開運童子のブログ -78ページ目

雨のあとに虹 その118

「そういうわけだから今年は社員一丸となってがんばってもらいたい。」

矢島は新年の訓示を述べた。オフィスの中では社員全員が立って話を聞いていた。

「社長の話は長いですね。」

田崎はみどりに言うと

「静かに聞いてください。」

みどりは田崎の耳元で言った。

「それでは話を終わる。」

矢島が言うとぎこちない雰囲気が漂った。俊之は三友商事を辞めてから初めて年頭の訓示を耳にしていた。どこの会社でも社長の訓示中は重い空気が流れるようだ。

「高村はあとで俺のところに来てくれ。」

矢島が言うと俊之は

「打合わせが終わったらすぐに行くよ。」

と言った。

「今の社内の状態は書類に書いてあるとおりです。」

田崎が言うと

「このままでかまわないけどね。」

俊之が言うと

「どこか悪い部分がありますか?」

田崎は言った。

「誰かがミスをしても対策を取れるようにチェック機能を持たせたいね。」

俊之は言った。

「チェック機能ほどうやったら良いかな?」

と言って考え込む田崎に

「そんなに難しく考えなくてもいいよ。」

と俊之が言った。

「今日は意外とお客さんが少ないですね。」

小百合はひとみに言った。

「堀川さんがテキパキとこなしてくれるからかしら?」

ひとみが久美子の方を見て言った。

「お客様こちらへどうぞ。」

久美子が的確に言った。

「ホットをひとつね。」

お客のひとりが言うと

「お砂糖とミルクはいかがなさいますか?」

久美子はよく通った声で言った。

「堀川さん。」

ひとみが言った。

「はい。」

久美子は言ってひとみを見た。

「近いうちに高村さんに会いたいと思うけど良いかしら?」

ひとみが合間に言った。久美子はタイミングをみてから

「俊さんに予定を聞いてみます。」

と言った。ひとみは頷いた。

「お願いします。」

小百合に言われて

「お待ち堂様でした。」

ひとみは言った。何事もなかったように対応しているひとみを見て久美子は安心していた。ひとみが落ちんではいないかと久美子は心配しだったのである。

雨のあとに虹 その117

「それではまたね。」

未来は言うと俊之は

「また時間がある時に会いましょう。」

と言った。未来は俊之と視線を合わせて

「お正月が終わって落着いたら会おうね。」

と言った。俊之は

「落着いたらビジネスの件でも相談にのってくださいよ。」

と言った。

「いいわよ。」

未来が言うと

「未来さんにはお世話になってばかりですね。」

俊之は言った。

「私でできる事があれば何でも言ってね。」

未来は明るく言った。

「僕の友人で矢島という建設会社の事で力になってください。」

俊之は言った。

「いいわよ。」

未来が言うと

「詳細は追って連絡します。」

俊之は言った。未来は微笑んでホームに入って来た電車に乗った。未来は俊之に右手を上げた。ドアが閉まって電車が走り出すと俊之はホームから電車を見送っていた。電車はスピードを上げて走って行った。そして俊之は更のように祖父の夢は初夢だったと気付いた。

「行くね。」

久美子が言うと知子は

「明日になってからゆっくり帰る予定だったでしょ?」

と言った。

「バイトが忙しくてね。」

久美子が言うと

「成人式にはゆっくりしてね。」

玄関先で詩織が言った。

「成人式はゆっくりしたいね。」

久美子は言った。

「市役所での式典を楽しみにしていてね。」

詩織が言った。

「そのうちに彼氏を連れて来ようかな?」

久美子が言うと

「それは楽しみね。」

知子が笑みを浮かべて言った。久美子は予定より早く実家を後にしていた。翌日の朝に戻る予定だったのだが知子の美容院に急遽予約が入って朝早くから店が忙しそうである。慌しい中で戻ってくるより早めに戻った方が久美子にとっても都合がよかったのだ。再来週には成人式がある。その時にはもう一度実家に帰って来る予定である。ゆっくりするのはその時でもよかったのだ。実家と言っても久美子の部屋から実家までは電車で2時間ほどである。サラリーマンの通勤圏内と言える範囲なのだ。実家からでも大学への通学やアルバイトは出来るのだが自立をするための訓練として一人暮らしをする久美子であった。実家の美容院は妹の詩織が継ぐ予定だから久美子は早めに自活するのには都合がよかったと言える。久美子を乗せた電車は都心へ向けてスピードを上げて走っていた。やがていつもの見慣れた高層ビルが見えてきた。

