今日は重陽の節句 別名 栗の節句です。今日からJR高島屋は大北海道展、名鉄の地下1Fには「仁太郎」と京都の伏見稲荷の「まるもち家」が今日から来てくれています。栗の節句なので「仁太郎」の 翁 と 栗きんとん を買って、もうひとつのお目当ての「まるもち家」の水まる餅(3個入 1080円)とまるもちのつぶあん、抹茶、みたらしを2個ずつ(各108円)を買いました。水風船のような水まる餅を爪楊枝で割って、これも一緒に入っている黒蜜ときな粉をかけていただきます。なかなか食べたことのない味の水まる餅ですが、黒蜜ときな粉とよくマッチしておいしいです。ごちそうさまでした。今はコロナで外人さんがいないので、近いうちに伏見稲荷もゆっくりと参拝したいなぁと思いました。

 

まるもち家

京都市伏見区深草一ノ坪町

 

 

 

 

 

 

 

 

9月5、6日 長野県の小黒川渓谷キャンプ場へみんなで行ってきました。

 

 

岐阜県の中津川マロンパークに 9時に集合、みんなでクリ拾いをします。

 

 

台風10号の影響でお天気が心配されましたが、とてもいいお天気でした♪

 

 

クリの皮を剥く機械がありびっくり!1kg 400円です。

 

 

せっかく中津川へきたので、「恵那福堂」さんの栗きんとんと栗きんつばをお土産に買いました。

 

 

昼食は中央道の松川 IC で降りてすぐの「マルダイ大場農園」で、なし・りんご・ぶどう狩り、食べ放題です。ちょっと食べすぎかも…。

 

 

中央道の小黒川スマートインターで降りて、小黒川渓谷キャンプ場へ。魚つかみや魚釣りを体験してバーベキューです。

 

 

しっかり飲んで食べて、子どもたちは花火などで楽しみましたが、私は先に寝てしまいました。

 

 

朝は、ホットドッグと焼きそばです。

 

 

チェックアウト後、「みはらしファーム」へ行き、ジャム作りや木製アクセサリー作りを体験します。

子どもたちが作ったトトロとネコバスです。

 

 

「手づくりパン工房 麦の家」でパンを買いました。

 

 

お天気もよく、山々がとてもきれいに見えました。みんなで記念撮影。

 

 

お天気にも恵まれ、楽しいひとときを過ごすことができました♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらすじ
二匹のアマガエルがたどり着いた夢の楽園は悲劇的な末路を迎えたはずだったが、悪夢の翌朝、二匹はなぜか再び平和な地にいた。今度の世界では、ウシガエルの国で「新しい病気」が流行っていたが、楽園のカエルたちは根拠なき楽観視を続ける。しかし、やがて楽園でも病気が広がり始め…。国難を前に迷走する政府やメディアの愚かさを浮き彫りにし、三通りの結末を提示する、警告と希望の書。

ひと言
面白く読ませてもらいました。読んでいて、これは誰のことだなとすぐわかるものもあれば、先に予習をしておかないと誰のことかわからないというものもあり、以下にまとめておきました。
スチームボート=アメリカ、ナパージュ=日本、南の沼=中国、エンエンの国=韓国、西の国=ヨーロッパ、ウシガエルの沼の東にある小さな池=台湾、南の崖=尖閣諸島、ツチガエル=日本人、ウシガエル=中国人、ヌマガエル=韓国人、ハンドレッド=百田尚樹、プロメテウス=安倍首相、ハードテイク=石破茂、ツーステップ=二階俊博、ハインツ=立憲民主党の福山幹事長、デイブレイク=朝日新聞、マイク=メディア(新聞やテレビ)、イエストール=高須克弥、ハンニバル・ワグルラ・ゴヤスレイの三兄弟=自衛隊、エコノミン=経済学者 経済評論家、ガルディアン=立憲民主党の枝野幸男代表、ナエ=左翼、フリーダム=右翼、ディーアール=医者、三戒=憲法9条、チェリー広場=桜を見る会、水仙の花=マスク、プランタン=村上春樹、スモールグリーン=小池百合子 etc……。
このブログを書いている9月4日現在で、自民党の総裁選は、ほぼ菅 義偉 官房長官で決まり。菅さんが出馬を決めたのは二階 俊博 幹事長の後ろ盾があったから……。現在の政治から二階さんを外すことは到底できないのだけれど、対中政策はどうなるんだろうと思ってしまいます。それにしても一日も早いコロナの収束を心より祈っています。


