開運童子のブログ -79ページ目

雨のあとに虹 その115

 久美子はゆっくりした一日を過ごそうとしたのであるがとてもそんな心境ではなかった。久美子は都心に何かを忘れて帰ってきたような気がしていた。それが何かは久美子にも解からなかった。今日はゆっくりして明日は早い電車で戻ろうと決めていた。俊之かひとみの顔を見るまでは心が落着かなかった。育子は今どうしてるかと考えてみた。霊感が働いて何かを言って来るかもしれないと考えたりしていた。

「どうしたの?」

詩織が言った。

「別に何でもないよ。」

久美子が言うと知子が

「大学はちゃんと通っているの?」

と言った。

「講義は受けているから大丈夫よ。」

久美子は言った。

「お姉ちゃんも来年は3年でしょ?」

詩織が言うと

「詩織も高校3年になるのね。」

久美子が言った。

「そろそろ就職の準備をしなくていいの?」

知子が言うと。

「それはまだ早いよ。」

久美子は言った。

「良い会社が見つかると良いわね。」

知子が言うと詩織が

「お姉ちゃんは頭が良いから大丈夫よ。」

と言った。

「詩織も進路を決めないといけないね。」

久美子が言うと詩織は

「私はお母さんの後を継ぐよ。」

と言った。

「高村さん。」

未来は言った。改札口から出て来た未来は元気よく右手を上げた。

「未来さん」

俊之も右手を上げた。

「少し遅れてごめんね。」

未来が言った。

「それは気にしないでください。」

俊之は言った。

「混んでいるからゆっくり行きましょう。」

未来は言った。

「こちらです。」

俊之が言って人混みの方へ未来をエスコートしようとすると

「そちらは違うでしょう。」

未来は言った。

「えっ!」

俊之は言って未来を見た。

「今日は初詣でなくて大事なところへ行かなくてはね。」

未来は言って俊之を促した。

「やはり休み明けはペースが悪いわね。」

ひとみは言った。休み明けはみんなとの呼吸が合わない。ひとみは明日からはきちんとできるように自分を戒めなくてはいけないと感じていた。

「仕方ないですよ。」

小百合は言った。

「今日は不調だわ。」

ひとみは言うと

「今日は思ったより混んでいますからね。」

小百合は言った。

「新年なのにダメだわ。」

ひとみが冗談を交えて言った。

「堀川さんはきちんとこなすから凄いですよね。」

小百合は言った。

「堀川さんはえらいわね。」

ひとみが言うと

「彼女は運動神経も良いから羨ましいですよ。」

小百合は言った。

「これで役目が果たせたね。」

未来が言った。俊之は墓前で手を合わせたあとだった。ここで俊之の父母や祖父母が眠っているのである。

「それにしてもよく気付きましたね。」

俊之が驚いたように言った。

「高村さんはお彼岸までここに来る予定がなかったでしょう?」

未来が言うと

「なかったですね。」

俊之は言った。

「麗子さんのお墓ばかりお参りしないでちゃんとご先祖様を大事にしなくてはね。」

未来は言った。俊之は祖父の思い出を頭に浮かべて

「夢で会ったばかりだね。」

と祖父に言った。

雨のあとに虹 その114

「夢だったのか。」

俊之にしては珍しく搾り出すような声で言った。いつもの響くような声ではなかった。俊之は珍しく全身に汗をかいた。全身に虚脱感さえある。俊之は全身に熱いシャワーを浴びていた。まるで過去の呪縛を取払うように全身に強くあてた。俊之は中絶されるところを祖父の説得によりこの世に生を受けたのである。父は定職を持たずに怠け者であるため家計は決して裕福ではなかった。母は俊之が生まれた事により資産家の御曹司との縁談が破断していた。俊之は施設に預けられる可能性もあったのだが両親の手で育てられたのは不幸中の幸いであった。そんな俊之に追討ちをかけるように親戚も両親の死により縁が切れていった。俊之は妹夫妻にも絶縁されている。辛うじて姪の千晴だけが時々俊之に会いに来るようになっていた。そんな天涯孤独な俊之であったが仲間には大変恵まれていた。それが矢島であり、天門であり、春香であり、翔太であり、育子である。太田や山本もある意味では温かく俊之を見守っていると言える。生命はいずれ寿命がきて終わるものである。それならばその寿命がくるまでは精一杯生きるのが権利であるとともに義務だと俊之は考えていた。自分は本来生まれる事がなかったのを何かの力でこの世に生まれ出されたのである。それならばその与えられた人生を精一杯生きようと俊之は思っていた。

