紅白歌合戦
紅白歌合戦の曲順 が決まったとのこと。
ここ数年、なんなら親とおおみそかを過ごさなくなったティーンエイジ以来、私はこれっぱかしも「紅白の曲順」に興味を持ったことはなかった。
だけどなんでしょう今年。
「え?絢香の三日月って知らないし。トリノ五輪~ミキティ~つながりで絢香はI believeなんじゃないの!」
「コブクロはここにしか咲かない花かサクラか百歩譲っても永久にともにじゃないのー?なんで今更、風!?」
とか、気になって仕方ない。
なんでか。
今年が例年よりずっとヒマだからだ。
いまだかつて、こんなに「所属」のない年はない。
去年までは彼氏だったり仕事だったり学校だったりと、忙しく充実してた。
今年は彼氏もいない。仕事もない。友達とは疎遠。
まごうかたなき完璧な無所属。
無所属にもほどがある。
すごいよなぁ。しかもここ数ヶ月ですべて失ったってんだから、もう笑える。(いや笑えねぇ)
なんにしても、
「ヒマになると人間は芸能に興味が出てくる」
ってことを身をもって知った。
テレビの前の指定席から動かなかった、ナンシー関の気持ちがよく分かる。
掃除も終わった平日午後2時からの専業主婦の気持ちもよく分かる。
とはいえ、そもそも、私はテレビってほとんど見ない。
バラエティとかドラマとかここ何年も見てない。
まだ、動くザ・タッチって双子を見たことないし、やっくんとかいう人の苗字が桜塚か桜坂か自信がない。
見るのはNHKの大自然系と旅行系くらい。(暗い)
なのでたぶん昨今の芸能事情を語らせたら誤差の範囲超える。
そんな私でも興味を持たざるを得なくなる、「無所属」にとって「芸能」とはなんと蜜の味であることか。
ついでに思った。
ヒマになると「他人の品格」にも厳しくなる。
Aちゃんたら浮気してけしからん、とか、最近のいじめ問題はけしからん、とか。
他人の前に自分の品格どうにかしろっつうね。
しかし今、右も左も品格ブームだけど、国家だの世間だのの品格をそんだけ気にするってことはたぶん国民総出でヒマなんだな、ちっと安心。
余談
ちなみにあんなふうに書いたけど私はコブクロの曲の中では風が一番好きです。
でも22くらいのとき流行ってた曲だから、すごい古くない?なんで今更。と思って。
イブの採点
対人スキルのバランスを崩して、対人において防御も攻撃も統制の取れていないこのごろの私、不安だった、女友達との飲み。
どうにかこうにか大丈夫だった。
うん。
うそもついてないし、見栄も張らなかったし、こびなかった。
自分を嫌いになるような場面はとりあえずなかったかな。
うんうん。
ほっとした。
こういうことがすっきりすんなりできるってのも大変うらやましい話だけど、こういうことをいちいち悩むのも、まぁそれはそれで気づくことがないわけじゃない。
人生ってのは心の持ちよう。
心ってのは、環境に応じて伸びたり縮んだりして、そのつど
「なにをもって幸せだと思うか」
「なにをもって苦しいと感じるか」
が変わっていく。
そうは言うけれど、いつまでもこんな心の状態ではいられない。
ここは一時避難所みたいな場所で、永住するつもりはない。
さればとて。
ともだち
人との付き合い方、距離感にすごく悩む。
自分の弱さも欠点もさらけ出して、がっはっは。
みたいな、去年まで当たり前にできていた人との付き合い方がここ一年くらい、ぜんぜんできない。
見栄を張ったり虚勢を張ったりもしてみたけど、友人関係を悪化させただけだったし、息苦しくて疲弊してしまったのでやめたんだった。
だけど、じゃぁ今度は
「自分の弱さも欠点も隠さずさらけ出して、それでいて尊厳を保つ」
ってのはどうすればいいの。
へこへこするでもなく。
おごりたかぶるでもなく。
少し悩んで思った。
うそをつかないってことなのかな?
