のらねこ、海を渡る その3 | ひろじの物理ブログ ミオくんとなんでも科学探究隊

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 事件は・・・空港で起きました。

 

 空港の廊下でなにやら騒がしいので、ふと後ろを振り返ると、なにやら人だかりが。

 

 空港のガードマンが十人くらい輪になって、誰かを囲んでいます。手に手に銃を持っています。たぶん、ベレッタかなあ。

 

 よく見ると、その輪の中心に岐阜の小川さんがいます。

 

 小川さんが動くたび、ガードマンの輪が揺れる。

 

 なんだろうと見てみると、小川さんはなにやら謎の物体を手に掲げています。

 

 「いやあ、これはたいしたことがないもので、ぜんぜんだいじょうぶなんやけどなあ、ほら」

 

 そういって、にこやかに笑いながら、謎の物体を高く掲げたとたん、まわりのガードマンたちが構えていた銃を一斉に小川さんに向けました。日本語、わかりませんよ、小川さん。

 

 「わーっ! 小川さん、だめーっ、動かないで!」ぼくたちは口々に叫びました。

 

 同時にガードマンたちの「Freeze!」という叫び声。銃口が小川さんをまっすぐ狙っています。

 

 恐ろしい・・・!!!


 そのとき、小川さんが持っていたのは、イグニッションコイル(自動車の部品で、高電圧をつくることができます)に、乾電池を何本か、導線でぐるぐる巻きにしたもの。

 

 小川さんは、ごろごろと転がってやっかいな乾電池をなんとかしようと、実験用に持ってきたイグニッションコイルに、なんと導線で巻き付けて持っていたんですね。

 

 そりゃあ、知らない人が見たら、爆弾に見えますって! よりによって、導線で乾電池をくくるかなあ!

 

 小川さんも焦っていましたが、それ以上に顔面蒼白だったのが、空港のガードマンのみなさん。目の前に爆弾、もしくは爆弾の起爆装置があると思えば、緊張もしますよ・・・

 

 これ、アメリカの911のテロが起きるよりずっと前の出来事です。

 

 今だったら、撃ち殺されてます。絶対。いや、そのときも、ガードマンの人たち、今にも撃ちそうでした。

 

 緊張の何分かが過ぎ、AAPTからの招待状を見せて、物理の実験用の道具だとわかると、ようやく騒ぎは収まったのですが、ひとつ間違ったら、大変なことになっていたでしょうね・・・

 

 空港についていきなりこの事件勃発で、さすがに疲弊しました。

 

 迎えにくるはずのクルマがこないし、そもそも迎えが来るのかどうかもわからないということで、例によって、みんながああしよう、こうしようと議論が続き、1時間じゅうぶんに迷った挙げ句(船頭多くして船山に上る、ということわざを思い出したのは、たぶんぼくだけじゃなかったと思います)、イエローキャブに分乗。ようやく宿舎の大学寮へつきました。

 

 宿舎では、AAPTでの発表の打ち合わせが、ゲリラ的に始まりました。

 

 愛知と岐阜でとにかく行こうと、見切り発車で出発したので、なにもかもが行き当たりばったり。最初に自分たちのことを紹介するのは、英語では無理だから、絵で行こうと、突然決まり、ぼくにお鉢が回ってきました。

 

 「OHPのシートは持ってきたから、あんた、これに紹介の絵を描いて!」

 

 それで描いたのが、前にハンガリーの発表で使ったのと同様なもの。ハンガリーのものは、このとき使ったものを焼き直したものです。

 

 いやあ、本当に適当!

 

 そのとき、こんな話もありました。

 

「おれたち、愛知・岐阜物理サークルだから、Aichi Gifu Physics Circle でいいのかな」

「サークルって、英語でも同じ意味なのか?」

「そもそも愛知岐阜っていっても、なんのことだかまた説明しなくちゃいけない。たいへんだぞ」

「岐阜はいつもどうやってるの」

「いやあ、のらねこ学会でやってるから、のらねこ、かなあ」

「それ、いいな。愛知も基本同じだから、それで行こう。のらねこ、だ」

「のらねこって、英語でなんていうんだ?」

「(辞書を見ながら)stray cat ・・・」

「じゃ、Stray Cats だ! それで行こう」

 

 アメリカの権威あるAAPT(American association of Physics Teachers)に出席するというのに、Stray Cats はないだろうという考えが、一瞬頭をよぎりました。でも、なぜかみんな、「それがいい!」とハイテンションな乗り。

