思春期中2の娘が
クラス替えをきっかけに学校に行けなくなった日
その日は突然やってきた
『行けなくなった』
と書いているけどうちの場合は
『行かなくなった』
の方が近いかな
もう行こうとすることをやめた
そう感じた
その日から
まずは学校へ行く行かないの判断は
娘自身にしてもらうことにして
学校へ行かないといけない
↓から
学校は行きたい時に行く
と変更
すると
全部休むのかと思ったら
この日は午後から行く
この授業は途中から行く
と自分で決めて
その日はちゃんと着替えて登校する
そうか
ということは
『学校』自体はイヤな場所じゃないんだな
そして
学校へ行けと言わなくなった私に対しては
あっという間に心を許すようになり
少しずつ語ってくれるようになり
人間関係に疲れたこと
友達との距離に困っていること
2学期からは行こうと思っていること
などなど
学校に行かない理由がだんだんわかってきた
この娘の言葉が出てきたきっかけは
私の変化
とにかく否定する言葉をSTOP
今までの私は
現状を見ないで先ばかり追いかけていた
例えば
「今日1時間勉強したよ!」
という娘に
「できんじゃん!なら毎日やりなさいよ。」
「1時間ができたんだから2時間もできるよ。」
という発言をしていた
パワハラだよね
親という立場を利用したパワハラ
娘が欲しかったのは
そんな言葉じゃない
「すごいじゃーん!!やったね!」
だけでよかったんだよね
私は娘にとって
話しかけた時に
褒めてくれなくて結局説教になる相手
そんな相手に
に何か話そうと思うワケがない!
今までも頭ではわかっていたのに
とっさの会話の中では
さっきのようなパワーで押し切るワードばかり
言った後で後悔して
「よくがんばったね!」
と言える日もあったんだけど
後から言われても反応薄いしね
とにかく肯定しまくろう!
と決めたその日から
何を言われても否定の言葉はやめて
でも
腫れ物に触るような態度ではなく
普通にイヤなことはイヤ!と言う
心がけたのは主語
主語は私(母)
こうしたら?
とか
こうやった方がいいんじゃない?
とか
どこに主語があるかわかんない言葉はやめた
例えばお風呂洗いが担当の娘に
「はやくお風呂洗えばあとでゆっくりゲームできるでしょ」
ではなく
「私が晩御飯前にお風呂に入りたいので
6時前にお風呂を洗ってください」
と主語を私にする
それを受け入れるかどうかも自由
言われたことをやらなければならないわけでもない
私が変化すると娘も変化
リビングにいる時間が増え
何かしなければならない
という縛りから解放され
リビングのソファーで一日中過ごす
となりで一緒にアニメを見て笑って泣いて
さて晩御飯の用意するね
と席を離れようとすると
「行かないでよ!晩御飯なんてまだいいじゃん!」
と引きとめられた
お、おう・・・
ま、いっか!
自由で風通しの良い家になるように
何を話しても意見されない心地良い家になるように
少しずつ変化する我が家
心地良い家にしたい
そんな風に私が思えたのも娘のおかげ
この私の意識の変化については
また次回へ
思春期中2の娘の不登校で信じるために手放したのは固定観念でした