隣 人 ノ 憂 鬱 -4ページ目

名は体を表すのだろうか。

今日のお昼はホカ弁だった。


から揚げ弁当を注文し丸椅子に腰掛け出来上がりを待つ。隣の席には先客が、カウンター上のメニューを眺めながら座っている。ありえない大きさの口をぽっかりと開きながら。


何かに集中した時に、ついつい口があいてしまう事は誰にだってあるだろう。しかし今回はそんなレベルの話ではない。それはあまりにも大きく、無意識に開いてしまう域をかるく通り越している。


わずか30cm隣でそれだけデカい口を開いていられると、何か身に危険すら感じるから不思議だ。それにしてもデカい。失礼だど分かっていても目をそらす事が出来ない。


相撲で言えば砂被り席での観覧。ハッキリ言って夢中だ。届くはずもないと知りながら、「口閉じろ、口閉じろ」と心の中で念じてみる。夢見心地で念じていると、カウンターの中から声が聞こえた。


「でみ弁出来たよー」と。ぽっかりと開いた口は砂被り席から遠ざかり、カウンターへと向かっていく。どうやら「でみ弁」は、お口さんが頼んだらしい。どうでもいいが「でみ弁」てなんだろう。


お口さんは、白いビニール袋に入った「でみ弁」を持って店から出て行った。お口さんを見送ったあと、隅から隅までメニューを見直してみたが、「でみ」の付く弁当などありはしなかった。


「でみ弁」が何なのか、店の人に聞くのは簡単だ。しかしここで聞いてしまえば、お口さんに負けた事にはならないだろうか。自問自答を繰り返し、結局聞かずに店を出た。


そして今、就寝を間近に「どう考えても負けた事にはならないだろー」と思い至る。ああ、聞いておけばよかった。


「でみ弁てなあに?」って。

己を知る。

会社を辞めたい。


辞めたい理由はいろいろとあるため、とにかく辞めたいとしかいいようがない。今まで何度か辞めたいと思った事はあったが、今回ほど切に辞めたい思った事はない。


新しい職場はないかとネットで検索してみる。しかし思いとは違うページしか現れない。どうしたのかと思えばハローワークとハローページを間違っている始末。


仕方がないので笑ってみるが、あまりの情けなさに心の底から笑えない。情けなさを通り越し侘しささえ感じる。もう一度冷静になって考えてみる。


ハローワークとハローページの違いもよくわからない人間が転職など考えてはいけないと思った。

闇の中の正体

秋だ。


残暑もなく、今年はなんとも過ごしやすい。そういえばあの年も、こんな過ごし

やすい秋だった。7,8年も前になるだろうか、週末の深夜、友人と二人真っ暗

な農道を車で走っていた。


少し開けた窓から流れ込む冷えた風、フロントガラスにぶつかっては消え、また

ぶつかっては消えゆく虫、カーステから流れるマーク・ボラン、前後に車は一台

もなく、また対向車も皆無。


快適さを通り越し、少し寂しささえ感じるほどだった。農道を進につれ人家もま

ばらになり、そのうち田んぼ以外何も見えなくなる。たわいもない話に花を咲か

せながらも、あまりに暗い道に意識を集中していた。


その時、かなり前方に、ゆらゆらとゆらめく光る何かが見えた。「あれ、何だろ

う?」今にも口から飛び出してしまいそうな言葉をのみ込み、光る何かに目を凝

らす。


それは徐々に近づき、さっきは、ゆらゆらとゆれているように見えていたが、上

下上下に規則正しく動いている事が分かった。「自転車か・・」自転車のペダル

についている反射板がヘッドライトに照らされ光っているようだ。


車を道の中央へ寄せながら、自転車を抜く準備をする。しかし不思議な事に、一

度近づいた自転車は、それ以上近づいてくる様子がない。走っても走っても一定の距離を保ったまま、あいかわらず上下上下と動いている。


スピードメータを見ると、針は時速70kmあたりを指している。「追いつけな

いワケがない」そう思った瞬間、その光は右へ緩やかに曲がっていった。ドキッ

とした。


単調な上下の動きだけだった光に急に別の動きが加わる。何が起きたのか、何とも言えない不安を胸に、光が曲がっていったあたりへさしかかると、道が緩やかな右カーブである事がわかった。