 

 最初の挨拶でまんがを描いたOHPを見せながら「オハヨー! We are Stray Cats from Japan!」といったら、万雷の拍手。

 

 向こうへいって、レポート集がいるかもしれないという話が(例によって突然)持ち上がり、大学の生協(たぶん、似たような組織でしょう)で、持ち寄った原稿をコピーして製本してもらい、冊子にして配布しました。それがこちら。

 

 

 このとき、アメリカでは簡易印刷機ではなく、コピー機で印刷するということを知って、ものすごくびっくりしました。このパンフレットの代金も、そこそこ値が張ったと思います。日本の学校現場で発達した簡易印刷機の文化は、印刷大国日本独自のもので、海外ではたとえアメリカといえども、普及していなかったんですね。

 

 ところで、発表の前、ぼくは持っていった厚紙ブーメランが、うまく機能するかどうか試したくて、会場の大学キャンパスで、試し投げをしてみました。

 

 紙ブーメランは今でも授業のフィジコン(物理コンテスト)で使いますが、このとき用意したのは、半径5~10mで飛ぶ、本格的な厚紙ブーメラン。このとき用意された発表場は小さな会場でのまじめな講演以外に、講堂での大発表会もありました。そのときに飛ばすためのブーメランです。

 

 キャンパスで何回か投げてみたところ、通りがかりの大学生たちが拍手喝采。これはいけるぞと、思いました。

 

 これが好評だったためか、一般の人向けの「物理オリンピック」イベントで、突然責任者からブーメランのコーナーを作るので指導して欲しいと頼まれました。本当に、何が起こるかわからないハプニングの連続でした。

 

 ここでは、いろんな人たちと出会いましたが、印象深いのは、やはりぼくたちと似たタイプの人たち。

 

 ぼくたちが特別に用意された発表で、ゴミ箱から漁ったような実験の数々を披露したあと、「ぼくの工夫を見てくれ」と、自分の考案した物理実験装置を見せてくれる人たちがいっぱい。

 

 その中でも印象に残っているのは、虹の装置を持ってきた人でした。ガラスの小さな球(これは日本でも教材として売られています)を、段ボールに黒いペンキのスプレーを吹きかけて、乾く前にざーっとかけ、余分なガラス粉を捨てる。ペンキが乾くと、黒い背景にガラス球が無数にくっついた、簡易雨粒モデルができます。これに太陽の光をあてると、水滴の屈折・反射で虹が見えるように、ガラス小球で虹が作られます。似た装置を考えた人が日本にもいるんですが、もっと緻密なやりかたでした。アメリカの先生が教えてくれたこの粗いやりかたは、ぼくたち「のらねこ」にはぴったり。大いに歓談しました。

 

 この先生は、すごく熱心で、ぼくが披露した厚紙ブーメランの型紙をスケッチするなど、なんでも吸収しようとしていました。ぼくが持ってきたブーメランを差し上げると大喜び。

 

 ぼくたちが一番世話になったのが、インドから来てアメリカで働いていた物理教師のマニュ・パテさん。

 

 家族でAAPTミーティングに参加していました。

 

 こちらは、前にも紹介したことがある慣性の実験ですが、このときマニュ・パテさんから教えてもらったものが原型です。この実験はぼくのお気に入りで、なにかあるたびに、使っています。

 

 

 いっしょに食事に行ったメキシカン料理の店で、いきなり実験を始めるマニュ・パテさん。おおいに触発を受けました。

 

 この食事のときだったか、飯田さんがマニュ・パテさんとの会話の中で、たしかマニュ・パテさんが何かをおごってくれるというときに「ぼくらはインディペンデント(独立している)だから、あなたにはそんなことを頼ることはできない」と返事をしました。

 

 そうしたら、マニュ・パテさんは大いに憤慨して、「馬鹿な。人間はインディペンデントであることはできない。誰もがディペンデントだ。(人間は一人では生きていけない。だれでもお互いに支え合っている、という意味でしょう)だから、きみたちは今はぼくに頼ればいい」といいました。

 

 これは決してアメリカ人の一般的な考え方ではないでしょう。インドからやってきて、苦労して苦労して今の生活を手に入れた、マニュ・パテさんだからいえるセリフだったと思います。

 

 そのとき、ふっと感じたのが、AAPTという集団での(というより、アメリカの集団での)人種差別。

 

