雨のあとに虹 その214
「おはようございます。」
陽子が言うと
「おはよう!」
俊之は言った。総武企画の社長室には平日のあたり前の光景があった。
「今日は三友商事側から急遽打合せをしたいと言って来ましたので午後一番で予定に入れても大丈夫ですか?」
陽子が言うと
「僕は大丈夫だから入れておいてください。」
俊之は言った。
「あの通り魔事件があったからでしょうか?」
陽子は田所が起こした事件を言った。
「その可能性が強いね。」
俊之が言うと
「今は提携交渉には進展がないようですね。」
陽子は言った。
「自分たちが不利にならないように手をまわして来たみたいだよ。」
俊之が微笑んで言った。
「高村さん」
恵子が言って社長室に入って来た。
「おはよう。」
俊之が言うと
「おはようございます。」
恵子は息を切らせて言った。
「川嶋さんに言ったけど三友商事との打合せは僕も出る予定だからね。」
俊之が言うと
「今日は先方も事件の言い訳をして来ると思いますがこちらは特に態度を変える必要はないと思います。」
恵子は言った。
「それで良いと思うよ。」
俊之が言うと
「かしこまりました。」
恵子は言った。
「基本的な方針は変えないで交渉してください。」
俊之的確に言った。
「おはようございます。」
久美子が言うと
「おはよう!」
ひとみは言った。開店まであと10分である。
「店長は今日の夕方から本社で会議でしたよね。」
小百合が言うと
「月例会があって抜けるけどよろしくお願いします。」
ひとみは言った。
「開店の時には混雑時にはみんなで大変な思いをしましたね。」
久美子が言うと
「今では安心してみんなに仕事をかませられるから安心よ。」
ひとみは言った。
「あの時は私を含めてみんな慣れていなかったからパニックでしたね。」
久美子は感慨深そうに言った。
「そろそろ開店ですよ。」
小百合が気付いて言った。
雨のあとに虹 その213
「ちょっと堀川さん。」
小百合が仕事の合間で久美子に言った。
「何ですか?」
久美子が言うと
「今日はチョコレートを何人に男性にあげるの?」
小百合が言うと
「数えたけど今日会える人は限られているから義理チョコはふたつですね。」
久美子は言った。
「本チョコはいくつあげるの?」
小百合はさらに言うと
「本チョコはひとつでしょ?」
久美子は言った。
「私は三つあげるわよ。」
小百合は軽く言ったのである。
「これからお願いする仕事の中身について詳細に詰めたいと思います。」
俊之が会議室で言った。未来と長島に前田が同席していた。
「本当に私でいいの?」
未来が言うと
「未来さんが他の企業で培ったノウハウを総武で生かして欲しいと考えています。」
俊之は言った。
「それなら一所懸命させてもらいます。」
未来が言うと
「週に一度くらいのボリュームで総武が行うイベントなどのプロデュースをお願いしたいと考えています。」俊之は言った。
「私は数字面から経営のチェックをするのが専門だよ。」
長島が言うと
「それで構いませんので定期的に顔を出してください。」
俊之が長島に言った。
「私は警備員と保険の外交が主な仕事だけど高村ちゃんにお手伝いできる事があるだろうか?」
前田が言うと
「前田さんには社員たちが日ごろ行っている業務がより円滑に行くように改善提案を考えていただければと思います。」
俊之は言った。
「それは難しい役目だね。」
前田が言うと
「週に一度は立寄ってくださいよ。」
俊之は言った。
「高村ちゃんの頼みだから嫌とは言えないな。」
前田は優しく言った。
「僕が会社に居ない時もありますので管理本部長の立花のところに顔を出してくだされば解るようにしておきます。」
俊之が微笑みながら言うと三人は頷いて俊之を見ていた。
「もう上がる時間じゃないの?」
ひとみに言われて
「まだ5分ありますから大丈夫です。」
久美子は時計を見て言った。
「今日は時間が経つのが遅かったでしょ?」
ひとみが冗談を言うと
「店長まで冗談を言ってからかうのですか?」
久美子は笑いながら言うと
「今日は女性にとっては特別な日だからいいじゃない。」
ひとみは言った。
「これが一番おしゃれだったからどうぞ。」
久美子は言ってチョコレートの箱を取り出して俊之に渡した。
「ありがとう。」
俊之は嬉しさに照れながら言った。混雑するレストランでふたりは向かい合っていた。今はそれがあたり前であるがもう少し日にちが経つとあたり前でなくなるのである。俊之は嬉しさの中でやがてカナダへ行く久美子の目をじっと見ていた。短期間の旅行などではなく1年と言う時間は俊之にとっても久美子にとっても長い時間である。俊之は1年前にはクリスマスもバレンタインデーも別世界の出来事だった。今はその頃に比べると幸福と言えるかもしれないのだ。
