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半田カメラ/気になったら とりあえず行ってみるブログ

フリーカメラマンで大仏写真家の半田カメラが、
「気になったら とりあえず行ってみる」
をモットーに、彷徨いつづける日々の記録です。

ここまで長野県伊那市高遠が生んだ江戸の天才石工、

守屋貞治の石仏をめぐる、私的『推し活(おしかつ)』レポートを

『守屋貞治との出会い〜海岸寺〜』

『貞治の故郷へ〜勝間の大聖不動明王〜』

『貞治の故郷へ〜桂泉院〜』

『貞治の故郷へ〜建福寺〜』

と4回にわたって書いてきました。

 
もともと石仏に興味のあった私が海岸寺守屋貞治の石仏と出会い、
ガッツリ衝撃をうけたのが2021年の春頃
さらなる貞治仏に会いたいと伊那市高遠へ出かけたのが、同じく2021年の12月
 
実はこのとき高遠へ行ったのにはもうひとつ目的があったんです。
それが『石仏ガチャ』でした。
 
『江戸時代に多くの石工を生んだ伊那市高遠が
地元の石仏を身近に感じてもらおうと、
石仏ガチャ(石仏フィギュア)をつくり販売している』
 
私がこんな記事をネットで発見したのが2021年の11月
ちょうど貞治に興味を持ち、高遠を検索しはじめていた頃でした。
 
このガチャは高遠にしか設置されておらず、高遠に行かないとゲットできません。
「行くしかないな」
と思いました。
これがこの年の12月に伊那市に行ったもうひとつの理由だったんです。
 
 
前回のブログで書いた建福寺さん参拝後、
近くにある古民家カフェでランチをしました。
当時、このカフェに石仏ガチャが設置されていたからです。
 
上の写真がそのとき撮った『高遠石工 石仏ガチャ』
守屋貞治の石仏3種と、シークレット1種が出ると書いてあります。
その下には
「名工 守屋貞治の作品があなたの手に!」
と一般の方にはあまり響かないと思いますが…
貞治推しの私にはたまらないキャッチコピーが!
 
食事の注文も後回しに、すぐさまガチャを回しました。
そして出てきたのがこれ!
 
 
これは……!
 
 
勝間の大聖不動明王!
 
今朝、会ってきたばかりの貞治仏です。
フィギュアは4.5㎝ほどの大きさで、
この小ささでこの再現度はなかなかだと思いました。
 
さらに回します。
 
 
桂泉院の延命地蔵菩薩!
『貞治の故郷へ〜桂泉院〜』をご参照ください)
 
これもさっき会った石仏だ〜!
フィギュアはペットボトルキャップを再利用しつくっているそうで、
石の質感とは違いますが、色と造形はかなり寄せてます。
とくにこの地蔵菩薩は似てますよ!
足元に小さい10円玉つくって置きたくなっちゃう。
 
残りのひとつとシークレットはなかなか出なくて、何度も回しました。
シークレットは最後までゲットできませんでしたが、
何度目かの挑戦で残りの貞治仏が出ました!
 
 
建福寺の不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん)!
『貞治の故郷へ〜建福寺〜』をご参照ください)
もちろん建福寺も直前に行ってきたところ。
 
実はこのとき、不動明王以外のガチャのラインナップは把握してなかったんです。
ですが結果、ゲットしたのは全部この日に会った石仏。
ついさっき実際に会って来た石仏がいま自分の手の中にある、
というちょっとした喜び?…みたいなものを感じました。
大げさ?いや、これめっちゃ思い出になるでしょ。
 
そうして思い出と約4.5㎝の小さな貞治仏を手に、
私の最初の伊那市観光は幕を閉じました。
 
 
さて、ここからは後日談。
この石仏ガチャ、かなり好評だったんでしょうね。
この翌年の2022年に第2弾が発売され、
今年2023年10月には第3弾販売開始されています。
先月さっそく第3弾を回して来ましたので、こちらで最新情報を。
 
石仏ガチャは現在、上の写真の伊那市高遠町観光案内所に設置されています。
観光案内所から建福寺までは徒歩5分…いや3分ほど。
観光案内所の駐車場に車を停めさせていただいて、建福寺に参拝できます。
 
観光案内所に入ると…
 
 
いきなり石仏ガチャ3台にお出迎えされます。
第1弾、第2弾はカラーバージョンも出てます。
 
で、ここが一番大事なところなんですが、
第3弾クオリティーが上がってます!
(あくまで半田調べ)
 