 ぼくたちは遠い島国から来たお客さんなので特別扱いですが、同じアメリカ国籍を持つ者同士では、いろいろと難しい問題が、解決されないまま残っていたと感じました。

 

 一つの問題について、ぼくたちとAAPTのメンバー(ほとんどが白人)が議論しているとき、マニュ・パテさんもその議論に加わることが何度かあったのですが、どういうわけか、マニュ・パテさんが話し出すと、白人の教師たちはすうーっといなくなってしまうのです。

 

 会場になった街、サン・ルイス・オビスポは田舎町で、白人の人口の多い街でした。黒人が都市部に集中し、白人がこぞって田舎町に居を移した頃です。その縮図がここにありました。

 

 大学寮で寝ていると、クルマのクラクションが鳴り響き、「Japanese,go home!」と叫ぶ若者の声が聞こえます。どうも、街の不良連中がデモンストレーションをしているみたい。

 

 街角には、アメリカの1コママンガによくあるシーン、「国旗を揚げることについて議論しよう」と書かれたボードを手に持った高校生くらいの若者たちが、軒先にたむろしています。

 

 かと思うと、そういった世間の常識とは無縁の、浮世離れした人たちもいました。

 

 会議の最中、飯田さんが「この人がいきわくの本のイラストを描いた人に会いたいというので、連れてきた」と紹介してくれたのが、へーウィットさん。なんと、レンガ割りの実験をアメリカで初めてやった人で、ぼくも彼の映像をTVで見たことがありました。(もっとも、それより何十年も前に、万国びっくりショーで、割れガラスの上に乗った人のお腹でモチをつくというとんでもないパフォーマンスを見てはいたんですが)

 

 へーウィットさんは大学で教えている物理の先生で、数式を極力減らした教科書「コンセプト物理」の著者でもあります。イラストも自分で描くという多才な人。

 

 

 これが、そのときにへーウィットさんがぼくに寄贈してくれた教科書。

 

 非常に優れた教科書で、ぼくも、自分の授業を作る上で、ずいぶん参考にしました。

 

 表紙をめくると、こんなメモが書かれていました。

 

 

「キミのイラストをみんな楽しんでる。AAPTのサマーミーティングですてきな日々を」と書かれたメモでした。

 

 奇跡的な出会いだと思っています。少なくとも、ぼくにとっては。

 

 レンガ割りの実験をやろうと決めた重要なポイントにヘーウィットさんの実践がありました。それが、こんな形で知り合えるとは。

 

 AAPTミーティングの最終日、大きな舞台でサプライズがありました。

 

 「日本から来たわれわれの友人に、これを送りたい」

 

 最初は英語で何を言っているのかわかりませんでしたが、会場の割れんばかりの拍手とともに渡された物がこちら。

 

 

 AAPTの名誉会員証のようなものでしょうか。全員が、1枚1枚、自分の名前が書かれたものをいただきました。ぼくたちの世話をなにくれとなく焼いてくれたネルソンさんの名前も見えます。(これを見て、初めてネルソンさんがAAPTでトップの役職についている人だと知りました)

 

 マニュパテさんの奥方が、「あなたたちはすごいことをなしとげた。うちの人は何年もかかって、ようやくここに参加できたのに、あなたたちは二三日で、わたしたちを一気に追い抜いて、こんなものまで手に入れたのだから」と、感慨深げにおっしゃたんですが、当時はその意味がよくわかりませんでした。まあ、くれるというんだから、もらっておこうか、くらいの感覚。適当ですね、ぼくら。

 

 AAPTはもともとアメリカの教師の社会的な地位が低いのをなんとかしようと立ち上げた団体でもあるので、そこで「名誉会員」になるのは選ばれた人間だけだそうです。

 

 ぼくたちが選ばれたのは、もちろん、ぼくたちがそれにふさわしい選ばれた人間・・・ということではなく、海外から来た特別参加のお客様ということだったんでしょうが、この頃には鈍感なぼくたちもさすがに背景がわかるようになっていて、少々複雑な思いを抱きました。

 

 なにはともあれ、日本の究極のマイノリティー教師集団「のらねこ」が、どういうわけか、全米一のプロフェッショナル物理教育者たちから、まばゆい脚光を浴びたのが、このときの海外遠征の意味でした。

 

 このときもらった名誉会員証は、なんとなく捨てるに忍びなくて、いまだに大事に持っています。

 

 

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モンキー裁判

 

のらねこの自己紹介 We are Stray Cats from Japan

 

 

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