雨のあとに虹 その122
「実家に帰ってくる途中の小さな駅で俊さんと若い女性が親しく話をしているのが見えたので不安になりました。」
久美子は言った。
「相手の女性はどんな雰囲気だったか覚えている?」
育子が言うと
「女優さんかモデルさんみたいな雰囲気の女性でした。」
久美子は言った。
「それはエキストラの人たちでだと思うよ。」
育子が言った。
「エキストラですか?」
久美子が言うと
「高村さんはエキストラのバイトをしているからね。」
育子は言った。
「そうですか?」
久美子は言った。
「高村さんがプレイボーイならもっとうまくやるわよ。」
育子が言うと
「笹川さんも以前に同じ事を言っていました。」
久美子が言った。
「笹川さんの言うとおりだと思うよ。」
育子はあっさり言った。
「育子さんもそう思いますか?」
久美子は少し安心して言った。
「高村さんは頭も良いし運動神経も良い。」
育子が言うと
「そうですね。」
久美子は言った。
「正確も良くてパーフェクトに見えるけど大きな弱点があるのよね。」
育子は言った。
「弱点ですか?」
久美子が言うと
「久美ちゃんはどこだか解かる?」
育子は明るく言った。
「そう言われてもすぐには解りません。」
久美子が言うと
「簡単じゃない。」
育子が言った。
「簡単ですか?」
久美子は考えながら言った。
「女心が全く読めないし以外と自分の事がよく解かっていない。」
育子があっさりと答えを言った。
「そう言えばそうですね。」
久美子は言った。
「そうでしょ?」
育子が言うと
「そう思います。」
久美子は言った。
「いよいよ私もアイディア発揮しないとね」
育子は明るく言った。
「本日はありがとうございました。」
久美子は言った。
「いつでも気軽に電話をしてきてね。」
育子が言うと
「ありがとうございます。」
久美子は言って電話を切った。育子もテレビに出ているアイドルのように美人である。しかも頭が良くてカリスマ性さえ感じさせるアスリートだ。ひとみも美人である。俊之には男女問わず人を引きつける何かがあるみたいである。少しの時間だが俊之と離れる事に久美子は不安を感じずにはいられなかったのだ。
雨のあとに虹 その121
ファミレスはタイミングよく空いていたが俊之たちが入って少ししたら混んできたようだった。夕食時間帯になったのだろうか?家族連れが目立っている。俊之と千晴は無言の時間を過ごしていたが店員がその無言に音を加えてくれた。
「お待たせしました。」
店員が去って食事に手をつけた時に俊之は
「純一くんたちは元気にしているのかい?」
と千晴に言った。
「元気だよ。」
千晴は言った。
「それはよかった。」
俊之が言うと
「おじさんに酷い仕打ちをしたからバチが当たったのかな?」
千晴は言った。意外な言葉を耳にした俊之は
「純一くんたちに何かあったのか?」
と言った。
「仕事がうまくいってないみたい」
千晴が言うと
「造園業は特に厳しいみたいだね。」
俊之は言った。
「銀行の融資も難しいと言っていたよ。」
千晴が言うと
「成長性がない会社は融資が厳しいらしいね。」
俊之は言った。
「私から見れば当然の結果だと思うよ。」
千晴は冷静に言った。
「それを言ったら純一くんがかわいそうだよ。」
俊之は言った。
「おとうさんは自分の都合しか言わないからダメだよね。」
千晴は言った。
「それはそうだけどね。」
俊之が言うと
「おかあさんだってそのうち見捨ててしまうかもしれない。」
千晴が言った。
「静江が?」
俊之が言うと
「取引先の人だって今までは仕方なしに付合ってきただけからね。」
千晴がいった。
「静江は純一くんを支えてあげないのか?」
と俊之は言った。
「それからは支えないと思う。」
千晴が言った。
「それは純一くんに同情するよ。」
俊之が言うと
「おとうさんは世間知らずだからね。」
千晴は言った。千晴は父親を厳しく的確に評価していた。
育子はみかんを食べながらテレビを見ていた。明日は大学の寮に戻らないといけないためゆっくりできるのは今日だけである。昼間は家族と近所に挨拶をして親戚の家にも行ったが今は時間を持て余していた。育子は大学に通い始めてからは実家には自分がいる場所が無くなったように思える時があった。性格に言うと実家ではなくてこの街全体と言った方が正しいのである。育子が住んでいる街とは違ってここは庶民的な部分を残している。育子は都心の割切った人たちの空気に触れて自分自身が変わったのかもしれないと思う事が多くなった。春が来れば俊之に出会ってから1年が経つ。いろいろな人がひしめきあうと都心の空気に慣れてしまって隣のおじさんや向かいのおばさんとの距離が遠くなったせいかもしれない。と育子は思った。そんな気持ちになった時に育子の携帯が鳴った。珍しく久美子からであった。育子は携帯を耳に当てた。
