りしたこともあります。

傷ついたこともあります。

 

 

でもそのすべてが、

命基準で選んだ結果でした。

だから後悔がないのです。

 

 

うまくいかなかった経験も、

すべてが今の私の土台になっています。

 

 

命基準で生きるということは、

華やかな人生を送ることではありません。

 

 

ただ、自分の命を、

自分が納得できる場所に使い続けること。

 

 

それだけです。

 

 

あなたにとって、

命を使いたいことは何ですか。

 

 

すぐ答えが出なくてもいい。

でもこの問いを持ち続けてほしい。

 

 

毎日の小さな選択の前に、

一度だけ問いかけてみてください。

 

 

「この選択に、私は命を使いたいか?」

 

 

その問いが、あなたの選択を

少しずつ変えていきます。

選択が変わると、一日が変わります。

一日が変わると、人生が変わります。

 

 

限りある命をどう使うか。

 

 

その答えは、

誰かが教えてくれるものではなく、

あなた自身が、毎日の選択の中で、

少しずつ見つけていくものです。

5月3日、憲法記念日。 

眩しい太陽の光が、

新しい一歩を照らしてくれるような朝ですね。 

 

 

あなたは今日、

どんな言葉と共に目覚めましたか?

 

 

人生の再構築を進める中で、 

私が何より大切だと思っていること。 

 

 

それは、

あなたが自分自身に語りかける

「言葉」の質です。

 

 

「やってみたい。でも、私には……」

 

 

そんな風に、無意識のうちに

「でも」という言葉で 

自分を制限してしまってはいませんか? 

 

 

かつての私も、

その言葉の牢獄の中に

長く閉じ込められていました。

 

 

今回のスタエフでは、 

「でも」を「だから」に書き換える魔法 

について語りました。

 

 

「もう50歳だから」ではなく、 

「50歳『だから』こそ、見える景色がある」。

 

 

たったそれだけで、 

あなたの内側にあるエネルギーは 

ブレーキからアクセルへと変わります。

 

 

自分を責めるクセを、 

自分を信頼する力に変えていく。 

 

 

5月の爽やかな風に乗せて、 

今日からあなたの「魔法のじゅもん」を

アップデートしてみませんか?

 

詳細はぜひ、

本日の放送をチェックしてみてくださいね。



昨日、交通事故の話を書きました。

 

5日間意識を失い、目が覚めた時、

「命は当たり前ではない」ということが、

言葉ではなく感覚として

身体に刻まれたという話を。

 

今日は、その続きを書かせてください。

少し長くなるけれど、

最後まで読んでもらえたら嬉しいです。


 

小学6年生の子どもが、

命の有限さを身体で知るなんて、

悟るには早すぎたと思います。

 

 

でも私はあの事故の瞬間に、

人生の本質のようなものを、

11歳でわかってしまったのです。

 

 

命は有限だということ。

今日という日は、

二度と来ないということ。

当たり前に見えるものは、

何一つ当たり前ではないということ。

 

 

意識が戻った瞬間のことは、

今でも鮮明に覚えています。

 

 

白い天井。消毒液の匂い。

泣いている大人たちの顔。

「奇跡だ」という声・・・

 

 

でも私の中にあったのは、

恐怖でも混乱でもなく、

ああ、私は今ここにいるという

感覚でした。

 

 

そして、その感覚が、

私の人生の土台になりました。

 

 

悟るには早すぎたかもしれない。

でもあの経験がなければ、

今の私はいなかった。

 

 

そしてあの経験があったからこそ、

気づけたことがあります。

それが、今日お伝えしたいこと。

 

 

4ヶ月間の入院を経て、

退院した日のことを覚えています。

 

 

久しぶりに吸った外の空気。

空の青さ。風の感触。

自分の足で地面を踏んでいる感覚。

 

 

それまで何も感じずに過ごしていた

「普通の日常」が、

その日から違って見えました。

 

 

朝、目が覚めること。

呼吸ができること。

ご飯が食べられること。

好きな人と話せること。

今日という一日が始まること。

 

 

どれも、ある日突然

なくなるかもしれないものだと、

私は知ってしまっていた。

 

 

失う前に気づいた人間と、

失ってから気づく人間では、

同じ日常を生きていても、

受け取るものがまったく違います。

 

 

私は運良く、

失う前に気づかせてもらいました。

 

 

当たり前という言葉は、

感謝の反対語だと私は思っています。

 

 

毎日同じように朝が来ると、

朝が来ることへの感謝は薄れていきます。

 

 

毎日同じように誰かがそばにいると、

その存在への感謝は薄れていきます。

 

 

毎日同じように食事ができると、

食べられることへの感謝は薄れていきます。

 

 

「当たり前」という感覚が、

感謝を少しずつ飲み込んでいくのです。

 

 

そしてその先に、

不満が生まれます。

 

 

あれが足りない、これが足りない、

もっとこうであればという気持ちが、

じわじわと育っていきます。

 

 

今あるものの豊かさが見えなくなって、

ないものばかりが目につくようになります。

 

 

これは性格の問題ではありません。

「当たり前」に慣れた時、

人間の意識は自然とそうなっていくのです。

 

 

だから意識的に、

感謝を取り戻すことが必要なのです。

 

 

感謝することは、美しい心がけ

というだけではない。

 

 

感謝のエネルギーは、

現実を動かす力を持っています。

 

 

不満や怒りの中にいる時、

人のエネルギーは外側に向かいます。

 

 

