ミオくん「やほ! みんな、いいところにきたね」
とっぴ「やほ! ミオくん。・・・何を覗きこんでるの? ひろじさんが・・・何か描いてるね」
ひろじ「ああ、これ? 昔の文書の絵を模写してるんだ。本物はたぶん、ペンか毛筆で書かれたものだろうけど、めんどくさいので鉛筆で描いてる」(冒頭のイラストは『太古代絵巻』の模写です)
とっぴ「古文書ってこと? あ、前にミオくんがクリスマスプレゼントにもってきてくれた『ヴォイニッチ』なんたらっていう本みたいなもの?」
ひろじ「いろんな意味で、『ヴォイニッチ手稿』に似てるかもね。いろいろ複雑ないわくがあって、物議をかもした古文書だよ」
とっぴ「なんていう本?」
ひろじ「これは『太古代絵巻』の一部で、膨大な『和田家文書』と呼ばれるものの一部だそうだ」
あかね「この図、ひろじさんが昔描いた、古代生物の進化の図に似てるわね。あっちの方は、カラフルだったけど」
ひろじ「ああ、あれ・・・ええと、これかな?」
あかね「そう、これ!」
ひろじ「この絵はねえ、ぼくが小さな頃に持っていた学習図鑑に載っていた古生物の想像図をもとにして描いたんだ。いくつか時代の変化に合わせて手直しをしてあるけど、恐竜の絵は、現代の解釈とは違うまま残して置いた。今は、シッポとクビが腰のあたりを支点としたやじろべえのように釣り合っている想像図になっている。ぼくはそれが力学的に本当に正しいかどうか、あやしく思っているところがあるし、古い時代の恐竜の絵に郷愁があるので、あえて古いものにしたんだ」
ろだん「ここの絵、さっきの古文書の絵に似てるな」
とっぴ「え? どれどれ?」
ろだん「これだよ。この下の方、【両生類】って書いてあるやつ。・・・でも、類だかなんだか、読めないな、この字。達筆なんだか、ヘタなんだか、わからない字だ」
あかね「ええと、ひろじさんの古生物図だと、デボン紀の【イクチオステガ】ね。ほんと、そっくりだわ。この古文書って、江戸時代のものでしょ? そんな昔に、こんな図が描けるのかしら?」
ミオ「ふふっ、そこできみたち科探隊の出番、というわけさ」
あかね「それ、この古文書の謎を、わたしたちに解けってこと?」
ミオ「ピーンポーン!」
とっぴ「よし! 謎を解くぞ! ええと、文章の中に【進化】ってあるから・・・ダーウィンの進化論って、いつ発表されたんだっけ」
ひろじ「寛永元年が1624年。寛永21年が1644年。だから、1624年から1644年の間に書かれた古文書ということになるかな」
あかね「ええと・・・ダーウィンが進化論を発表したのはいつかな・・・ひろじさん、そこにある、アシモフの【科学と発見の年表】をちょっと見せて・・・ダーウィンが『種の起源』を出版したのが1859年で、その20年ほど前には、自然選択による進化の理論を構築していた・・・あれ?」
とっぴ「すごいね、200年以上前に、進化って言葉を使ってるよ!」
むんく「それ、おかしい。【進化】は英語の【evolution】の訳語だから、ダーウィンの本が日本で訳されるまで、なかった言葉だ」
ミオ「おっ、近づいてきたね」
ろだん「そうするとこの【シダ種】って言葉もあやしいな。【種】って言葉、昔の日本では、生き物の分類の言葉じゃなくて、ただ【タネ】って意味しかないだろ?」
あかね「そうね、ろだん!」
とっぴ「ん〜〜、ぼくも見つけるぞ・・・でも、この両生類、かわいいな」
あかね「本当に、ひろじさんの描いたイクチオステガそっくりね・・・あ、イクチオステガって、江戸時代にはもう発見されていたの?」
ひろじ「ミオくん、どうだっけ?」
ミオ「イクチオステガの化石が発見されたのは、20世紀になってからだよ。その想像図も、その後に描かれたものだ」
とっぴ「ひろじさんのイクチオステガが描いてある図、もっとよく見せて」
むんく「・・・似てる・・・」
とっぴ「ひろじさんが参考にした子ども向けの学習図鑑って、いつの本?」
ひろじ「ぼくが読んだのは、昭和40年前後かなあ。もっとも、何度も出版されている本だと思うから、もっと前からあったかもね」
むんく「恐竜の発見は、いつ?」
ひろじ「ええと・・・ミオくん?」
ミオ「1822年に、イギリスの地質学者マンテルが大きな動物の化石を発見し、フランスの解剖学者キュヴィエに送ったのが最初。このとき、キュヴィエは間違えて、この化石を哺乳類と考えたけど、数年後、マンテルはイグアナの歯に似ているがイグアナのものより巨大な歯の化石を発見し、【イグアナの歯】を意味するイグアノドンと名づけた。これが後の恐竜の発見の最初だったことになるね」
むんく「そうすると、恐竜の想像図も、19世紀に考えられた・・・」