 
こちらが第3弾の建福寺の准胝観音(じゅんていかんのん)
なんですが…どうですか?
最初の頃と比べてスゴくなってません?
なってますよね。
 
ただこれ、上の准胝観音パーツと下の台座パーツは別ガチャ
上と下を合体させる仕様になってます。
ガチャ回して下だけ出ちゃうとけっこう悲しい。
散財パターンですね…
ですがまぁ、1回300円ですから!
これだけクオリティ高くて300円なら、やる価値は充分にあると思います。
 
 
第3弾ガチャの他のラインナップもご紹介したいんです。
全部、実際の石仏もめぐってますし。
でも長くなっちゃうので…また次の機会にします。
 
今回ご紹介したのは基本、2年前のお話。
ですから『高遠の石仏めぐり初級編』という感じでしたが、
現在、私の高遠石仏めぐりはやや難易度が上がってきています。
中級編もまたいつか…来年くらいにご紹介できたらいいな。
 
これを読んで興味持たれた方、ぜひ石仏めぐり初級編やってみてください。
特に春がおすすめです。
開花情報とにらめっこしながら、桜の時期をねらってみてください。
時期をハズすこともありますが、それもまた修行です。

長野県伊那市高遠が生んだ江戸の天才石工、

守屋貞治の石仏をめぐる、私的『推し活(おしかつ)』レポート四話目。

 

ここまでの経緯は、

『守屋貞治との出会い〜海岸寺〜』

『貞治の故郷へ〜勝間の大聖不動明王〜』

『貞治の故郷へ〜桂泉院〜』

と順にお読みください。

申し訳ありませんが、読んでる前程で話を進めてまいります。

ご了承ください。

 

 

さて、つづいてむかったのは、

『高遠石工 巡礼の聖地』ともいわれる建福寺

建福寺さんには西国三十三所の観音石仏が祀られています。

西国三十三霊場のご本尊を一箇所にまとめ、

庶民がお参りできるようにしてあるわけです。

 

そしてこの三十三観音が私の推しである守屋貞治の作

三十三観音以外も含め、建福寺の貞治仏は40体あまり

 

最初にご紹介した海岸寺が百観音ですから、それに比べると少ないです。

ですが海岸寺は廃仏毀釈の影響で破損している石仏が多く、

建福寺は石仏の状態がとても良い。

高遠では一番の貞治仏密集スポットといえるわけです。

 

 

この石段をのぼった先が建福寺!

大量の貞治仏との出会いに心躍らせてむかったのですが…

私的にこの日は参拝条件があまりよろしくなかったんです。

 

というのは、

建福寺の本堂へとつづく斜面には、横長の建屋が何段にも重なり建てられています。

その中に三十三観音や六地蔵などの石仏が祀られているのですが、

 

 

ご覧のとおり建屋には格子がかかっているんです。

この日は天気がとても良く、強い日差しが順光で当っていました。

 

そうすると…

 

 
こうなっちゃうんです。
曇りだったら、ここまでのコントラストではありません。
時間にもよると思いますが、この時は完全に晴れ女が裏目に出た展開でした。
 
もちろん格子越しの順光であっても貞治仏は美しかったです。
信仰心の厚い人に言わせたら、
「どう見えるかは問題じゃない。その場に来られただけで幸せだろう!」
とお叱りをうけることと思います。
 
解ります…本来そうあるべきだと私も思います。
ですが遠方から参拝していて、そう頻繁に来れるわけじゃない。
できることなら良い条件で拝みたい…と思ってしまうのは仕方ないかと。
 
 
結論としては、
建福寺さんで三十三観音を参拝するのは曇りの日が良い!
ということです。
 
 
そして、ここでお伝えしたい情報が!
絶好のコンディションでこの三十三観音を拝める日があります。
それは春の桜まつり秋のお祭り年に2回!
限定で格子が外され、夜はライトアップされるんです!!
これは絶対にこの日に来なければ!
 
実はずっとこの格子が外される時に参拝する機会をうかがっていました。
ですが桜の開花時期をハズすなどあり…機会を逃しつづけ2年が経過
そしてとうとう今年4月!
念願かなって桜の開花時、桜まつりに参拝できることになったのです!!
 
(これにはみほとけちゃんのご協力や、
伊那市観光協会さまのご尽力などなどあったのですが…
長くなるので詳細は省かせていただきます。御礼申し上げます!)
 
 
ということで、お待たせしました。
格子が外された建福寺、西国三十三所観音石仏の写真がこちら!
 
 

素晴らしい!!

