熊本地震から一週間
地震の被災者の中に関連死の方が現れ、
その厳しさが毎日ニュースで伝わってきます。

地震は、広範囲に広がり、
その震源地は、南西の方向に移動していると専門家が言う。

そりゃあ、すべて地下で繋がっているのだ。

この火山大国は、地震大国なわけですね。

それにしても、東京直下型地震が起こる可能性がめちゃくちゃ高かったり、
東海沖地震が叫ばれている中、
今回、予測外に熊本を直撃した。

日本中の人々が心を痛め、
あちこちでボランティア活動や募金活動
遠い地でも何か出来ないものかと国民の多くが動き出している。

なのに、全く意にも介さない原子力規制委がある。

地震後まもなく
「川内原発は異常なく、通常通り発電中」と伝えたニュースは、
あたかも、このくらいの地震なら大丈夫ですよぉ~!と自慢しているのかと感じられた。
そんな自慢はいらない。

その後、2つの団体(CHANGE ORG. と AVAAZ)から
川内原発を止めて下さいという署名のお願いが来たので、
参加した。
色々な、署名のお願いがネットで日々やってくるのだけれど、
今回ほど、短時間で多くの署名を集めた例はないのではないかと思うくらい、
あっという間に増えた。
最初に来た、CHANGE ORG.に署名した時、まだ5000名ほどだったのに、
2日で10万人を突破した。
それほど多くの人が原発に反対していたり、
原発に疑問を持っているのだと思う。

今回の地震は、どうしても川内原発を止めろ!と自然が言っているようにしか感じられない。

そもそも福島の事故があって、
民主党政権が一度はすべての原発を停止した。
2年間すべての原発が停止していても停電になることは一度もなかった。
つまり電気は十分足りている。
自然は、人間の手の届かない所で、とても怒っていると感じる。

ところが、昨年夏、川内原発を一方的に(つまり多くの国民の反対意見を無視して)再稼働した。

そして、この地震だ。

自然界が、
「福島の事故だけでは分からないの?!」
と言っているとしか思えない。

そして、熊本地震以降、震源は、南西方向、つまり川内原発方向に移動している。

それでも、停止しないのは、やはり異常だ。

地震になったら、まず
外への出入り口を確保。
火を使っていたら、火の始末。
そして、安全なテーブルなどの下へ。

と、この地震大国で暮らす日本人はみーんな学んでいる。

まず、火を止めるのだ!
台所のガスレンジの火をまず止めるのだ。
なぜ、原発を止めない?
原発ほど、停止したからってすぐに止まらないものはないのだから、
それこそすぐに停止するべきだ。
もしも、人間の命を最優先にするのならば……。

そう感じている人が、今のこの国にはたくさんいる。
声を上げない人も多いけれど…
知識がなくてよく分かっていない人もいるみたいだけれど、
だから、ブログやツィッターで書き続ける。

どうしても自然が怒っているように感じるのだ。

感じないですか?

これ以上、経済至上主義を辞めて、
発展に少しだけ逆行して生きる時期がやってきているのに、
それに気付けない、
または、気づかない振りをしている人たち。

本当の幸せを追求する時期がやってきていると私は思うのです。
掃除機をかけるのは嫌いなのだけど、
お掃除は大好き。
拭き掃除が好きだし、
どこか目立たない所を掃除するのも、
細かいところを磨くのも、大好き。

今日は、お風呂の戸の桟の部分や、
レールの部分を掃除した。
今のお風呂は、折りたたんで開くタイプなので、
掃除はかなり面倒。
必然、汚い。
そう、好きだからと言って毎日するわけではないのだ。

かなり久々のお風呂のドアの掃除。

脱衣所のドアを開け放して、
雑巾は勿論だけれど、
ウェットティッシュや綿棒やつまようじや……
色々なモノを駆使して、掃除掃除。

掃除していると必ず、
私は、完璧主義者だったことに気付く。

汚れを見つけると、あっちもそっちもと掃除が増える。
汚れが落ちるとハッピー。

ただ、最近は、すぐ疲れてしまうので、
結局、気になったすべてを掃除することは出来ないのだけれど。

脱衣所から出てこないものだから、
猫が交代に様子を見に来る。
ほんと、「何してるの?」って感じ。
最初にモネがやってきて、
一緒にお風呂場に入ってみた。
通常お風呂場には入れないので、
興味津々、恐る恐る。

