あらすじ
「分かり合えない母と娘」壊れかけた家族は、もう一度、一つになれるか? 羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。いじめが原因で学校に行けなくなった高校生・美緒の唯一の心のよりどころは、祖父母がくれた赤いホームスパンのショールだった。ところが、このショールをめぐって、母と口論になり、少女は岩手県盛岡市の祖父の元へ家出をしてしまう。美緒は、ホームスパンの職人である祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知る。一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。実は、とてもみじかい「家族の時間」が終わろうとしていた。

ひと言
残念ながら直木賞受賞とはなりませんでしたが、この本も第163回直木賞の候補作品です。伊吹 有喜さん?後でわかったことですが、あの「四十九日のレシピ」を書いた人でした。岩手の盛岡、花巻周辺の伝統工芸「ホームスパン」。どんな感じのショールなんだろうと読み終えてネットで探してみました。残念ながら赤のホームスパンのショールは見つけられませんでしたが、自分のイメージだとこんな感じのショールなのかなぁ?

 

 


福田パンのコッペパンや白龍のじゃじゃ麺などが出てきて、伊吹 有喜さんはてっきり岩手や東北の人だとばかり思っていましたが、三重出身とのこと。それにしても岩手の人って岩手山や宮沢賢治、それに石川啄木が大好きだし、ほんとうに誇りにしているんだなぁと改めて思いました。

「わかんない。でも小学生の頃から、かな。人の目が怖い。不機嫌な人が怖い。だから嫌われないように『オールウェイズ スマイル』。いつもニコニコしてた。そうしたら私には何を言っても大丈夫、怒らないって思われて、きつい冗談を言われるようになって……」脂足、アビーと呼ばれた声がよみがえる。その呼び方は好きではないと、勇気を振り絞って言ってみた。しかし「本当に脂足だったら逆にそういうこと絶対言えないって」とみんなは笑っていた。「そういう冗談を言う人たちは、私のことを『いじられキャラ』で、バラエティなら『おいしいポジション』 って言う。でも、私、テレビの人じゃないから、いじられるの、つらい。でもそれを言ったら居場所がなくなる。だからまた笑ってる……。『オールウェイズ スマイル』。そのうち学校に行くと、おなかが下るようになった。満員電車に乗るとトイレに行きたくなる。もらしたらどうしよう。毎日そればっかり考えてた」「それはつらいな」祖父の声のあたたかさに、美緒は薄目を開ける。気持ちのいいお湯に浮かんでいるみたいだ。「それでね……ひきこもって。駄目だなって思うの。逃げてばかりで。甲羅に頭をひっこめているばかりじゃ何も解決しないのに」それは亀のことか、と祖父がのんびりと言う。「固い甲羅があるのなら、頭を引き込めてもいいだろう。棒で設る輩が外にいるのに、わざわざ頭を出して殴られにいくこともないぞ」
(第二章 六月下旬 祖父の呪文)

「『けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう』」「銀河鉄道の夜」の一節を暗唱しながら、父はシートのリクライニングをさらに深く倒した。「その台詞も覚えてる。あと『どこまでも一緒に行こう』 っていうのもあったよね」 「お前はまだまだだな」 面白そうに父が笑った。「『どこまでもどこまでも一緒に行こう』だ。あれは主人公の決意表明の場面だからな。二度繰り返す分、思いが深いんだ」「覚えてないよ、そんなところまで」
(第五章 十月 職人の覚悟)