隣 人 ノ 憂 鬱 -6ページ目

守護者なき宝。

自宅から車で10分ほどのところに歴史資料館という公共の施設がある。

期間限定で、資料館所蔵の古地図を展示しているとの情報を得た。ここで期間限定という文字を見逃してはいけない。なんせ期間限定なのだ。つまり期間が限定されているという事。

今これを見逃すと、もう二度と見る事が出来ないかもしれない。そんなはずはないと分かっていても100%とは言い切れない。前置きが長くなったが、要は古地図展を見にいったという事だ。

どれだけ盛況なのかと展示室に入って見ると、ただの一人もいない。物陰に隠れているのかもと思い部屋中を駆け回ってみるが、自分以外の生命反応が一切感じる事が出来ない。

しかもやたら暗い。部屋の照明が半分しかついていない。その暗さを例えるなら行灯だ。ゆらゆら揺らめきこそしないものの行灯そのものの照度。健康ランドの仮眠室を思い出させる。

そんなもんだから展示されている古地図もよく見えない。それでもガラスケースに額を擦り付けながら古地図をみていると、「展示物保護の為に照明を暗くしております」の注意書き。

なぜ古地図と共にガラスケースに注意書きを入れて置くのだろうか。なぜ入り口に表示しておかないのだろうか。訳が分からない。それにしても暗すぎやしないか。

どうして誰もいないんだ。どうして係員の一人もいないんだ。どうして監視カメラの一台もないんだ。誰かに古地図を持っていかれても相等な時間誰も気付きはしないだろう。

いいのか?本当にそれでいいのか?ここは歴史資料館、原本を展示する資料館、展示室には自治体指定の重要文化財も含まれている資料館。ゆるゆるだ。赤ちゃんのウンチ並みにゆるゆるだ。

一時間弱資料館の中でウロついていたが結局誰一人して現れる事がなかった。何か寂しい気持ちで資料館を出ると、青々とした芝生の上で、豪快に弁当を広げる植木職人がランチタイムとしゃれ込んでいた。

こんな物騒な平成の世で、時間に取り残されたピヨピヨ空間がまだ残っていたんだなぁ。

この渇きを癒すものは何か。

喉が渇いた。

何か飲もうと冷蔵庫を開けてみる。ミネラルウォーターを飲もうかと思ったが、今日は何か違うものをと体が訴えている。お茶も飲みたい気分じゃないしゴテゴテと甘いジュースや果汁100%なんてのも飲みたくない。

かといって炭酸なんてイヤだし、スポーツドリンクじゃ物足りないような。牛乳なんてないし野菜ジュースは候補に入れるのも嫌だ。アルコールといえば料理用の日本酒が少々。

結局飲み物を飲みたくない事が分かった。しかし喉が渇いているから不思議だ。人体とは、今現在不足しているものを欲すると信じていたが、身をもって「そうとばかりはいえないかもっ」という結論を導きだした事になる。

スパイダーマンで社長がグリーンゴブリンになったように、インビジブルで博士が透明人間に変身したように、ザ・フライで研究者がハエ男と化したように、このままだと自分も飲み物男になってしまうのだろうか。

どうでもいいが、こういう場合は何を飲んだらいいのだろうか。

事の始まり。

塗り薬を最後まで使い切った事がない。

しかし使う薬が決まっているので同じ塗り薬が5,6ケある。全部足したら3ケ分くらいはあるんじゃないだろうか。どうして前の薬を使い切る前に新しいものを買ってしまうのだろう。

いけないと分かっていてもついつい買ってしまう不思議。そういえば目薬も同じものが何個かある。あ、リップクリームなんかも同じものがある。

そうだ、整髪料のワックスも数個ある。ついでに車のワックスも2,3缶あるなぁ。そうそう、サンオイルなんかも10年前のものから去年のものまでズラリと揃っているっけ。

ビンテージモノの始まりって、案外こんな事からかも知れない。

称えよ先人。

今日は、昨日とは別の城跡に行ってきた。

お昼に到着し、閉館までずっと石垣を見ていた。

よく積んだもんだ。

160円分の願い。

ある城跡を見に行った。

そこは公園になていて、中には神社が建っていた。せっかくなので参拝でもと思い、お賽銭として100円を投入する。賽銭箱の向こうに参拝方法が記されている。

「2礼2拍1礼」。それに習って参拝開始のはずが、何を思ったかいきなり2拍してしまった。気付いた時には後の祭りで、何かこの間違いお賽銭の効力がなくなってしまった気がした。

仕方がないのでまたお賽銭を投入する。今度は50円で勘弁してもらう事に。今度こそ2礼をと頭では分かっているのだがまたしても2拍。もういいかとも思ったが「ここまできて」の思いからもう一度だけチャレンジを試みる。

