雨のあとに虹・Part2 その32
「こんな場所でお金を渡すの?」
湾岸沿いの倉庫が並ぶ一角で直子は猜疑心を隠さずに言った。
「この倉庫は会社の機密書類などを保管しているそうですよ。」
泰子が言うと
「そんな事はないよ。」
関口は言った。
「私が涌本さんに騙されているとでも言うの?」
泰子が言うと
「その可能性が高いと思うよ。」
直子が言った。
「涌本さんはそんな人ではないわよ。」
泰子が言うと
「お金を渡す必要はないはずだよ。」
関口が言うと
「少しの間だけ湧本さんにお金を貸すのよ。」
泰子は言った。
「本当にそれで済めばいいけどね。」
直子は表情を崩さずに言った。
「高村さんはいないの?」
田崎がフロアーを見回して言うと
「社長と出かけましたよ。」
みどりが言った。
「そうなの?」
田崎は寂しそうに言った。
「5分くらい前に出かけたばかりよ。」
みどりは言った。社員たちは活気にあふれて仕事をしていて矢島建設の業績が良い事を窺わせていたのである。
「高村さんに聞きたい事でもあったの?」
みどりが言うと
「そろそろお昼だから一緒にどうかと思ってね。」
田崎が言うと
「そういう事だったのね。」
みどりはさめた声で言った。
「久しぶりに大暴れをするか?」
矢島は乗用車を運転しながら助手席の俊之に言った。
「僕たちは喧嘩をするわけではないよ。」
俊之が冷静に言うと
「そんな事を言ってもお前も暴れるだろう?」
矢島は俊之に言った。
「春香さんと直子さんからのお願いだからね。」
俊之が言うと
「俺も喜んで協力をさせてもらうよ。」
矢島は言った。
「その交差点の先だよ。」
俊之が言うと矢島は乗用車を路肩に止めたのであった。この場所は駅からは少し離れているので通行に邪魔にはならなかった。
「俊さん。」
久美子が言ってドアをノックすると
「久美子さんは後ろに乗ってシーベルトを締めてね。」
矢島がドアを開けるとすかさず言った。
「失礼します。」
久美子が言って後ろの座席に乗ると矢島はすぐに乗用車をスタートさせたのであった。
「涌本さん!」
泰子が言うと
「すまないね。」
涌本は優しい声で言った。倉庫の中は薄暗く何が入っているか解らない荷物が山積みされていたままであった。
「お金を持って来ましたよ。」
泰子が言うと
「それはありがとう。」
涌本が言った。
「でも30万円しか作れませんでした。」
泰子が言うと
「30万円しか作れなかったとはどういう事だ?」
涌本は目つきを変えて泰子に言った。
「消費者金融でも30万円しか借りられませんでした。」
泰子が言うと
「銀行に勤めているのならそのお金を横領すればいいではないか?」
涌本は声を大きくして言った。
「それは犯罪ですよ。」
泰子が言うと
「犯罪でも何でも俺にはお金が必要だからね。」
湧本は言った。
「私は湧本さんに嘘をついていました。」
泰子が言うと
「嘘とはどういう事だ。」
涌本は泰子に言った。
「銀行に勤めているというのは嘘でした。」
泰子が言うと涌本の目つきが変わったのである。
「そういう事だったのか?」
涌本は言った。
「本当は元レディースのメンバーで今は居酒屋でバイトをしているフリーターです。」
泰子が言うと
「それはお互い様だよ。」
涌本は言った。
「それはどういう事ですか?」
泰子が言うと
「俺も証券会社のファンドマネージャーと言ったのは嘘だよ。」
涌本は言った。
雨のあとに虹・Part2 その31
「おはようございます。」
田崎は俊之の姿を見つけるとすぐに言った。
「おはようございます。」
俊之が言うと
「おはようございます。」
受付の星野みどりも俊之の姿を見て言った。矢島建設の社員は体育会系の人が多いが田崎やみどりは文科系の出身であった。
「星野さんに会うのは久しぶりですね。」
俊之が言うと
「高村さんは総武グループのトップになられてからあまり顔を出してくれませんね。」
みどりが言った。
「そんな事はないよ。」
俊之が言うと
「お顔を拝見するのは久しぶりですよ。」
みどりが俊之に言った。
「僕は星野さんがいない時に来ていたみたいだね。」
俊之が言うと
「今度からは私がいる時に来てくださいよ。」
みどりは言った。
「今日は午後からが楽しみだよ。」
社長室から出てきた矢島が言った。
「久美子。」
純子が久美子に言った。
「どうしたの?」
久美子が振り返って言うと
「待ってよ。」
純子が言うと息を切らしながら走ってきて正門の前でやっと久美子に追いついたのであった。
「急いでいたからごめんね。」
久美子は純子が追いつくと歩き出しながら言った。
「今日は三田選手が来ていないから安心だよ。」
純子も歩きながら言うと
「三田選手はどうしてうちの大学に来ているの?」
久美子は純子に言った。
「うちのにはサッカー部がないから広告の役目をしているみたいね。」
純子が言うと
「そうだったの?」
久美子は言った。
「久美子はサッカーに興味がないみたいだね。」