水を少しでも使ったりすると
あっという間に姿がない。

次にパトラがやってきた。
「何してるの?」
やっぱりお風呂は怖いのですぐに退散。

しばらくするとまたモネがやってきて、
人にスリスリしている。

またしばらくすると脱衣所の前を通過するパトラの姿が見えたりする。

気にかけてくれてありがとう。
お掃除してて、お客さんがこんなにきて楽しいのは
ほんとに嬉しいよ。

ただ、時々、猫に続いて、オヤジがやってきたりすることがある。
それこそ「何してるの?」って感じ。

我が家では、みんなが私の後をつけてくる……。
昨晩21時半、私のスマホも緊急地震速報を伝えた。
場所は、熊本。
だから、東京は揺れなかった。

実は、その少し前、我が家では変な現象があった。
家のペットケージ(高さ160センチくらい)が、
誰も触ってないのに、ガタガタとしばらく揺れ続けたのだ。
地震?と思って、他の場所でチェックするも
他に揺れているものはなかった。
ツィッター情報では、神奈川でも変な揺れを感じた人はいたとか……

さて、熊本。
震度7って何よ?
川内原発大丈夫?ってことで、
早速ツィッター

災害の時に、一番役に立つツールです。

いつもだと、あっという間に地震の影響はありませんと伝える原発が、
今回は少々時間が掛かった。
それほど大きかったって事。
しばらく調査中となった川内原発は、
その後、運転中の1号基、2号基ともに異常なく、
変わらず発電中とコメント。

これに対して、ツィッター上は文句文句文句文句

「今すぐ、止めろ!」
「とにかく止めてください!」
「ふざけんな、原発止めろ!」
などなど。

勿論、私もつぶやきました。

即刻止めるべきだと思った。
止めないのは、
まるで、
震度4くらいの地震なら、原発は大丈夫なんですよ!というアピールにしか感じられない。

九州新幹線は、すぐに運転を中止した。
当然、しばらく線路などを点検するためなのだが、
そうした危険に対する対応が、
新幹線開業以来事故なしという記録を続けているゆえんだろう。

それに対して、
原発は、
あっちこっちで、事故だらけである。
福島第一原発は勿論、
東海村原発
もんじゅ
柏崎狩場原発……などなど。

一度事故が起きたら、
住むところさえなくす怖ろしいものを使っているという意識が低いのだと思う。
安全アピールは、運転し続けることではなく、
すぐに運転を中止して、点検することだと思う。
勿論、新幹線を止めるみたいに簡単でないことは分かっている上で述べております。

今回は震源地が浅く、直下型だったため、
益城町で、建物の倒壊などの被害が集中。
でも、火災が少なかったなど、
避難者はとても多いが、亡くなった方は、少なくて済んだのだと思いたい。

今後も、余震が続きます。
熊本の方、お気を付けください。

今朝になって明るくなって、
空からの映像が入ってくる。
熊本上空をヘリコプターで撮影された映像。
それを見る度に、
どこかでくまモンが手を振っているのではないかと期待してしまう私がいる。

因みに、地震後、くまモンのツィートが途絶えて心配している人たちがたくさんいる。
くまモンは、公務員なので、災害対策で忙しくなってしまったのだ。

原発を止めなかったことで、首相官邸に文句のメールが届きまくっているらしい。
それに加えて、昨晩、地震が起きた時に現れたこの国の首相は、
顔が(お酒のため?)赤かったことは、こっちに置いておいても、
「最善を尽くします」という当たり前のことしかコメントしかせず、
わざわざ熊本の中継を中断させたことも不快で、
まあ、なんというか……
相変わらずで、
ちょっと恥ずかしく感じる次第であります。
この2年間、近所で絵手紙を習っている。
実は近く引っ越すので、今月で辞める。