 携帯が鳴って俊之出た。

「高村さん。」

未来は言った。

「未来さん!」

俊之は言った。

「今日は少しでいいから時間ある?」

元気よく未来が言った。

「ありますよ。」

俊之が言うと未来は

「それならどこかで会おうよ!」

と言った。

「どこが便利かな?」

俊之が言うと

「都心まで初詣に行くから一緒に珈琲でもどう?」

未来は言った。未来とはイブに会ってからは一度電話をしただけであった。

「未来さんが電車に乗る時に電話をくれればあわせますよ。」

俊之は明るく言った。

「昨日はどうだった?」

ひとみは小百合に言った。

「思ったより忙しかったですよ。」

小百合は言った。

「堀川さんがきちんと対応してくれたでしょ?」

ひとみが言うと

「すっかり頼りきりでした。」

小百合は言った。

「だいたい想像がつくわよ。」

ひとみが言うと

「私はパニックでしたからね。」

小百合は言った

「彼女がいなかったら私はゆっくり休めなかったわね。」

ひとみは言いながら思いをめぐらした。元日に俊之と久美子に嫌な思いをさせてしまった。自分がとった行動は軽率だった。俊之にナイフを向けて刺そうとした事は犯罪である。あんな行動をとった自分を反省しても過去は変えられるものではない。榊原から聞いていた内容は事実と違う事に気づくのが遅すぎたようである。榊原が自分に嘘をついている理由を考えても答えがすぐには見つからないのである。ひとみもこの年齢になるまでいろいろな人間を見て来ていた。俊之はそんなに悪い男ではないのがひとみに心のどこかで解っていた。ひとみは麗子のためにも憎むべき人間がほしかった。その憎むべき人間は誰でもよかった。それが偶然に俊之だったとも言えた。今は俊之に悪い事をしたと反省をするだけであるがいずれ何かの罪滅ぼしが必要だとひとみが考えていた。ひとつだけ救いがあるとすれば近所の主婦に頼んでわざと久美子を俊之に向けて飛ばした事は結果的に良かったと言えた。

「どうかしましたか?」

小百合に言われて

「何でもないわ。」

ひとみは言ったあとに頭を振った。

 育子は早めに実家を出て電車に乗っていた。寮に戻るのに急ぐ事はなかった。予定より早く戻って来る明確な理由はなかった。育子は駅のホームで電車に乗る時も都心の方をじっと見たままであった。こんな気持ちになるのは初めてであった。育子はこれも何かの霊感だと思って窓外の景色を見ていた。育子が乗った電車は徐々にスピードを上げていった。

雨のあとに虹 その113

「眠くなったな。」

俊之は時計を見ると日付が変わる時間だった。眠るには少し早い時間だったが俊之はそのまま眠ってしまった。俊之は眠るとすぐに夢を見た。幼い頃から父親からも母親からも愛されずに生きて来た俊之だが祖父だけが

「俊之にアイスクリームを買ってあげよう。」

と可愛がった。

「ありがとう。」

と言って喜ぶ俊之を見て祖父は満足そうな顔をしていた。

「日曜日には遊園地に連れて行ってあげよう。」

と言う祖父に

「早く日曜日が来ないかな?」

と俊之が嬉しそうに言うのは祖父の前だけであった。祖父はいつも俊之を愛しんでいた。俊之が小学校の頃であった。近所に住む奥さんが

「これを俊之ちゃんと静江ちゃんにね。」

とケーキをくれた事があった。母親は静江にはすぐにケーキを食べさせたが俊之には黙っていてケーキを食べさせなかった。夕方になって静江が

「もうひとつケーキを食べたい。」

と母親に言うと母親は

「俊之には解からないように早く食べなさい。」

と言った。こんな事は珍しくなかった。ケーキに限らずほとんどの食べ物は俊之の口には入らなかったのである。生まれつき家族にはあまり縁がない俊之だが近隣の人や友人などの仲間には物凄く恵まれていた。

「お父さんは僕が生まれてほしくなかったって本当なの?」

俊之は夢の中で父親に言った。父親は何も言わずに黙っていた。

「お母さんは僕が生まれたおかげで不幸になったって本当なの?」

俊之は夢の中で母親に言った。母親も何も言わずに黙っていた。

「僕は生まれてきてはいけなかったの?」

俊之は母親に言った。母親は冷たい表情で俊之を見た。母親の横で父親も冷たく俊之を見た。闇が渦巻く中で俊之は言った。

「おばあちゃんはどうして故僕を無視し続けたの?」

俊之の声は闇に響いた。祖母も冷たく俊之を見ただけだった。闇が少し明るくなった。

「おじいちゃん。」

俊之が嬉しそうに言った。

「俊之か?」

祖父が言った。

「おじいちゃん。」

俊之は叫んだ。

「こっちへおいで!」

祖父が言うと

「うん!」

俊之は嬉しそうに言った。

「日曜日には遊園地へ連れて行ってあげるよ。」

祖父が優しく微笑みながら言った。

「おじいちゃんなら教えてくれるよね。」

俊之は言った。

「俊之は何が知りたいのかな?」

祖父が優しく言った。

「僕は邪魔な存在なの?」

俊之が言うと

「そんな事はないよ。」

祖父が言った。

「本当に?」

俊之は嬉しそうに言った。

「おじいちゃんが俊之に特別な力を授けるから大丈夫だよ。」

祖父が言うと

「特別な力を僕にくれるの?」

俊之は嬉しそうに言った。

「誰にでも好かれる不思議な力だよ。」

祖父は優しく微笑んで言った。

「本当に好かれるの?」

俊之が言うと

「本当だよ。」

祖父が力強く言った。

「僕は嫌われないようになれるかな?」

俊之は嬉しそうに言った。

「なれるよ。」

祖父は優しく言った。

「嬉しいよ。」

俊之が言うと

「これからは恋人も友人も仲間もみんなが俊之と仲良くしてくれるよ。」

祖父は言っていつまでも優しく微笑んでいた。やがて夜が明けて窓から陽の光が射してきた。日差しを目に受けて俊之は静かに目を開けた。