3つ前の格子のある写真と見比べてみてください。

貞治仏がどんなに間近で拝めるか解るでしょう。
 
 
横顔も美しい…時を忘れ魅入ってしまいます。
私は必死にシャッターを切っていて、気付くと時間が過ぎていました。
 
そして、夜のライトアップがまたスゴい!!
 
 
奇麗でしょー!
この光景を拝むのに2年かかりました。
でも待った甲斐があったなと思います。
 
 
こちらは三十三観音ではありませんが、
貞治作の伽羅陀山地蔵菩薩像、かなり大きな像です。
こちらも通常は格子越しの参拝になりますが、格子が外されライトアップ!
 
本当に幻想的ですし、昼間とはまた違った石仏の表情がみられます。
 
 
このライトアップ、いつとはっきり言えなのが難しいところ。
春の桜まつりは、桜の開花に合わせ行われるため、
開花が早い年は早く行われますし、遅い年は遅くなります。
 
ライトアップは夕方〜夜に行われるので、宿を取る必要があります。
ですから1ヶ月前ぐらいからカレンダーと桜の開花情報とを交互に睨めっこ。
で、ハズしてるんです…昨年(泣)
 
秋のライトアップはもう少し早くから日時が決定するようなので、
こちらの方が安全かなと思います。
詳しくは伊那市観光協会さんにお問い合わせください。
 
 
写真はたくさんありますが、キリがないので。
最後に私の大好きな貞治仏、第二十四番の十一面観音さまを。
これ、海岸寺の時にも出しましたが、
光背に彫り込まれた蓮の花がアールヌーヴォーかってぐらいに素敵なんです!
 
二十四番の中山寺のご本尊の光背にも蓮が描かれているようですから、
それを忠実に表現しているんでしょう。
でもただ模したという感じではなく、貞治風のアレンジが効いている。
それがスゴい。そして好き。
 
不勉強で言葉足らずではございますが、
素敵だなと思う気持ちが伝わったら嬉しいです。
 
 
文中で少し触れましたが、
この時の動画を仏像大好き芸人のみほとけちゃんがYouTubeで公開しています。
全3回で、私もちょこちょこ出演しています。ご興味持たれた方はご覧ください。

長野県伊那市高遠が生んだ江戸の天才石工、

守屋貞治の石仏をめぐる、私的『推し活(おしかつ)』レポート。

 

前回のブログ『貞治の故郷へ〜勝間の大聖不動明王〜』では

貞治の最高傑作とも言われる不動明王像をご紹介しました。

次にむかったのは高遠城趾を見下ろす高台にあるお寺、桂泉院です。

 

この桂泉院さんも行くまでの道のりが…なかなかでした。

いや、高遠城址公園や歴史博物館から徒歩で行ける距離なので、

駐車場に車を停め歩いて行けば、何の問題もありません。

私は労を惜しんで車で近くまで行こうとした結果、
ナビがめっっちゃ狭い道を案内し、危うく車を擦るところでした…
車幅プラス15㎝ぐらいの道幅でした、都内でよく見る神業駐車場みたいなやつ。
マジ擦らなかったの奇跡!
 
その後、もっと広い道も見つけましたが、
これを読んでいる方には歩いて行くことを強くおすすめします!
 
 
そんなこんなありまして、
冷や汗をかきながら辿り着いた桂泉院さん。
その冷や汗もスッと引くぐらいに、静かで落ち着いた境内。
 
この山門をくぐると貞治仏が現れます。
 
 
 
むかって左が「延命地蔵菩薩」
右が「准胝(じゅんてい)観世音菩薩」
 
石段の両サイドに2体の貞治仏。
参拝客を出迎えるかのようです。
 
まぁ、お寺でよく見る光景だと思いますが、
こちらの石仏は普通の石仏ではありません。
貞治仏ですから、石仏なのになんだかオーラが出ちゃってる感があります。
私だけかな?オーラ感じるの。
いや、そんなことないと思う。
 
 
貞治は晩年に大きめの地蔵菩薩像を多くつくっているそうです。
こちらはそこまで大きくありませんが、貞治円熟期の名作といわれています。
 
夕方頃に参拝すると西日が入ってくるので、
写真など撮りたい方は夕方がおすすめです。
 
 
私が特に心惹かれたのは准胝観音さまのほうですね。
全体的に風化して丸みを帯びていますが、
それが優しげな雰囲気を強調しているみたいでとても素敵です。
 
実は桂泉院さんには、
裏山の歴代住職墓所にも貞治仏や貞治の弟子の石仏があります。
こちらも静かに参拝させていただいたのですが、
お墓は撮影などひかえた方がいいと思いますし、
こちらに写真を載せるのもひかえます。
もし参拝される方がいらっしゃいましたら、静かにご参拝ください。
 