人に合わせたり、嫌われないよう当たり障りのない言葉を選んだり。
そういう処世術も度が過ぎれば「うそ」になる。
うそをつかないで、自分をほこるでも相手を持ち上げるでも自分がへりくだるでも相手をさげすむでもなく。
うそを、ついてはいかん。
明日はイブ、女3人で飲み会だ。
ひとりは、昔は仲がよかったのだけど最近はお互いに変わってしまいちょっとカチンとくるようになった子がいる。
なんてこった、対人スキルがいちじるしく低下している今、これはむしろ絶好のチャンスだ。
うそをつかない。
お追従もいらない。
こびない。
でも自分を誇らない。
見栄もすべていらない。
弱さもぜんぶさらけだして。
がんばれ。
まったくここのところの私は高倉健並に不器用だ。
甘え
彼から甘えるような悲しいようなメールが届く。
彼と会うかもしれなかった今夜、だから無駄に予定も開いてる今夜、もぬけのからになってぼけっとしてる週末、私だって甘えたいよばかーーーーーーーー!
と思いつつ、メールを返す。
優しい言葉を使って、でも甘えないように言葉を選んでいる自分が悲しい。
本当は甘えたいよーーーー
会いたいって言いたいよーーーー
手をつないで寄り添って歩きたいんじゃぼけーーーー!!
少しすっきりしました。
ふぬけ
ふぬけのようになってしまった。
彼に週末会ってもらえないかなって言われて以来、ずっと悩んでいた。
イベントごとに弱い彼が今年はがんばってクリスマスに前もって夜景のきれいなホテルをとってくれた。
楽しみだね、なんて話してたけれど私たちは別れてしまった。
なのに、そのホテルに行くはずだった日に会ってもらえないか、なんて。
まだホテルをキャンセルしていないという。
さみしい、会いたい、苦しい、でも復縁してももううまくいかないことは分かっている。
という今の状態で会えば、情が出て別れがたくなるのは必定で。
別れてからずっと会いたいと思っていた人に会って、たとえ泊まらなくてもご飯を食べたり楽しい時間を過ごしたら、その後でもう一度別れを告げるなんてできるだろうか?
別れって、ものすごい一大決心だし心底体力を奪われる作業だったのに、もう一回できるだろうか?
別れの後には絶望のどん底のような気分に引き戻されることが分かっているのに。
彼はきっと戻りたいと思ってくれているのだと思う。
それなのに、会うだけ会って期待させといて、でも戻りません、なんて、彼の傷をえぐるみたいだ。と思ったりもして。
でも、会いたいんだ。
卑怯だと言われても。
でも、ここで自分の欲に負けて会って彼を傷つけたら、螺旋階段を下るように「なにか」が落ちてしまう気がした。
だけどどうしても会いたい。
会っても、がんばるんだ。
会ったらまず、開口一番、別れを告げよう。
絶対に復縁はない、と。
そしてごはんだけ食べて、彼とは違う電車で帰ってこよう。
それならいいよね?
と誰かに合ってるかどうか聞きたくなった。
自分で決めることなのに。
そんな自分の書いた「よいこのシナリオ」通りにことが運ぶかどうか分からないのに。
ずるい。
そんなかんじで悩み続けてまだ答えは出なかった。
そんな今日、意外な解決策。
彼からメール。
「当日、残業でかなり遅くなりそうで、何時に帰れるかも分からないんだ」
「11時過ぎれば終わるとは思うけど…待っててなんて言えないし…」
「待ってる」
なんて言えるわけがないよね。
ずるい自分を出さないように冷静な返答を心がけたら、流れが会わないほうに流れてしまった。
くそーーー会いたかったなぁ!!!
と思う一方で、ちょっとだけホッとしている。
やっぱり、もう一度会ったら絶対に情がうつると思っていたし…。
絶対、じゃーねーと何事もなく離れるなんてできなくなってしまうと思ったし。
会わないことが決まったあと
「きてくれる予定だった?」
とメールが来たので
「わからないけど・・・会わないほうがよかったんだと思うからこれでいいんだよ」
と送った。
残念。
すっごく会いたかったんだからね!!
