雨のあとに虹・その178
「高村さん。」
立場が社長室にいる俊之の前に立って言った。
「昨日の件だけどね。」
俊之が言うと
「昨日の件は川嶋さんから聞いています。」
立花は言った。
「それなら話は早いね。」
俊之が言うと
「担当係長の高根沢には爆破ではなくてトンネル工事にするように指示を出しておきました。」
立花が俊之に報告をするように言った。
「すまないがあの木は残しておいください。」
俊之が短く言うと
「間違いなく徹底させます。」
立花は言った。俊之の横にいた陽子が
「三友商事の岡村社長がお見えです。」
と言った。
「残りはあとで説明します。」
俊之は言うと陽子は一緒に立花よりも先に社長室を出て行った。
田所は自分の席に座ったままであった。とりあえずは何もしなくて良いのである。困るのはわずかな時間でも席を外すとまどかに
「どちらへ行かれますか?」
と質問を受けるのだ。入社以来27年間も仕事をしないでいい加減な勤務態度だった田所とっては苦痛であった。当初は座っているだけで給料が貰えると喜んだのであるが現実はそんなに甘くなかった。1日の長さを痛感している田所であった。
「彼女はどうだろうね?」
深水が言うと
「難しいと思いますよ。」
ひとみは言った。
「堀川さんに打診してくれないか?」
深水はひとみに言った。
「聞くだけは聞いてみます。」
ひとみは言った。ひとみは無理だと解っていたがこの段階で無理だと言い切るわけにもいかないのであった。
「頼むよ。」
深水は言ってひとみを見た。
「数日間の猶予をください。」
ひとみは言った。誰もいない休憩室でわずかな時間の会話であった。
「高村さんには大変失礼しました。」
岡村は言うと深々と頭を下げた。横には山本と中村もいて
「すみませんでした。」
と口をそろえて言った。
「忘れましょう。」
俊之が言うと
「失礼しました。」
山本は言った。
「今後は前向きな基本条件を交渉しましょう。」
俊之は穏やかな表情で言った。俊之の横には陽子がいて恵子と今回は立花も同席していた。今回の提携は三友商事が総武を頼りにしていた俊之は総武が三友商事を助けるのではなくあくまでもフィフティーフィフティーに持っていくビジョンを描いていた。
「田所はきつく処分をする方向で考えています。」
岡村は詳細に説明して言った。
「この件はこれで終わりにしませんか?」
俊之は言った。
「私どもは構いません。」
岡村が言うと
「あとは担当者レベルの交渉で良いと思いますよ。」
俊之は山本と中村を交互に見ながら言った。
「私を騙しましたよね?」
直子は弘子に詰め寄って言った。都心の大きな公園の中で散歩やジョギングをする人も多かった。あまり変な事も出来なかった。
「そういうわけじゃないわよ。」
弘子が言うと
「いい加減な事は言わないでよ。」
直子は言った。
「本当に人脈があるのよ。」
弘子は言った。弘子は自分の非を認めようとしなかった。
「それはあなたが根拠のない思い込みをしているだけではないですか?」
直子はきっぱりと言った。少し離れたところで翔太が直子を見守っていたのを直子も弘子も知らなかった。
「保障協会として融資は難しいですよ。」
保障協会の辻本克己は言った。
「どうしてもダメですか?」
純一は言った
「銀行さんの審査が通ってもうちでは難しいです。」
辻本は言いにくそうに言った。
「お願いしますよ。」
純一は辻本を睨んで言った。
「私のレベルでは無理ですよ。」
辻本が言うと
「解ったよ。」
純一は怒って怒鳴り声で言った。
雨のあとに虹 その177
純一は町内の会合でアルコールを飲み過ぎたようだった。最近は良いことがなかった純一は生まれて初めて溺れるほど水割りを飲んでいた。足取りが悪くなってまっすぐに歩けない状態になったのは初めてである。純一の足取りはとても悪かった。家までは遠くないが近所の景色はいつまで経っても家に近づいてくれなかった。交差点の信号が赤になって純一は立止まった。大きく息を吐いた純一の目に赤信号を無視して猛スピードで走ってくる車が映った。純一は足元がふらついていたが不安定なのが幸いだった。車をうまくかわして純一は転んでいた。酔いがまわった純一はその瞬間に現実に戻っていた。
俊之は病院を出て駅へ急いでいた。大通りは人が多いが横道に入るとほとんど人は居ない。足音を立てずに歩く俊之以外には周囲に誰も居ないはずであったが俊之は突然足を止めていた。その静寂に向かって俊之は
「僕に話があるのなら出てきたらどうだい。」
と響く声で言った。俊之の後ろから男の影が現れて影が影でなくなっていた。そして
「ご無沙汰しております。」
