雨のあとに虹 その175
「これが資料だから参考にしてね。」
久美子はそう言っていくつかの本を純子の前に置いた。図書館は夕方になると空いていた。
「ありがとう。」
純子が言うと
「もうすぐ閉館だから借りて帰ったら?」
久美子は言った。
「すぐに手続きをとって来るよ。」
純子が言って担当の司書まで手続きをとりに行った。久美子はそのはずかの時間に窓の外を見ていた。すっかり暗くなっていて冬は夜が来るのが早かった。外は寒い北風が吹いていた。
「どうぞ。」
俊之がノックするとドアの向こうで多恵子が言った。俊之はゆっくりとドアを開けて
「失礼します。」
と言った。病室の中は思ったより広く見えた。個室はどこの部屋でもそうなのかも知れないと俊之は思った。
「わざわざすまなかったな。」
俊之を見ると榊原が言った。横には多恵子が立っていた。
「遅くなってすまない。」
俊之は言った。多恵子はふたりに重大な話がある事を悟って
「お茶を入れてきますね。」
と言った。
「これをどうぞ。」
俊之は言って果物の詰め合わせを多恵子に渡した。
「すみません。」
多恵子は言って受取った。
「そんなに気を使わないでくれよ。」
榊原が言うと多恵子はドアを開けて
「すぐに用意します。」
と言ってドアを開けて出て行った。
「身体の具合はどうなの?」
俊之が榊原に言うと
「すっかりダメになっているよ。」
榊原が言った。
「そんな弱気ではダメだよ。」
俊之が言うと
「お前を目標にしていた時に汚い手を使ったから罰を受けたらしいよ」
榊原は言った。
「もっと元気を出さないと病気が治らないよ。」
俊之が言うと
「とうとうお前には勝てなかったな。」
榊原は落着いて言った。
「勝つとか負けるとかはたいした問題ではないよ。」
俊之が言うと
「お前らしい言葉だな。」
榊原は言った。
「今は病気を治す事が先決だと思うけどね。」
俊之が言うと
「やっぱりお前は偉いな。」
榊原は言った。
「僕は偉くないさ。」
俊之が言うと
「俺だったら自分を目の敵にした男にそんな優しい言葉はかけないぞ。」
榊原は言った。
「僕が優しい言葉をかけたと言うのかい?」
俊之が言うと
「俺なら一発殴ってやるけどな。」
榊原は言った。
「僕が君を殴ると良い事でもあるのかい?」
俊之が言うと
「良い事はないだろうな?」
榊原は言った。
「君だってその時には正しいと思って行動したと思うけど違うのかい?」
俊之が言うと
「どうだろうな?」
榊原は言ったきりそれ以上の言葉が出なかった。
雨のあとに虹 その174
「きちんと仕事してくれないと困りますよ。」
三友商事情報システムの社員である村山満雄が言った。
「うん。」
貴志は言った。
「三友商事でどんな地位に居たか知りませんが今はうちの一担当者で管理職ではないのですから仕事をしてください。」
村山は28歳と若いからきつい事も平気で言えたのである。
「そうかしたのか?」
同期の田沼龍彦が言った。
「今度来た貴志さんは怠け者で使えない注意したところだよ。」
村山は言った。
「純子はレポートを提出したの?」
久美子がキャンバスの隅に置いてあるベンチに座っている純子に言った。
「まだなのよ。」
純子はあっさりと言った。
「レポートを提出すると単位が取れるからがんばってよ。」
久美子は純子を励ますように言った。
「どうも集中力がなくてね。」
純子が力なく言うと
「来月になれば休みになるから今のうちにがんばっておこうよ。」
久美子が高校教師のような口調で言った。
「まだ間に合うかな?」
純子が不安そうに言うと
「私が手伝から大丈夫よ。」
久美子は言った。
社用車は高速を降りて都心の混雑を通り抜けていた。ほぼ予定通りに本社の傍まで帰って来ていた。
「川嶋さんは会社に戻らなければいけないの?」
俊之は陽子に言った。
「今日は戻らなくても明日朝一番で処理すれば大丈夫です。」