「お前たちは、ずっと移動しなかったら、ウシガエル病がなくなると本気で思っているのか?」「そりゃあ、いつかなくなるでしょう」ロベルトは言いました。「たしかにどのカエルも、他のカエルに一切近寄らないで、ずっと過ごせば、誰もウシガエル病には罹らないですむだろう。そうしたら、この病気もいつかはなくなるかもしれん。しかしカエル同士がまったく触れ合わないで生きていけると思うか」 ロベルトは何か言い返そうとしましたが、言葉が出ませんでした。「そう、無理なんだ。生きている限り、誰かと触れ合う。もし、触れ合うことが無理なら、オスガエルとメスガエルが結ばれることもない。触れ合うことが無理なら、生まれた子供と遊ぶこともできない。つまりだ。一切、ウシガエル病にかからないように生きていくのは土台無理なんだ」「でも、触れ合う機会を少なくすれば、病気に罹るカエルも少なくなるでしょう」「カエル同士が離れて生きるとなれば、生きていくのは大変だ。満足にハエも取れず、ずっと腹をすかして生きていくことになる」「じゃあ、どうすればいいんですか」「病気に罹るのを覚悟して、前みたいに生きていくしかない」「ええっ!」ロベルトは驚きの声を上げました。ソクラテスもこれには驚きました。さすがにそれは無茶すぎる意見だと思ったからです。「ウシガエル病がナパージュに入ってくる前、あるいは入ってすぐの頃は、それがどれくらい恐ろしい病気かわからなかった。しかし実際、ウシガエル病が入ってきて何日か経ってわかったことは、この病気に罹って死ぬのは年老いたカエルがほとんどだということだ。若いカエルや子供はほとんど罹らない。万が一罹っても、大変なことになる例はごく僅かだ。それがわかった。このことはお前たちも知っているな」 「はい」「ほっといてももうすぐ死ぬ年寄りのカエルのために、若いカエルが皆、腹を減らしてどうするんだ」「あなたは、年老いたカエルは死んでもいいと思っているんですか!」「誰もそんなことは言っていない。まあ、少し落ち着け。話を勝手に解釈するな」「でも、あなたが言うように、移動を自由にすれば、年老いたカエルが病気に罹る率が増えるじゃないですか」「それでは聞くが」ハンドレッドは言いました。「いつまで移動の自由を制限すればいいんだ?」「マイクが言っていたように、病気になるカエルが少なくなってからじゃないですか」とロベルトが答えました。「どれくらいだ?」「―― 半分くらい?」「ほお、それで半分くらいになったところで、移動を自由にすれば、また増えるかもしれないじゃないか」ロペルトは少し困ったような顔をしました。「じゃあ、三分の一くらい?」「三分の一まで減れば、移動を自由にしても病気は増えないのか?」ロペルトは黙ってしまいました。わかったか。つまりはそういうことなんだ。移動の自由を止めて病気が少なくなっても、それは触れ合う機会が少ないからであって、移動するカエルが増えれば、また増える。そういう論理でいけば、いつまで経っても移動を自由にできないということになる」 「じゃあ、ハンドレッドさんは、移動を自由にするのはいつがいいと思ってるんですか?」ロベルトは怒ったように訊きました。「今から、やればいいんだ」ソクラテスはこの返事には驚きました。いくら何でも今、移動の自由を認めたら、大変なことになると思ったからです。「でもな、残念なことに、誰もそんな決定は下せない。お前たちはこの国がどんな国か知らないだろうが、ナパージュという国はな ―― 動くのが遅くて、止まるのも遅いんだ」ソクラテスはなるほどと思いました。そうかもしれない。

(第三章)
 

 