ミオ「もち! ちなみに、地質学者は進化の事実に一番最初に気がついた人たちだよ。なにせ、聖書にない生き物の骨がわんさかでてくるんだからさ」
ひろじ「キュヴィエの解剖学は進化論を後押しする背景になったけど、キュヴィエ自身は進化論に対して一貫して反対の立場を取っている。科学ではよくあることだ」
あかね「それじゃあ、このアロサウルスかティラノサウルスみたいな恐竜の絵は・・・少なくとも、江戸時代に描くのは不可能ね」
ろだん「・・・おれ、ちょっと気になることがあるんだけどさ」
あかね「なに?」
ろだん「江戸時代ってのは怪しいってわかったけど、明治大正時代のなんたらいう人が写本したってのも、ヘンな気がするんだけどさ」
とっぴ「何がどう、変なのさ」
ろだん「おれ、古本屋で見つけた昔の本を読んだりするの、好きなんだけどさ・・・そういう本って、だいたいオレたちが使ってるのと違う、もっと難しい漢字を使って書かれているんだ。例えば、この【両生類】って、オレの読んだ本じゃ【両棲類】って書いてあった。この写本、本当に明治大正時代に書かれたものなのかな・・・」
とっぴ「えー! 江戸時代に書かれたってのもウソなら、それをこの人が大正時代に写したってのもウソだっていうの?」
ろだん「昔使ってた難しい漢字を、今オレたちが使っている漢字に切り替えたときがあったって、じいちゃんから聞いたことがあるんだ。たしか、戦後まもなくだって、いってた」
あかね「そうなの? ひろじさん」
ひろじ「うん。ぼくもその頃はまだ生まれていなかったけどね。たしか、昭和21年に漢字を見直して、筆順が多い漢字を簡略化したり、他の字に置き換えたりした。ぼくも新しい漢字制限のもとで漢字を覚えた世代だから、きみたちと同じで、古い漢字はすいすい読み書きできないよ。【両棲類】もそのとき【両生類】に切り替わったんだ。だから、それより前に書かれた本だと【両棲類】って書かれているね」
あかね「・・・っていうことは・・・」
とっぴ「この古文書が書かれたのはもっと後ってこと?」
むんく「少なくとも、昭和21年より後・・・」
ミオ「ふふふ、さすが、科探隊の諸君、さえてるね!」
とっぴ「あれ? ・・・なんか、ヘンだな」
あかね「何が?」
ろだん「反対意見があるなら、いってみろよ」
とっぴ「そうじゃなくてさ・・・ぼくらがちょっと話しただけで、偽物だってわかる古文書なのに、最初にひろじさん、物議をかもしたって、いったじゃん。どこがどう、物議をかもすのかなって・・・」
あかね「あ、そうね」
ろだん「そういえば、そうだな」
むんく「ヴォイニッチみたいに手が込んでないのに」
ひろじ「最初にいったように、ぼくは歴史は門外漢だから、詳しい事情は知らないけど、おそらく、この進化図は膨大な古文書の一部でしかないんだろう。科学的な内容の記述はほんの一部だと思うよ」
あかね「科学のことが書かれていないから、わかりにくかったのね」
ひろじ「偽書ってね、自然科学の内容が書かれていない場合は、なかなか見抜くのが大変だと思うよ。そもそも、歴史って、語る人によっていろいろ見方が違うから、どれが真実なのかなんて、とてもわかりにくいだろうし」
あかね「そうすると、前に見せてもらった『ヴォイニッチ手稿』って、とんでもない本なのね」
むんく「あれはそもそも、文字も作り物だったし」
ろだん「偽物といっても、ものすごく手の込んだものだよな。図も、自然科学っぽいだけで、なんなのかわかんない図ばっかだし」
ひろじ「そうだね。それを見た人が勝手に解釈するんだから、もっともうまいウソの付き方かもしれない」
とっぴ「あ・・・いいこと考えちゃった!」
あかね「どうせ、また、ろくでもないことなんでしょ」
とっぴ「みんなで、今度集まるまでに、それぞれ偽書を作ってくるんだ。だれが一番うまいウソ本を作れるか、競争しよう!」
ろだん「あ・・・面白そうだな、ソレ」
むんく「数学の本でもいい?」
あかね「ウソオ! みんな、やる気なの? ・・・じゃあ、わたしもつきあうわ・・・」
ひろじ「じゃあ、そのときは、お菓子でも用意しておくよ」
ミオ「そのときは、ぼくも呼んでよ!」
とっぴ「ミオくん、いつも仕事で忙しい忙しいっていってるじゃん」
ミオ「ぼくの仕事はね、忙しいときとそうでないときの差が激しいの。みんながまったりしているときは、ぼくの仕事もヒマな時が多いんだよね」
とっぴ「ぼくも、そういう仕事につきたいな・・・」
※内容がわかりやすくなるように、タイトルを少し変えました。また、恐竜の発見年についても、書き忘れていたので、追加しました。
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