と、言えたらなぁ。
ふぬけの気分だ。
街を歩いていても彼と歩いたことばかり思い出す嫌な季節だけど、トレイシー・チャップマンとダイアー・ストレイツで乗りきるんだ。
そういえばダイアー・ストレイツはdire straits で「苦境」という意味。
29歳のがけっぷちの苦境でバンドを結成したからこの名がついたのだとか。
今私も苦境だなぁ、きっと、いつまでも私はダイアー・ストレイツの乾いた歌声を聞くたびに、27歳のこの「苦境の時期」を思い出すんだろうな。
クリスマス
何年も会っていないけど、ずっと、なんとなく会いたいなぁと思っていた友達にようやく電話して年末会うことになった。
他にもわさわさといろいろなことが動き出して、さすが師走。
まだほろほろ泣く夜も多いけど、それでもようやく私は痛みとかつらさと共存して歩いていけるような気になっていた、そんなときに揺さぶるように彼からメール。
クリスマス前の週末に会って欲しい、と。
返事はいらないから。待ってる。と。
揺さぶられる。
会いたいけど、行かないほうがいいのか。
自分のニーズ
自分で自分のニーズを満たしているかどうか?
しなきゃいけないことが多いのに怠けちゃって全然ダメ、とか浮気しちゃダメって分かってるのについ流されてしまう、とか、自分で自分のニーズに答えられていないとだんだん自分が曇っていくのだと思う。
人からどう見られているかをいつも気にしてしまうものだけど、自分にどう見られているかが実は一番大事なのかも。
会いたすぎる。
電話したい、会いたい、甘えたい。
でも。
たぶん、以前禁煙したときみたいに、我慢していればいつのまにか
「なくても大丈夫」
になるんだろうな。
最初はそんな日が来ることは信じられなかったけど、来た。
そういう日は来る。
でも。
会いたすぎる。
美術館めぐり
なんかピンボケな写真ですが…
「ベルギー王立美術館展」と「大エルミタージュ美術館展」へ行ってきた。
上野まで行って月曜休館で帰ってきたあの日
のリベンジ。
よかった。
400年の間、時代を越えてそれはそれは高貴な貴族たちや教科書に載ってるような著名な王様たちに愛されてきた名画を、今、この場所で、こんな私が見ていると思うと、なんだかその気が遠くなるような果てしなさもその絵の魅力になって、ただただひきつけられてしまった。
このどんよりした私の心の重さも一瞬ふっとぶというもの。
うじうじちまちました私の悩みなんてちっさいねぇ!
私は絵はくわしくないけど、どっちかっていうとモネとかルノワールのようなふんわりやさしい画風よりもレンブラントのような陰影くっきりの重厚なものやゴーギャンのような色彩鮮やかなものが好き。
今回の出展の中で素敵だなぁ、と思ったものは…
<ベルギー王立美術館展>
「聖ベネディクトゥスの奇跡」ペーテル・パウル・ルーベンス
「イカロスの墜落」ピーテル・ブリューゲル
<大エルミタージュ美術館展>
「果実を持つ女」ポール・ゴーギャン
「ナポリ湾の花火」オスヴァルト・アヘンバッハ
ふぅ。こんなかんじ。
またこういう催しものに行きたいな。
閉館時間に近くてゆっくりは見れなかったけど、日常を忘れて酔えるひとときでした。
ちなみに・・・
ちょっとおもしろいとおもったことが。
両方の美術展にルイ・ガレという画家の絵が出展されているのですが、彼の描く男性はなんだかかっこいい。
今回見た中で、ベルギーの方では「芸術と自由」という作品、エルミの方では「漁師と家族」という作品にそれぞれイケメンを発見しひとり喜んでたら、こんな記事 を発見。
みんな考えることは同じなんだなぁ。