「俊さんと私が出会ってから3ヶ月経ちましたね。」
久美子が珈琲を口に持っていきながら言うと
「もう3ヶ月経ったのか?」
俊之も珈琲を口に含んで言った。
「早いですね?」
久美子が言うと
「早いね。」
俊之は正直に言った。
「あの日から私の中では何かが始まって何かが少しずつ変ったみたいです。」
久美子が言うと
「僕もそうだよ。」
俊之は言った。
「俊さんも何かが変りましたか?」
久美子が言うと
「あの日に久美ちゃんと出会ってから少しずつ良い事があったよ。」
俊之は言った。
「笹川さんや矢島さんに育子さんと春香さんに未来さんや前田さんに関口さん。」
久美子が言うと
「みんな良い人たちだよ。」
俊之は言った。
「私が知らなかった世界の方たちに俊さんが居なかったら出会えなかったと思う。」
久美子が感慨深い表情で言った。
「僕も久美ちゃんと出会ってからひとみさんや純子さんと言う良い仲間が出来たよ」
俊之が言うと
「人の縁は不思議ですね。」
久美子は言った。
「みんなに出会えてよかったよ。」
俊之が言ひとりひとりの顔を思い出すように言った。レストランの中でたくさんの人が会話をしているが俊之と久美子ほど嬉しさと切なさと希望と不安を感じている人はいなかったはずである。
雨のあとに虹 その212
「中村くん。」
山本が言うと
「はい。」
中村は緊張しながら言った。
「君の総武との交渉能力には期待しているよ。」
山本が言うと
「がんばります。」
中村は言った。
「田所の件はあまり気にしないでいつもの通りにやりなさい。」
山本が言うと
「私に何でも任せてください。」
中村は言ったが少し気が重かった。総合商社と言えば聞こえはいいのであるが品物を右から左に動かすだけでは競争力が弱くなっていた。これからは三友商事にしか出来ない何かが必要であることは中村にも解っていた。
「がんばってくれたまえ。」
山本が言うと中村は会釈をして役員室から出て来た。うつむき加減で廊下を歩いていると
「中村さん。」
まどかが中村に言った。
「田所さんは何を考えているのでしょうね?」
我に返った中村は言った。
「何も考えていないですよ。」
まどかは冷たく言うと
「仕事をしないで同僚の悪口だけを言って給料を貰っていたと思ったら今度は通り魔事件を起こして警察に逮捕だれるとは最低だよ。」
中村は愚痴を言った。
「会社が早め田所課長を処分しなかったのが悪いのよ。」
まどかは冷静に要った。
「そうだよね。」
中村が言うと
「会社はやる事が遅いのよ。」
まどかは言った。まどかにも田所に対する怒りや情けなさなど複雑な気持ちがあったのである。
「明日は私が休みだけど堀川さんにお願いしていい?」
ひとみが言うと
「明日は夕方までなら大丈夫ですよ。」
久美子は言った。
「それはよかった。」
ひとみが言うと
「何かあったのですか?」
久美子は言った。
「今週と来週はどうしても休まなければいけない日が動かせないので困っていたのよ。」
ひとみが言うと
「大学が休みに入ったので時間の融通は利きますよ。」
久美子は言った。
「いらっしゃいませ。」
小百合が言うと久美子は珈琲の用意をした。
「お客様こちらへどうぞ。」
ひとみが言うと
「お待たせいたしました。」
珈琲の用意が出来た久美子が言った。トレンドカフェの店内は少し混んできたようである。
「羨ましいな。」
俊之が貰ったチョコレートを見て立花が言った。
「ふたつだけどね。」
俊之は言った。社長室でする会話ではないが総武を支えるふたりが和やかな会話をしていた。多少の冗談がなければコミュニケーションを取るのは難しいのである。
「そのふたつが重要ですよ。」
立花は言った。
「そうだよね。」
俊之が言うと
「秘書の川嶋さんと交渉部長の薬師寺さんですよ」
立花は言った。
「あのふたりは美人で優秀だよね。」
俊之が言うと
「僕は一昨年からやっと貰えるようになったばかりですよ。」
立場は言った。
「そうだったの?」
俊之が言うと
「高村さんは1ヶ月半で貰えたわけですよ。」
立場は言った。
「それは状況が違うからだよ。」
俊之が言うと
「立花さんは私のチョコレートが欲しかったの?」
陽子が笑いながら言った。
「それは欲しいですよ。」
立花が言うと
「今日はいつもの立花さんではないようだね。」
俊之は言った。
「立花さんはクリスマスやバレンタインデーになると人が変りますからね。」
陽子は微笑んで言った。