陽子が言うと
「それなら田中さんに部屋まで送ってもらえばいいよ。」
俊之は言った。
「私が社用車で帰って良いのですか?」
陽子が言うと
「良いよ。」
俊之は言った。
「高村さんはどうなさるのですか?」
陽子が言うと
「僕は野暮用があるのでこの近くの邪魔にならない所で降りるよ。」
俊之は言った。
「ここで降りるのですか?」
陽子が言うと
「ここで失礼するよ。」
俊之は言った。田中が社用車を俊之が降りやすい場所に止めると
「お疲れ様でした。」
と言った。
「明日よろしく!」
俊之が言うと
「お疲れ様でした。」
陽子は言った。俊之が歩き出すと田中が運転する社用車は静かにスタートした。
雨のあとに虹 その173
「大川教授。」
久美子が教授室に入って来て言うと
「堀川さんだね。」
大川教授は優しく言った。
「レポートを提出に来ました。」
久美子は言って鞄からレポートを出すと
「中を拝見するよ。」
大川教授は言うと
「はい!」
久美子は言った。大川教授はページを素早く捲って
「よく出来ているね。」
と言った。
「ありがとうございます。」
久美子は嬉しさを隠せないで言った。
「書くのが大変だったでしょう?」
大川教授は久美子を見て言った。
「一度出来たものを書き直ししたので時間がかかってしまいました。」
久美子が言うと
「これでテストは免除できるね。」
大川教授は言った。
「本当ですか?」
久美子が言うと
「本当だよ。」
大川教授は言った。
「とても嬉しいです。」
久美子が言うと
「このレポートはテストよりレベルが高いよ。」
大川教授が優しく言った。褒められて嬉しくなった久美子は
「ありがとうございます。」
と言った。大川教授は父親が娘を見るような目で久美子を見て
「堀川さんは椿さんと友達だったね。」
と言った。
「入学してから親しくしています。」
久美子が言うと
「少し勉強を教えてあげてくれないかね。」
大川教授は言った。
「ここが今回の工事の懸念事項です。」
担当係長の高根沢信夫が俊之に言った。俊之も陽子もヘルメットを冠って鉄道の工事現場にいたのである。
「あそこの大きな岩石だね。」
俊之はすぐに見つけて指を指して言った。
「そうです。」
高根沢が言うと
「大きな岩石だね。」
俊之は言った。
「あそこは工事をする過程でいろいろあったのですがダイナマイトで爆破する事にしました。」
高根沢が言うと
「あの石の上に大きな木が伸びているね。」
俊之は言った。
「ここから見ると美しく見えますね。」
陽子が言うと
「何という名前の木か解りますか?」
俊之は陽子に言った。
「私も詳しくありませんので解りません。」
陽子が言った。
「あの木はどうなるの?」
俊之が高根沢に言うと
「地元の住人は残すようにとの意見が多かったのですが気を避けての工事はコストがかかるので爆破する事に決めました。」
高根沢はあっさりした口調で言った。
「あの石は残そうよ。」
俊之は言った。
「残すとおっしゃいましたか?」
高根沢が言うと
「トンネルにしたらどうだろうね?」
俊之は言った。
「それはできません。」
高根沢が言うと
「どうして出来ないの?」
俊之は言った。
「もう爆破は決った事です。」
高根沢がいうと
「その決定が間違った選択でもかい?」
俊之は言った。
「工事も途中まで進んでいますよ。」
高根沢が言うと
「正樹オーナーには僕から説明しておくよ。
俊之は言った。
「それなら構いませんけどね。」
高根沢が言うと
「環境を守るためには多少コストがかかっても工事が遅れても仕方がない。」
俊之は言った。
「あの木を残したいお考えですね?」
陽子が言うと
「責任は僕が取るよ。」
俊之は言って主張を曲げなかった。
「次期社長がそうおっしゃるのならそうします。」
高根沢は折れて言った。
「それは決定事項ですね?」
陽子が言った。