開運童子のブログ -68ページ目

雨のあとに虹 その148

「薬師寺さん。」

陽子は心配になって俊之と恵子の顔を交互に見て言った。鬼の形相とも言える恵子の表情に対して俊之は整然としていた。

「別に悪いとは言ってないよ。」

俊之は言った。

「今日の薬師寺さんはどうかしています。」

陽子は心配そうに俊之と恵子の顔を交互に見て言った。

「むしろ良いことだと思うよ。」

俊之は言った。俊之の言葉は恵子にとって以外だったようである。

「良いことだと思いますか?」

恵子は表情を少し和らげて言った。

「そう思うよ。」

俊之は言った。

「高村さん。」

陽子が心配そうに言うが

「考えてみると解ると思うけど男女に能力の差が無いことは科学的にも医学的にも哲学的にも明らかだよ。」

俊之は言った。

「そうですか?」

恵子はびっくりしたような表情で言った。

「つまり単純に考えれば世界中の能力の半分は女性に依存する事になるということだよ。」

俊之は言った。

「半分は女性に依存する」

恵子は俊之が言った言葉を繰り返して言った。

「違うかい?」

と俊之が言うと陽子は

「そうよね。」

と呟いた。

「性格や性質の違いは仕方がない。」

俊之は言った。

「哲学者みたいね。」

恵子は小さく呟いた。

「国も企業も体制を整備して女性の皆さんにも活躍してもらわないと男では限界があると思うよ。」

俊之は言った。

「正樹社長より進んだ考えを持っている。」

陽子は言った。

「産休や育児休暇制度も積極的に取り入れて子育てが終わったら職場復帰できるようにしたらいいと思う。」

俊之は言った。

「この人はやり手だわ。」

恵子は小さい声で言った。

「僕たち男の限界を超えられるのは女性かも知れない。」

俊之は言った。

「この人なら支えてもいいわ。」

陽子も小さな声で言った。

「だから力を貸して欲しいと思っているよ。」

俊之は言った。

「それで正樹社長や春香さんが抜擢したのね。」

陽子は少し大きくなった声で言った。

「薬師寺さんも僕を助けて欲しいと思っている。」

俊之は表情を崩さずに言った。恵子は俊之を凝視していた。陽子は俊之と恵子の顔を交互に見て次の言葉を待っていた。鬼の形相を崩して笑みを浮かべた恵子が

「よかった。」

と言った。そのひと言には重みがあった。

「何がよかったの?」

俊之が言うと

「高村さんは三友商事でスピード出世をして春香さんの目に留まった優秀な逸材だと聞いています。」

恵子は言った。

「僕はそんな優秀ではないよ。」

俊之が言うと

「どんな冷血な人かと思っていました。」

恵子は言った。

「僕が冷血人間だと思ったの?」

俊之が言うと

「女性が活躍する職場に異議を唱えるではないかと思いましたよ。」

恵子は正直に言った。

「そんな事はないよ。」

俊之は言った。

「進んだ考えを持っている人なのね。」

陽子が言うと

「僕ひりの力などたかが知れている。」

俊之は言った。

「この人は比べ物にならないほど大きい人だわ。」

陽子は言った。

「だから立花さんや薬師寺さんや川嶋さんに支えてもらわないと僕は何も出来ないと思うよ。」

俊之は穏やかな表情で言った。緊張から和やかな雰囲気になりかけた時に

「高村さん。」

陽子が言うと

「何かあったかな?」

俊之は言った。

「そろそろお昼になりますけどどうしますか?」

陽子が優しく言った。

雨のあとに虹 その147

近代ビルとでも言える総武企画の本社ビルは三友商事に負けないくらい新しい内装が施されていた。陽子に案内されて俊之は管理本部へ行く途中であった。これから管理本部長に会うためである。本来なら社長室に呼びつければいいのだが俊之の希望で社内の見るついでに管理本部へも行くことにしたのであった。

「こちらです。」

陽子が言うと

「ありがとう。」

俊之は言った。フロアーの奥から40歳の少し前に見えるエリートよりはスポーツマンタイプの男が立って俊之を迎えた。

「管理本部長の立花慎悟です。」

好青年の立花慎吾はハキハキした口調で言った。

「高村俊之です。」

俊之は言って立花と視線を合わせた。

「何でも私に言ってください。」

立花も俊之と視線を合わせて言った。

「すべて立花さんに言えば支持は伝わりますね。」

俊之が言うと

「管理本部で総武グループに全体に指示を反映させています。」

立花は言った。立花は今の時点では俊之を好意的に迎えているように思えた。

 直子は銀行のキャッシュディスペンサーを操作して弘子の口座へ振込みを終えていた。80万という金額は直子にとっては大金である。それも預貯金ではなく借入金であった。それは無謀とも言えるかけであった。直子はその賭けをしてみようと決心をしていた。弘子の言葉にすべてを賭けてかけて失敗すれば直子には厳しい現実が待っているのだ。直子は振込みの控えを取り忘れて歩き出していた。すぐ後ろに並んでいた翔太は控えを取って直子を追いかけていた。

