stars 物理の苦手な私も思わず最後まで読んでしまった。


量子論の原理というよりは、ホーキングと彼の家族や友人が語る自伝的記録なので、物理や天文学が苦手な人にも読みやすく、ホーキング自身を理解しやすい。

彼らの研究は最先端科学にもかかわらず、という言葉が頻繁に出てくるのは、科学も究極まで突き詰めると神の存在に行き着いてしまうのか、それとも西欧人の体の中に染み付いている宗教観に基づくものなのか興味深い。


たとえば、ノーベル賞を取った田中耕一さんの本の中に、神様仏様が出てくるのだろうか?

随所に出てくる英語人ならではのウィットやジョークも読者を十分に楽しませてくれる。


著者: スティーヴン・W. ホーキング, Stephen W. Hawking, 林 一
タイトル: 「ホーキング、宇宙を語る」ガイドブック



著者: スティーヴン・W. ホーキング, 林 一
タイトル: ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで
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pinklotus
立原正秋はなるべく避けて通る(笑)。
これまた若かりし頃に嵌ったんですよ~。ほとんどの作品を読みましたが、 「春の鐘」は映画化されたこともあって一番印象的です。映画のイメージが強くて、本を読んでいても北大路欣也の顔が浮かんできちゃうのが困るんですけど(笑)。三田佳子の狂った妻の演技は迫力がありました。ちょっと渡辺淳一的、男の自己満足、自分の理想や願望を小説で体現しちゃうのが目立ちすぎ。 ま、小説というのは本来そういうもののようですが。


恵まれた生活の中で自ら毀れていく妻。

妻の不倫を知ってしまった夫。

子供が出来ないという理由で婚家を追われた若い女。


もうメロメロの世界です。(笑)

どろどろ、めろめろの物語なのに、終始、清流の流れの音が聞こえるような爽やかな印象と清潔感があるのは、立原正秋の人柄なのでしょうか。それとも彼の才能のせいでしょうか。

立原正秋は実生活でも、自分の家庭と自分の恋との板ばさみで相当悩んだようで、「火宅の人」を描けば、檀一雄にも絶対に負けません(笑)。

立原正秋の永遠のテーマは「情念」だったようですが、日本人ではなかった彼が描いている日本の情念。これこそ本物です。(立原氏は日本人と韓国人の混血と公表していたが、実際は純血の韓国人)

大人の恋愛とか、重~い情念とかを描いても良いですが、日本の古い文化に対する洞察や能楽、陶芸、骨董品、料理、美術品などに関する描写が素晴らしくて、立原ファンである理由のひとつです。


☆☆☆☆☆

著者: 立原 正秋
タイトル: 春の鐘 (上巻)

著者: 立原 正秋
タイトル: 春の鐘 (下巻)

東宝
春の鐘

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*この記事は2004年2月20日のものに加筆訂正いたしました。

m01
太宰治はなるべく避けて通る(笑)。


何気にひょいと気軽にページを開くと、嵌っちゃうんですよ~、これが。。。
イヤだな、またかよと思いつつ結局徹夜してたりして。
で、数日間は頭の中が太宰風味でいっぱいになったりして、
人生の物悲しさを噛みしめるわけです(爆)。

あ~あ、学生時代に太宰治を読まなければ、
今頃はもちっとマトモな人間になっていたかもしれない!
(んなことない^^;)

ぐた母も太宰ファンなんですけどね、
「太宰は同じ作品でも読むたびに感じ方が違う。」とよく言ってました。
私もいつのまにか太宰よりも年上になってしまいましたが、母の言葉の意味がよくわかるようになりました。

文章もあまり巧くはないし、ストーリーテラーでもない、
それなのにこの魅力はいったい何なのか。。。

太宰は深すぎて語りきれません。

やはり太宰は哀しき天才である。
先ごろ読んだゴッホと相通じるものを感じました。
天才は哀しくなけりゃ、やってられない。(チャンドラー風?)
ああよかった~、あたしゃ天才じゃなくて。

天才は忘れた頃にやってくる。

注:
この本の著者は太宰治ではなく、太宰の友人の檀一雄と野原一夫である。
こういう本に対する私見は
小林秀雄 を参照して下さると嬉しい。



著者: 檀 一雄, 野原 一夫
タイトル: 愛と苦悩の人生―太宰治の言葉
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cup

表現の自由―怒りにまかせて、「殺せ」「死ね」「消せ」などと書く。
そういう語の氾濫している読み物に慣らされ、無感覚になっているのではなかろうか。その語が、ほんとうに何を意味するのかを意識しないと、ことばとも、すれ違ってしまう。感覚的に、ことばの飛び出すにまかせると、ことばの独り歩きに終わってしまう。こういうことばは、適切でない、美しくない、使うべきでない、という吟味ができて、初めてことばと出会うのである。ことばを研くとは、そういうことである。何でも思いつくままに書き綴るのを、表現の自由というのではない。
使ってはならないことばを知ることが、ほんとうのことばを生かす道なのである。>(本書より)


本書カバーにあるこの言葉に感銘して読みましたが、著作のまえがきを読んでいる時点ですでにイヤになってしまった。

なにやらすんなり読めない文章。

句読点でやたらに区切る。(私もですけど~)、前後の意味がが繋がらないのでページをめくりすぎたのかと思ったけど、単なる前置詞や接続詞の省きすぎ。書いてある内容はごもっともなんです。でも著者自身の文章というか文体に魅力がない。

論文論としては、それでいいのかなとも思ったけど、すっきり読めない文章はやはり問題。

これは私自身にも言える事ですが、音痴でも歌唱力の評価はできる、小説は描けなくて名作はわかる、字が下手でも達筆はわかる、ってなもんでしょうかね。

何でも思いつくままに書き綴るのを、表現の自由というのではない。

うんうん。その通り。

自分の事は棚に上げてます^^;。

お許しあれ。


著者: 尾川 正二
タイトル: 文章の書き方
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アナログ
1973年の本なので、勿論パソコンなぞ無い時代に書かれた本です。
アナログ人間ぐたさまとしては、なんだかホッとするな~、こういう本。
著者の提唱するインデックスカード方法は、まさに私が使っていた方法。でも今はインターネットのお蔭で、それもしなくなりました。

PCは両刃の凶器ですね。
読む本の情報は瞬時に入る。わからない箇所や調べたい箇所もすぐわかる。字も自分で書かなく(書けなく)なる。文章もちょちょっと短くぶつ切りになる。(文章などというよりも思った事を打ってるだけ)。昔のように自分自身で本を探し、じっくり読んで考えて...という事をあまりしなくなった。
この本を読んで反省しました。

時代が変わったといえばそれまでですが、古き良き時代の秀才の考え方は、もちろん現代にも立派に通用します。
元先生の文房具へのこだわりも素敵です。


著者: 板坂 元
タイトル: 考える技術・書く技術 b-blue