余計なお世話って言われたことありますか?
私の秋田の実家の母が、
無趣味な父に対して
「かわいそう」
と思ってどうにかしようと暴走する
という記事を先日書きました。
まぁ、要するに
余計なお世話
な話なんです。
頼まれてもいないことを暴走する母。
今日は、
この余計なお世話って、
ダメなことじゃないよ💗
というお話し。
子育てしている方、
部下がいる方、
チームで仕事している方、
どんな場面でも、
1人っきりで生きている人はいません。
するとやっぱり、
相手のことを考える
って無意識で常にやっています。
待ち合わせに遅れないようにしよう。
栄養のバランスを考えよう。
受け取りやすい指示をしよう。
って、普通に思いますよね。
この思っていることを、
無意識に行動にできる人は特に、
いろいろ気をまわして先回りして動けます。
これがスムーズにうまく循環していると、
快適でみんな気持ちよい状態です。
でもここが過剰になると、
やろうと思っていたのに言われた。
わかっていることを毎回言われる。
こうやってマイナスに受け取られる。
でも言っている方は、
良かれと思って言っているから、
なんで反発されるの?
なんでわかってくれないの!?
って思っちゃう。
これが実家の父と母の状態。
でもこれって
愛
ですよね。
愛がゆえ、
つい手や口が出てしまう。
夫婦でも親子でも会社でもあります。
なんというかこれを、
余計なお世話!
と言ってやめさせるって、
なんか違うんじゃないの?と思ってしまう。
誰も悪くないんですよ。
愛なんです愛。
でね、
この余計なお世話が無い世界って、
実は殺風景で冷たい世界に思える。
おもてなしとか、気遣いとか、
日本人的な魂の行動じゃない?
とはいえ私だって、
余計なお世話だからやめてよ!
って思う場面がある。
もうこれ、
良いとか悪いとかじゃないんですよ。
誰も悪くないので、
良いも悪いもない。
ここで問題なのは、
「わかってくれない」、
と相手にジャッジを求める事。
なんというか、
余計なお世話も
やりたきゃやればいい
って思うわけです
。
マイナスな感情はダメなことじゃない。
コミュニケーションのトラブルだって、
ダメなことじゃない。
良い悪いの判断することじゃないので、
なら何を基準にするかというと、
自分がやりたいかどうか
要するに、
余計なお世話の行動も、
自分がやりたいからやっているわけで、
そこで
わかってくれない!
とふてくされるのは違うんです。
相手に承認されることを目的にせずに、
余計なお世話を自分はやりたいからやる!
と思ってやれば、
もうそれで目的を果たしているのでOK。
その余計なお世話の助言を、
相手が受け入れるか受け入れないかは、
相手が決めること。
うちの母は、
自分が言ったことを父がやるべき、
と思っているのでイライラの暴走になる。
父がやるかやらないかは自由。
その先にまたケンカが発生したりしたら、
その原因を考えて、
丁寧に話し合えばいい。
なんか私も自覚があって反省するのですが、
一度で完結しようとし過ぎ
じゃないですかね。
人生長いんです。
80歳過ぎの両親だって、
まだまだ人生終わらない。
トライ&エラーって大事。
その積み重ねが人生、
だとしみじみ思ったのでした。
ま、私も過剰にやっちゃうので、
どっちの気持ちもわかるんですけどね!
自分がやりたいようにやって、
そこで出たトラブルは、
諦めずに丁寧に話し合いをする、
これにつきるなぁ、と思います。
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