半田カメラ/気になったら とりあえず行ってみるブログ

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フリーカメラマンで大仏写真家の半田カメラが、
「気になったら とりあえず行ってみる」
をモットーに、彷徨いつづける日々の記録です。

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長野県北部の主に大仏をめぐる旅の記録を書いています。

今回ご紹介する大仏は、私がこの旅で一番楽しみにしていた大仏さまです。

旅のメインイベントと言ってもいいかもしれません。

 

これまでの旅の記録は以下のアドレスからお読みください。

『長野県北部〜中部の旅①平和観音(前編)』

『長野県北部〜中部の旅①平和観音(後編)』

『長野県北部〜中部の旅②黄金の大仏群』

 

長いこと大仏めぐりをしていますから、

初見の大仏さまというのは少なくなっていくもので。

初めて出会う大仏さまにはおのずと胸が高鳴ってしまいます。

そうです、今回ご紹介するのは最近できたばかりの初見の大仏さまです。

ドキドキしますね。

 

目的の大仏さまがいらっしゃるのは長野県長野市。

ですが長野市とは言っても中心部からはかなり離れた山間の町。

平地のほぼない急傾斜地体で、東京では見ることのできない壮大な風景がつづきます。

特に向かっている途中に見えた北アルプスが衝撃的に美しく、

思わずシャッターを切りました。

 

 

こんな美しくも壮大な風景の中、

山間の農村地帯に何の前触れもなく突如として現れるのが、

私が今回、もっともお会いしたかった大仏さまです!

 

 

覆屋に囲まれ、お顔に直接光は当たっていなかったため、

遠目にはそれとは気づかず、

「カラフルな建物があるな」ぐらいの印象なのですが、

少し近づくとそれが紛れもない大仏さまだと気づき、時が止まります。

 

私はこの辺りに大仏さまがいらっしゃる、

という事実を知っていたから気づけましたが、

知らなかったら確実にスルーしてしまうでしょう。

というか、まずもってこんなところに大仏がある(しかもこんな形で)とは、

普通は想像できません(私はするけど)。

 

 

この、のどか過ぎる風景とカラフルな覆屋の中の大仏さまのギャップたるや‥‥!

そして思っていたよりもかなり大きい!

これは素晴らしい!!

初見の驚きも相まって心を鷲掴みにされました。

 

 

こちらの大仏さまは左手に薬壺を持つ

薬師如来像で、像高は5.4メートル

木造で寄木造り。複数の木材を継ぎ合わせ作られています。

 

この敷地にお住まいで農業を営む男性が2020年から作りはじめ、

今から2年前の2024年にやっと完成しました。

完成の際には地元のテレビ局などが取材にきており、

私もその映像を見て「これは行かねば!」と思っていたわけです。

 

車でここまで入ってくると、

「見物人が来たか?」と思ったのか、

敷地の所有者であり大仏の制作者でもある男性が出ていらっしゃいました。

「薬師如来像を参拝させていただけますか?」

と声をかけると、快くOKいただき、農作業の手を止めご案内くださいました。

 

お気づきの方もいると思いますが、

先ほどから正確な場所を明らかにしていないのは、ここが個人の方のお宅だからです。

ニュースなどで詳細な場所も制作者のお名前も明らかになっていますから、調べれば出てきます。

ですがこのブログは私個人の活動です。

撮影の許可は得ていますが、ここでは詳細は伏せます。

製作者のお名前も‥仮に『Nさん』とさせていただこうと思います。

 

 

最初にNさんがご案内くださったのが、こちらの仁王像

高さは3メートルほどあるでしょうか、充分に見上げる大きさ。

表情にも迫力があります。

 

この仁王像は一本の木から掘り出したそうで、Nさんのオリジナル仁王

というのも仁王像は通常、阿吽二体でお寺の門にいるガードマン的な存在です。

しかしこの仁王さんは一体。

 

 

