雨のあとに虹・Part2 その27
新東京国際空港にひとりの英国紳士が飛行機から降りて来た。ロンドンヒースロー空港からの長旅にも疲れを見せずに歩く姿は映画スターのような軽快さがあった。素早く手続きをすませた英国紳士は空港の玄関からタクシーに乗り込んでいた。
「東京の総武ホテルに行ってください。」
英国紳士は上手な日本語で言うと
「総武ホテルは東京に8つほどありますがどちらですか?」
運転手は言った。
「赤坂総武ホテルにお願いします。」
英国紳士は言った。
「かしこまりました。」
運転手は言うとタクシーをスタートさせたのである。
「純子は講義中に眠っていたでしょ?」
久美子が言うと
「少しだけだよ。」
純子は言った。ふたりは講義が終わって帰る途中で正門の前まで来たのであった。
「大川先生の講義は難しいけれど将来はきっと役に立つわよ。」
久美子が言うと
「解っているわよ。」
純子が言った。周囲に学生たちが歩いていて夏の暑い日ざしが肌に突き刺さるようで少し疲れを感じる時間になっていた。
「いつかの君だよね?」
正門の前で見たが久美子を見つけて言うと久美子も純子も三田の方を見たのであった
「サッカー選手の三田さんですよね?」
純子は嬉しそうに三田に言った。
「そうだよ。」
三田は言うと久美子を見たが久美子は三田を一目見ただけで目を逸らしたのであった。
「三田さんとお話が出来て嬉しいです。」
純子は言ったが言葉は消されたように三田は無反応であった。
「先日はすまなかったね。」
三田は言った。
「いいえ。」
久美子は言うと校門の外を見た。
「サッカーの三田選手だよ。」
純子が言うと
「うん。」
久美子は短く言った。
「時間があるのならどこかで冷たいものでも飲まないか?」
三田は言った。
「久美子も一緒に行こうよ。」
純子が言うと
「純子だけで行っていいよ。」
久美子は言った。
「この先におしゃれな店を見つけたからどうだろう?」
三田は久美子を見て言った。
「私には予定があるのですみません。」
久美子はそれだけ言うとすぐに足早に歩き出していた。
「ちょっと待ってよ。」
純子は久美子のあとを追て来ていた。
「かっこをつけるなよ。」
三田は言うと久美子の傍に走って来ると久美子の腕を掴んだ時であった。
「痛てえ!」
三田は大声で言った。それは悲鳴に近いほどの情けない声であり久美子も純子も三田に何が起こった理解出来ないでいた。久美子は三田の手首を掴んでいる相手を見た。
「痛てえ!」
三田が大声で言った。
「育子さん。」
久美子が言うと京野育子が優しく微笑んで立っていたのだ。育子は微笑んだ時でも三田の手首を掴む指の力は決して弱めなかったのである。三田は育子を睨みつけていた。
「いやだって言っているのが聞こえなかったの?」
育子は三田に言うと手首を掴む指に力を入れた。
「痛てえ!」
三田は大きな声で言って泣き出しそうな表情でをした。
「もっと謙虚な気持ちを持ちなさいよ。」
育子は言うと三田を離した。
「俺はサッカー選手だぞ。」
三田は言った。
「そんな事は知っているよ。」
育子が言うと
「俺は世界を相手に戦っているのが解らないのか?」
三田は言った。
「それも知っているよ。」
育子が言うと
「先日も試合があって戦ったのを知っているか?」
さらに三田は言った。
「試合を見たけれどとても不様な負け方だったね。」
育子はさらに言ったのである。
雨のあとに虹・Part2 その26
「お呼びですか?」
桜田は官房長室に入って来て言うと
「そこに座ってよ。」
官房長の岸田学は桜田に言った。岸田は50代の半ばの見るからに威厳がある顔をしていた。
「失礼します。」
桜田は言うと椅子に座った。
岸田は桜田が座ったのを確信して自分も桜田の前に座った。桜田は緊張も見せずに岸田を見た。
「もういいと思うよ。」
岸田は勤めて優しく言った。
「何がですか?」
桜田が言うと
「闘真拳を調べるのは良いけど事件性はないからね。」
岸田は言った。
「それは解っています。」
桜田は言った。
「それならこれ以上は止めたらどうだろうね。」
岸田が言うと
「事件ではないのであくまで内密に捜査をしたいのですけれどね。」
桜田が言うと
「言葉を選んだ方がいいよ。」
岸田は言った。
「どういう事でしょうか?」
桜田は岸田を睨むように言った。
「高村俊之さんは容疑者ではないよ。」
岸田が言うと桜田はすぐに状況を悟ったのであるが言葉を選んでいた。岸田は無表情であり感情を表に出す事は少なかった。
「高村氏から圧力がかかったのでしょうか?」
桜田が言うと
「高村さんは圧力をかけないでしょ!」
岸田は言った。
「それでは誰が圧力をかけたのでしょうか?」
桜田が言うと
「君も知っている増田康文だよ。」
岸田が言った。
「増田ですか?」
桜田は驚いて言った。
「君は高村さんが増田と親しかった事まで調べなかったの?」
岸田は冷静であるが非難するように桜田に言った。。
「これはいったいどういう事ですか?」
内堀が立花に言った時には俊之は別の担当が案内していて陽子も一緒であった。
「解らないのか?」
立花は言った。
「まさか立花専務まで俺を攻撃してくるとは思わなかったですよ。」
内堀は不機嫌な表情で言った。
