Thinking and Sinking -10ページ目

自己採点

珍しく、昨日今日と連続で友達と飲んだ。


一人なら悶々としてしまう週末になったろうからありがたい。





それぞれ半年以上会っていない友達と会ったのだけど、昨日と今日それぞれ


「人前で出した自分に満足しているか。」


に点をつけるとすると、昨日の自分は、65点くらい。


今日の自分は60点くらい。





私は昔からすごく人にどう思われるかに敏感で、意識するタイプだった。


昔昔、自分不信とは無縁のころは楽天的だったし自分のことも好きでいられたから、もし当時こういうふうに自分に点数をつけていたらたいてい毎回90点以上だったと思う。


「うーん今日は楽しかったし出せた自分にも満足♪」


というように。





今は長引く5月病と自分不信の中で、そんな自分なりに60点出せたならまぁがんばれてるほうかなーと思えるようになった。


今の私が「もっとがんばらなきゃ!」なんて自分で自分のお尻をたたくようなことをしたら、点を稼ごうとして、5月病初期の見栄張り期のように自分を必要以上に大物に見せたり誇ったりしてしまうことになっていただろう。


そうならないことを選べるようになっただけで一歩前進?


5月病初期の、自分を誇って虚栄心を満足させてた余裕のない私は、それはそれで当時の私なりにせいいっぱい自分に優しくしてあげたかったからそうしてたんだろうな。


方法は大きく間違っているけど、そんな自分の気持ちはにくめないなぁ。




いつも、60点くらいの自分でいられればいい。


むりをしなくていいと思うようにしただけで、いい自分ではいられてなくても、落ち着くもんだ。




好き

彼から、メール。


ごめんなさい。ありがとう。好きだよ。


そういうような内容。


私だって好きだよ。


好きだから一緒にいたいよ。


今日みたいな週末は特に一緒にいたい。


でももうだめだよ。


脳の中の「かしこさ」みたいな部分が、好きという気持ちだけで行動するのを許してくれない。


それなのに、好きだという気持ちを忘れたくないのはどうしてだろう。


本当は好きだから会いに行きたい。


好きなら会いに行けばいいじゃないか。


かしこさなんか、なんの役にも立たない。

別に悪いことをするわけでもないのに、当たるかどうか分からない天気予報みたいな未来の予想に左右されて、どうして自分の欲求を制御しなくてはいけないんだろう。


私は会いたい。


悪いことじゃない、なんで会っちゃいけないのかな。


たぶん私は、また別れることになると分かっているから、それがつらいんだ。


また同じ喪失のつらさを最初から繰り返すのが苦しいんだ。


弱虫だ。





本当はすごく会いたいよーーー


それ以上今彼に言うことはないくらい。


でも、返事には書かなかった。


返事には


こちらこそありがとうと、そして彼の好きだったところを並べて、幸せだったよと、そして好きでしたと、最後にさようならと書いた。


隙のない返事。







変わったね

心がかきまぜられる。


久しぶりの友達からの電話。


私はとても心がつんけんしていて見栄っ張りだった最近までの自分にとても疲れていて、この電話ではそうならないように、明るく楽しく自然でいるように努めた。


それが功を奏したのだろうか、


「昔と変わらないねー」


と言われた。


すごく、複雑な気分になった。


変わらない、と言うことが、あざけられたように聞こえてしまう自分に、とても複雑な気持ちになった。


彼女はそんな意味で言ったのではないのだろうけど勘ぐる自分を、よどんでいると思った。


「○○(彼女の名前)は変わったの?」


と彼女に聞いてみた。


「うーん、年相応に、変わったかな。」


と言っていた。





「変わったね」


「変わらないね」


ってどっちの言葉も、それがほめ言葉なのか、あざけっているのか、どっちにもなりうる。


けれど言った側には意図なんてそもそもないのかもしれない。


だけど、問題は受け取り方だ。


言われたほうの心に余裕がないと悪いほうに捉えて、言われたほうに余裕があればいいほうに捉える。




私は今なんだか自分でいることに疲弊していて、無理をして「自然体」を作るほど自分に余裕がないから、その言葉にムッとしたんだろう。


そんな自分にがっかりする。




もっとおおらかな人になりたいよ。


そして、自分を好きでいたい。


そして幸せになりたいな。


だけど思い描く幸せの光景にはつい、彼をつけくわえそうになる。


思えばここ数ヶ月、幸せだと思うときはいつも彼と一緒だった。


彼がいなくても、幸せだなぁと思える日がくるのだろうか。


しばらく恋はしたくない、だから自分で自分を幸せにしなくてはね。



淡々と

あの人ああいうところがあったからやっぱり別れてよかったんだよ


でもこういうところなんかはすごくよかった、もうあんな人には出会えないかもしれない


というふうに「別れたメリット・デメリット」に思いをめぐらして、自分のとった行動を分析してみる。


正しかったのかなぁ、間違っていたのかなぁ。


そんなの関係ないことだよね。


淡々と過ごせばあっというまに時は流れるでしょう。




美術館は月曜休館だ!!!