今日 JR名古屋髙島屋のBF1の銘菓百選のコーナーに、なんと!!「松屋長春」の羽二重餅(4個入)(1134円)が置いてありました。稲沢の本店、高島屋ともに予約をしないと買えない逸品です。このブログを始めるもう10年以上前に、食べたことがあり、 あまりの羽二重餅の柔らかさ、餡のおいしさと後味の良さに あんこが好きだった今は亡き親父に、「これを持って行ってあげるとお父さん喜ぶよ」と 帰省する日の朝に女房が稲沢のお店に朝早くから並んで買ってくれたのを思い出します。ほんとうに久しぶりの羽二重餅に大満足。昔とちっとも変わらずとても美味しかったです♪♪。こんなおいしい羽二重餅をありがとう。ごちそうさまでした。

 

松屋長春

稲沢市小沢3

 

 

 

 

あらすじ

心極流の達人ながら、凡庸な勤めに留まる蔵太。二人の子供とともに穏やかに暮らす、その妻・澪。すれちがいの暮らしを送る澪の前に、一度だけ契りをかわした男・笙平があらわれる。側用人にまで出世したかつての想い人との再会に、澪の心は揺れる。今、ここで、心のままに生きられたなら。人妻の恋。日本人の心が紡ぐ、美しく、哀しき恋。


天智七年(668年)五月、天智天皇が弟の大海人皇子(のちの天武天皇)や妃の額田王を従えて近江の蒲生野に薬狩を催した時、額田王の「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」に答えた、有名な大海人皇子の返歌「紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 吾恋ひめやも」という戯れ歌。乙巳(いっし)の変(645年)大化の改新、壬申の乱(672年)、額田王(後に中大兄皇子の妃)や持統天皇(天武天皇の后)etc……。勉強すればするっほどおもしろくなるこの辺の時代の、天智・天武・額田王の三角関係をモチーフにした葉室 麟さんでないと書けない小説で楽しく読ませてもらいました。


父上は、おととしから門のそばに種をまいて花を咲かせようとされています」「あのようなところに花の種をまいておられたのですか。わたくしは聞いたことかありませんが」澪は首をかしげた。「小さな白い花が咲くのです。それを母上に見ていただきたいと父上は願っておられるのですが、花が咲く前に母上が雑草だと思って抜かれるのだそうです」そう言えば門のそばに生えている雑草を抜いたことがあったと澪は思い出した。「花の種をまかれたのでしたら、さようにわたくしに告げてくださればよろしいのに」なぜ、蔵太は何も言わなかったのだろう、と澪は訝しく思った。「わたくしもそのように父上に申し上げたのですが、父上は小さな花が咲けば、母上はおやさしい方だから、そのままにしておかれるであろう、とおっしゃいました。そのおりの母上のお顔を、父上はご覧になりたいのではないでしょうか」「何を言い出すのかと思えば……」澪は顔が赤らむ心地がした。……。蔵太は何の花を咲かせようとしていたのだろうかと気にかかった。 「由喜は父上がまかれたのは何の花の種か知っていますか」澪に訊かれて由喜ははっきりと答えた。「紫草です。根を灰汁で煮詰めると紫色に染めることができると教えていただきました」―― 紫草 澪は口の中でつぶやいた。どこかで聞いたことがある草の名だが、何であったろうかと思いをめぐらすうちに、