「なんだ」少し肩すかしでも食らったような気分で前方の闇へ目を向ける。しか

し、そこにはもう自転車のペダルはなかった。路肩に止まった自転車も、横にそれるあぜ道もなく、まして人家などありはしない。


何も言わなかった。隣の席の友人を怖がらせたくはなかったし、何にもまして口

に出してしまえば、自分の恐怖を抑えきれない事がわかっていたから。それからどのくらいの時間走っただろうか。


徐々に街灯も増え、まもなくオレンジ色の光を放つ駅があらわれた。車を止め、

自動販売機でコーヒーを買いながら友人に話しかける。「オレ、いやなものみたかも知れない・・・」


バカにされる事を覚悟で、思い切って告白してみた。ところが友人は急に真顔に

なり「・・・オレも、みた・・」と唇を震わせている。その瞬間、あれは見間違いではなかった事を確信した。


「なんだと思う?」友人に問いかけてみる。友人は「あれはきっと自転車で・・

田んぼに落ちた・・のかも・・・」と消え入るような声で呟く。「本当にそう思う?」続けざまに質問をしてみる。


「ん・・・」それっきり友人は口を開こうとしない。しばらく沈黙が続き、缶コ

ーヒーを飲み干したころ、おもむろに友人が言葉を発した。「あれは幽霊だよ。事故か何かで死んだ人の幽霊だよ・・・」と。


それ以降、何の言葉を交わすでもなく友人と別れ家に帰った。布団にもぐり込み友人の言葉を思い浮かべる。「あれは幽霊だよ」か・・。しかしそれは大きな間違いだ。


だってあれはエイリアンだもの。きっと何かの調査に違いない。そうだ、アレだ

。いなごミューティレーションだ。

「てん」の恵み

ある会社の方と名刺の交換をした。


名刺には「犬山○○」と名前が書かれている。「動物できたか」と思いながら名刺を眺めていると犬山氏が言った。「あ、それ名刺の名前間違ってますから。私、大山と申します」と。


よく話を聞いてみると、先週の月曜日に名刺を発注し、金曜日に出来上がった名刺が手元に届く。よく確認もせずせっせと名刺入れに詰め込み、暇な午後を何とか乗り越え、夜のネオン街へもんどりうって出陣。


そして今日、しかもついさっき名刺に書かれている自分の名前に、「てん」がいっこ多い事にようやく気づいたそうだ。そんな古典落語的な話に愛想笑いを浮かべながら思う。


「間違ってんなら渡さなきゃいいのに」と、「どうしてそこまでして渡したいのだろう」と、「別に犬山でいいじゃん」と。名刺を渡さないと失礼だと思っているのだろうか。間違った名前の名刺を渡す方がよっぽど失礼だと思うのだけれど。


まあなんにせよ、犬(大)山氏の事は何年経っても忘れる事はないだろう。いいのか悪いのかは別として、名刺の名前にてんがいっこ多いというインパクトと共に現れたのだから。


もし相手に自分を覚えていてほしい時は、微妙に間違った名前の名刺を渡すのも、ひとつの手かも知れない。ただ間違ったまま名前を覚えられるリスクは非常に高い事を覚悟しなければならない。

1対1なら負けはしない。

自動販売機で買ったミネラルウォーターを飲みながらふと思った。


なぜ高い金を払って水を飲んでいるのだろうと。多少の美味い不味いはあったとしても、砂糖と塩ほど味が違うわけでもないのに。だいいちペットボトルは後始末が面倒だ。


ラベルをはがし、燃えるゴミだ、燃えないゴミだ、リサイクルだと分別しなくてはいけない。それに比べて水道水ときたらコップを構え蛇口をひねれば水が出る。飲み終わればちょっとゆすいでOKだ。


こんな手軽で、美味くもないが不味いくもないものが、すぐそこにあるというのに何故ミネラルウォーターを・・・。腕組みしながら少し考えたフリをしてみる。途端にひらめいた。


きっとお金を使いたい心理に違いない。銃を手にすれば撃ってみたくなるように、刀を手にすれば切ってみたくなるように、新しい電化製品を買った時、説明書をよむよりまずいじくりまわしてしまうように。


手にしたものを使ってみたくなるのは人間の心理なのだ、きっと。きっと。きっと。たぶん。つまり、お金をもっているから、たっぷりもっているから、いやというほどもっているから、あきれ返るほど小銭をもっているから使いたくなってしまう。