「育子さん。」
久美子は電話の向こうで言った。
「久美ちゃん。」
育子が言うと久美子が
「今電話をして大丈夫ですか?」
と言った。
「大丈夫だよ。」
育子が言うと
「それはよかった。」
久美子が言った。
「新年おめでとう。」
育子が言うと
「おめでとうございます。」
久美子は言った。
「今実家からだよね?」
育子が言うと
「先ほど着いたところです。」
久美子は言った。
「何かあったでしょ?」
育子が言うと
「育子さんはどう判断するかと思って電話をしました。」
久美子は言った。
「どうしたの?」
育子が言うと
「帰りの電車で俊さんを見かけました。」
久美子が言った。
「もっと詳しく聞かせてよ。」
育子が言った。
雨のあとに虹 その120
「高村さんはこれから何か予定はありますか?」
撮影が終了して駅へ向かう途中で直子が俊之に言った。
「今日はこのあとに書類作成をしないといけなくてね」
俊之は嘘を言った。俊之自身は嘘をつく事は少ないのだが今日は嘘も方便である。俊之は久美子が実家へ帰るのを見送れなかったのが心に引っかかっていた。育子の時には久美子と見送ったのに久美子をひとりで電車に乗せた事に謝罪の気持ちがあった。仕事だから仕方ないと言えばそれまでなのであるが俊之は心にモヤモヤするものを感じていた。
「それでは今度会えたら一緒に食事でもして下さい。」
直子が言うと俊之は
「その時はゆっくり会おう。」
と言った。駅へ着いたふたりは改札を通ってホームへ向かった。この駅は各駅停車しか止まらない駅である。都心まで俊之も直子も一緒に帰ることになるのだ。ふたりは空いているベンチに座った。帰りの電車が来るまでには少し時間があった。チャイムのあとに急行列車の通過を告げるアナウンスが聞こえてスピードを落とした列車がホームを通過して行った。座っていた俊之が直子と視線を合わせていた。
久美子は都心から急行に乗り換えて窓の外を見ていた。年明け早々に生命が縮まる思いをしたがひとみが俊之への誤解を解いてくれた事で一区切りがついていた。太陽が沈みかけて夕方から夜へ変わる時間になっていた。スピードを落とした電車はある小さな駅を通過した。ホームには人がほとんどいない。久美子は人が少ないホームを目で追っていた。すると久美子は思わず自分の目を疑った。俊之が直子とふたりでベンチに座っていたからだ。久美子にはふたりがかなり親密に話をしていたように見えていた。ほんのわずかの時間だったので確実なことは久美子には解らなかった。解らないがありえない事ではない。久美子は不安になったがそのあとに翔太の言葉を思い出ていた。
「高村さんを信じてあげてください。」
翔太が久美子に言った言葉だった。
「あなたは麗子さんを捨ててロンドンに行ったのよ。」
ひとみの言葉も久美子の頭に木霊した。そのあとに
「もし高村さんがプレイボーイならもっとうまくやりますよ。」
久美子の頭の中で翔太の声が響いた。
「それではまたね。」
俊之が直子に言った。直子は寂しそうにしていたが
「そうですね。」
と言った。
「また近いうちに会おうよ。」
俊之が言うと直子は
「また会えたら誘ってください。」
と言って俊之と視線を合わせた。
「ぼくはこの道をまっすぐだから。」
俊之が言うと
「私はバスで帰ります。」
直子は言った。
「気をつけてね。」
俊之が言って
「はい!」
直子が明るく言った。てふたりはそのまま別れて直子はバスに乗り俊之は道を歩き始めた。俊之は部屋に帰るには早い時間だったので散歩をしようと横道に曲がった。平日に比べると人通りが少ない道は少し寂しくもあった。信号の前に来た時に後ろから千晴が
「おじさん。」
と言った。その声に俊之は後ろを振り返った。姪の千晴が立って微笑んでいた。
「千晴は今ひとりなのかい?」
俊之が言うと
「ひとりだよ。」
千晴は言った。俊之は千晴がどうしてお正月の今の時間にひとりでいるのが少し気になったが会えてそれには触れなかった。
「何か食べようよ。」
俊之が言うと
「いいよ。」
千晴が言った。
「僕も今は暇でね。」
俊之は千晴と視線を合わせて言った。
「しっかりご馳走してよ。」
千晴が言った。
「どこか空いている店があったらすぐに入ろう。」
俊之は言った。
「あそこのファミレスが空いているみたいだよ。」
千晴が指を指してつけ言った。
「そこに入ろう。」
俊之は千晴の肩に手を置いて言って促した。