本日は、竹橋の東京国立近代美術館に行ってきた。今回は、皇居東御苑経由ではなく、大手町から東西線に乗って竹橋で下車。
東京駅
日本工業倶楽部
丸の内仲通り
東京国立近代美術館
一階ロビー
それでは、四階1室から見ていく。
米原雲海「清宵」
「文化遺産オンライン」によれば、「本作品は、明治中期から大正期を代表する彫刻家の一人である米原雲海の手になるもので、月光に照り映える梅樹の下で詩想を練る11歳の菅原道真を主題とする。…日本彫刻の伝統をくみ、日本の伝統的な主題を扱いながらも、西洋彫刻の優れた部分を採り入れる積極的な姿勢が現れた作品で、芸術的な完成度が高いばかりでなく、明治期における我が国の近代彫刻発展の過程を示す作品として、近代彫刻史上重要な作品である」という。
松林桂月「春宵花影図」
川合玉堂「行く春」
解説によれば、「晩春の桜花が散りゆく渓谷。川に繋留されている3隻の水車舟。玉堂は前年の秋と同年の早春にスケッチ旅行で秩父の長瀞を訪れ、川下りを楽しんでいます。その時の風景を出発点として、小雪のように舞う桜をあしらったのがこの《行く春》です。作者は繰り返し同じリズムでまわる水車に特に興味をおぼえ、その動きを伝えようと、勢いよく水が流れるさまを表現するのに最も苦心したといいます。自然の 雄大さと季節の移ろいが見せる繊細さ、そうした自然の多様な表情とそこに生きる人々の生活とを結びつけながら、詩情豊かな世界を描き出しています」という。
オスカー・ココシュカ「アルマ・マーラーの肖像」
ポール・セザンヌ「大きな花束」
2室。
五姓田芳柳「静舞」
横山大観「迷児」
解説によると、「童子のそばに現れた四聖。左から孔子、釈迦、キリスト、老子。それぞれの教えをささやいているのだろうか。ありがたがってもいいはずの童子は、四人の誰とも目を合わさず、戸惑いの表情も読み取れる。横山大観三十四歳の時の作品。大観は、『当時の日本の思想界というか、信仰界というか、それはひどく動揺混乱して』いたと述懐している。童子は東洋と西洋の思想のはざまで揺れる明治の社会を象徴している」という。
中沢弘光「おもいで」
「文化遺産データベース」によれば、本作品は、「光明皇后が奈良の法華寺を建立する際、池に映る観音の姿を見たという伝説をもとにしたものであるが、最終的には、現代の尼僧がこの光明皇后の故事を回想しながら池のほとりにたたずむ中で体験した幻覚、という設定に変更したと中沢自身が語っている。外光派の作品はしばしば細部の描写が疎かであるとの謗りを受けたが、この作品においては、観音の装束や尼僧の足許の草花、あるいは背景の寺院等の細部が克明に描写され、その細密な表現がかえって、黄金の光に包まれた観音の顕現という浪漫的な主題に、一層の幻想味を与えているように思われる」という。
3室。
中村彝「大島風景」
「文化遺産オンライン」によれば、「彝は1914−15年の大島滞在中、この《大島風景》を含め数点の風景画を残している。遠景の山並み、中景の建物、近景の樹木という構図は、彝が影響を受けたセザンヌの構築的な風景画を思わせる。しかしその構築性は手前の樹木の荒々しいタッチによって乱されている。…『大島での作品は皆努力が目立つて気持が悪い。おそらく健康の関係でせうが、統一と余裕が著しく欠けて居ります』(1916年4月14日、洲崎義郎宛書簡)。現在正方形の画面は、裏側へ折られたキャンバスから当初はかなり横長であったことがわかり、フォーマットの決定にも幾度も試行錯誤した跡が見られる」という。
辻永「椿と仔山羊」
岸田劉生「壺の上に林檎が載って在る」
「文化遺産オンライン」によれば、「1916年の夏、一時健康を損ねた劉生は、戸外での写生を禁じられて風景画を断念し、それまであまり手がけたことのなかった静物画の制作に意欲を向けた。バックの布の手触りや、バーナード・リーチ作の重い陶器の質感などが、対象に噴い入るなかでみごとに掴み出され、「存在する=在る」ことの不可思議さに打たれた画家の驚嘆が伝わってくる。…裏にはこの作によって彼の画が「或る進歩を一段つけてした」ことが書き記してあり、自己の表現の飛躍を自覚した画家の、自信と喜びをうかがうことができるだろう」という。
安宅安五郎「白蓮樹」
藤島武二「匂い」
この作品《匂い》は、(藤島の)帰国後の移行期にあたる作品である。チャイナドレスをまとい、香を楽しむ女性には、浪漫主義的な優美さがまだ認められるが、一方で筆致や色彩はより単純化され、また女性の腕や左端の花瓶などが形成する画面構成の堅固さなど、造形的要素への関心の強さもうかがえる、という。
川瀬巴水『東京十二題』より「春のあたご山」
伊東深水「対鏡」
高村光太郎「手」
この作品は仏像の手の形、「施無畏」の印相から着想を得て自分の手を見て制作したといわれている。冷たい金属(ブロンズ)でできているとは思えない、血の通った人間の手の温かみを感じさせる。印相という、手の表情で何かを語らせようとする東洋的発想と、ロダンに始まった西洋の近代彫刻の写実性を融和させた光太郎ならではの作品であろう、という。
4室。
月岡玉瀞「羽衣」
月岡玉瀞「草紙洗」
月岡玉瀞「松風」
月岡玉瀞「富士太鼓」
月岡玉瀞「竹雪」
月岡玉瀞「落武者」
徳力富吉郎「壬生狂言」
