前回の特別な放送に、 

驚くほどたくさんの

メッセージをいただきました。 

 

 

皆さんの魂の声を受け取り、 

私も胸が熱くなる思いです。

 

 

その中でいただいた、あるご質問。

 

 

「私には麗美さんのような劇的な体験がありません。 

そんな私でも、人生を再構築できますか?」

 

 

答えは、もちろんYESです。

 

 

むしろ、多くの人にとっての「再起動」は、 

劇的な事件からではなく、 

日常の中の「小さな違和感」から始まります。

 

 

「私は本当は、どうしたいんだろう?」 

「今のこの生き方は、私らしいかな?」

 

 

そんな微かな心の声に、 

どれだけ誠実に向き合えるか。 

それだけが、

人生を分ける分かれ道になります。

 

 

ドラマチックなきっかけを

待つ必要はありません。 

あなたが今、この瞬間に「決める」こと。 

それが、最高のきっかけになります。

 

 

今日のスタエフでは、 

日常の中で自分の「本当の声」を拾い上げる 

具体的なヒントをお話ししました。

 

 

今日という一日の中で、 

あなた自身の「小さな本音」を、 

一つだけ叶えてあげませんか?

 

 

詳細は、本日の放送をぜひお聴きください。

 

 

 

 

 

あなたは今、自分のことを

どんな人間だと思っていますか?

 

 

私は、

人見知りだから。

飽き性だから。

数字に弱いから。

どうせうまくいかないから。

才能がないから・・・。

 

 

こんな風に、あなたも

自分自身を定義する何かを

持っていると思うのですが、

その「だから」の後ろには、

何が続いていますか。

 

 

できない。向いていない。

無理だ。私には関係ない話だ。

 

 

その言葉たちは、

一体どこから来たのでしょう?

 

 

金魚を、小さな金魚鉢で育てると、

その鉢のサイズに合わせた大きさにしか

育たないという話を聞いたことはありますか?

 

 

でも同じ金魚を、大きな池に放すと、

驚くほど大きく育つことがあります。

 

 

金魚の本来の大きさは、

鉢のサイズではないのだけれど、

 

小さな鉢の中で育った金魚は、

その空間が自分の世界のすべてだ

と思っていて、

大きな池という可能性があることを、

知らないのです。

 

 

人間も、まったく同じで、

あなたが「私にはできない」と

思って生きてきた空間が、

あなたの金魚鉢なのです。

 

 

その鉢の大きさに合わせて、

あなたは自分の可能性を

決めてきたかもしれない。

 

 

でも本当のあなたは、

その鉢よりずっと大きいのかもしれない。

 

 

あなたの中にある

「私にはできない」という感覚は、

いつ生まれたものですか?

 

 

子どもの頃に失敗した経験?

誰かに「向いていない」と言われた言葉?

一度挑戦してうまくいかなかった記憶?

 

 

そのキッカケとなった

経験は確かに本物で、

その時の痛みも、本物でした。

 

 

でもその経験は、過去のものです。

あの時のあなたと、今のあなたは違います。

あの時の状況と、今の状況も違います。

あの時の力と、今のあなたの力も違います。

 

 

それでもあなたの中に残っている

「どうせ無理だ」という感覚は、

小さな金魚鉢の中にいる

金魚と同じです。

 

 

その先の世界を見ることを

試すことすらしていない

のではありませんか?

 

 

思い込みとは、

かつての経験から作られた

単なる「仮説」です。

 

 

でも多くの人は、

その仮説を「事実」だと

勘違いしています。

 

 

私は人見知りだ、と思うのも

私は数字に弱い、と思うのも

ぜんぶ仮設に過ぎないのに、

 

 

それらを

変えられない事実や、

永遠に変わらない真実だと

思い込んでいるだけなのです。

 

 

でも仮説は、

検証することができる。

 

 

「本当にそうか」と、

内なる自分に聞いてみてください。

 

 

あの時そうだったから、

今もそうだとは限りません。

 

 