「だって重いんだもの。小銭がとっても重いんだもの。」
                            み○を



今日は、重力と小銭のタッグに負け、無駄遣いをした自分を反省しよう。

取り残されたら曝け出せ。

ゴミの集積所に、ひとつだけゴミ袋が残されている。


昨日は燃えるゴミの収集日だったのに何故ひと袋残っているのだろうか。積み忘れか、それとも燃えないゴミでも入っているのか。近づいてみると何か見覚えのある袋、透明なポリ袋、9割がたティッシュで埋め尽くされた袋・・・。


間違いない、昨日出したうちのゴミ袋だ。何故だ、何故持っていかない。ちゃんと透明ゴミ袋で出しているのに、燃えるものしか、というよりティッシュしか入っていないのに。それともティッシュだらけだから持っていかないのか?


鼻をかんだだけなのに、それ以外は何も使っちゃいないのに、本当に鼻をかんだだけなんだ・・・。今が花粉症の一番酷い時季なので大袈裟ではなく1日1箱ティッシュを使ってしまう。だから3日もすればゴミ袋はティッシュでいっぱいになってしまうんだ。


などと誰もいないゴミ集積所で呟いてみる。いつまでゴミ袋に寄り添っていても仕方がないので集積所を後にする。なんど振り返ってみても、一人ぼっちのゴミ袋は、その中身をさらけ出したままポツンとそこに留まっていた。


そこを通りかかる見ず知らずの人に、中の中まで見られると思うと思わず興奮してしまうので・・・。間違った、恥ずかしいので早く持っていってもらいたいものだ。


放置・・・。

この痛みと引き換えに。

鼻の毛穴パックをやってみた。


説明書通り15分放置する。指で触ってみるとパッカパカに固まっている。いざ剥がし出してみると、その痛さに絶句する。ゆっくり剥がしていると涙が溢れ出て止まらない。


いっきに剥がそうとするが、あまりの痛さに力が入らない。もしかして鼻がもげているかも知れないという不安が胸をよぎる。恐る恐るカガミを覗き込んでみると、1/3ほど剥がれたパックを鼻につけ、涙にくれる自分が映っていた。


そのブサイクさに泣きながらも笑ってしまう。しかしいつまでも泣き笑いはしていられない。ちゃんと鼻もついている事が確認できたので、パック剥がしを再開する。少し時間があいたせいで手の力が完全に抜けてしまった。


仕方がないので、毛穴パックをペンチで挟んで続きを剥がす。悶絶する事5分。ようやく全てを剥がしきる。再度鼻がもげていないかを確認し、しばし放心。涙が乾くのを待って毛穴パックを見てみる。


そこには白い突起物がひとつだけくっついていた。まるで岩場に張り付く孤独なフジツボのよう。それにしてもあれだけの痛みと引き換えにたったいっことは何事か。いったい古い角質や鼻脂は何を考えているのか。


こっちは鼻がもげてしまうかも知れないリスクを背負って戦っているのだから、もう少し協力的になってもらいたいものだ。それにしてもいつまでも鼻の頭がピリピリする。痛みを紛らわすために、さすったり揉んだりしていると鼻血が出てきた。


もう何が何だか分からないので寝る事にする。

場所を選ばず。

海外旅行へ行きたい。


近場で グァム あたりを狙っている。以前社員旅行で行った事があるが、滞在時間のほぼ全てを部屋で寝て過ごしたので、どんなところなのか全く知らない。天気がよかった事だけは覚えている。


そんな不完全燃焼のグァム旅行だっただけに、もし行ったなら是非ともリベンジを果たしたいと思っている。完全な逆恨みだとは分かっているが、リベンジと言わずにはいられない。


リベンジ、つまりグァムを思う存分満喫するという事。遊んで遊んで遊びまくるという事。ところでグァムって何があるのだろうか? グァムでは何を満喫すればいいのだろうか?「のんびり」は前回おつりが来るほど満喫したのでもういい。


しかしそうやって考えると、何処へ行っても基本は「のんびり」な気がする。ハワイへ行ってはのんびり、西海岸へ行ってはのんびり、ヨーロッパへ行ってはのんびり。のんびりするのにわざわざ海外へ行く必要があるのだろうか。のんびりしたいなら一番のんびり出来る自宅でいいんじゃないだろうか。