鳥居忠雅『隈取十八番』より「赤塗筋隈・坂田金時」
鳥居忠雅『続隈取十八番』より「道成寺・後シテ隈」
鏑木清方「《女歌舞伎》のための小下絵」
5室。
イヴ・タンギー「聾者の耳」
パウル・クレー「花のテラス」
「文化遺産オンライン」によると、「1933年、半ば亡命に近いかたちでドイツを離れ、故国のスイスに戻ったクレーは、35年に皮膚硬化症と呼ばれる難病にみまわれたが、小康をえた37年頃から最晩年のきわめて多産な制作期をむかえた。この《花のテラス》にみられるように、線描を主体にしたこの時期の絵画には、以前にもまして自然の営みの奥深く分け入ったような作品が多い。一筆書き状に成長し、運動する線の軌跡は、樹木や草花が階段状に折り重なる花檀の情景というよりも、植物と動物の区別すらない、生命の、あるいは創造の神秘の園をそこに彷彿とさせるのである」という。
6室。
梅原龍三郎「北京秋天」
「…梅原は、北京滞在中、緑のなかに朱の甍が散在する市街の情景を俯瞰した多くの風景画を描いているが、この作品は、秋の空そのものを表現の中心においた、他にほとんど例のない作品である。大地に沿って空間が延び拡がるというよりは、空一天蓋一が手前に向かって高く抜けてゆくかのような爽快感をおぼえるが、そうした効果の一切は、秋空の色と、紙のうえを走る筆勢の表現とによる。このうえなく単純な構図と相まって、風景画の粋ともいうべき空間感情そのものをテーマにしたようなところのある作品である」という。
国吉康雄「誰かが私のポスターを破った」
松本竣介「Y市の橋」
解説によると、「Y市とは横浜市のことで、横浜駅にほど近い新田間川にかかる月見橋と国鉄の工場、そして京浜線と国鉄を跨ぐ黒いアーチ状の跨線橋が描かれている。松本は、都会とそこに生活する人々を、ヒューマニスティックな視点から詩情豊かに描いたが、その抒情性を支える堅牢な下地と的確な線描も見逃せない。加えてこの作品では、薄く何度も塗り重ねられた絵具による沈んだ青い色調が印象的であり、水面の反映像に見られるような繊細な描写ともあいまって静謐な世界をつくりあげている」という。
10室。
鏑木清方「弥生の節句」&「端午の節句」
横尾深林人「紅艶焼人」
山口蓬春「残寒」
平櫛田中「鶴氅」
「鶴氅」とは鶴の羽毛でつくった衣のこと、また被布のような仕立てで、白地に黒の縁をとった服のことを指し隠者などが着たという。旧日本美術院時代に発行された雑誌『日本美術』に「鶴氅」と題して岡倉天心の写真が載っており、そこでは天心は白いかぶりものをつけ、襟の黒い打ち掛けのような看物を着ている。おそらくボストン美術館の東洋部長時代に、ガードナー夫人の夜会のために特別に天心がつくらせたものであろう。田中はこの写真から2メートル近い木彫の大作を制作したわけたが、写真が全身像でなかったところから、裾の部分は実際と異なっているといわれる。しかしその直線的で簡潔な衣紋の表現は、この像に写実よりもむしろ様式化された記念碑的性格を与えるのに役立っている、という。
安田靫彦「六歌仙」
10室全景
山本丘人「到春」
小林古径「紅梅」
船田玉樹「花の夕」
安田靫彦「伏見の茶亭」
菊池芳文「小雨ふる吉野」
冨田溪仙「紙漉き」
「文化遺産オンライン」によれば、「第15回再興院展に発表した作品で、テーマはその2年前に天皇、皇后両陛下銀婚式奉賀の現代風俗絵巻4巻の制作に加わった時の《越前紙漉》に続くものである。向かって右に大きな水船、左に紅白の椿のからむ小袖垣を置き、その前に小さな水船で作業をする古風な時代風俗をした三人の乙女を配し、全体のバランスをほどよくとっている。土佐派に南画風の描線を巧みに突き合わせたような作品であるが、一方で袖垣の光琳風な点や、墨汁のたらしこみなどには琳派の技法の影響も見られる。また、その色彩はカラリストとしての溪仙の面目をいかんなく発揮しているが、当時フォーヴィスムやドイツ表現主義の画集を集め研究していたともいわれており、既成の伝統にとらわれることなく、そうした枠の外に新しい真の剣造を試みようとする溪仙の積極的態度が見られる」という。
鈴木主子「和春」
鈴木主子の《和春》(1936年)は、昭和前期の日本画が到達した一つの静かな頂点を示す屏風作品である。六曲一隻という伝統的形式の中に、季節の移ろいと精神の均衡とを同時に封じ込めたこの作品は、単なる春景の再現ではなく、近代日本画が抱えた問いへの、穏やかで確かな応答として立ち現れている。そこには、女性画家として時代と向き合い続けた鈴木主子の、美意識と覚悟が、過度な主張を避けながら深く刻まれている、という。
跡見玉枝「桜花図巻」
2階のギャラリー4で小企画展をやっていたので、見てみる。
岸田劉生「麗子六歳之像」
ジョルジュ・ブラック「女のトルソ」
新海竹太郎「ゆあみ」
解説によれば、「ドイツで彫刻を学び、その技術と東洋的な主題との融合をもとめた新海竹太郎が、第1回文部省美術展覧会(文展)に出品した、日本における裸婦彫刻の先駆的作品。 天平風のまげを結い、薄布を手にした控えめなポーズをとる日本人をモデルとして、ヨーロッパ風の理想化された人体像を示しています。和洋美術の融合を見せつつ、清楚な姿には気品が漂っています」という。
ひと通り見たので、これで帰宅した。