紫のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに吾恋ひめやも


という母に教えられた和歌を思い出した。後の天武帝となられる大海人皇子の御歌で、紫の匂えるという紫は、紫草のことだと聞いた覚えがある。 大海人皇子がかつての想い人でありながら兄の天智帝のもとへあがった額田王へ贈った歌ではなかっただろうか。言うならば、かつていとおしんだ仲だったが、いまは人妻となった女人への思いを伝えようとする和歌だとも言えた。紫草のように美しいあなたを憎く思っているのなら、人妻であるのに、これほど恋焦がれはしないでしょう。和歌の意を思い起こすと、―― 人妻ゆゑに吾恋ひめやも という一節がなまめかしく感じられる。ふと、笙平は自分のことをどう思っているのだろう、と気になった。再会したときから訊きたいとは思いつつも、笙平の切羽詰まった境遇を考えると口にすることさえ憚られた。しかし、胸の内では江戸へ行った笙平が自分を妻に迎えたいという思いを抱き続けていたのか、それとも出世のために岡田五郎助の娘をためらうことなく娶ったのかを問うてみたいと思っていた。そんなことを訊いても、いまさら仕方のないことだと頭ではわかっていても、できれば笙平のまことの心を知って納得したいと胸の奥では思っていた。笙平を匿うつもりになったのも、それを訊きたいがためだったのかもしれない。さまざまに思いめぐらすうちに紫の焔が身の内でゆらめき、自らが淡い紫に染まっていく心持ちがした。
(四)

蔵太はそんな澪の思いを察したのか、「ひとの生き様はせつないものだな」とさりげなく言った。淡々とした蔵太の言葉を聞いて、澪は思わず口に出した。「わたくしにも迷いがあったように思います。どうすればひとは迷わずに生きられるのでしょうか」ためらいがちに澪は訊ねた。問われて蔵太は、大きく背伸びをして空を見上げた。鳶が翼を広げ、空高く舞っている。空を見遣りながら、蔵太はぽっりと言った。「
さようなことはわたしにもわからぬ。ただ、迷ったら、おのれの心に問うてみることだとわたしは思っている」「おのれの心に問うてみる……」小声で繰りかえし、澪は思いをめぐらした。「知恵を働かせようとすれば、迷いは深まるばかりだ。しかし、おのれにとってもっとも大切だ思うものを心は寸分違わず知っている、とわたしは信じておる」蔵太の答えが澪の胸に沁みた。わからぬこと、迷ったことは、わが心に問えばいい。その通りだ、と澪は思った。たとえどのように思い惑おうと、いつかは自分の心がはっきりと答えてくれるに違いない。澪も蔵太にならって空に目を遣った。いつの間にか雲が払われた真っ青な空になっている。青空には、わずかな濁りも感じられなかった。どこまでも澄み渡っている。
ひとはこの空のように一点の曇りもない心待ちで生きていければ、どれほど幸せであろうか、と澪は胸のうちでつぶやいた。「紫草が花をつけているようだな」蔵太に不意に告げられて、澪は庭に目を落とした。蔵太が指差す先の庭の隅に小さな白い花が咲いている。雫亭の庭にも紫草はあったのだ、と澪は知った。澪は近づいて腰を落とし、花に見入った。いまごろ屋敷の門のそばにも紫草の花が咲いているに違いない。蔵太が種をまいた紫草の花を見たいと願った。思いをこめた願いはかなうのだ、と澪は涙ぐんだ。紫草を見つめるうちに、思わず澪は和歌を口ずさんでいた。


紫のにほへる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに吾恋ひめやも


蔵太は、艶やかな歌だな、どういう思いがこめられているのであろうか、と問うた。「紫草に寄せて女人への恋の思いを詠んだ歌だと存じますが、いまのわたくしには、紫草が広がる野で大切なものを探し当てたおりの心持ちを表しているように思えます」「それはわたしも同じだな。ひとは追い求めるものには必ず行き合えるようだ」蔵太は微笑して言った。澪は立ち上がりながら、微笑み返してうなずいた。まことにさようにございます」子供たちも待ちくたびれておろう。帰るぞ」晴れ晴れとした声で呼びかける蔵太に澪は、はい、と答えた。ひとの妻たる身が恋する相手は夫のほかにない、という思いが胸にあふれていた。庭を去りながら、澪はもう一度、紫草に目を遣った。可憐な白い花が風に優しく揺れている。
(十五)

 

今日の夕飯は外に食べに行こうということになり、以前 TV で、おいしそうなホルモンの丼があるのを知って是非食べてみたかった「韓丼 津島店」へ2人で行きました。上てっちゃん丼の肉1.5倍増量(890円)をいただきます。通常は 820円。 70円アップでてっちゃんが1.5倍でとてもお得です。これでもか というぐらいにてっちゃんが山盛りで、そのてっちゃんも上なのでとてもおいしいです♪。