マイナスのループから抜けるために気分転換でも、と大エルミタージュ美術館展、ベルギー王立美術館展へ。


はりきって朝から出かけて上野駅についたところで「月曜休館」に気づく・・・・・


なんじゃそりゃー漫画みたいな出鼻くじかれっぷりだーーー。


気づかなかった私が悪いんだけどさ。


(12月は私の福の神がいっせいに私の運の大掃除をしているに違いない。厄を来年に持ち越さないための厄落としか?これでもかってくらいしぼりとられてもうなんも出ないよ)





仕方ないので新宿へ行ってぷらぷらして、HMVでトレイシー・チャップマンの1STアルバムを買う。


私は洋楽のCDはほとんど国内盤を買って、詞を読むのが好きだ。


このアルバムでトレイシー・チャップマンの歌う歌の中の女性は自立していない依存的な女性が多い。


ちょっと昔のにおいがする。


彼氏の身代わりに刑務所に入ってあげる女性の歌があったり、酒飲みで働かないお父さんの世話に追われ毎日同じ生活であることを嘆き、いつか彼氏(これまた働いていない)と街を出て行く夢を語る女性の歌があったり、盲目的なまでに献身的で、自分の正当な権利をまっとうできるような恋とは程遠い。


そんな行為は愛じゃない、盲目的すぎると私の価値観はそう言っている。


でも


「皆は私がバカだと言うけど それなら誰が彼の代わりに私を愛してくれるの?」


という歌詞に、今はとても共感してしまう。






やれやれ、今日もよく泣いた。


油断すると涙腺がゆるむ。




でも電話でお姉ちゃんと話してちょっと気分も上がったし、遠藤淑子さんの漫画でも読みながら暖かい気分で寝よう。

別れた次の日 その2

彼氏がいないフリーのときに思い描く彼氏像は


「泣いたっていいんだよ」


絶妙なタイミングでこういう暖かい言葉を言ってくれる人だった。


つらいことがあって泣きたいときとかに「こんなこと言ってギュってしてくれる人がいたらなぁ」なんてよく思った。




元彼は(そうか、もう元彼か。)そういう絶妙な温かい言葉のセンスはなかったけど、家族以外で初めて、つらいときに泣ける相手だった。


泣いてもいい場所ってのは、「泣いたっていいんだよ」よりも暖かいんだなぁと感じた。





そうです、今まぎれもなく感傷に浸っています。


過ぎた過去は美化されるから。


だけど別れた直後くらい、感傷に浸るのも許されるんじゃないか、なんて思う。


そうして泣く場所を失った今は、ところかまわず泣いてしまう。



やっぱりつらいなぁ。




別れた次の日

昨日泣いたから、顔がむくんで、ただでさえ頼りない奥二重の線が消えかけている。


多分今日、世界中で同じ思いで同じ顔で目覚めた人が何千何万人っているのかな。


ってこういう「世界」単位の空想っていかにも「別れた後の女子チックな感傷」ってかんじがして気恥ずかしいな。






彼とも誰とも会わない日曜日はヒマすぎるから、ずっとパジャマでネットを開きっぱなし。


こんな一日はいかんよなぁ。


そうだ、ブログのあちこちに書いてある「彼氏依存からの脱却」だのなんだのってサブテーマを書き換えよう、と思って書き直し。


ブログの概要は「恋愛と自分の両立」から「自分の再生」に書き換え。





「自分の再生」だなんてなんだか大げさだけど、気分的には今そんなふう。


だって、ゼロになってしまった。






とある占いで、今年は3年続く低調期の最後の年。


確かに3年間トータルで考えると沈んだ3年だった。


そして最後の年の最後の月である今月、彼と別れてとうとう、いよいよ、すっからかん。





今年。


転職のために仕事を辞めた。


そしてしばらくちょっと休憩して、いざ転職活動をしますか、ってときになって急に不調に襲われた。

どうしてか、分からないけど見栄と虚勢だけがむくむくと成長して、すごく攻撃的な自分になってしまって、そしてすごく自分が傷つくのを恐れるチキンになってしまった。


とにかく自分に自信がなくなって、人と話すこともできなくなってしまった。


とにかく面倒になってしまったのと、傷つくのが怖くて。


やる気もなくテンションも低く、自分に自信がなくなって人と話すこともできなくなって友人とどんどん連絡を絶って、さらに未知のこと・もの・人に対して恐怖感にとらわれるようになって、動けなくなった。


