隣 人 ノ 憂 鬱 -8ページ目

名も無きもの、名すら無きもの。

名前のない川がある。

地図にもその名前は書かれておらず、近所に住む人に聞いても川の名前を知らないという事だ。日常なんと呼んでいるのか尋ねてみると、「そこの川」とか「前の川」とか呼んでいるそうだ。

そんな事ってあるのだろうか?深い深い山の尾根に名前がない事は普通なのかも知れないが、すぐ近くに住む人がいるというのに名前の無い川が流れているなんて。とは言っても地図に川の名前がない事は事実だし。

なにか不思議な感覚だ。間近にありながら誰からも名前すら与えられない存在。毎日見られているのに、誰からも顧みられる事のない存在。川も気の毒だ。よく腐らずに流れ続けているもんだ。

それにしても近くに住んでいながら、川に名前をつけるでもなく「そこの川」とか「前の川」なんてよんでいる人はどうかしている。

死神からの手紙。

訳の分からない勧誘や、エッチサイトからのメールが一日に10通ほど届く。


そういったサイトにアクセスした覚えがないので、個人情報が漏洩しているに違いない。どこからどう漏れるのか見当もつかないが、web上で買い物をした経験がある以上は、覚悟しておかなければいけない事なのかも知れない。


メールといえば、むかし不幸の手紙をもらった事があった。あれは確か小学5年生の夏だったか。夕暮れまで遊び回って自宅に帰ると、茶の間のテーブルの上に一通の白い封書が置いてあった。


手にとってみると、宛名には丸っこい文字で自分の名前が書かれていた。ハッキリ言ってラブレターだと思った。当時は根拠のない自信に満ち溢れ、自分の身辺に起きる事柄は全てプラスだと考えていたから。


さっそく3つに折られた便箋を封筒の中から取り出す。どんな愛の告白が綴られているのかとドキドキしながら便箋を開いていく。完全に開かれた便箋の一行目には「これは不幸の手紙です」という文字。


よく意味が分からなかったが、まだこれはラブレターだと信じていた。二行目に目を移す。今度は「一週間以内に3人以上にこれと同じ内容の手紙を出して下さい」と書かれている。


ここで初めて、これはラブレターではないのかも知れないと思った。しかし一度燃え上がった心の炎をそう簡単に消すことなど出来はしない。これはラブレターだ、ラブレターなんだと自分に言い聞かせた。


薄目にして三行目を読んでみる。「もしそれが出来ない時には、あなたは死にます」という絵に描いたような結末。とどめだ。もう自分に言い聞かす事が出来なかった。完全に限界を超えてしまった。だって死にますなんて書いてあるんだもの。


噂では、出来ない時には何らかの不幸がふりかかると聞いていたのに。どうして自分に待ち受けている不幸だけ死なのか。言いようのない不安がこみ上げてくる。ラブレターだと思って読んだ分、恐怖倍増みたいな感じだ。


しばし思考停止の後、ハッと我にかえる。咄嗟に封筒を裏返し、差出人は書かれているのかと確かめてみる。「死 神男」そこにはそう書かれていた。「しに がみお」なのか「しにがみおとこ」なのかは分からないが、子供心になんて安直なと思った記憶がある。


そんな「死 神男」、何を思ったか住所まで書いてきていた。ガッチリ郵便番号まで書いているから驚きだ。何かが少し足りないのか几帳面なのか、「死 神男」の人間性が窺える一瞬だった。


もしや、とクラスの名簿をめくってみる。するとピッタリ合致する住所を発見。本当にビックリした。これは几帳面なのではない、バカなのだと確信した。それはクラスで一番おとなしい女の子。ショックだった、何がどうショックなのか上手く説明出来ないが、ただショックだった。


その後、不幸の手紙を出す事も、その子から手紙が来た事も、誰にも話すことはしなかった。勿論その子にも何もいいはしなかった。そのまま歳月が流れ、別々の中学へと進学し、その子の姿を見る事はなくなった。


あの出来事は、未だに夢だったのではと思う時がある。しかし、それ以来根拠のない自信が消え失せたまま至った今を思えば、確かに起こった事だったのだと実感せざるをえない。

流行り廃れの世の中だから。

昔の雑誌を見ていると、流行語年表が掲載されていた。

読んで字の如く、その年に流行った言葉が一覧になった表だ。なんと大正4年頃から流行語はあったらしい。当時は、毎年流行語が出来た訳ではなく、何年かおきに流行語が生まれるといった具合だったようだ。

そんな年表を眺めていると、ある年の流行語に「きみとぼく」というものがあった。なぜ「きみとぼく」が流行するのだろうか。造語でもなければフレーズがいいとは思えない。いったい何なんだろうか。

首をかしげつつ年表を目でなぞっていくと、今度は「あ、そう」という流行語を発見。読み間違いだろうか?ブドウ糖が不足しているのだろうか?しかし何度見ても「あ、そう」と書いてある。

これが流行語とは本当に日本での出来事なのだろうか。なんと言うか、よく意味が分からない。何が分からないのかが分からない。分からないままついついページをめくってしまう。

すると今度は「かもね」の文字。思わず失笑する。毎年流行語大賞が発表され、バカバカしい言葉が取沙汰されている。世相を反映する意味でも、それはそれでアリなのかなと思っていた。