グァム・・・


自宅でいいか。

出口なき螺旋

今日も仕事だ。



休日ってなんだ? 言葉以上のものは存在しない自由や権利みたいなものか? まあそんな事はどうでもいいが、今はただ休みたい。ああ休みたい。ああ休みたい。



休日にはやりたい事がいっぱいある。寝坊に昼寝、ごろ寝にざこ寝、これだけ寝ても寝たりない、尽きる事無く湧き出る泉の如きこの欲望。誰か助けて、この睡眠地獄から助け出して・・・。



なんて、こんな事ばかりしているから休日出勤になるのは分かっている。真剣に生きてはいるが、真剣に仕事をしていないのがいけない。毎日毎日真剣に仕事をするなんて、南極を裸で横断するより難しい。



いったいどうすればいいのか・・・。どうすればこの不のスパイラルから脱する事が出来るのか・・・。いや、ちゃんと仕事をすればいいだけなのは分かっているのだけれど、出来ないから困っている。



うん、明日も出勤だな。

地下室の憂鬱

あれは確か去年の9月頃だったか、ある理由でビルの地下に少しの時間閉じ込められた事があった。



そこは壁も天井もコンクリートが剥き出しで、薄暗くカビ臭いただ広いだけの空間だった。床には無造作に放り出されたダンボールが数箱あるだけで、他には何も見当たらない。



少し中を歩いてみる。奥に進むにつれ、天井面についている照明は間引きされ、その数の半分ほどしか点灯していない。ただでさえ暗い上、この照明の数では足元すら満足に見えない。



ほどなくしてコンクリートの壁が目前に現れた。どうやら入口からみての最奥まで来たらしい。結局なにもない地下の空間に、何か肩すかしでも食らったような気持になる。



勝手に期待した方が悪いのだと思い直し、引き返そうとした時だった。何かが一瞬視界の片隅を横切った気がした。ハッとして薄暗いだけの床に目をやり、息を殺しながら一点を注視する。



すると、闇の中から小さな黒い楕円形が「ぽーん」と跳ねて、また闇の中へと吸い込まれていく。少しの恐怖を感じながらも、その正体を知りたいという好奇心から、なおも闇を見つめ続ける。



徐々に馴染んだ目は少しだけ闇を追い払い、その中に「ぴょんぴょん」と小さく跳ねる楕円形を再び捉えた。どこかで見覚えのある姿。瞬時に恐怖は去り、飛び跳ねる楕円形を今度はこの手で捕えてみる。



素早く、出来る限り優しく両手で包みこむ。掌を通し、ひんやりとした感触が伝わってくる。閉じた手を少しずつ開いていくと、両手両足を折り畳んだ小さなカエルがケロケロと喉を動かしていた。



「カエル・・・」どこから入って来たのか。どこかに通気口でもあるのだろうか。こんな食べるものなど何もない無機質な空間に、いったい何時からいるのだろうか。こんな場所に、何か生きる術があるとでもいうのだろうか。



誰かが助けに来たら、一緒に外へ連れ出してやろうと思った。カエルを掌にのせながら、1時間も待っただろうか、地下室の扉が開く音がした。「助かった」と出口へ向かって歩き出し、外へ出た瞬間の日差しの眩さを想像する。


ふと思った。9月とはいえ、まだ残暑が厳しい季節。外は水場も緑もないアスファルトとコンクリートの世界。このまま連れ出してしまったらカエルは死んでしまうのではないだろうか。



もしかしたら、カエルはそんな世界から逃げ出して、何もない、日の光さえもない地下室に逃げ込んだのではないだろうか。「カエルよ、どうしたらいい? どうしたらいい?」



カエルは何も答えない。相変わらず喉をケロケロと動かしているだけ。結局なにが一番カエルの命を存えさせる事なのか分からないまま、地下室にカエルを残し、扉の外に出てしまった。



あれから8か月が過ぎ、今日再び地下室を訪れる機会に恵まれた。あれほど暗かった地下室は、今では全ての照明がつけられ、陰になるばしょもありはしない。カエルはどこかと隅々までくまなく探してみる。



しかしカエルはどこにもいない。死骸も、ここに生命があった痕跡も、何ひとつ在りはしない。カエルは何処から来て、何処へ行ったのだろう。カエルをここに取り残した事は間違いではなかったろうか。



カエルを手に乗せたあの冷たさが、まるで温もりの様に思いだされる。だからといって別に悲しいわけでも、後悔の念に駆られるわけでもない。ただ漠然と、あの時カエルを連れ出していたらと思う。



ただぼんやりとそんな事を考えながら、相変わらず何もない地下室をあとにした。