『風と共に去りぬ』を、スクリーンで。60代になった今、心に残ったこと
『風と共に去りぬ(1939)』は
年に一度は見ている映画。
今回は劇場の大きなスクリーンで。
*懐かしい作品が映画館で観れるのがありがたい「午前10時の映画祭」
途中の休憩(インターミッション)を入れると
4時間の大作。
(だからお正月に見ることが多い)
でも体感は2時間。
あまりにも没入してしまって、
終わったときに
「あれ?もう?」と思ったくらいです。
何度見ても、素晴らしい。
映像と小説が一体になった"奇跡"
原作を読んで感動した本が映像化されると、
「なんかイメージが違う…」と思うこと、
ありますよね。
でも、この映画は違うんです。
原作と俳優と映像が、
まるで一枚の絵のように完成されている。
登場人物も、
誰一人として"演じている感じ"がしない。
これはもう、奇跡のような作品。
規模の大きさ、映像美、
2度とこんな映画は作れないと思ってます。
これは、恋愛映画じゃない
よく「恋愛映画」という
言われ方をするけど、
わたしは違うと思っていて。
歴史ものです。
広大な綿花畑、豪奢なドレス、優雅な暮らし。
奴隷制度に成り立っていた
ほんの数十年間、
アメリカ南部に存在した世界の繁栄と崩壊。
それらが崩れ去り、
人々が価値観を塗り替えて
生き直さねばならなかった時代。
南北戦争という内戦の悲劇の中を、
必死に生きた人々の群像劇。
完璧すぎる俳優たち
スカーレット・オハラのヴィヴィアン・リー。
強く、美しく、そしてどこか脆い。彼女以外のスカーレットは想像できません。
レット・バトラーのクラーク・ゲーブル。
皮肉屋でありながら深く愛する男。品と色気と孤独が共存する、まさに男優の完成形。
メラニーのオリヴィア・デ・ハヴィランド。
静かな強さと気品。彼女がいなければ、物語はもっと冷たくなっていたはず。
アシュレーのレスリー・ハワード。
優柔不断な夢想家だけど、だからこそスカーレットの恋が切なく見える。
この4人の俳優たちの化学反応が、まさに奇跡だったんですね。
ヴィヴィアン・リーもクラーク・ゲーブルも、その後の私生活では苦しい人生を送った。
そのことを知ると、また違った感慨が湧いてきます。
60代になって見えてきたもの
若い頃に見た時は、
スカーレット・オハラの強さや懸命さに惹かれていました。
美しさと生き抜く力に憧れたものです。
でも60代になってみると、
「人を愛せない人生の、むなしさ」が気になる。
彼女のたくましさの裏にある、
極度の自我の強さや孤独が痛い。
アシュレーへの執着はあったけれど、
それは愛ではなかった。
レット・バトラーへの愛に気づいた時には、
もう遅すぎた。
年齢とともに変わる、映画の見え方
同じ映画を年齢を重ねながら何度も見る。
そうすることで、見え方や感じ方が変わっていく。
皆さんも、そんな経験ありませんか?
「強くあること」や
「何かを達成すること」よりも、
「人を愛し、愛される」ことにこそ、
人生の豊かさがある。
人生経験を重ねると、
見えてくるものが変わる。
映画を通して自分の価値観の変化に気づくって、
とても面白いものですね。
「あの頃の自分」と「今の自分」の違いが
はっきりと見えてきます。
名前は知ってるけど「見たことない」という方にこそ
『風と共に去りぬ』、
聞いたことはあるけどまだ観たことがない。
そんな方も多いかもしれません。
ぜひ、みて欲しいです!
あの時代、あの空気、
あの人たちの生き様。
終わったあと、
きっと何かが胸に残ると思います。
そういう映画です。
あなたにとって、「何度も観たくなる映画や本」はありますか?
あるとしたら、年齢ともにどんな風に感じた方が変わってきましたか
【人生の豊かさを見つめ直したいあなたへ】
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