そこで知り合った人の話。

私には、収集癖がないので、
書いた絵手紙は、どんどん知人に送る。
なるだけ手元に残したくない。

でも、そのおばあちゃんは、
下手だから誰にも送れないという。

私の場合は、
まず下手なのを送っておいて、
少しは上手になったと言われた方がいいのではないかと、
大失敗でないものは平気で送ってしまう。

2年習ったけれど、
苦手な絵は、一向にうまくならないことに気付いている。
だから上手なモノが描けたらなんて言っていたら誰にも送ることが出来ない。

そのおばあちゃんだって、
実は誰かに送りたいようなのだ。
そりゃあそうだ、お手紙書いたら、見てくれる人がいた方がいい。

そこで、私は、今日、「あさこはうす」の住所を渡したいと思っている。

ご存知の方も多いと思うが、
私は、時々、(失敗作ばかり)絵手紙をあさこはうすへ送っている。
あさこはうすは、
青森県の大間原発建設地に、
唯一残っている方だ。
その家の周りは電力会社によって柵を設けられ、
そこへの道も人が通れるほどの幅が、有刺鉄線の張り巡らされた柵で仕切られている。
その道を誰も通過しないならば、
その道だって閉じられてしまうかもしれない。
そこで、郵便屋さんに一日二回はそこを利用してもらおうという考えから、
全国から原発反対の方が彼女宛にハガキや手紙を郵送している。

〒039-4602
青森県下北郡大間町 字小奥戸396
あさこはうす (笠原厚子) 御中

一枚のハガキが誰かのために、そして、地球のためになるかもしれない。
なんとなく家に眠っている使わない郵便はがきを送るのもいい。
思いを書いて伝えるのもいい。
何か行動しなければ気が済まない人がとりあえず送ってみるのもいい。

私はそのおばあちゃんに渡そうと、
この住所を書いた紙をしたためて今日も教室へ向かうわけだが、
果たして、それを渡せるかどうか?
年配で、普通に古い考えを持っているその方に、
私の原発反対の意見がどのように映るか?
ちょっと怖くて2年が経ったのだから。

2014年の消費増税以来、物価上昇が止まらない。
そもそもインフレ策を掲げているのだから、
政府主導で物価上昇を勧めているということなのかしらん?

ところが、時々、モノの値段が上がっていることに気付かないことがある。

そもそも消費税が8%になってから、外税にする表示が多く、
消費税を含む価格は、下に小さく書かれていたりする。
だから、レジで精算する段になって、
その高価さにびっくりすることは、今になっても続いている。

あらゆるものが高くなって、
消費者の財布の紐は絞められるばかり。
そこで、企業もいろいろな方法を取っている。

値段を上げない代わりに、
その商品の量を減らす作戦だ。

ヨーグルトに例をとると、
以前は、確かヨーグルトは500gパックで売っていた。
実は、450gに減っていたことを私はずーっと気づいていなかったのだ。
一体、いつからだったの?
いつもとは違うスーパーマーケットに行ったら、
ヨーグルトがとってもとっても安かった。
で、容器をきちんと読んでみた時に、そこのヨーグルトが450gであることに気付いたのだ。

それから半年以上が経つと思う。

いつも買っているネットスーパーで、
いつも買っていたお気に入りに登録していたヨーグルトがなくなっていた。
良く調べてみると、
450g入りのそのヨーグルトはなくなって、
400g入りの同じ商品が新たに作られていたのだ。
つまり今回はタイムリーにその変更事実を知ることが出来た。

そしてとっても上手なことに、
ヨーグルトの入れ物が
以前よりも背が引くなり、ぷっくらしている感じ。
つまり目の錯覚で、容器が小さくなったことを目立たなくしていると考えられる。
モノを売るプロ集団であるから、
当然そのくらいのことはやるだろう。

そしてうっかり気づかないうちに、
以前購入していたヨーグルトは、
なんと4/5の量に減らされ、
それが高価になっていたことに気付かない消費者もいるというシステムだ。