しかも左手には悪魔を握りつぶし、右手には赤ちゃん(無垢な天使の象徴)を抱えている。

仏像のルールからは逸脱していますが、そこにはご本人の想いが反映されています。

発注を受けているわけじゃないんですから、好きにつくったらいいと思います。

 

プロの仏師ではない‥‥確かにそうですが、

とはいえあまりに本格的じゃないでしょうか。

Nさんは本職は農家をされています。

仏像に興味を持ち、最初はチェーンソーで木を彫出すなどしていたそうですが、

徐々に仏像制作にハマっていき、とうとうここまでの大仏さまを作るに至りました。

 

 

ハマったっていっても、普通はここまで行きつきませんよ。

趣味の延長というにはあまりにも本格的。

かなりの勉強もされていると思います。

 

この薬師如来像の表面は乾漆造に習っていて、

麻100%の昔の蚊帳をかき集め、漆と合わせて仕上げたそうです。

 

 

基本的には廃材を利用するサステナブルな手法がNさんのポリシー。

本来は大仏の背後に後背を作りたかったそうですが、そこまではできず、

廃材の襖などを集めてきて、現在のような形にしたとのこと。

襖に描かれているのは先ほどこちらに向かう途中で見た北アルプスの風景でしょう。

地元を守る大仏さま感が出ていて、非常に素敵だと思いました。

お座敷で大仏さまがくつろいでいるみたいです。

 

 

繰り返しますが、前述したように個人のお宅です。

ですが、Nさんご本人としては「見ていただきたい」

という想いはあるように感じました。

ですから、ご迷惑にならぬよう礼儀を持って参拝させていただく分には大丈夫だと思います。

ただ‥ここまで行くのは結構大変です。

それなりの準備をしてお出かけください。

 

私は『作らずにはいられない』という方々を何人も見てきましたが、

その最新が今回更新されました。

現在進行形の熱量を感じとても感動した、というのが私の素直な感想です。

Nさん有難うございました!

どうぞお身体に気をつけながら、これからもつくり続けてください!!

 

長野県北部の主に大仏をめぐる旅の記録、つづけてまいります。

前回の世界平和大観音の記事は下のリンクからどうぞ。

『長野県北部〜中部の旅 ① 平和観音(前編)』

『長野県北部〜中部の旅 ① 平和観音(後編)』

 

山ノ内町の世界平和大観音を参拝後、

すぐ隣の中野市にある谷厳寺さんに向かいました。

谷厳寺さんは山あいにある、まさに古刹という雰囲気のお寺です。

手入れの行き届いた広い境内に立派な本堂。

春は樹齢250年の枝垂桜、初夏には紫陽花の名所として知られます。

 

 

私はここに大仏さまに会いに来たのですが、

広い境内を見回しても大仏さまの姿はありません。

実際ネット検索しても、出てくるのは桜や紫陽花の画像ばかり。

実は巨大な仏像があるのはお寺の裏山なんです。

しかも8体

黄金の八体佛が自然に溶け込むようにひっそりと、

しかし確実にオーラを放ちながら山の中にいらっしゃるのです。

 

この八体佛にはじめてお会いしたのは14年前のことです。

私にとってこの光景は本当に衝撃的で‥

この衝撃を言葉でどう表現したら人に伝えられるのか解りません。

 

拙著『夢見る巨大仏 東日本の大仏たち』にも

この八体佛は掲載させていただいています。

谷厳寺に再度参拝した後、読み返してみたのですが、

その中で私はこう書いていました。

「山の中で感じたあの鳥肌の立つような感覚をなんと表現すればいいのか、

いまだに言葉が見つかりません」

 

いや、まったく成長してないな!!