「お前は俺が攻撃したと思っているのか?」
立花が言うと
「攻撃しましたよね?」
内堀は言った。
「だからお前はバカだと言ったのだ。」
立花は怒るように言った。
「違うと言いたいのですか?」
内堀が言うと
「俺はお前を助けた事が解らないのか?」
立花は言った。
「俺を助けたと言いたいわけですか?」
内堀が言うと
「高村社長は強力な人脈を持っているからお前の代わりなどすぐに見つけてくるぞ。」
立花は言った。
「高村俊之とはそんなに凄い男なのですか?」
内堀が言うと
「正樹オーナーも春香さんも高村社長には絶対の信頼をおいているから何をしても意義は言わないはずで逆らったら俺だって庇えないぞ。」
立花は言った。
「高村って社長はそんなにワンマンなのか?」
内堀が言うと
「ワンマンではないからこそ怒った時が恐いと言っているのが解らないのか?」
立花は含めるように言った。
「思ったより作業が順調に進んでいてよかったよ。」
俊之は言うと田中が待つ社用車を見たのである。
「今日の予定はこれで終わりです。」
確認するように手帳を見た陽子は言った。
「これで終わりだから都心まで戻ろう。」
俊之が言うと
「はい。」
陽子は言って俊之と一緒に社用車の方に歩いて行った。内堀は作業員にの影に隠れるようにして俊之を見ていたのである。
「予定より早く終わったよ。」
俊之が田中に言うと
「都心に戻りますか?」
田中が確認するように言った。
「戻ってください。」
俊之が言うと
「かしこまりました。」
田中は言った。
「安全運転でお願いします。」
陽子が微笑んで言うと
「心得ています。」
田中は言った。
「ひょっとしたら高村社長は正樹オーナーより恐い存在になるのだろうか?」
社用車が静かにスタートをするのを見て内堀は呟いたのであった。
白百合の恋人
青年はひとりで公園を歩いていた。今日からこの町で寮生活に入る青年は2年間の兵役のために親兄弟と離れてひとりでやって来たのである。青年は荷物を持って空気を胸いっぱいに吸い込むとこれから始める新しい生活に期待と不安が交差していた。青年は脚を止めると目は白百合の花を凝視していた。
「白と言う素朴な色がこんなに綺麗だったと始めて気づいたよ。」
青年は言いながら真っ白な花びらを見つめると
「近いうちに来るからね。」
青年は白百合に言うと足早に歩き去ったのである。
青年は休日には読書をしたり音楽を聴いたりひとりで過ごす事が多かった。6日間の訓練に1日の休日がる生活は最低でも2年間は続くのである。この町で生活する事が青年にとってどのような意味があるのかは青年にもよく解らなかった。訓練で疲れた青年の心を休日の散歩は癒しを与えてくれた。晴れた日には散歩の時間も長くなり青年の心も明るくなった。時には近くのベンチに座って目を閉じてみるとこの町に来て最初に見た白百合の花を思い出すのであった。目を開けた青年は真っ白な花びらを捜していた。
厳しい訓練は今日も続いていた。時には街中での訓練もあった。隊列を組んで行進をする時には町中の人々が注目してくれるのであるが青年は心に霧がかかったような気持ちで行進していた。青年が目線を向けると白い花びらが目をよぎったのである。その花はあの白百合である事を青年にはすぐに解った。
「今日はお前に挨拶に来たよ。」
青年は公園の中でひっそりと咲く白百合に言った。
「僕たちの国は不幸にも隣の国と戦争を始めてしまった。僕はこれから国境へ行って隣の国と戦わなければいけなくなった。生きて帰れればまたここへ来るからね。」
青年は白百合に言うと花粉から花びらを伝って一滴の液がこぼれたのである。それは水のようでも涙のようでもあった。
青年たちの部隊は国境で苦戦していた。戦争は国境で一進一退の攻防をして犠牲者の数だけが増え続けていた。敵兵に銃を向けた青年は脳裏に白百合の花がよぎりって思わず動作が止まっていた。敵兵の銃が青年に当たり青年は静かに倒れこんでいた。味方はそれを見て敵兵に銃を発射ていた。
「おい!しっかりしろ!」
味方の言葉は青年の頭に響いていた。青年はそのまま気を失い高熱にうなされた数日を過ごしていた。生死をさまよう青年が時々夢見た白百合は花びらだけが鮮明であった。
やがて青年の国が隣の国と停戦する事になった。それぞれの責任者がルールを決めて話し合いで解決する道を選んだのであるが双方の兵士にはかなりの犠牲者を出ていた。青年は怪我が回復して予定を早めて兵役を終える事が決まった。寮を引き払って荷物を持った青年は公園にやって来て大きく息を吸い込んでいた。青年はこの町を去る事が嬉しいはずなのに少しだけ寂しさがあったのである。青年は白百合の前に立つと
「今日で本当のお別れだよ。僕は予定を早めて兵役が終わったからね。」
青年が言うと白百合の花びらは美しくいつもより大きく広がっていた。
「この町に来る事はないかもしれないけれど最初に見た時と同じようにお前は綺麗に咲いているね。僕は戦争で敵兵に銃で撃たれたおかげですぐに病院に運ばれていたからか助かったよ。あのままだったら僕もどうなっていたか解らない。」
背年が言うと白百合は弱い風に花びらを揺らすだけであった。
「さようなら。」
青年が言って背を向けると
「あなたもお元気でね。」
白百合が優しく青年に言ったのであった。