 

 

女房はカルビ丼ミニとスン豆腐セット(990円)を注文し、カルビとスン豆腐も少しもらいましたが、カルビ丼を売りにしているだけあってこれもおいしいです♪。リピ確定のお店です。ごちそうさまでした♪

 

韓丼 津島店

津島市神尾町東之割

 

 

今日は仕事で市役所方面に行く用事があり、お昼は市役所の裏の「山田屋」さんで、暑いのできしころを食べようと思って入ったのですが、きしめんは残念ながら品切れ。カツ丼とどちらにするか迷ったのですが、カツカレー丼(870円)をいただきます。和風の出汁に少し薄めのカツがお互いを邪魔せずしっかりとその存在を主張してとても美味しいです。やっぱりこれはカツカレーではなくて、カツカレー丼なんだと思いました。次はカツ丼ときしころの2つを一緒に注文しようかなぁと思いながらお店を出ると、すぐ隣の ぐっさん(山口 智充)のお気に入りの「鰻木屋」さんから鰻のいい匂いが…。木屋も行ったことがないので、次はうなぎもいいなぁとも思いました。なんのこっちゃ。ごちそうさまでした♪

 

山田屋

名古屋市東区東外堀町

 

あらすじ
「分かり合えない母と娘」壊れかけた家族は、もう一度、一つになれるか? 羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。いじめが原因で学校に行けなくなった高校生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショールだった。ところが、このショールをめぐって、母と口論になり、少女は岩手県盛岡市の祖父の元へ家出をしてしまう。美緒は、ホームスパンの職人である祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。実は、とてもみじかい「家族の時間」が終わろうとしていた。

ひと言
残念ながら直木賞受賞とはなりませんでしたが、この本も第163回直木賞の候補作品です。伊吹 有喜さん?後でわかったことですが、あの「四十九日のレシピ」を書いた人でした。岩手の盛岡、花巻周辺の伝統工芸「ホームスパン」。どんな感じのショールなんだろうと読み終えてネットで探してみました。残念ながら赤のホームスパンのショールは見つけられませんでしたが、自分のイメージだとこんな感じのショールなのかなぁ?

 

 


福田パンのコッペパンや白龍のじゃじゃ麺などが出てきて、伊吹 有喜さんはてっきり岩手や東北の人だとばかり思っていましたが、三重出身とのこと。それにしても岩手の人って岩手山や宮沢賢治、それに石川啄木が大好きだし、ほんとうに誇りにしているんだなぁと改めて思いました。

「わかんない。でも小学生の頃から、かな。人の目が怖い。不機嫌な人が怖い。だから嫌われないように『オールウェイズ スマイル』。いつもニコニコしてた。そうしたら私には何を言っても大丈夫、怒らないって思われて、きつい冗談を言われるようになって……」脂足、アビーと呼ばれた声がよみがえる。その呼び方は好きではないと、勇気を振り絞って言ってみた。しかし「本当に脂足だったら逆にそういうこと絶対言えないって」とみんなは笑っていた。「そういう冗談を言う人たちは、私のことを『いじられキャラ』で、バラエティなら『おいしいポジション』 って言う。でも、私、テレビの人じゃないから、いじられるの、つらい。でもそれを言ったら居場所がなくなる。だからまた笑ってる……。『オールウェイズ スマイル』。そのうち学校に行くと、おなかが下るようになった。満員電車に乗るとトイレに行きたくなる。もらしたらどうしよう。毎日そればっかり考えてた」「それはつらいな」祖父の声のあたたかさに、美緒は薄目を開ける。気持ちのいいお湯に浮かんでいるみたいだ。「それでね……ひきこもって。駄目だなって思うの。逃げてばかりで。甲羅に頭をひっこめているばかりじゃ何も解決しないのに」それは亀のことか、と祖父がのんびりと言う。「固い甲羅があるのなら、頭を引き込めてもいいだろう。棒で設る輩が外にいるのに、わざわざ頭を出して殴られにいくこともないぞ」
(第二章 六月下旬 祖父の呪文)