「すみません。」

翔太は大きい声で言った。直子は気がついてすぐに振り向いた。

「私ですか?」

直子が言うと

「忘れ物ですよ。」

翔太は言ってと直子の前控えを差し出した。

「これは控えね。」

直子が言うと

「大事に保管してください。」

翔太は言った。

「これはいらないわよ。」

直子が言うと

「あとで重要な証拠になりますよ。」

翔太は言った。直子は驚いて

「重要な証拠ですか?」

と言うと

「これは動かぬ証拠になりますよ。」

翔太は言った。

 俊之は各部署の様子も見て歩いた。総武の社員がどんな様子で仕事をしているのかを雰囲気でも見る事ができればある程度の事は解るのである。総武は他社に比べて女性社員が多いのが特徴のひとつと言えた。年齢に関係なく女性をリーダーや管理職に抜擢するのが正樹の経営手腕によるものだと聞いていた。生き生きと明るく仕事をする社員を見て俊之は改めて感心していた。

「こちらが交渉部です。」

陽子は言った。

「三友商事との業務提携による交渉をしている部署だね?」

俊之が言うと

「そうです。」

陽子は言った。ふたりは交渉部のフロアーに入った。そこには年齢は陽子と同じくらいの女性が立っていた。活動的な雰囲気がありスポーツの選手のようなイメージを受けた。

「交渉部長の薬師寺恵子です。」

薬師寺恵子は俊之を睨みつけるように見て言った。

「高村俊之です。」

俊之は言って恵子から視線をはずさなかった。

「すべての交渉に関しては彼女が取り仕切っています。」

陽子が俊之の横で言った。

「総武は女性社員が多い職場のようですね。」

俊之は正直な感想を言ったのだがその瞬間に恵子の表情が変わっていた。

「それではいいけないですか?」

表情を変えない俊之に対して憎悪とも言えるような形相で恵子は俊之を睨んで言った。

雨のあとに虹 その146

俊之は朝の日差しを浴びて空気を吸い込んでいた。俊之はマンションの出口まで来て少しだけ緊張していた。今日は総武の本社である総武企画への初出勤である。誰でも多少の緊張感はあるはずだった。マンションの外に出て駅へ向かって歩こうとした時である。

「高村さん。」

という運転手の田中が言った。俊之は田中を見た。

「田中さん。」

俊之が言うと
「お迎えに上がりました。」

田中は俊之に深々と頭を下げて言った。

「今日からよろしくお願い致します。」

俊之は言った。

「こちらこそよろしくお願い致します。」

田中は言った。

「少し寒いね。」

俊之が田中に優しく言った。

「こちらへどうぞ。」

田中が言った。俊之は田中に促されて社用車に乗った。俊之が乗ると社用車は静かに動き出していた。

俊之を乗せた社用車は総武グループの司令塔である総武企画本社ビルに到着していた。

「到着しました。」

田中が言うと

「ありがとう。」

俊之は言った。田中がドアを開けて俊之が外に出た。会社には歩いて出勤していた俊之にとって多少の違和感があるのは仕方がない。呼吸を整えて田中が案内する方を見ると30歳前後の黒縁の眼鏡をかけてスーツを着こなした女性社員が立っていた。その女性社員をひと目見た俊之は頭脳明晰であると判断をしていた。俊之を見るとその女性社員が近づいて来て

「おはようございます。」

と言った。

「おはようございます。」

俊之が言うと

「今日から秘書としてサポートさせていただく川嶋陽子です。」

とハキハキとした声で川嶋陽子は言った。

「高村俊之です。」

俊之の方が緊張を意識しながら言った。

 久美子はキャンパスを歩いていた。いつもなら寒さで身体が縮むような思いをするのだが今日の久美子は違っていた。

「おはよう。」

純子が後ろから言った。久美子は純子が追いついてくるまでのわずかな時間で心地よい空気を吸っていた。

「おはよう。」

久美子は言った。久美子は今日一日良い事があるような予感がして幸福な気持ちになっていた。

「今日の講義は苦手だから嫌だな。」

純子はため息混じりに言うが

「大丈夫よ。」

久美子はやり過ごすように言った。

テストでも悪い点を取りそうで嫌だな。」

純子が言うと

「私があとで教えてあげるよ。」

久美子は言った。大川教授の教科は久美子の得意分野であった」

「今日から少しずつ力を発揮してくれればいいからね。」

広い社長室で正樹は俊之に言った。

「早く慣れて良い結果が出せるようにしたいと思います。

俊之が言うと横にいた春香も

「高村さんならすぐにみんなと親しくなるわよ。」

とは言った。春香は俊之に絶対の信頼を置いていたのである。

「当面は三友商事との提携交渉に総武鉄道の延長計画から少しずつ引き継いでいただく事になると思うよ。」

正樹は言った。

「はい!」

俊之が言うと

「正式な就任は株主総会後の7月からになるからね。」

正樹は言った。

「半年間はしっかりと引き継ぎ事項を把握しようと思います。

俊之が言うと

「今は時期社長に内定という立場でください。」

正樹は言った

「僕も余裕があった方が仕事に反映できると思います。」

俊之が言うと

「中途半端なようですまないね。」

正樹が言った。

「僕は生え抜きではないですからその方が良いと思います。」

俊之は言った。

「無理をしないでね。」

春香が言うと

「すべては川嶋くんがサポートしてくれるから大丈夫だよ。」

正樹は優しい目で俊之を見つめていた。

 大川教授の声は教室に響いているが純子の頭だけは通り過ぎていた。久美子は大川教授の話を聞きながらしっかりとノートをとっている。勉強は楽ではないが今のうちに出来る事は全部やっておこうと久美子は考えていた。それは俊之だけでなく翔太やひとみに春香や矢島と自分より年上の人たちがハツラツと生きているのに刺激を受けているからであると久美子は感じていた。

「純子は教授の話を聞いていた?」
久美子は横から純子に言うと

「話は聞いているから大丈夫よ。」

純子は言った。眠そうにしていた純子の心は上の空だった。