 
最後に准胝観音さまの、また別の時にきた写真です。
ご覧いただいてお解りだと思いますが桜の頃ですね。
 
伊那市はさくらの名所として知られていて、
高遠城趾公園は桜の時期には人がいっぱいです。
ところが桂泉院さんは「そんな喧騒もどこふく風」といった感じ。
ここだけ別の空気が流れているようでした。
 
城址公園を見下ろせる高台にありますから少し坂道ですが、
見晴らしもよく、なにせ貞治仏が素敵!
何度も言いますが、歩いて来て心穏やかに参拝したいお寺です。

前回のブログ『守屋貞治との出会い 〜海岸寺〜』で書いたように、

守屋貞治の石仏(以下、貞治仏とします)と出会い、

感銘を受けた私は、貞治のことを調べはじめました。

 

貞治は長野県伊那市高遠の出身で、活動期は江戸時代後期。

高遠は石造物を作る石工(いしく)をたくさん輩出し、彼らは高遠石工と呼ばれました。

高遠藩は石工を『出稼ぎ石工』として日本各地に送り出すことで、

藩の財政の多くをまかなっていたようです。

そんな中で生まれた天才が守屋貞治だった。

調べる中で、そうしたことがわかりました。

 

ならば今度は伊那市高遠に行こう、と。

 

この時点ではまだ自覚はありませんが、

いまになって思えば貞治仏をめぐる旅は、私にとっての『推し活(おしかつ)です。

超ド級にマイナーな『推し活』ではありますが、ライバルは激少。

ここにきて早くも推しの地元に行ってみよう、となったわけです。

 

そんなわけで海岸寺に参拝してから約半年後、

私は伊那市高遠へとむかいました。

人生、初伊那市です。

 

 

まず最初に会いに行ったのは、貞治の代表作。

『最高傑作』と多くのサイトや書籍に書かれている、つまりは人気の石仏

勝間の大聖不動明王(かつまのだいしょうふどうみょうおう)です。

 

ただその場所がちょっとばかり難しい場所でした。

ようは、お寺や神社じゃない、道ばたの石仏なんです。

場所がわからなくて泊まったホテルの方に聞くと、丁寧に教えてくださいました。

子連れで石仏の場所を聞く、変な客だと思われていただろうなぁ…(笑)

 

不動明王像は、切り立った三峰川の岩壁、常磐橋のたもとに安置されています。

 

 

上の写真が遠景なのですが、わかりますか?

石仏の右側にロープが貼られ『立ち入り厳禁』的な看板があります。

想像するに、不動明王像に近づこうとする人がたまにいるんでしょうね。

この橋の下は断崖絶壁、とっっても危険です!

絶対に橋から参拝してください!!

 

わりと交通量があるので、橋付近に車を駐車するのも危険です。

離れた停めやすい場所に停め、歩いて参拝しましょう。

レンタサイクルがあるといいですね…そんな場所です。

 

前置きが長くなりました。

貞治の最高傑作、勝間の大聖不動明王がこちら!

 

 

メラメラと燃え上がる光背の炎も勇ましい、怒れるお不動さま!

憤怒の形相でありながらも、ただ怖いというだけでない魅力を感じます。

 

あまりの存在感に、

「本当にひとつの石から掘り出したの?」

と思うわけですが、

全体像をみると上部に石のそのままの感じも残されていて、

ちゃんと石なんだな、と素人目にもその凄さが伝わります。

 

 

このお不動さま、難しい場所にあるのにはワケがあります。
この川は江戸時代90回も氾濫し、人々はとても苦しめられたんだそうです。
「川を鎮めるお不動さまを!」
という地元の要望を受け、貞治がつくったのです。
 
他の場所に移されたこともあったそうですが、
移すと良くないことが起き、またこの場所に戻されたのだとか。
 
ですから、来るのが難しい場所であろうと、近くに車を停められなかろうと、
お不動さまはここに居なければならない
それがお不動さまの存在理由なわけです。
たとえ大変であっても我々がここまで出向かねばならない。
石仏とはそうしたものなのです。うん。
 
 
橋の上の同じ場所からしか拝めないため、
写真も同じ角度からしか撮れないわけですが。
私はもう3度この場所に行っていますので、初見とは違う季節の写真もあります。
秋はこんな感じです。
今度は夏に行き、太陽の光をガンガンに浴びているお不動さまを拝みたいものです。
 