しかし「きみとぼく」だとか「あ、そう」「かもね」なんて文字を見ても、当時どんな世の中だったのか想像する事が出来ない。もしかして想像力が乏しいのだろうか。

普通の人は「あ、そう」から何を想像するのか知りたい。

正体不明の魅力。

ブログから、職業や年代を解析するサービスが開始されたそうだ。

そんな事をしてどうするのだろうとも思うが、自分が解析された場合、一体どんな結果が出るのか楽しみでもある。しかし万が一、解析不能の結果だったらどうしよう。

自分の生き方といったものを含む全てを否定されたようで、思わず泣いてしまうかも知れない。こういうのって、相手の正体が分からないから面白い部分もあるんじゃないだろうか。

こういうサービスがあるってだけで、ブログの世界が色褪せて見えるのは気のせいだろうか。

効能、知る由もなく。

先日、眼科へ行ったときに貰った目薬の中に瞳孔を開かせる目薬というものが入っていた。

瞳孔が開く時ってどんな時だろう。一番ポピュラーなのは死んだ時だ。だから瞳孔を開かせる目薬を使う事が出来ない。

だってどんな結末が待っているのか分からないから。

友情とは。

今アイ、ロボットを見ていた。

ロボットものの映画って、人間とロボットの友情的な話がやたらと多い。将来ロボットが心を持つ日が来たとして、本当に人間との友情など芽生えるのだろうか。

人間同士でさえ本当の友情など微塵だというのに。

パンの王様。

とあるパン屋さんで数種類のカレーパンが売られている。

野菜たっぷりカレーパン、ビーフ煮込みカレーパン、チキンカレーパン、まろやかカレーパン、その他数種類。先日、全種類のカレーパンを制覇し終えた。

制覇したは制覇したが、何が違うのかさっぱり分からなかった。カレーパンとはそんなものだろうか。ああ、カレーパン、カレーパン。

季節のはざまで。

冬は寝るときにフリースをはいて寝ている。

夏はパンツいっちょうで寝ている。しかし秋冬の、いわゆる中間期にはくものがない。まさに今がタイムリーな時季だ。パンツだけでは寒いしフリースをはくと暑い。もうどうしていいか分からない。

だからフリースをひざまではいて寝ている。ひざより下は暖かく、ひざより上が寒い。差し引きゼロのような気もするが、朝になると完全に脱げているので毎朝寒い。

スウェットやパジャマでも買えばいいのだろうけれど、生まれてこのかたそんなもの履いたことがないので履いたら負けみたいな感じがするのでイヤだ。

そういえば、学生の頃の担任が、「冬にももひきは履くまいとずっと頑張ってきたが、歳を取る度に寒さがしみてとうとう履いてしまった」と話していたのを思い出した。

そうか、余分に履くとは負ける事なのか。まだ負けるわけにはいかない。中間期に、パジャマに、スウェットに。これからもパンツいっちょうで戦い続けよう。

この黒き物体は何だ。

爪の間に黒い物体が詰まっている。

土をいじった覚えもなく、毎日お風呂に入って体を洗っているので、なぜ爪の間に黒い何かが溜まるのかが不思議で仕方がない。これは何なのだろうか。

のりだろうか?それともよかんだろうか?もしかしてイカスミだろうか?どれも食べた覚えがない。イカスミなんて産まれてこのかた食べた事もない。

もしかしてアレか?疳の虫の死骸か何かか?眠っている間に指の先から白い糸がふよふよと出ていたのかも知れない。そういわれてみれば最近イライラが減ったような。

そうか。やっぱり疳の虫の死骸だな。

ミスもまた朧。

業務用食料品の直売所へ買い物に行った。

それはブロックの牛肉 10kg が \1500 で売られているとの噂を聞きつけたからだ。牛肉を買う事自体大人買いなのに、そんな牛肉を大量に買うという大人買いの更に上を行く大人買いに脳内麻薬の分泌が止らない。

店へ入り、店内をくまなく探し回る。しかし牛肉どころかお菓子以外の食べ物が見当たらない。この時点で噂に踊らされた事に気付いてはいたが、何も買わずにおめおめと帰る事は敗北を意味する。

極点を制覇した冒険家が地面に旗を突き刺すように、月面に初めて降り立った宇宙飛行士が足跡を残すように、公衆便所で大をしながら壁にラクガキをするように、牛肉を買いに訪れた証をここにたてなくては。

すると、棚の一番上にチョコボール1梱包20箱入で売られているのが見えた。瞬間これだっ!と思った。証をたてることが出来ると同時に、もしかしたら金のくちばしか銀のくちばしが出るかも知れないじゃないか。

長年夢見続けてきたオモチャの缶詰がもらえるかも知れないじゃないか。オモチャの缶詰、それはいつも陽炎の向こうでユラユラとゆれながら、近づけば遠ざかり、また近づいては消えうせる朧。

ああ、そんな事はどうでもいい。さあ買おう、いざ買おう。ええっ!? \1000 しないの?なんてこった、なんてこった。本当にチョコボールなのか?まさかテョコボールじゃないんだろうな?

うふふ、帰るまで開けずに我慢する自信がない。