あの場所ではそうだったから、

別の場所でもそうだとは限りません。

 

 

あの人にそう言われたからといって、

それがあなたの本質だとは限らないのです。

 

 

思い込みは、あなた自身が作ったもの。

だとしたら、あなたが手放すこともできます。

 

 

自己一致して生きるということは、

自分の本音に従って生きることです。

 

 

でも思い込みがある時、

本音はその思い込みの下に埋もれてしまいます。

 

 

「本当はやってみたい」という本音が、

「どうせ私には無理だ」という

思い込みの下で、

静かに息を潜めています。

 

 

「本当はこうなりたい」という本音が、

「私にはそんな資格がない」という

思い込みの重さで、

動けなくなっています。

 

 

思い込みを手放すことは、

本音を解放することです。

小さな金魚鉢から、

大きな池へと出ていくことです。

 

 

あなたが「私にはできない」と

思っていることを、

一つ思い浮かべてください。

 

 

それは本当に事実ですか?

それとも、

過去の経験から作った仮説ですか?

 

 

「それは事実か?思い込みか?」

 

 

この問いを持つだけで、

長い間あなたを閉じ込めてきた金魚鉢は、

少しずつ大きくなって行きます。

 

 

金魚は、大きな池に放された時、

初めて自分の本当の大きさを知ります。

 

 

あなたも、思い込みという名の

金魚鉢から出た時、

自分の本当の可能性を

知ることができるのです。

 

 

あなたの可能性を狭めているのは、

才能でも、環境でも、運でもなく、

あなた自身の思い込みです。

 

 

そしてその思い込みは、

今日この瞬間から、手放せます。

5月5日

毎年この日が来るたびに、私は思います。

あれから、また一年生きられた。

 

 

39年前の今日、

私の人生は終わっていたかもしれないから・・・

 

 

自転車で交通事故に遭い、

5日間昏睡状態で、

助かる見込みは極めて低いと言われた。

 

それでも目が覚めて、

今日もここにいます。

 

 

だから私にとって、

5月5日は第2の誕生日です。

 

 

産まれた日に命をもらい、

この日にもう一度命をもらった。

そんなふうに思っています。

 

 

5月に入ってから、

私はずっと命の話を書いてきました。

 

 

命は当たり前ではないということ。

当たり前の中にこそ感謝があるということ。

限りある命をどう使うかということ。

命で繋がる人間関係のこと。

 

 

実はこれらは、今日この日に向けて、

静かに繋がっていた話でした。

 

 

39年前の11歳の私は、

何もわかっていなかった。

 

 

なぜ事故に遭ったのか。

なぜ助かったのか。

この命で何をすべきなのか。

 

 

何もわからないまま、

ただ目が覚めて、

ただ生きていました。

 

 

でも一つだけ、

はっきりとわかったことがありました。

 

 

命は当たり前ではない

ということ。

 

 

その感覚だけが、

子どもだった私の身体に深く刻まれました。

 

 

それから39年。

いろんなことがありました。

 

 

信じていた人に裏切られて、

多額の借金を背負ったこと。

飲食店を引き継いで、2年で閉業したこと。

コーチとして起業して、

2,800人以上と向き合ってきたこと。

そしてまた、立ち止まったこと・・・。

 

 

華やかな時期も、どん底の時期も、

迷い続けた時期も、すべてありました。

 

 

でもどんな時も、

あの日身体に刻まれた感覚が、

私の中にあり続けました。

 

 

命は当たり前ではない。

だから、この命を誠実に使いたい。

その感覚が、

私をここまで連れてきてくれました。

 

 

今日、この記事を読んでいるあなたに、

伝えたいことがあります。

 

 

あなたは今、どんな場所にいますか。

 

 

順風満帆な場所にいる人もいるかもしれない。

どん底にいる人もいるかもしれない。

迷いの中にいる人もいるかもしれない。

もう諦めかけている人もいるかもしれない。

 

 

あなたが今どんな場所にいても、

今日という日は、リスタートできる日です。

 

