名は体を表すのだろうか。
今日のお昼はホカ弁だった。
から揚げ弁当を注文し丸椅子に腰掛け出来上がりを待つ。隣の席には先客が、カウンター上のメニューを眺めながら座っている。ありえない大きさの口をぽっかりと開きながら。
何かに集中した時に、ついつい口があいてしまう事は誰にだってあるだろう。しかし今回はそんなレベルの話ではない。それはあまりにも大きく、無意識に開いてしまう域をかるく通り越している。
わずか30cm隣でそれだけデカい口を開いていられると、何か身に危険すら感じるから不思議だ。それにしてもデカい。失礼だど分かっていても目をそらす事が出来ない。
相撲で言えば砂被り席での観覧。ハッキリ言って夢中だ。届くはずもないと知りながら、「口閉じろ、口閉じろ」と心の中で念じてみる。夢見心地で念じていると、カウンターの中から声が聞こえた。
「でみ弁出来たよー」と。ぽっかりと開いた口は砂被り席から遠ざかり、カウンターへと向かっていく。どうやら「でみ弁」は、お口さんが頼んだらしい。どうでもいいが「でみ弁」てなんだろう。
お口さんは、白いビニール袋に入った「でみ弁」を持って店から出て行った。お口さんを見送ったあと、隅から隅までメニューを見直してみたが、「でみ」の付く弁当などありはしなかった。
「でみ弁」が何なのか、店の人に聞くのは簡単だ。しかしここで聞いてしまえば、お口さんに負けた事にはならないだろうか。自問自答を繰り返し、結局聞かずに店を出た。
そして今、就寝を間近に「どう考えても負けた事にはならないだろー」と思い至る。ああ、聞いておけばよかった。
「でみ弁てなあに?」って。
己を知る。
会社を辞めたい。
辞めたい理由はいろいろとあるため、とにかく辞めたいとしかいいようがない。今まで何度か辞めたいと思った事はあったが、今回ほど切に辞めたい思った事はない。
新しい職場はないかとネットで検索してみる。しかし思いとは違うページしか現れない。どうしたのかと思えばハローワークとハローページを間違っている始末。
仕方がないので笑ってみるが、あまりの情けなさに心の底から笑えない。情けなさを通り越し侘しささえ感じる。もう一度冷静になって考えてみる。
ハローワークとハローページの違いもよくわからない人間が転職など考えてはいけないと思った。
闇の中の正体
秋だ。
残暑もなく、今年はなんとも過ごしやすい。そういえばあの年も、こんな過ごし
やすい秋だった。7,8年も前になるだろうか、週末の深夜、友人と二人真っ暗
な農道を車で走っていた。
少し開けた窓から流れ込む冷えた風、フロントガラスにぶつかっては消え、また
ぶつかっては消えゆく虫、カーステから流れるマーク・ボラン、前後に車は一台
もなく、また対向車も皆無。
快適さを通り越し、少し寂しささえ感じるほどだった。農道を進につれ人家もま
ばらになり、そのうち田んぼ以外何も見えなくなる。たわいもない話に花を咲か
せながらも、あまりに暗い道に意識を集中していた。
その時、かなり前方に、ゆらゆらとゆらめく光る何かが見えた。「あれ、何だろ
う?」今にも口から飛び出してしまいそうな言葉をのみ込み、光る何かに目を凝
らす。
それは徐々に近づき、さっきは、ゆらゆらとゆれているように見えていたが、上
下上下に規則正しく動いている事が分かった。「自転車か・・」自転車のペダル
についている反射板がヘッドライトに照らされ光っているようだ。
車を道の中央へ寄せながら、自転車を抜く準備をする。しかし不思議な事に、一
度近づいた自転車は、それ以上近づいてくる様子がない。走っても走っても一定の距離を保ったまま、あいかわらず上下上下と動いている。
スピードメータを見ると、針は時速70kmあたりを指している。「追いつけな
いワケがない」そう思った瞬間、その光は右へ緩やかに曲がっていった。ドキッ
とした。
単調な上下の動きだけだった光に急に別の動きが加わる。何が起きたのか、何とも言えない不安を胸に、光が曲がっていったあたりへさしかかると、道が緩やかな右カーブである事がわかった。
「なんだ」少し肩すかしでも食らったような気分で前方の闇へ目を向ける。しか
し、そこにはもう自転車のペダルはなかった。路肩に止まった自転車も、横にそれるあぜ道もなく、まして人家などありはしない。
何も言わなかった。隣の席の友人を怖がらせたくはなかったし、何にもまして口
に出してしまえば、自分の恐怖を抑えきれない事がわかっていたから。それからどのくらいの時間走っただろうか。
徐々に街灯も増え、まもなくオレンジ色の光を放つ駅があらわれた。車を止め、
自動販売機でコーヒーを買いながら友人に話しかける。「オレ、いやなものみたかも知れない・・・」
バカにされる事を覚悟で、思い切って告白してみた。ところが友人は急に真顔に
なり「・・・オレも、みた・・」と唇を震わせている。その瞬間、あれは見間違いではなかった事を確信した。
「なんだと思う?」友人に問いかけてみる。友人は「あれはきっと自転車で・・
田んぼに落ちた・・のかも・・・」と消え入るような声で呟く。「本当にそう思う?」続けざまに質問をしてみる。
「ん・・・」それっきり友人は口を開こうとしない。しばらく沈黙が続き、缶コ
ーヒーを飲み干したころ、おもむろに友人が言葉を発した。「あれは幽霊だよ。事故か何かで死んだ人の幽霊だよ・・・」と。
それ以降、何の言葉を交わすでもなく友人と別れ家に帰った。布団にもぐり込み友人の言葉を思い浮かべる。「あれは幽霊だよ」か・・。しかしそれは大きな間違いだ。
だってあれはエイリアンだもの。きっと何かの調査に違いない。そうだ、アレだ
。いなごミューティレーションだ。
「てん」の恵み
ある会社の方と名刺の交換をした。
名刺には「犬山○○」と名前が書かれている。「動物できたか」と思いながら名刺を眺めていると犬山氏が言った。「あ、それ名刺の名前間違ってますから。私、大山と申します」と。
よく話を聞いてみると、先週の月曜日に名刺を発注し、金曜日に出来上がった名刺が手元に届く。よく確認もせずせっせと名刺入れに詰め込み、暇な午後を何とか乗り越え、夜のネオン街へもんどりうって出陣。
そして今日、しかもついさっき名刺に書かれている自分の名前に、「てん」がいっこ多い事にようやく気づいたそうだ。そんな古典落語的な話に愛想笑いを浮かべながら思う。
「間違ってんなら渡さなきゃいいのに」と、「どうしてそこまでして渡したいのだろう」と、「別に犬山でいいじゃん」と。名刺を渡さないと失礼だと思っているのだろうか。間違った名前の名刺を渡す方がよっぽど失礼だと思うのだけれど。
まあなんにせよ、犬(大)山氏の事は何年経っても忘れる事はないだろう。いいのか悪いのかは別として、名刺の名前にてんがいっこ多いというインパクトと共に現れたのだから。