自分を嫌いで自己嫌悪ばかりして動けなくて、心が重くて、つらくて、基本的に楽天的に生きてきた私にとってこんなことは初めてだった。







だけど部屋でぽろぽろ泣いていた最悪の状況は脱して、厚塗りの虚勢の殻が、ポロポロと少しだけ剥がれてきたかな、と思えた矢先。






彼と別れた。






不調っていうのは、大掃除かってくらい、とことんあらいざらいしぼりだすね。


すべてを運のせいにしたくないけど、それにしてもこういうことは重なるもんだね。


私の持っているいいものも悪いものも全部、手放してしまった。


仕事なし彼氏なし自分に自信なし。


もちろん、健康、家族、残ってくれている少ない友達。そして時間。


持っている物だっていっぱいあるのだということを忘れないようにしよう。


ありがたいことだ。






でも、私に残された数少ない希望的側面をすべてまっくろに塗りつぶすくらい、彼の不在はしんどい。


まだ前向きなことは書けない。


とりあえず明日エルミタージュとベルギー王立美術館展に行ってこよう。


大きなものを見る、というのはその場しのぎかもしれないけど解決法のひとつ。


道中なにも考えなくてすむように、今日はmp3プレイヤーをしっかり充電して寝よう。





お別れ その2

結局さっきの投稿の直後、8時くらいに電話が来た。


出たらダメだと書いたのに、出てしまって、それから7時間、今まで話し続けた。


泣いて、笑って、怒って、口論して、また泣いて、笑って、そして、さようならをした。





7時間かかったけど、本当に、本当の、お別れだ。






そもそもの事の発端は、今日も彼と些細なケンカをしたこと。


そのとき怒った彼に、「死ね」「自殺すれば」と言われたこと。


それで別れを決意した私が、彼の部屋に荷物をとりに行くために、彼をなだめすかして「仲直りのため」と嘘をついて彼の怒りを鎮め、彼の部屋に行き、隙を見て荷物をまとめたこと。


だまされたと気づいた彼が荒れて、私を蹴飛ばして、服のフードをひっぱって倒したこと。


泣きながら帰って、そして、さっきの投稿をしたのだった。


そうしたら反省したと言う彼から電話がきたのだった。









7時間話して、あまりにも彼が優しくて、2年半の幸せな思い出がよぎって、後ろ髪を引かれまくったのだった。


それでもなんとか別れを告げて、電話を切って、そして今に至る。








今でも、別れなければよかったという気持ちが消えない。


ばかだなぁ。


暴力男だよ?


でも、考えてしまう。


別れたことは合ってるのかな。間違ってるのかな。


彼はいつもケンカのたびにキツイことばかり散々わめき散らし、さらに彼を傷つけることを言い過ぎてしまう私を毎回毎回、いいんだよって許してくれていたのに。


私が許せないのは心が狭いのかな。


許していれば、また前のような幸せな日々が送れたかな。


彼の優しい声を聞いてしまったから、心が迷う。








ばかだなぁ。


暴力も二度目だよ?


一度目ははたかれただけだけど、それで激怒した私に泣きながらもう絶対しませんって謝ってきたのに。


それがまだ10月のことなのに。


舌の根も乾かぬうちに二度目。


やっぱり、もうやめたほうがいいのかな。


いいんだろうな。


苦労するだろうな。


もうやめよう。


彼のことは。


振って正解!


かなぁ。


人の相談だったら超真剣に「そんな男は別れて正解だ」ってことを理詰めで説得できる自信がある。


なのに自分のこととなるとさっぱり善悪のものさしがゆがむんだなぁ。


未だに、別れないで彼をもう一度信じればよかったんじゃないかと考えてしまう自分がいる。








それにしても、今年は本当に散々だ。


はぁ。






けど、電話してる7時間の間にあんだけ泣いて笑って怒って、

いわゆる別れの後の感情の起伏や喜怒哀楽を全部くぐり抜けてしまったかんじ。


今はぼうぜんと、ただ虚無感。





明日からしんどいなぁ。


別れた直後って、息するのもしんどくて、一秒ごとに心臓を針に刺されてるような感覚で、気を抜くと涙が出てくる。


あの状態がまた明日からくるのかなぁ。



別れってしんどいよ。


しんどい。





お別れ

毎日の生活がやけにかすんで見えるような状態が続いて、多分ここは行き止まりなんだろうな。





さらに、今日彼と別れた。


ここんとこ、ありえないくらい毎回ケンカだったもんなぁ。


よくここまで持ったもんだと思う。


ケンカ別れだけど、とうとう手を上げられて蹴られて、と言う終わりだったからいっそ後腐れがなくてよい。


後腐れはないけど、胸に引っかかるものがあって、これは未練か、執着か、でももう捨てなければ。





失恋は、振るのも振られるのも話し合って別れるのもケンカ別れも、どれでもつらいんだ、忘れてた。


つらいけど、 ダメなんだよ、もう電話に出ちゃいけない、そこは行き止まりだよ。

ケンカ

新宿へ。


ケンカして、別々に帰った。


お互い謝って、そしてまたケンカだ。


どーかしてるよ。ほんと。