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表現の自由―怒りにまかせて、「殺せ」「死ね」「消せ」などと書く。
そういう語の氾濫している読み物に慣らされ、無感覚になっているのではなかろうか。その語が、ほんとうに何を意味するのかを意識しないと、ことばとも、すれ違ってしまう。感覚的に、ことばの飛び出すにまかせると、ことばの独り歩きに終わってしまう。こういうことばは、適切でない、美しくない、使うべきでない、という吟味ができて、初めてことばと出会うのである。ことばを研くとは、そういうことである。何でも思いつくままに書き綴るのを、表現の自由というのではない。
使ってはならないことばを知ることが、ほんとうのことばを生かす道なのである。>(本書より)


本書カバーにあるこの言葉に感銘して読みましたが、著作のまえがきを読んでいる時点ですでにイヤになってしまった。

なにやらすんなり読めない文章。

句読点でやたらに区切る。(私もですけど~)、前後の意味がが繋がらないのでページをめくりすぎたのかと思ったけど、単なる前置詞や接続詞の省きすぎ。書いてある内容はごもっともなんです。でも著者自身の文章というか文体に魅力がない。

論文論としては、それでいいのかなとも思ったけど、すっきり読めない文章はやはり問題。

これは私自身にも言える事ですが、音痴でも歌唱力の評価はできる、小説は描けなくて名作はわかる、字が下手でも達筆はわかる、ってなもんでしょうかね。

何でも思いつくままに書き綴るのを、表現の自由というのではない。

うんうん。その通り。

自分の事は棚に上げてます^^;。

お許しあれ。


著者: 尾川 正二
タイトル: 文章の書き方
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