純子が言うと
「サッカーではなくて三田選手に興味がないだけよ。」
久美子は言った。
「江紫組を探って何か出てくるのですか?」
止まっている覆面パトカーの中で菊池が言うと
「江紫組の町島組長は高村さんと面識があるみたいですね。」
桜田は言った。
「それは初耳ですね。」
菊池は桜田を見て言った。
「町島が出て来たよ。」
桜田が言うと江紫組事務所から町島が出て来てベンツのリムジンに乗り込む姿がみえたのである。
「何処へ行くのでしょうか?」
菊池が言うと
「あとをつけてみようよ。」
桜田は言った。
「やめておいた方が良いですよ。」
関口は泰子に言った。
「涌本さんは悪い人ではないよ。」
泰子が言うとふたりは湾岸沿いにある倉庫の前に来ていた。
「そんなに大金を出しても幸福は手にできないと思いますよ。」
関口は言った。
「元レディースの私が幸福を掴むところまで来たのよ。」
泰子が言うと
「300万円を渡さなければいけないところを30万円だけ渡しますと言ったらその男はどんな態度に出ますかね?」
関口は言った。
「涌本さんはそんな悪い人ではないわよ!」
泰子が言うと
「よく考えた方が良いわよ。」
物陰から姿を現した直子が言うと泰子と関口はすぐに直子を見たたのであった。直子の顔にはすでに怒りの表情が浮かんでいた。
「直子さん。」
関口が言うと
「私も騙された事があるから他人事ではないのよ。」
直子は言った。
「育子さん。」
翔太が自動車の中から前を歩く直子に言った。
「ちょうどよかったわ。」
振り向いた直子が言うとすぐに翔太の自動車まで傍に走って来ていた。駅前のロータリーは人と自動車でいっぱいであった。
「早く乗ってください。」
翔太が言うと
「うん。」
育子は言うとすぐに助手席に乗り込んだのであった。
「行きますよ。」
翔太は言うと自動車をスタートさせてすぐにスピードを上げたのであった。
「何処に行くのでしょうね?」
菊池は言った。
「黙ってあとをついていくしかないですよ。」
桜田は言うと少し覆面パトカーのスピードを少しだけ上げたのであった。町島を載せたベンツのリムジンは高速の料金所を通過して渋滞に巻き込まれずに順調に進んでいた。
「このまま行くと湾岸の倉庫地帯に行きますね。」
菊池が言うと
「今日はあくまであとつけるだけにしておこうよ。」
桜田は静かに言った。
雨のあとに虹・Part2 その30
「川嶋さんにそんな事があったのか?」
俊之は矢島に言った。
「お前は聞かなかった事にしてそれとなく力になってやれよ。」
矢島が言うと
「解ったよ。」
俊之は言った。
「私でも協力できる事があれば何でもします。」
久美子も矢島に言った。
「私だって協力しますよ。」
育子が言うと
「育子さんはオリンピックを優先してくれないと困るよ。」
矢島が笑いながら言った。
「そうよね。」
久美子が言うと
「ここは僕たちで充分だよ。」
俊之は言った。
「高村さんもつまらない事を言わないでよ。」
育子が言うと
「育子さんは怪我をしないようにしてください。」
久美子は言った。
「五輪で戦う事が優先だからね。」
俊之が言うと
「矢島様すみません。」
女将が言って入って来たのである。
「何かあったのか?」
矢島が言うと
「矢島様に客様です。」
女将が言った。
「すぐに通していいよ。」
矢島が言うと女将が合図をして翔太と直子が部屋に入って来たのであった。
「笹川さんに直子さん。」
矢島が言った。
「ここが解るとはさすがだね。」
俊之が言うと
「かっこいいですよ。」
久美子は言った。
「実はみなさんのお力を借りたいと思いましてね。」
翔太が言うと
「何でも遠慮なく言ってよ。」
育子は元気よく言ったのである。
「川嶋さん。」
恵子は言うとすぐに社長室に入って来た。
「おはよう。」
陽子が言うと
「高村社長は?」
恵子は陽子に言った。
「今日は一日中矢島建設にいらっしゃる予定です。」
陽子は言った。
「それなら明日はこちらへ出勤なさいますね。」
恵子が言うと
「こちらに出勤する予定よ。」
陽子は言った。
「それなら急がないから明日でいいわよ。」
恵子が言うと
「社長に何か用件があったの?」
陽子は不安を隠せずに言った。
「情報堂の件で意見を聞きたかっただけよ。」
恵子は大きな声で言った。
「菊池くん。」
桜田が言うとすぐに
「何でしょうか?」
菊池は言った。
「捜査一課の管轄ではありませんが江紫会の事務所へ行ってみませんか?」
桜田は含みを持たせて言った。
「私たちがですか?」
菊池は驚いたように言った。
「官房長におとなしくしているように言われたので暇になったからね。」
桜田は言った。
「そうですね。」
菊池が言うと
「遊んでいるわけにもいかないですね。」
桜田は言った。
「暇だから行ってみますか?」
菊池が言うと
「今日は事務所を軽く外から見るだけにしますよ。」
桜田は静かに言ったのである。