雨のあとに虹 その151
日が落ちて夜の気配に包まれたオフィス街を弘子が歩いていた。弘子が先ほど銀行で預金を引出したのは翔太が見て確認していた。弘子はガラス張りのレストランに入って夕食を取るようである。世の人たちの苦労などどこ吹く風と言いたげに弘子はマイペースで自由な生活をしているのが翔太には容易に想像できた。翔太はそれが外見上の贅沢だと解っていた。翔太が弘子を見張っていても今日の成果は期待できないようである。
「笹川さん。」
関口が近寄ってきて言った。
「ご苦労さん。」
翔太が笹川に言った時である。30代半ばのひと目見ただけで任侠の世界の人間と解る風貌の男がレストランに入って行った。ガラス張りの向こうに移る弘子の前に座って話をしているのが翔太に見えた。
「笹川さんあいつは裏道会の幹部ですよ。」
関口が言うと
「うまく繋がったな。」
翔太が言った。
「少しずつ解決の糸口が見えてきましたね。」
関口が言うと
「あとはマンションの踊り場での麗子さんとの争いについての確証をとれば良いだけだ。」
翔太は言った。
「僕も手を尽くしています。」
関口が言うと
「詐欺の方は立件できる材料を持っているからね。」
翔太が静かに言った。
「ようこそ総武へいらっしゃいました。」
立花が言った。
「よろしくお願い致します。
俊之が言うと
「こちらこそよろしくお願いします。」
立花が代表で挨拶するように言った。俊之の隣には陽子が座り正面には恵子と立花が座った。さらにあと6人の管理職が参加して次期社長になる俊之の歓迎会が始まった。
「僕がひとりで出来る事には限界があるからね。」
俊之が言うと
「我々が協力体制を作りますよ。」
立花は言った
「みんなに助けてもらいたいと思っているよ。」
俊之が言うと
「任せてください。」
立花は言った。
「最初は薬師寺さんも誤解していたようですものね。」
陽子が言うと
「少し早とちりでしたね」
恵子が言った。
「普段の薬師寺さんはもっと冷静ですよ。」
陽子が小声で俊之に言うと
「交渉部長だから冷静だと思っていたよ。」
俊之も小声で言った。それを見た立花が
「そこのおふたりさん。」
と冗談交じりに言った。
「僕たちのことかい?」
俊之が言うと
「仲良しなのは良いけど僕たちもいる事を忘れないでくださいよ。」
立花が冗談を言った。少しずつ場の雰囲気は和んできていた。
「ありがとう。」
純子は久美子のノートを見て言った。久美子はノートを純子に見せる代わりにレストランで夕食をご馳走になっていた。
「それは構わないけど大丈夫なの?」
久美子は言った。
「大丈夫よ。」
純子が言うと
「しっかり覚えないとテストが大変よ。」
久美子は言った。自分もテストの準備をしているのでそれは自分への言葉でもあった。
「そうだよね。」
純子が言うと
「ふたりで3年になろうよ。」
久美子は言った。
「しっかり進級しないといけないから明日から勉強が大変だわ。」
純子は明るく言った。
「3年に進級すれば就職活動も考えないといけないね。」
言いながら久美子は将来について決めなくてはならない時期が来ている事を実感していた。
雨のあとに虹 その150
「もっと早く来なければならないのにすまないね。」
山本は病室で変わり果てた榊原を見て言った。
「私こそ会社に迷惑をかけてすみませんでした。」
榊原は悔しそうな表情で言った。
「迷惑ではないよ。」
山本は言った。
「私は身体が言うことを利かなくなりました。」
榊原が言うと
「今は治療に専念しないといけないよ。」
山本は諭すように言った。
「悔しいですが仕方ありません。」
榊原は力なく言った。体力が弱ってきているのが山本にも解るほどであった。
「高村くんの事はあまり意識するな。」
山本は言った。
「それが悔しいですよ。」
榊原が言うと
「彼は我々が手の届かない所にいるからね。」
山本は言葉に含みを持たせて言った。
「川嶋さん。」
俊之は言った。俊之は解らない事があるとすぐに質問をするようにしていた。
「はい。」
陽子が言った。
「総武鉄道延長工事の件だけどね。」
俊之が言うと
「資料に添付されている内容で不十分な時にはご覧になられたら如何ですか?」
陽子が言った。
「早速見てみよう。」
俊之が言うと
「すぐに手配をします。」
陽子は言った。陽子は機敏であった。俊之は資料に目を通しながらまだ陽子が自分に視線を向けているのに気付いていた。区切りがつくところまで読んで
「僕に何か?」
俊之は陽子に言った。
「今日は会社のあと何かご予定はありますか?」
陽子は遠慮がちに言った。
「予定は特に無いですよ。」
俊之が言うと
