守護者なき宝。
自宅から車で10分ほどのところに歴史資料館という公共の施設がある。
期間限定で、資料館所蔵の古地図を展示しているとの情報を得た。ここで期間限定という文字を見逃してはいけない。なんせ期間限定なのだ。つまり期間が限定されているという事。
今これを見逃すと、もう二度と見る事が出来ないかもしれない。そんなはずはないと分かっていても100%とは言い切れない。前置きが長くなったが、要は古地図展を見にいったという事だ。
どれだけ盛況なのかと展示室に入って見ると、ただの一人もいない。物陰に隠れているのかもと思い部屋中を駆け回ってみるが、自分以外の生命反応が一切感じる事が出来ない。
しかもやたら暗い。部屋の照明が半分しかついていない。その暗さを例えるなら行灯だ。ゆらゆら揺らめきこそしないものの行灯そのものの照度。健康ランドの仮眠室を思い出させる。
そんなもんだから展示されている古地図もよく見えない。それでもガラスケースに額を擦り付けながら古地図をみていると、「展示物保護の為に照明を暗くしております」の注意書き。
なぜ古地図と共にガラスケースに注意書きを入れて置くのだろうか。なぜ入り口に表示しておかないのだろうか。訳が分からない。それにしても暗すぎやしないか。
どうして誰もいないんだ。どうして係員の一人もいないんだ。どうして監視カメラの一台もないんだ。誰かに古地図を持っていかれても相等な時間誰も気付きはしないだろう。
いいのか?本当にそれでいいのか?ここは歴史資料館、原本を展示する資料館、展示室には自治体指定の重要文化財も含まれている資料館。ゆるゆるだ。赤ちゃんのウンチ並みにゆるゆるだ。
一時間弱資料館の中でウロついていたが結局誰一人して現れる事がなかった。何か寂しい気持ちで資料館を出ると、青々とした芝生の上で、豪快に弁当を広げる植木職人がランチタイムとしゃれ込んでいた。
こんな物騒な平成の世で、時間に取り残されたピヨピヨ空間がまだ残っていたんだなぁ。
この渇きを癒すものは何か。
喉が渇いた。
何か飲もうと冷蔵庫を開けてみる。ミネラルウォーターを飲もうかと思ったが、今日は何か違うものをと体が訴えている。お茶も飲みたい気分じゃないしゴテゴテと甘いジュースや果汁100%なんてのも飲みたくない。
かといって炭酸なんてイヤだし、スポーツドリンクじゃ物足りないような。牛乳なんてないし野菜ジュースは候補に入れるのも嫌だ。アルコールといえば料理用の日本酒が少々。
結局飲み物を飲みたくない事が分かった。しかし喉が渇いているから不思議だ。人体とは、今現在不足しているものを欲すると信じていたが、身をもって「そうとばかりはいえないかもっ」という結論を導きだした事になる。
スパイダーマンで社長がグリーンゴブリンになったように、インビジブルで博士が透明人間に変身したように、ザ・フライで研究者がハエ男と化したように、このままだと自分も飲み物男になってしまうのだろうか。
どうでもいいが、こういう場合は何を飲んだらいいのだろうか。
事の始まり。
塗り薬を最後まで使い切った事がない。
しかし使う薬が決まっているので同じ塗り薬が5,6ケある。全部足したら3ケ分くらいはあるんじゃないだろうか。どうして前の薬を使い切る前に新しいものを買ってしまうのだろう。
いけないと分かっていてもついつい買ってしまう不思議。そういえば目薬も同じものが何個かある。あ、リップクリームなんかも同じものがある。
そうだ、整髪料のワックスも数個ある。ついでに車のワックスも2,3缶あるなぁ。そうそう、サンオイルなんかも10年前のものから去年のものまでズラリと揃っているっけ。
ビンテージモノの始まりって、案外こんな事からかも知れない。
160円分の願い。
ある城跡を見に行った。
そこは公園になていて、中には神社が建っていた。せっかくなので参拝でもと思い、お賽銭として100円を投入する。賽銭箱の向こうに参拝方法が記されている。
「2礼2拍1礼」。それに習って参拝開始のはずが、何を思ったかいきなり2拍してしまった。気付いた時には後の祭りで、何かこの間違いお賽銭の効力がなくなってしまった気がした。
仕方がないのでまたお賽銭を投入する。今度は50円で勘弁してもらう事に。今度こそ2礼をと頭では分かっているのだがまたしても2拍。もういいかとも思ったが「ここまできて」の思いからもう一度だけチャレンジを試みる。
お賽銭として10円を投入する。これで合計160円だ。今度こそ失敗は出来ない。落ち着いて2礼、続いて2拍、最後に忘れる事無く1礼。やれば出来るじゃないか。
ほっとすると同時に満足感で心がいっぱいになった。何も願い事をしなかった事に気付いたのは、帰宅後夕食を半分食べ終えてからだった。
160円分の願い事を。
抑えきれない衝動。
本が好きだ。
読むのがではなく買うのが好きだ。まだ読んでいない本が少なくとも20冊はある。余裕で。でも欲しい本がまだまだ沢山ある。今週も3冊買ってしまった。
そして今思いつくだけでも5冊欲しい本がある。今月中には間違いなく買ってしまうだろう。そして読むことはないだろう。これは病気だろうか。どうしたらいいだろうか。
買わなければいいという事は分かっている。分かっているが買ってしまう。
ああ。
何にでも救いはある。
父親から電話があった。
質流れでウォークマンを買ったとの事。PCも出来ないのに買ってどうするのかと話していると、どうやらカセットテープを 入れるウォークマンを買ったらしい。もうそれ以上何も聞く気になれなかった。
ふと考えてみる。歳を重ねると時代についていくスピードが鈍くなるのだろうか、それとも時代の変化するスピードが加速しているのだろうか。果たして時分は時代に追いついていると言えるのだろうか。
時代の変化に対応する俊敏さが失われてゆく事も、時代の変化が加速していく事も、それはとても残酷な事のように思える。ただ時代に取り残された者は、その残酷さに気付かずに済む事だけが救いなのだろう。
荒行だろうか。
駅前を歩いていると、サウナの店から人が出てきた。
店員でなければ、サウナに入ったお客さんなのだろうけれど、この暑い日になぜサウナになど入るのか不思議だ。しかもそのまま車に乗り込み、汗を流しながら走り去っていった。
この天気ならサウナより車中の方が確実に暑いのに。エンジンを止めればそれでもうサウナの出来上がりなのに。
それにしても、なぜ今日サウナなのか。