あなたは今、自分のことを
どんな人間だと思っていますか?
私は、
人見知りだから。
飽き性だから。
数字に弱いから。
どうせうまくいかないから。
才能がないから・・・。
こんな風に、あなたも
自分自身を定義する何かを
持っていると思うのですが、
その「だから」の後ろには、
何が続いていますか。
できない。向いていない。
無理だ。私には関係ない話だ。
その言葉たちは、
一体どこから来たのでしょう?
金魚を、小さな金魚鉢で育てると、
その鉢のサイズに合わせた大きさにしか
育たないという話を聞いたことはありますか?
でも同じ金魚を、大きな池に放すと、
驚くほど大きく育つことがあります。
金魚の本来の大きさは、
鉢のサイズではないのだけれど、
小さな鉢の中で育った金魚は、
その空間が自分の世界のすべてだ
と思っていて、
大きな池という可能性があることを、
知らないのです。
人間も、まったく同じで、
あなたが「私にはできない」と
思って生きてきた空間が、
あなたの金魚鉢なのです。
その鉢の大きさに合わせて、
あなたは自分の可能性を
決めてきたかもしれない。
でも本当のあなたは、
その鉢よりずっと大きいのかもしれない。
あなたの中にある
「私にはできない」という感覚は、
いつ生まれたものですか?
子どもの頃に失敗した経験?
誰かに「向いていない」と言われた言葉?
一度挑戦してうまくいかなかった記憶?
そのキッカケとなった
経験は確かに本物で、
その時の痛みも、本物でした。
でもその経験は、過去のものです。
あの時のあなたと、今のあなたは違います。
あの時の状況と、今の状況も違います。
あの時の力と、今のあなたの力も違います。
それでもあなたの中に残っている
「どうせ無理だ」という感覚は、
小さな金魚鉢の中にいる
金魚と同じです。
その先の世界を見ることを
試すことすらしていない
のではありませんか?
思い込みとは、
かつての経験から作られた
単なる「仮説」です。
でも多くの人は、
その仮説を「事実」だと
勘違いしています。
私は人見知りだ、と思うのも
私は数字に弱い、と思うのも
ぜんぶ仮設に過ぎないのに、
それらを
変えられない事実や、
永遠に変わらない真実だと
思い込んでいるだけなのです。
でも仮説は、
検証することができる。
「本当にそうか」と、
内なる自分に聞いてみてください。
あの時そうだったから、
今もそうだとは限りません。
あの場所ではそうだったから、
別の場所でもそうだとは限りません。
あの人にそう言われたからといって、
それがあなたの本質だとは限らないのです。
思い込みは、あなた自身が作ったもの。
だとしたら、あなたが手放すこともできます。
自己一致して生きるということは、
自分の本音に従って生きることです。
でも思い込みがある時、
本音はその思い込みの下に埋もれてしまいます。
「本当はやってみたい」という本音が、
「どうせ私には無理だ」という
思い込みの下で、
静かに息を潜めています。
「本当はこうなりたい」という本音が、
「私にはそんな資格がない」という
思い込みの重さで、
動けなくなっています。
思い込みを手放すことは、
本音を解放することです。
小さな金魚鉢から、
大きな池へと出ていくことです。
あなたが「私にはできない」と
思っていることを、
一つ思い浮かべてください。
それは本当に事実ですか?
それとも、
過去の経験から作った仮説ですか?
「それは事実か?思い込みか?」
この問いを持つだけで、
長い間あなたを閉じ込めてきた金魚鉢は、
少しずつ大きくなって行きます。
金魚は、大きな池に放された時、
初めて自分の本当の大きさを知ります。
あなたも、思い込みという名の
金魚鉢から出た時、
自分の本当の可能性を
知ることができるのです。
あなたの可能性を狭めているのは、
才能でも、環境でも、運でもなく、
あなた自身の思い込みです。
そしてその思い込みは、
今日この瞬間から、手放せます。