「それでしたら歓迎会をしたいと思いますが如何ですか?」
陽子は明るく言った。
久美子が図書室を出たところでタイミングよく携帯が鳴った。久美子は図書室の中では着信音が響くのでマナーモードにしていた。久美子が設定を元に戻した時に育子からの着信が来たのである。
「こんにちは。」
久美子は電話の向こう側の育子に言った。
「やっと良いアイディアが浮かんだから久美ちゃんの意見を聞かせてよ。」
育子は言った。久美子は育子が言っている事が解らなかったが翔太が秘策を考えている事を思い出した。
「何か名案が浮かびましたか?」
久美子が言うと
「浮かんだよ。」
育子は言った。
「そんな内容ですか?」
久美子が言うと
「みんなに協力してもらわないとダメだよ」
育子は言った。
「そんなに大掛かりになるのですか?」
久美子が言うと
「相手は高村さんだからね。」
と育子は言った。
雨のあとに虹 その149
「午後はどうしようか?」
純子は言った。ふたりは学食で昼食を取っていた。
「このあと図書室で調べものをしたあと講義に出るよ。」
久美子は言った。久美子はバイトの予定がないので講義に出るつもりでいた。
「私はちょっと行くところがあるから帰ろうかな?」
純子は相変わらず調子で言った。
「それは純子の自由だけど単位は大丈夫なの?」
久美子は他人事ながら少し心配になって言った。
「あとで補習を受けるから大丈夫よ。」
と純子は平然として言った。
「私がしっかり講義を聞いておくね。」
久美子は優しく言った。
「こちらです。」
陽子が社員食堂に案内して言った。
「広くて落着いた雰囲気だね。」
俊之は周囲を見回して言った。俊之のことは一部の関係者しか知らされていないのでほとんどの社員は俊之や陽子を注意して見ていなかった。
「しっかり昼食を取ってくださいね。」
陽子が言うと
「うん。」
俊之は言って陽子を見た。
「春香さんから言われています。」
陽子が言うと
「何を言われているの?」
俊之は言った。
「以前よりお痩せになられたそうですね。」
と陽子が言うと
「メタボにならないためだよ。」
俊之は微笑みながら言った。
あたり前であるが図書室はとても静かだった。久美子はほとんどの女性がそうであるように理数系が苦手であった。一般教養過程には理数系の講義もあるので苦手であっても勉強しないといけない。久美子はその理数系の資料を調べにたかったのだ。久美子は目的の本を見つけて空いている席に座っていた。資料を見ているうちに俊之の事が脳裏に少しずつ大きな位置を占めて思いが頭を廻っていた。
「今の時間なら総武の春香さんのところで仕事をしているかな?」
久美子の口から出てきた。時間的な余裕があるところで総武グループについて書かれている本も探してみようと考えた久美子であった。
「石井さんには何度も説明しているようにこの状態では融資は難しいですね。」
三友銀行の融資担当である折原昭次は切捨てるように言った。純一は
「そこを何とか考え直してもらえませんか?」
と哀願するように言うが
「売上げは下がっていて今まで何の経営改善策も出していないですね。」
折原は銀行の応接室で言った。
「これからがんばれば何とかなりますよ。」
純一は言うが
「このままでは当行の審査は通らないですよ。」
折原は言った。
「今を乗り切れば何とかなります。」
純一は言うが
「もっと広い視野で物事を見てください。」
折原はあくまで冷静で冷たく言った。
「ダメですか?」
純一は言ってため息をついた。
「石井さんもご存知のとおり当行も不良債権を多くなると監督官庁から責められるわけです。」
折原は本音を言った。
「本当にそうですか?」
純一が言ったひと言が折原の機嫌を損ねていた、純一の今までの人生で自分の思い通りにならないことはひとつも無かったのである。
山本は病院の廊下をひとりで歩いていた。どういうわけか病院というところは健康な人でも気分が滅入ってしまう不思議な雰囲気がある。山本は病室をひとつずつ確認して目的の部屋を見つけた。ノックをして相手の返事を待った。
「はい。」
相手の返事を確認してからドアを開けて
「失礼します。」
山本は言ってドアを開けた。
田所は山本のいない役員室の片隅に座ってじっと時間が過ぎるのを待っていた。山本の支持がないと勝手な行動は許されないのである。ただ座って時間を過ごす事が苦痛ではなかった。よく考えてみれば座っているだけで給料が貰えるのである。こんな楽な仕事はないと田所は考えていた。中村が総武と交渉で連絡をくれたら田所も一緒に時には立ち会わなければならない。田所は時計の針がゆっくり動くのを見つめていた。