と言った。俊之は振返って相手を見た。
「沢田くんだね。」
俊之が言うと
「失礼しました。」
沢田は言った。
「僕に何か言いたいことでもあるのかい?」
俊之が言うと
「ひと言高村さんに謝罪したいと思いましてね。」
沢田が言った。
「謝罪なら先ほど君の上司からしてもらったよ。」
俊之が沢田の目を見て言った。
「そうでしたか?」
沢田が言うと
「僕に会いに来る前に君は自分の上司を見舞うべきだよ。」
俊之は言うと歩き出していた。沢田は驚いて呆然と俊之の後姿を見て
「知っていたのか?」
とだけ言った。
「これで撮影終了です。」
夜間を通しての撮影が終わってADが言った。
「お疲れ様でした。」
直子が疲れを見せずに言った。
「お疲れ様でした。」
ADが労って言った。直子は周囲に目を向けると出演者は個々に駅に向かって歩き出していた。
「帰ってもいいですか?」
直子が言うと
「いいですよ。」
ADが言うと直子も駅に向かって歩き出していた。始発はすでに動いているがまだ電車の本数は少なかった。駅で電車を待つのもいいが直子はお腹が空いてきた。本当なら眠いはずの時刻であるが仕事をしているとテンションが上がっていために眠くならないのである。24時間営業のファミレスにでも入ろうと捜していた時に目の前に見覚えが女性の姿が見えた。直子は思わず
「斉藤さん!」
大声で言った。
「いらっしゃいませ。」
ひとみが言うと
「お客様はこちらへどうぞ。」
久美子が言った。
ふたりがいると混雑していてもレジに並ぶ人が少なかった。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
ひとみが言うと
「ブレンドの客様お待たせいたしました。」
久美子が言った。朝の時間帯は活気があった。そこに50歳手前のビジネスマン見える男が入って来た。
「僕もブレンドね。」
その男は言った。ひとみはその男を見て
「社長!」
と驚いたように言った。久美子は驚いて社長と言われたその男に
「おはようございます。」
と言った。
「おはよう。」
その男は言った。
「早いですね。」
ひとみが言うと
「こちらのバイトさんは対応がしっかりしていて優秀だね。」
男は言った。
「私も頼りにしています。」
ひとみが言った。
「こちらは社長さんですか?」
久美子が言うと
「トレンドカフェの経営母体であるワールドコミュニケーションの深水社長です。」
ひとみは言った。深水隼人は久美子しっかりと見ていた。
雨のあとに虹 その176
「このデザートはおいしいでしょ?」
純子が久美子に言った。
「とてもおいしいよ。」
久美子は言った。
「私のお勧めだよ。」
純子が言うと
「このお店高級店でしょ?」
久美子は値段が心配になって言った。
「今日はレポートのお礼にご馳走するよ。」
純子が言った。
「本当に大丈夫なの?」
久美子は心配になって言った。
「給料が入ったら今日だけ特別なのよ。」
純子が言うと
「それなら良いけどね。」
久美子は安心して言った。
「それで俺がお前にこんな事を頼むは筋違いなのは解っているが頼めるのはお前しかいない。」
榊原が言うと
「弱気になっては多恵子さんがかわいそうだよ。
俊之は言った。
「俺は仲間がひとりもいないからな。」
榊原が言うと
「僕で出来る事なら協力させてもらうよ。」
俊之は言った。
「多恵子の事だよ。」
榊原が言うと
「多恵子さんの事をぼくにかい?」
俊之は言った。
「俺は出世のために多恵子と結婚した。」
榊原が言うと
「うん。」
俊之は頷いて言った。
「時にはお前を陥れるような悪い事をした。」
榊原が言うと
「それは過ぎた事だよ。」
俊之は言った。
「いつの間にか時間が経って気付けば多恵子の両親も親戚も会社の連中も俺から離れていた。」
榊原が言うと
「これからやり直せば良いさ。」
俊之は言った。
「俺には罰が下って人生を終えようとしている。」
そこまで言った榊原に俊之は
「まだ終わったわけではないよ。」
言った。
「終わるよ。」
榊原は言った。
「治療をすれば治るはずだよ。」
俊之は言った。
「俺は負けを認めて頼みたい多恵子は俺が死んだらひとりで困るに違いないから相談相手になってやってくれないか?」
と榊原が言ったあとに沈黙が走っていた。わずかな数秒間が数分にも感じられていた。俊之は口を開いて
「君が死ぬ事はないと思うが僕に出来る事は何でもさせて貰うよ。」
と言った。
「すまないな。」
榊原が言うと
「その前に病気を治す努力をした方が良いよ。」
俊之は言った。ドアの外で多恵子がふたりの会話を聞いていた事も俊之は気づいていた。