誰かを責め、環境を呪い、

なぜ自分だけと思いながら生きる。

 

 

そのエネルギーが、

現実をさらに重くしていくのです。

 

 

でも感謝の中にいる時、

エネルギーは内側から湧き上がってきます。

 

 

今ここにあるものの豊かさに気づき、

それを大切に扱いたいという気持ちが生まれ、

自然と前に向かう力が湧いてきます。

 

 

私が借金を背負ったどん底の夜、

死を選択しかけながら、

関わってくれた人たちへの感謝を

念仏のように唱え続けた話を、

以前書いたことがあります。

 

 

その時、エネルギーの流れが

変わったのを感じました。

 

 

言葉にするのが難しいけれど、

重く淀んでいた何かが、

すっと動き始めた感覚でした。

 

 

感謝は、状況を変えたりはしない。

でも、あなたの内側を確実に変えます。

 

 

そして内側が変わった時、

現実が動き始めます。

 

 

11歳の私が、

病院のベッドの上でそれを学びました。

 

 

意識が戻った瞬間、

私の中にあったのは

怒りでも悲しみでもなく、

ただ、生きているという感謝でした。

 

 

その感謝が、

その後の人生を動かしていきました。

 

 

とは言っても、

感謝しようと思っても、

できない時もあります。

 

 

疲れている時。

うまくいかない時。

誰かに傷つけられた時。

自分の思い通りにならない時。

 

 

そういう時に「感謝しよう」と

思ってもなかなかできません。

 

 

むしろ無理やり感謝しようとすることで、

自分の本音を押し込めることに

なってしまうこともあります。

 

 

私が伝えたいのは、

「どんな時でも感謝しなさい」

ということではなくて、

 

 

ただ一つ、

「当たり前」だと思っていることを、

当たり前ではないものとして見る

練習をしてほしいのです。

 

 

今日、目が覚めたこと。

これは当たり前ではないです。

 

今日、ご飯が食べられたこと。

これも当たり前ではないです。

 

今日、誰かと言葉を交わせたこと。

これも、当たり前ではないです。

 

 

その視点を持つだけで、

感謝は自然と生まれてきます。

義務感ではなく、気づきとして。

 

 

特別なことなどなくていい。

 

 

朝、目が覚めた瞬間に

「今日も生きている」と、

静かに思ってみてください。

 

 

夜、眠りにつく前に

「今日も一日あった」と、

静かに思ってみてください。

 

 

声に出さなくていいです。

誰かに伝えなくていいです。

ただ心の中で、今日という一日に、

ありがとうと言ってみてください。

 

 

その小さな習慣が、

人生の見え方を少しずつ変えていきます。

 

 

不満を探せば、

不満は必ず見つかります。

 

 

でも感謝を探せば、

感謝も必ず見つかります。

 

 

どちらを探すかは、

あなたが決めることです。

 

 

同じ一日を生きていても、

当たり前の中に豊かさを見る人と、

ないものの中に不満を見る人では、

10年後の人生がまったく違うものになっています。

 

 

11歳の私に、

人生を教えてくれたのは、

あの事故でした。

 

 

早すぎる悟りだったかもしれない。

けれど私は、あの経験に感謝しています。

 

 

当たり前と思っていたものが、

当たり前ではないと知った時、

人生のすべてが輝いて見えてきます。

 

 

朝の空気が、食べ物の味が、

誰かの笑顔が、今日という一日が、

すべて違って見えてきます。

 

 

あなたの周りにある「当たり前」は何ですか?

 

 

毎日一緒にいる家族。

毎朝飲むコーヒー。

仕事に行ける体。

帰る場所がある日常。

話せる友人。

今日も動いているこの心臓。

 

 

その一つひとつが、

当たり前ではないのです。

 

 

今日だけでいいので、

その一つに、

ありがとうと言ってみてください。

 

 

声に出しても出さなくても、

どちらでもいいです。

 

 

その言葉が、あなたの今日を、

少し違う色に染めてくれます。

 

 

そしてその積み重ねが、

あなたの人生を、

深く豊かなものに変えていきます。

5月2日。 

大型連休も本番、

街が活気に満ちている朝ですね。 

 

 

あなたは今、どんな気持ちで

今日をスタートさせていますか?

 

 

「せっかくの休みだから、充実させなきゃ」 

そんな風に、無意識に自分を

追い込んでしまってはいませんか。

 

 

人生の再構築を進める中で、

私が大切にしている習慣があります。 

 

 

それが、「目的地を決めない直感散歩」です。

 

 

私たちは長い間、 

最短ルートで正解に辿りつくこと、 

効率よく役割をこなすこと

ばかりを考えてきました。 

 

 

でも、本当に心が求めているものや、

人生の新しいヒントは、 

実は「効率」とは真逆の、

無駄だと思える時間の中にこそ 

隠れていることが多いのです。

 

 

今回のスタエフでは、 

「偶然を味方につける、直感の磨き方」 

について、私自身の体験も交えて

軽やかにお話ししました。

 

 

スマホの地図を閉じて、 

自分の足が「あっちに行きたい」

と言う方へ進んでみる。 

 

 

そこで出会う風景や、

ふと湧き上がる感情を味わい尽くす。

 

 

その小さな冒険の積み重ねが、 

「自分の感覚を信じて生きる」という 

揺るぎない自信に繋がっていきます。

 

 

今日は一人の冒険家になって、 

5月の光の中へ、

直感と一緒に踏み出してみませんか?

 

 

詳細はぜひ、

本日の放送をチェックしてみてください。