あの時も表現できず、結局いまも表現できないんかーい。

15年もほぼおんなじことやり続けている。

自分の成長しなさ、語彙力のなさに改めてガッカリします。

 

 

そんな表現できない感情を引き起こす八体佛

どこにもあまり出てない参拝ルートですが、

本堂に向かって右手に進んだ奥に参拝路入口があります。

お寺の方に八体佛を参拝させていただきたい旨お伝えし、ご挨拶するのがベストですが、

観光のお寺ではないためお寺の方にお会いできない場合もあります。

その場合でも八体佛は自由に参拝して良いようです。

 

というのも、

そもそも谷厳寺は高社山(たかやしろやま)の麓にあります。

高社山は山ノ内町、中野市、木島平村にまたがっていて、

複数ある登山ルートのひとつが谷厳寺ルート。

谷厳寺ルートの登山道入口から少し登ったところに八体佛があるので、

このルートで登山する方は八体佛を拝みつつ登山することになるわけです。

 

 

お寺の奥の参拝路入口からほんの数分進んでいくと

緑の木々の隙間に金色がチラリと見えてきます。

最初に現れるのは阿弥陀如来さま。

その奥に不動明王さまも見えています。

 

 

 

阿弥陀如来像の傍にある碑に刻まれた文言よると、

これら黄金の大仏群は『十二支の守本尊八体佛』

平成15(2003)年に地元の方が寄進されたことがわかります。

 

十二支の守本尊とは生まれ年に応じて私たちを守護してくれる仏さまのこと。

十二支ですから12の仏さまであるように思いますが、

8体のうち4体は二支を兼務しているため、全部で8体となっています。

 

 

阿弥陀如来は戌、亥年生まれの守本尊。

不動明王は酉年生まれの守本尊です。

そのさらにその奥に大日如来(未年、申年)、

勢至菩薩(午年)、賢菩菩薩(辰年、巳年)、

文殊菩薩(卯年)、虚空蔵菩薩(丑年、寅年)、

最後、大トリに千手観音(子年)と、

一定の間隔をあけて金色の仏像が森の奥へ奥へとつづいています。

 

 

 

特筆すべきはなんと言ってもその大きさです。

写真では伝わりづらいのですが、八体佛はそれぞれ像高が8メートルほどあります。

8メートルが実際どのくらいの高さかというと、

建物の1階の高さが3メートルとすると2.6階ぐらいの高さ。

実際には8メートルはないかもなぁ‥とも思います。

6〜7メートルぐらいですかね。

差異はあれど、迫力は変わらないかと思われます。

 

そんな大きさの仏像が、しかも金色の仏像が、

森の中から次々と現れるのです。

これは正直、現実感がない。

 

私はかなりの数の神社仏閣をめぐっていますが、

こんな光景は他で見たことがありません。

森の中に小さな石仏が点々とつづいている、というのはあります。

これはけっこうよく見る。

しかし巨大な仏像がとなると‥思い当たりません。

感覚として近いのは奈良の壺阪寺でしょうか、いや、違うな。

やっぱり唯一無二だと思います。

 

 

 

14年前に参拝した際はもっと金ピカで、違和感を醸し出していました。

ところが今回は長らく屋外で風雨にさらされていることで、

少し黒ずんだりと輝きが以前より失われている感じがしました。

ですがそれが自然に還っていくようで、またいい。

 

美しさと身震いするような怖さ、畏敬の念というんでしょうか、

そんなようなものが相まって襲ってきます。

とにかく言葉では表し難い独特の雰囲気、

としか私には書きようがないんです、すみません。

 

この不思議な空間はもっと知られてもいいと思うのですが、

お寺さまが望んでいないのかもしれません。

このブログを読んで行ってみたいと思った方は、

観光のお寺とは異なりますので、

敬意を持ってご参拝くださいますようお願いいたします。

 

前回より書き始めました、長野県北部〜中部にわたる旅の記録。

はじめに訪れたのが山ノ内町にある世界平和大観音です。

平和観音のすぐ隣にある大悲殿にて観音像の歴史を学び大いに感動し、

自分のとあるミスを発見し大いに反省する‥といったお話でした。

 

今回はその後編、完結編です。

どうぞ前編よりつづけてお読みください↓

『長野県北部〜中部の旅①平和観音(前編)』

 

平和観音の資料満載で、私にとってはいつまでも居たい大悲殿なのですが、

そうも言っていられません、先に進みましょう。

 

 

大悲殿の壁に沿って展示物をぐるっとみて行くと、

片隅に『健康延命ボケ防止の輪』なる入り口が登場します。

まだボケたくはありませんから、この輪をくぐってみます。

 

 

すると右手に廊下が続いています。

この廊下が大悲殿平和観音とをつなぐ渡り廊下になっているのです。

そして渡り廊下を進み、平和観音の台座部分に入ります!