「『けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう』」「銀河鉄道の夜」の一節を暗唱しながら、父はシートのリクライニングをさらに深く倒した。「その台詞も覚えてる。あと『どこまでも一緒に行こう』 っていうのもあったよね」 「お前はまだまだだな」 面白そうに父が笑った。「『どこまでもどこまでも一緒に行こう』だ。あれは主人公の決意表明の場面だからな。二度繰り返す分、思いが深いんだ」「覚えてないよ、そんなところまで」
(第五章 十月 職人の覚悟)
 

 

あらすじ
家族のために犯罪に手を染めた男。拾った犬は男の守り神になった ― 男と犬。 仲間割れを起こした窃盗団の男は、守り神の犬を連れて故国を目指す ― 泥棒と犬。 壊れかけた夫婦は、その犬をそれぞれ別の名前で呼んでいた ― 夫婦と犬。 体を売って男に貢ぐ女。どん底の人生で女に温もりを与えたのは犬だった ― 娼婦と犬。 老猟師の死期を知っていたかのように、その犬はやってきた ― 老人と犬。 震災のショックで心を閉ざした少年は、その犬を見て微笑んだ ― 少年と犬。  犬を愛する人に贈る感涙作。
(第163回 直木賞受賞作)

ひと言
今年の直木賞のノミネートの段階で図書館に予約を入れたので、コロナの影響がありましたが、結構早くに借りることができました♪。

2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震の2つを体験した少年 光と犬 多聞の泣ける物語であるが、読み終えて、これは直木賞ではないだろうと思いました。多聞と出会った人々が「娼婦と犬」の美羽以外はすべて亡くなって、最後の「少年と犬」では多聞が死んでしまいます。多聞が亡くなっても、光が「今だって すぐそばにいるよ」と感じてくれるのは救いですが、2つの震災と犬を題材にして、こういう構成しかなかったのかなと思ってしまいました。

家に帰りたい ―― それが入院中の初恵の口癖になった。家に帰りたい。マサカドに会いたい。畑で採れたサツマイモをふかし、日本茶を啜り、縁側で日に当たる。ただそれだけのことがしたい。だが、癌に蝕まれた体は思うように動かず、抗癌剤の副作用も初恵を苦しめた。一年近い闘病生活の末、初恵は痩せ衰えた体で帰らぬ人となった。家に帰ることはもちろん、マサカドに会うこともかなわなかったのだ。死の間際、初恵が口にした言葉と弥一を見つめる目は忘れられない。「家で死にたかった」初恵はそう言った。弥一を見つめる目はなぜ美佐子に反対してくれなかったのかと訴えていた。最後ぐらいは夫らしいことをしてくれてもよかったではないか。初恵の目の奥にあるのは失望と落胆だった。元気なときも失望と落胆を繰り返させてきた。死ぬときも同じだ。自分は徹頭徹尾、初恵という女を苦しめてきたのだ。そう思うと、初恵が憐れでたまらなかった。自分が初恵と同じ癌に冒されていると知ったとき、即座に腹は決まった。治療はしない。初恵がそうしたかったように、家で過ごし、家で死ぬのだ。初恵が生涯をかけて手入れを続けてきた田畑を見守り、最後まで手をかけ、死ぬ。初恵もそれを望んでいるだろう。
(老人と犬 3) 

ノリツネは弥一の死を見届けようとしているのではないか。ノリツネは数ある人家の中から弥一の家を選んだ。孤独と死の匂いを嗅ぎ取ったからだと弥一は信じている。ならば、孤独を癒し、避けられない死を迎えるその時のために、ノリツネは家族捜しを中断して弥一のそばにいるのではないか。馬鹿げている。犬は犬だ。人ではない。それでも、弥一は人にとって犬は特別な存在なのだということを理解していた。人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ。人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはいない。
(老人と犬 3) 