お賽銭として10円を投入する。これで合計160円だ。今度こそ失敗は出来ない。落ち着いて2礼、続いて2拍、最後に忘れる事無く1礼。やれば出来るじゃないか。

ほっとすると同時に満足感で心がいっぱいになった。何も願い事をしなかった事に気付いたのは、帰宅後夕食を半分食べ終えてからだった。

160円分の願い事を。

抑えきれない衝動。

本が好きだ。

読むのがではなく買うのが好きだ。まだ読んでいない本が少なくとも20冊はある。余裕で。でも欲しい本がまだまだ沢山ある。今週も3冊買ってしまった。

そして今思いつくだけでも5冊欲しい本がある。今月中には間違いなく買ってしまうだろう。そして読むことはないだろう。これは病気だろうか。どうしたらいいだろうか。

買わなければいいという事は分かっている。分かっているが買ってしまう。

ああ。

何にでも救いはある。

父親から電話があった。

質流れでウォークマンを買ったとの事。PCも出来ないのに買ってどうするのかと話していると、どうやらカセットテープを入れるウォークマンを買ったらしい。もうそれ以上何も聞く気になれなかった。

ふと考えてみる。歳を重ねると時代についていくスピードが鈍くなるのだろうか、それとも時代の変化するスピードが加速しているのだろうか。果たして時分は時代に追いついていると言えるのだろうか。

時代の変化に対応する俊敏さが失われてゆく事も、時代の変化が加速していく事も、それはとても残酷な事のように思える。ただ時代に取り残された者は、その残酷さに気付かずに済む事だけが救いなのだろう。

荒行だろうか。

駅前を歩いていると、サウナの店から人が出てきた。

店員でなければ、サウナに入ったお客さんなのだろうけれど、この暑い日になぜサウナになど入るのか不思議だ。しかもそのまま車に乗り込み、汗を流しながら走り去っていった。

この天気ならサウナより車中の方が確実に暑いのに。エンジンを止めればそれでもうサウナの出来上がりなのに。

それにしても、なぜ今日サウナなのか。

見栄がなければ価値もない。

暑くなってきたのでサンダルを買いにいった。

すると、女性モノのサンダルが4万8千円で売られていた。信じられない。靴に比べてちょっとしか材料を使っていないのに、宝石がちりばめられているワケでもないのに。

買う人がいるから売っているのだろうと思うと、物の価値って何だろうと悩んでしまう。全く同じ商品を並べて、片方は4万8千円で、もう片方を千円で売れば、4万8千円で買う人もいれば千円で買う人もいるに違いない。

見栄を張りたい人もいれば、得をしたい人もいる。だから4万8千円のサンダルが成立するのだろう。何だかバカバカしくなってきた。

とりあえず500円のビーサン買ってきた。

白かったから。

すっかり廃道や廃村めぐりにハマってしまった。


今日は廃村の情報を得たので、早速現地確認へ向かった。到着してみると、村の入り口には今にも崩れ落ちそうなコンクリートの橋が架かっている。しかし車から降りて村内を散策する勇気などないので、そろ~っと車を進めてみる。


大丈夫そうだ。もうちょっと進んでみる。問題ない。さらに進んでみる。渡り終えてしまった。何だか肩透かしを食らった気分で村内散策開始だ。茅葺屋根に土壁といった家屋が道筋にポツリポツリと建っていて、屋根に穴のあいたもの、土壁が崩れ落ちたもの、草むらに埋没してしまったものが続けざまに現れる。


確かにここは廃村だと確信する。しばし進むとわりと状態のよい家屋があった。屋根も大丈夫、壁も問題ない、建物周囲も全く藪化していない。というより人が今でも往来しているかのようだ。なにか当時の息遣いが聞こえてきそうな雰囲気を残している。


ちょっと車から降り、家屋の周りを巡ってみる。裏手に回ってみると、まるで手入れされているかのような庭がある。感心しながら家屋の方を見ると、縁側に白いパンツが干してある。あまりの意外なモノに、初めは何か分からなかったが、数秒後パンツである事を認識する。


「なぜパンツが・・・」などと考えていると、部屋の中から訝しげな顔をしたおばあちゃんがこっちを見ている。ギョッとした。亡霊だと思った。しかし干されたパンツを思えば住人である事は疑う余地もない。どうしていいか分からないのでとりあえず逃げた。


逃げ帰った後、情報提供者にその事実を告げると「廃村だと思うよ」と言ったハズだという答えが返ってきた。そんなまさか・・・。しかし今更言った言わないなど言い合っても仕方の無い事。


ただ白いパンツが思い出されてならない。