 

こちらのお不動さんも拙著『道ばた仏さんぽ』に掲載させていただきました。

ご興味持たれた方はチェックしてみてください。

 

私の『推し活』はまだまだつづきます。
ストックは山ほどありますので。
しばしお待ちください。

『お笑いの歴史は、松本人志前と松本人志後にわかれる』

などと言われたりしますが、

『私の中の石仏の歴史は、守屋貞治前と守屋貞治後にわかれる』

と言っても過言ではありません。(あくまでも私の中でです)

そう例えるぐらいに守屋貞治の石仏(通称:貞治仏)との出会いは衝撃的でした。

 

後々説明していきますが、

守屋貞治(もりやさだじ)は長野県が生んだ天才石工(いしく)。

江戸時代の名工とうたわれています。

 

まだこのブログでちゃんと守屋貞治のこと書いてなかったですよね?

書いてたらごめんなさい。おもいっきり重複します。

でも私のここ数年の石仏行脚を書こうと思うと、

まずここから始めなきゃいけないので、話を数年前に戻します。

 

今回は天才石工、守屋貞治との出会い編

よろしければお付き合いください。

 

 

山梨県北杜市に海岸寺というお寺があります。

海抜1,000mの山中にあるにもかかわらず海岸寺。

これには諸説ありますが、長くなるので端折ります。

ググってください、出てきます。

 

この海岸寺に100体の観音石仏があると聞き、

石仏にハマりはじめていた私は数年前の初夏、はじめて参拝しました。

 

↑海岸寺は紫陽花が綺麗なお寺としても知られています。

 

この頃の私は石仏めぐりをはじめてまだ間もなく、

「石仏って可愛らしい」

というのが石仏のイメージの大半をしめていました。

もちろん国宝 臼杵石仏のように、もの凄い迫力で迫ってくる石仏もあります。

ですがその反面、ルールに縛られない自由な表現が多く

ユニークなのが石仏の良いところ、だと思っていたんです。

 

それまでは。

 

 

ところが海岸寺に行って驚きました。

「可愛らしい」という言葉ではとうてい納まり切らない石仏たち!

衣のひだのひとつひとつ、光背の模様、手の表現、美しいお顔…

そこにはもの凄く繊細で、もの凄い力量の石仏がずらりと並んでいたからです。

 

↑光背に彫り込まれた蓮が美しすぎて痺れます。

 

ただ単に「超絶技巧」というのではないんです。

いろんなものを削ぎ落としたみたいな表現もあるから。

何て言えばいいんだろ…

芸術性というか、作家性が高いという感じがしました。

 

「なんかもの凄いぞ…これ誰がつくったの?」

と思いました。

 

石工(いしく)、石大工とも呼ばれる石仏や石造物を作る人のことですが、

石工が誰なのか気になったのは、この時が初めてだったかもしれません。

調べてみると、それが守屋貞治だったんです。

 

↑馬頭観音の迫力が尋常じゃない。

 

海岸寺には西国三十三所、坂東三十三箇所、秩父三十四箇所、

33+33+34=100

この観音さまを合わせた百体観音の石仏が祀られています。

百体観音とそれ以外の石仏を合わせ、境内には約150体の石仏があり、

その中の110体守屋貞治作と言われています。

 

仏像には仏とはこうあらねばならないというルールがあるのですが、

貞治仏はそのルールを忠実に守って作られています。

ルールに忠実だと無個性になりがちなのに、貞治仏はそうじゃない。

貞治がつくった仏像は一目見てそれと解る個性があります。

たぶんそこが天才と言われる所以なんだと思います。

 

 

その天才の作品が、海岸寺では屋外にある。

覆屋はあるものの、すごく身近にとても自然な状態で祀られている。

風化していたり苔に覆われていたり、植物のツルが巻き付いていたりするけど、

それも全部ひっくるめて、なんだか凄く美しい。

衝撃的でした。

 

思い返せば、一目惚れに近かったかもしれませんね。

私はそれ以降、何年も貞治仏をめぐり歩くことになるんですから。

 

 

この海岸寺のことや、他の貞治仏のことも

拙著『道ばた仏さんぽ』に書いています。

ご興味持たれた方はチェックしてみてください。

 

ということで、

次回は貞治の生まれた長野県伊那市に行った話を書こうと思ってます。

伊那市にはもう何回も行っていて、今年なんか3回は行ってるんじゃないかな…

でも詳細を書いてこなかったので、このへんで一度まとめたいと思います。

次回をお待ち下さい。