迂回に迂回を重ねて前田の動物病院に到着したものの、停電のため、手術はできないと前田に言われた。「他の病院も似たようなものでしょう。停電から免れた動物病院に連れて行くにしても、時間がかかりすぎる」懐中電灯で多聞の診察をしながら前田は言った。「多分、内臓も傷ついている。苦しいはずです。楽にさせてあげませんか」前田の言っていることがよくわからなかった。「安楽死です。今、この子にしてやれる最善の手だと思いますよ」「そんな……」内村は診察台の上で横たわる多聞に触れた。いつもなら力強さに満ち溢れている肉体が弱々しくわなないている。「苦しいか、多聞」内村が語りかけると多聞は目を開き、内村を見た。「光はだいじょうぶだ。おまえが守ってくれたから怪我ひとつしていない」多聞が目を閉じた。傷つきながら、光のことを気にかけていたのだ。なんという犬だ。内村は多聞の頭をそっと撫でた。「お願いします」前田にそう告げると、激しい哀しみが胸の奥からこみ上げてきた。内村は泣いた。鳴咽しながら前田が多聞を天国へ送る様を見つめていた。「ありがとう、多聞。ごめんな、多聞」多聞の目がまた開き、内村を見た。その目はすぐに閉じられ、二度と聞くことがなかった。動かなくなった多聞を軽トラの助手席に横たえた。多聞は清潔な白いシーツでくるまれていた。前田がせめてこれぐらいはと提供してくれたのだ。……。……。
病室でうたた寝をしていた久子を起こし、廊下に移動した。多聞の死を告げた。久子はその場にうずくまり、声を殺して泣いた。泣くだけ泣くと、久子は多聞に別れを告げたいと言った。建物を出て駐車場に向かう途中、久子は内村の手を握ってきた。内村はその手をそっと握り返した。久子は多聞に触れて「ありがとう」と呟いた。「多聞は最後まで光のことを気にしてた」内村は言った。「特別な絆で繋がってたのよね。釜石で出会って、熊本で再会して、光を守ってくれた。本当に神様に遣わされた光の守護天使みたいだった」 「光になんと言おう」「本当のことを言わなきや。光に嘘はつかないって決めたじゃない」「だけど、ショックで元に戻ったらどうする?」「多聞がついていてくれるからだいじょうぶ」久子の声は深い確信を孕んでいた。「久子……」「あの多聞よ。死んだからって光を見捨てるわけがないじゃない」その言葉を聞いて、胸のつかえが取れたような気がした。
(少年と犬 6) 

8月20日 夏休みをもらって西国三十三所の第10番~第14番と第31番 長命寺を巡ってきました。

 

 

草津PAの下りで西日本以外では販売中止となったカールが販売されていました。久しぶりのカールにチーズ・うすあじを3個ずつ購入♪。

 

 

第10番の三室戸寺は8時30分からの開門なので、8時過ぎに宇治東ICを出て、先ずは「たま木亭」へ

並ぶこともなく入店。西日本一になったこともある人気のカレーパンは個数制限がなかったので3個 ゲットです。

 

 

境内の蓮がとてもきれいでした。三重塔をバックに一枚。

 

 

次は第11番 醍醐寺です。お寺の駐車場に停めようとしましたが、確か5時間まで1000円(700円だったかも…)。嘘だろ!バス停近くのコインパーキングに駐車します。

 

 

平成30年9月の台風21号の被害で下醍醐の観音堂も被害に。

 

 

三宝院に仮におはす札所本尊の准胝観音さまにお参りして、庭園を鑑賞。

 

 

 

特別拝観の本堂の快慶作の弥勒菩薩さまとご対面。「惚れてまうやろ―」というぐらいのとても素敵なお顔立ちの菩薩です。

もちろん撮影禁止なので写真はネットより拝借です。

 

 

番外の元慶寺をお参りして、ここはどうしても車でないといけない第12番 岩間寺をお参りし、第13番 石山寺へ。

 

 

第14番 三井寺をお参りして、大津から竜王ICまで高速を利用し、第31番 長命寺をお参り。国道8号の「西老蘇」から入るルートで第32番 観音正寺の山上駐車場に到着したのが4時10分。えっ!4時に閉鎖!!。ここから450段ほど階段を登らないといけないので往復時間を考えて4時には閉まるみたいです。ちゃんと調べてくればよかった。残念!