 

 

こちらが台座部分です。

壁に沿って西国三十三番札所の観音の写し本尊がぐるっと並んでいます。

一周することで西国三十三番札所をいっぺんに参拝したことになる、というものですね。

 

そう言えば、1代目の護国観音の像高が33メートルだったのって、

三十三観音から来てるんですかねぇ?

尺だと百八尺、煩悩の数だからでしょうか。

ガイドの方に聞けばよかった。

後になって聞けばよかったと思うことたくさん出てくるんですよね‥

その時は夢中でいろいろと考えがおよばないんです。

道から逸れました。戻しましょう。

 

順路としては、ここを一周してから階段を下り階下に進みます。

 

 

 

階段を下るとそこは薄暗い回廊。

台座の一番低い部分をぐるっと周るようになっています。

おそらく同じく長野にある善光寺のお戒壇めぐりにあやかったものだと思います。

なぜなら回廊の途中に善光寺のご本尊をうつした仏像があったから(撮影はひかえました)。

お戒壇めぐりのように真っ暗闇ではありませんが、そういった趣旨は伝わります。

 

 

回廊を周り終え、また元の階に戻って来ると、

次は中心部にある階段から上に上がって行く、という順路になります。

 

 

階段を登った先は‥もうお分かりでしょうが、

平和観音の立つ台座の上となるわけです。

 

 

 

平和観音参拝の超アリーナ席!!

一般の参拝客が観音さまに最大限近づける場所がここです。

 

一般の観光客の方はここまで近付かずとも、外から眺めればそれで良いのでしょう。

しかしこのブログをお読みの大仏好きの方、神社仏閣好きの方はぜひ!

大悲殿→西国三十三観音の写し本尊めぐり

→お戒壇めぐり的な回廊めぐり→台座上にて観音アリーナ参拝

という順路でご参拝ください。

 

なんと言いましても、

この台座部分は戦前に護国観音がつくられた際のものがそのまま残っているわけです。

戦時下における金属類回収令で供出され、

今はなくなってしまった33メートルの護国観音を感じられるのはもうこの台座のみ。

「ああ、ここに護国観音が立っていたんだなぁ」

と思いながら台座から現在の25メートルの平和観音を見上げるのが、

大仏好きの正しい大仏参拝方法であろう!

と私は考えます。

 

ちなみに、

戦前につくられた大仏はお国を守るため『護国』

戦後は世界平和を願って『世界平和』

と名づけられるのは大仏あるあるです。

人間の都合によって信仰の形も変容していくということでしょうか。

 

 

最後に、この周辺にはご紹介した世界平和大観音のほかに『弥勒石仏』『煙草地蔵』があり、

これら三体をめぐり『しあわせの鐘』を鳴らすと願いがかなう、と言われているんだとか。

平和観音を参拝したことで私の願いはある程度かなったので、この時はめぐりませんでした。

ですがご興味ある方はぜひこちらもめぐってみてください。

『弥勒石仏』はけっこう大きな石仏でおすすめです。

 

次は『長野県北部〜中部の旅 ②』でお会いしましょう。

気長にお待ちください。

昨年末の大仏石仏大賞以来、5ヶ月ぶりとなります。

すっかりご無沙汰してしまいました。

 

今年は出だしから体調のすぐれないことが多く。

とうとう先月、内視鏡、胃カメラを含めた検査をまるっと受けました。

結果はと言えば大きな異常は見つからず。

ホッとした反面、ならばあの不調は何だったんだ‥という謎が残るなど。

まぁとにかく、すぐ生き死にに関わることはないようなので、

体調に気を付けつつ、引き続き活動してまいります。

 

ということで、不調もありブログは更新できぬまま‥

2026年もすでに半分が過ぎようとしています。

書きたいことはたくさんありますが、とりあえず!