「お疲れ様でした。」

ひとみが小百合に言った。

「お先に失礼します。」

小百合はひとみに言った。

「明日は堀川さんが居るからね。」

ひとみは言った。

「堀川さんはすっかりみんなに頼られていますね。」

小百合は言った。

「待ち遠しいでしょ?」

ひとみは言った。

「私も今日は疲れましたね。」

小百合は言った。

「本当に疲れたわね。」

ひとみが言うと

「これから飲みに行きませんか?」

小百合は言った。ひとみは誘われると

「私がおごるわよ。」

と言った。ひとみの心は少しずつ吹っ切れたように明るくなっていた。

雨のあとに虹 その116

「少し休むよ。」

榊原は妻の多恵子に言った。

多恵子は顔色が優れない様子の夫に

「お疲れのようですね?」

と相変わらず他人行儀な言葉で言った。ふたりは結婚して10年以上経つが子供はなく世間の暖かい家庭のような雰囲気とは程遠かった。心が安らぐ時間を持つのは自分には無理なようだと榊原は諦めていた。その代わりに俊之を意識して仕事だけを考えているのは今も変わらない。変わらないのではなく強くなってきていた。

「もう時間がない。」

榊原は小さく言った。

「どうなさったのですか?」

多恵子が言った。

「何でもないよ。」

榊原は力なく言った。

「最近はちゃんとお墓参りしていたの?」

未来が言うと俊之は

「去年の春には行ったけど今年の秋は行けなかったですね。」

恐縮したように言った。俊之と未来はお正月のために開店している店も少ないので小さな公園のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。少し寒いがたまには良いものである。

「ダメねえ。」

未来が言った。

「すみません。」

俊之が言うと

「ご先祖様が怒るわよ。」

未来は言った。未来は俊之の頭が回らないところに気が利くのである。

「実は今朝がた祖父の夢を見ましてね。」

俊之は祖父を懐かしく思って言った。家族や親戚の中で唯一俊之を気にかけてくれた祖父である。その祖父は俊之が小学校に上がった年の秋に癌で亡くなっていた。それ以降の俊之は自分の居場所がないような日々を送っていたのだ。群集の中の孤独とも言える虚無的な気持ちを感じる日々が続いていた。

「おじいさんは高村さんを可愛いがってくれたでしょ?」

未来が言った。俊之は未来に言われて

「どうして解かるのですか?」

と言った。

「女の感よ。」

未来は言った。俊之は育子にはじまり久美子や未来が女の感と言う言葉を耳にする機会が増えていた。俊之は女の感に比べて男の感はあまり働かないと思っていた。

「祖父は相変わらず優しい顔をしていましたよ。」

俊之は言った。

「そうでしょうね。」

未来が言うと

「とても懐かしかったですよ。」

俊之は無邪気に言った。

「お母さん。」

千晴が言うと

「はい。」

静江は言って千晴を見た。

「顔色悪いけどどうしたの?」

千晴が静江を覗き込んで言った。

「大丈夫よ。」

静江は言ったが顔色が悪く疲れた顔をしていた。

「風邪気を引いたの?」

千晴が言うと

「そうかも知れないわね。」

静江は言った。たが千晴は風邪ではなかった。静江は今朝になって祖父の夢を見たのだった。祖父は静江が3歳の時に亡くなっているので祖父の顔はよく覚えていないのだが夢に出てきた祖父の顔は鮮明であった。正確に言えば夢では鮮明だったのであるが目が覚めてみると祖父の顔ははっきりと思い出せないのである。不思議な事もあるものである。祖父が怒りの表情で

「静江は自分がした事を解かっているのか?」

と言った。

「解っています。」

静江は言うと

「純一はお前をダメにする男だぞ。」

と祖父は言った。

「どうしておじいさんにそれが解るの?」

静江は言うと

「わしには何でも解るぞ。」

祖父は言った。

「純一さんの事は考えています。」

静江が言うと

「俊之を邪険にする男はわしが許さないぞ!」

と祖父は怒りの声を静江の頭に響かせた。新年早々に見るような良い夢ではなかった。静江にとってはとんでもない初夢であった。

「少し横になったら?」

千晴が優しく言うが

「まだ年始のお客さんの対応があるから大丈夫よ。」

静江は言った。

「それはお父さんにさせればいいのよ」

千晴は言った。

「そうはいかないでしょ?」

静江は言うと。

「お父さんは何もしないし出来ない。」

千晴は言った。