 

リスタートとは、

過去をなかったことにすることではありません。

これまでのすべてを抱えたまま、

今日からもう一度動き始めることです。

 

 

39年前の私は、病院のベッドの上で、

傷ついた身体のまま、リスタートしました。

 

 

完璧な状態ではなかったです。

準備が整っていたわけでもなかったです。

ただ、目が覚めた。

それだけがリスタートの理由でした。

 

 

あなたも今日、目が覚めました。

それだけで、リスタートする理由は十分です。

 

 

過去に何があっても関係ない。

どんな失敗をしても、

どんな選択を後悔していても、

どんなに遠回りをしてきても、

今日という日からやり直せます。

 

 

いいえ、やり直すのではなく、

再起動するのです。

 

 

これまでのすべてを、

自分の一部として受け取りながら、

今日から命基準で動き始める。

それが再起動です。

 

 

私は39年間、

生き続けてきて確信していることがあります。

 

 

人生は、何度でも再起動できるということです。

どん底にいた私が、今ここにいる。

それが何よりの証拠です。

 

 

39年前の今日、

私はもう一度命をもらいました。

 

 

その命で、何ができるかを考え続けてきました。

そして今も、考え続けています。

答えはまだ、出ていないかもしれない。

 

 

でもその問いを持ち続けながら生きることが、

命を誠実に使うということだと

私は思っています。

 

 

あなたの命も、

あなたにしか使えないものです。

 

 

誰かの期待のために使わなくていいです。

世間の正解のために使わなくていいです。

ただ、自分の内なる声に聞いてみてください。

 

 

「私は今日、この命を何に使いたいですか?」と。

 

 

その問いと共に、

今日という一日を始めてほしい。

 

 

5月1日から今日まで、

命の話を書き続けてきました。

読んでくれたあなたへ、

心からありがとうと伝えさせてください。

 

 

あれから39年。

私は今日も、元気に生きています。

そしてあなたも今日、生きています。

それだけで、もう十分奇跡です。

今日という命を、大切に生きてください。

5月5日。 

39年前の今日、

私は交通事故に遭い、 

死の淵からこの世界へ戻ってきました。

 

 

意識を取り戻した私の魂に刻まれていたのは、 

感謝でも負い目でもありません。

 

 

「命には今しかないんだ!」 

「死ぬ時に、絶対に後悔しない生き方をするんだ!」

 

 

という、爆発するような強烈な意志でした。

 

 

それからの私は、

その想いのままに、 

自由奔放に自分の人生を突き進んできました。

 

 

けれど、いつしか月日は流れ、 

「役割」や「期待」に応える生き方が 

当たり前になっていた自分に気づきました。

 

 

50歳。人生の折り返し地点。 

私はもう一度、あの11歳の私が持っていた 

純粋で無敵な情熱を取り戻すことに決めました。

 

 

「佐藤麗美」としての再起動。 

それは、他人のための人生を卒業し、 

私が私の人生の主役として、 

命を使い切るための「約束」です。

 

 

人生の再構築に、

遅すぎることはありません。 

 

 

必要なのは、あなたの内側にある「火」を 

もう一度見つける勇気だけです。

 

 

詳細は、本日の魂の放送をぜひお聴きください。

 



命は当たり前ではないと気づいた時、

私の中で何かが変わり始めました。

 

 

選択の基準が変わり、

時間の使い方が変わり、

気づけば、

人間関係も変わっていました。

 

 

意図したわけではない。

ただ、命基準で生きるようになってから、

自然にそうなっていったのです。

 

 

命基準で生きるようになってから、

私は、価値観をとても大切に

するようになりました。

 

 

自分が何を大切にしているか。

何を美しいと思い、何を誠実だと思い、

どんな生き方を本物だと思っているか。

 

 

その価値観が、

自分の命の使い方を決めているからです。

 

 

命基準で選び続けていくうちに、

段々と自分の価値観がハッキリと

見えるようになって行きました。

 

 