直近の長野北部〜中部の旅がもの凄く楽しかったので、

そのことを書いていこうと思います。

しばしお付き合いください。

 

 

さて長野です。

長野県南部に位置する伊那市石仏を観光の目玉のひとつとしていることもあり、

私はかなりのペースで行っていて、もはや伊那市を第2の故郷的に思っているぐらい。

その一方、北部には行けてない。

そんなことで先日、長野北部を中心とした旅に出ました。

 

ご参考までに伊那市の石仏を巡る旅(初級編)はこちらからお読みください。

(一部、山梨県も含まれます)

『守屋貞治との出会い 〜海岸寺〜』

『貞治の故郷へ 〜勝間の大聖不動明王〜』

『貞治の故郷へ 〜桂泉院〜』

『貞治の故郷へ 〜建福寺〜』

 

長野北部の旅でまず向かったのは山ノ内町というところ。

山ノ内町は湯田中渋温泉郷がある観光地です。

しかし私にとっての山ノ内町は世界平和大観音がある町!

なのです。

 

 

こちらが世界平和大観音、正式名称は『世界平和聖観世音菩薩』

八角形の台座の上に立つ高さ25メートル金属製の観音像。

拙著『夢見る巨大仏 東日本の大仏たち』にも掲載させていただいています。

 

 

第一印象はかなりスリムな観音さまだなというもの。

そして優しい微笑み。

口角が少し上がったおちょぼ口のような微笑みが印象的です。

 

 

前述したとおり本に掲載させていただいたにも関わらず参拝したのは今から14年前の2012年

それから行っていない。

しかもその時は台座部分には入らず、外から参拝したのみだったのです!

なぜ当時、内部を参拝しなかったのか‥今となっては覚えていません。

時間が早くて開いてなかったとか?

記憶にないんですよね。

そのことが心残りで、ずっと再訪したいと思いつつ時が過ぎていたのです。

今回その心残りがやっと解消されます。

 

 

観音さまの立つ台座は渡り廊下で『大悲殿』へとつながっています。

写真の赤い屋根の建物が大悲殿。

200円という令和ではちょっと考えられない入館料をお納めすると、

受付にいらっしゃった女性がご案内くださいます。

なんと有り難いガイドまで付いているとは!

 

 

広い大悲殿の内部。

中央にあるご本尊は先ほど拝んだ平和観音の原型となった観音像。

輝く姿に手を合わせます。

 

 

私にとって重要なのはここからです。

上の写真の左下に掲げられている2枚の観音像の写真をご覧ください。

拡大します。

 

 

右の写真は言わずもがな、現在ある平和観音さま。

左の写真は現在の観音さまの前にあった1代目観音さまです。

 

1代目の観音さまは『護国聖観世音菩薩』とおっしゃいます。

高さは33メートルあり、胎内拝観もできたそうです。

護国観音が開眼したのは1938年(昭和13年)、戦争下で国家総動員法が制定された年です。

つまり1代目の観音さまは、

戦争が激しくなり国民生活に影を落とし始めた頃に完成したのです。

 

護国観音は完成からわずか6年後、

戦争の激化による金属類回収令失われてしまいます

金属製の大仏さまであったことがアダとなったわけですね‥

悲しい。

そして戦後の1964年(昭和39年)

残された台座部分に現在ある平和観音が平和の祈りを込め再建された、

という経緯です。

 

※ここで皆さまにお詫びしなければならないことがあります。

拙著『夢見る巨大仏 東日本の大仏たち』において

この世界平和大観音の建立年が「1964年」ではなく「1946年」と記載されていることに、

先ほど初めて気づきました!

こちらにてお詫び申し上げます。大変申し訳ございません!!