そしてその価値観が見えてくるにつれて、

人間関係に変化が起き始めました。

 

 

最初に気づいたのは、

価値観の合わない人との繋がりが、

自然と薄れていったことでした。

 

 

誰かを切り捨てたわけでも、

誰かを拒絶したわけでもない。

ただ、自然と会う頻度が減り、

自然と連絡が途絶えていきました。

 

 

最初は、なんとなく

寂しさを感じることもありました。

 

 

でも、

その流れに逆らわずにいると、

今度は逆に、

価値観の合う人とのご縁が、

濃くなっていったのです。

 

 

命で繋がる関係というのは、

不思議なものです。

物理的な距離とは、

まったく関係がない。

 

 

引っ越しで遠く離れてしまっても、

命で繋がれている人とのご縁は、

その先もずっと続いていきます。

 

 

年に一度しか会えなくても、

久しぶりに会った瞬間、

昨日の続きのように話せる。

 

そういう関係があります。

 

 

逆に、どんなに近くにいても、

自然と疎遠になっていく人もいます。

毎日顔を合わせていても、

どこかに空洞感がある。

そういう関係もあります。

 

 

この違いは、距離でも、

頻度でも、長さでもなく、

命の深さで繋がっているかどうかです。

 

 

価値観が一致している人とは、

言葉を尽くさなくても

伝わることがあります。

 

 

説明しなくても、

わかってもらえることがあります。

 

 

それは、

同じ場所で命を燃やしているから、

同じ温度を持っているからだと、

私は思っています。

 

 

ですが、

勘違いしないでください。

 

 

自分の価値観を大切にすることと、

自分の価値観を押しつけることは、

まったく違います。

 

 

命基準で生きる人は、

自分の価値観を大切にしながら、

同時に相手の価値観も尊重します。

 

 

「私はこう生きる。

あなたにはあなたの生き方がある。」

 

 

その互いへの敬意があれば、

ぶつかり合うことはありません。

 

 

価値観が違うからといって、

どちらが正しいという話にもならず、

ただ、自然と流れが分かれていくだけ。

 

 

それは冷たさではなく誠実さです。

 

 

無理に繋ぎ止めようとしない。

無理に合わせようとしない。

自然な流れをそのまま受け取ること。

 

 

その在り方が、

心地よい人間関係を生み出していく。

 

 

元々は私も、

人間関係に消耗することが多かったです。

合わせなければという緊張感。

嫌われたくないという恐れ。

関係が壊れることへの不安。

 

 

でも命基準で生きるようになってから、

その消耗がなくなっていきました。

価値観が合う人とだけ深く繋がればいい。

価値観が合わない人との流れは、

自然に任せればいい。

 

 

そう思えた時、

人間関係がびっくりするほど楽になりました。

 

 

今の私の周りには、

命で繋がれていると感じる人たちがいます。

遠くにいても、近くにいても、

その繋がりは揺らがないです。

 

 

なぜなら、その関係の土台にあるのは、

価値観という簡単には変わらないものだからです。

 

 

あなたは周りにいる人たちと、

何で繋がっていますか。

 

 

近くにいるから?便利だから?

昔からの付き合いだから?

 

 

それとも、

同じ温度を持っているから?

同じものを大切にしているから?

命の深さで、繋がっているから?

 

 

命で繋がれた関係は、

時間が経つほどに深くなっていきます。

距離が離れても、薄れないです。

言葉がなくても、伝わります。

 

 

そういう関係が、一つでもあるなら。

あなたはすでに、豊かな人間関係の中にいます。

 

 

もし、まだ

そういう関係がないと感じているなら、

まず自分の価値観を知ることから

始めてみてください。

 

 

自分が何を大切にしているか。

どんな生き方を本物だと思っているか。

 

 

その価値観が明確になるほど、

同じ温度を持つ人が、

自然と引き寄せられてきます。

 

 

命で繋がる人間関係は、

探すものではありません。

自分が命基準で生き始めた時、

自然と生まれてくるものです。