なぜ今まで誰も気づかなかったんでしょうか。

気づいていれば大悲殿に行った際に直接お詫びを申し上げられたのに。

 

と、大いに反省しつつ‥話を先に進めます。

 

 

もうひとつ重要なことがあります。

それは1代目の護国観音をつくったのが、

『聚楽園大仏』『刈宿の大仏』をつくった山田山光氏であるということです。

大悲殿に山田山光氏の像と、聚楽園大仏などの写真が飾られていました。

 

聚楽園大仏昭和2年山田才吉という名古屋の実業家によって建てられた

元祖コンクリート大仏と言われる存在の大仏さま。

このブログでも何度も登場していますし、

拙著『遥かな巨大仏 西日本の大仏たち』にも掲載させていただいています。

直近だとブログではこの記事でみられます↓

『聚楽園大仏 夜間ライトアップ』

 

この実業家山田才吉氏と、ここで登場する山田山光氏とは同じ山田でも別人のようです。

山田才吉氏は実業家で、山田山光氏は実際に大仏をつくった職人であるようです。

聚楽園大仏について調べると

「工事は山光堂の山田光吉(やまだみつきち)が担当」

というような記述があり、山田山光とは山田光吉のことだろうと推測できます。

間違っていたらすみません。私より詳しい方はご教授ください。

 

詳細は長くなるので(また興味のある方も多くなさそうですし)省かせていただきます。

ですがこのことは大仏好きの私にとって重要な点だったため、

長くなろうが書かせていただきました。

 

 

重要事項も反省もあり文字数がすでに2000字を超えています。

長くてすみません。

まだまだ書きたいことがありますので、後編に続きます。

年末恒例となっております、

今年出会った中で私が特に印象深かった大仏や石仏、

「これはスゴいの撮れた!」

という苦労の末の大仏、石仏写真を、

勝手に選んでご紹介するという、まったくもって個人的な企画、

年間大仏・石仏大賞2025!

大仏石仏それぞれ上位3位を選ぶ形でお送りしています。

 

仏像に順位をつけるというような恐れ多いものではありません。

私が心に残った順位としてご紹介するものです。

くれぐれも誤解なきようお願いいたします。

 

前回の大仏編につづき、今回は石仏編となります。

前回の大仏大賞2025

『年間大仏・石仏大賞2025〜大仏編〜』

よりどうぞつづけてお読みください。

 

 

それではまいりましょう。

2025年、私が特に印象に残った石仏ベスト3

年間石仏大賞2025

第3位の発表です!

 

 

善福寺 三十三観音石仏(長野県駒ヶ根市)

 

もはやライフワークと言っても過言ではないかもしれない、

長野県伊那市を中心とした貞治仏めぐり。

その捜索範囲は徐々に広がっています。

善福寺 三十三観音石仏十一番である上の写真も守屋貞治作の石仏です。

 

守屋貞治について簡単にご説明すると、

長野県伊那市は江戸時代に多くの石工(いしく)を輩出した地域で、

中でも名工といわれるのが守屋貞治

守屋貞治の石仏に心奪われた私はここ数年、

機会を見つけては長野を訪れ、貞治の石仏をめぐっています。

 

実は善福寺には昨年も参拝しました。

ところが森林組合の方が調査されているとかで、

裏山の三十三観音石仏は倒れていたり動かされていたりと、

本来あるべき姿ではありませんでした。

それで今年の秋、再度参拝。

二年越しに本来の姿で会うことができたのが上の写真の貞治仏でした。

 

貞治仏と出会った経緯から初期の貞治仏めぐりに関しては

↓下のリンクからお読みいただけます。

年末年始にピッタリかと思われます、ぜひ。

『守屋貞治との出会い〜海岸寺〜』

『貞治の故郷へ〜勝間の大聖不動明王〜』

『貞治の故郷へ〜桂泉院〜』

『貞治の故郷へ〜建福寺〜』

 

 

つづきまして

年間石仏大賞2025

第2位の発表です。

 

 

長安寺 五百羅漢石仏 (神奈川県箱根町)

 

すみません‥ここまでほとんど去年と同じラインナップ。

でも仕方ありません。

これが本当に「撮ったぞ!」と感じた順なんです。

 

2025年、私の中で最も大きな出来事だったのは、

箱根仙石原 長安寺さんの本堂をお借りした

写真展『季節を愛でる羅漢さん』の開催だったと思います。

 

長安寺さんは裏山に五百羅漢石仏のあるお寺。

この羅漢さんたちが個性的で芸術的で実に素敵なんです!

また長安寺さんは季節の花が咲く『花の寺』としても知られていて、

私は季節ごとに参拝し写真を撮り溜めていました。

それらの写真を本堂に飾らせていただいたのが、夏の写真展でした。

 

写真展に関してはこちらをご覧ください↓

『写真展「季節を愛でる羅漢さん」レポート』

 

と、ここまで説明しておいてなんですが、

上の写真は写真展に展示したものではありません

写真展の準備のためお寺を訪れたとき偶然、霧に遭遇したんです。

そうでなくても幻想的な五百羅漢が霧の効果でさらに幻想的に!

完全にこの世ではない異空間が出現していました。

写真はその時の一枚です。

本当に夢の中みたいな光景で今も忘れられません。

この時の写真はいつかどこかで発表したいと思っています。

 

 

それでは‥とうとう今年のラストを飾る

年間石仏大賞2025

栄えある第1位を発表させていただきます!

今年一番、長い時間撮影していたのはここだったと思います。

 

 

十六羅漢岩 (山形県遊佐町)

 

秋田県との県境に近い山形県遊佐町には、

海岸沿いの広い範囲にわたって岩に磨崖仏が刻まれている場所があります。

それが十六羅漢岩です。

 

十六羅漢岩が夏のある期間にライトアップされている、

というのは、やはりずっと前から知っていました。

私の中の『いつか行きたい場所ランキング』にずっとランクインし続けており、

今年の夏、やっと行くことができました。

 

そんな場所でしたから、

日が暮れないとライトアップは始まらないのですが、

まだ明るいうちに着き、三脚にカメラをセットして待機。

しかも動画と静止画の両方をおさえていたため、三脚はふたつ。

結局、二時間以上撮っていたんじゃないでしょうか。

楽しかったので、長さはあまり感じませんでしたけどね。

でも汗だくでした。

 

そしてさらに翌朝!

再度この場所を訪れ撮った羅漢さんが

2025年に私が出会った仏像の中で

「一番いい顔だ!」と思った仏像でした。

誠に勝手ながら

『年間ええ顔仏像賞2025』

差し上げたいと思います。

その羅漢さんがこちら。

 

 

十六羅漢岩の中のチュダハンタカ尊者です。

 

なんていいお顔なんでしょう!

海岸で日光浴でもしているような。

恍惚の表情といってもいいかもしれません。

願わくば2026年をこんな表情で過ごしたいものです。

 

十六羅漢岩を訪れたときのレポートは↓下のリンクから読むことができます。

『十六羅漢岩ふたたび(前編)』

『十六羅漢岩ふたたび(後編)』

『十六羅漢岩ふたたび(追記)』

 

 

いかがでしたでしょうか。

以上、私が今年出会った石仏ベスト3と、

年間ええ顔仏像賞の発表でした。

2回に渡る大賞発表を長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

来年も変わらずマイペースに大仏、石仏を追いかけてまいります。

引き続きよろしくお願いいたします。

 

2026年の予定はまだ何もありませんが‥

あ、2026年1月14〜18日に開催される

日本石仏協会主催の石仏写真展にたぶん出展すると思います。

「たぶん」と曖昧なのは連絡があまり取れず、

本当に展示されるのかな?という疑問が拭えないからです。

それも含め、マイペースにやっていきます。

最近は何事も「いちいち考えても仕方ない」という精神になってきました‥

それでもぐちゃぐちゃ考えてしまう時もありますが。

 

皆さまもどうぞ心身ともにお元気で良い年末年始をお迎えください。

また来年お会いしましょう。それでは。