モノを売るのが商売だから、
そして儲けを出すことが仕事だから、
彼らは頭を使って色々やってくる。

だからこそ、
こちら消費者側も頭を使わなければいけないのだと
痛切に感じる。

いい商品を選んで購入したいものだ。

初めて日本水泳選手権というのをテレビで見た。
今回の選手権は、リオ五輪出場権が掛かっている大会。

それぞれの競技種目に、
派遣標準記録が設定されていて、
その記録を超えて、且つ、2位以内に入ることが
オリンピック出場条件。
非情にわかり易い。

今回の大会で出場権を得られなかった北島康介選手は、
準決勝で、その派遣記録を超えていたのに
決勝で、2位に入ったにも関わらず、派遣記録を越えなかった。

例外のない世界。
だから、誰も文句が言えず、すっきりとしている。
そもそもタイムで争うようなスポーツはこれでいいのだと感じさせられる。

レースを見ていて、いくつかの種目に関しては、
経験のためにもオリンピックに行かせてあげればいいのに……と感じるものがあった。
例えば、選手が中学生や高校生と若く、
この競技大会でも、泳ぐたびに自己記録を更新し、
あと少しで派遣記録に届くような選手。
オリンピックまでまだ時間があるので、
それまでにぐんぐん伸びる可能性がある選手。
実際、水泳とは、若い選手の場合、そうやってメダルを獲得してしまう選手がいる競技だから。

でも、例外はない。
だから、不満も出ない。
3位に入って派遣標準記録を超えていて、且つ、優勝候補だった選手は、
おしなべて、悔しそうな顔で表彰式に上がることになるが、
誰も文句は言えない。
そういうルールで、例外がないからだ。

他のスポーツも学んだ方が良いと思う。

特にマラソン……?

マラソンの代表選手は、3名と決まっているのに、
その代表選考レースが4つある。
それだけでおかしい。

基本的には、それぞれのレースに
超えて欲しいタイムと、日本人トップという条件があるのだけれど、
超えることが出来なくても行けることもある。
日本人2位でも行けることもある。
あくまでも4つのレースを見て押しなべて決めるからだ。
だが、誰が決めるか?
そもそも別のレースなのだから、タイムの比較は出来ない。
順位だって、一緒に走っている選手が違うのだから比較できない。
比較できないものを並べて、
なんとなく上位の選手を日本陸連が選ぶ。
そしてこれまで何度も、気持ち悪い選考結果があったのだ。
そうなると落ちた選手は、悔しい表情を見せるだけでは済まないだろう。

今回から柔道は、その選考の様子を公開するという方法に出た。
とても良いと思う。
柔道は、タイムで争う競技ではないので、
ひとつの大会の優勝者を行かせる。
という風にルールを決めることが出来ないのだろう。

どの選手も4年に一回のオリンピックに出場するために
4年間を費やしてきている。
オリンピックに行ける人も、
行けなかった人も
納得できる形で先行してあげたら、
とても素敵だと思う。
バドミントン界に衝撃が走った。
違法賭博事件。

そこには、今度のリオデジャネイロオリンピックで、
金メダルを狙える選手がいた。

バドミントン男子で初めてのメダルを期待されていた選手。
その選手の事件に、
記者会見の席で、スタッフも号泣した。
期待していたのに……残念で仕方がないのだろう。

その後、当人も記者会見をした。
彼が尊敬していた先輩選手に誘われて賭博を始めた。
その先輩は、記者会見で、反省の弁を述べ、
なんとか彼がバドミントンを続けられるように懇願した。

当人も反省の弁を述べた。

その記者会見を見る限り、
純粋なとても心の綺麗な若者に感じられた。

さて、
スポーツ界は、上下関係の厳しい世界だ。
先輩後輩の関係が、今も色濃く残っている。
尊敬する(尊敬しなくても)先輩選手から、賭博を誘われた。
一緒に行かないかと誘われたのだ。
それを断れる若者が一体どのくらいいるのだろうか?
8割は断れないと、私は思う。

だから仕方がないと言っているわけではない。

まず、日本人は「NO」と言えない国民と、
これは昔からずーっと言われてきたことだ。
未だに変わっていないのではないかと、
やはりスポーツ界のような体質の世界では余計に感じる。

私は、少し古い体質の残るスポーツ界は、
どちらかというと好きだ。
分かりやすいし、
西洋の一部いいとこどりで、根拠なく変わってきたこの国の体質よりも。

しかし、スポーツだけやってきた純粋な若者に
社会性のないことが問題なのだと思う。

スポーツは、若い時から始めていることが
世界で戦うためには重要だ。
結果として、才能のある選手は、
小学校から中学生高校生大人になるまで
そのスポーツばかりをやってきている傾向がある。
下手すれば学校の勉強もおろそかになり、
大人になってもスポーツ界以外の、社会勉強をしていないのではないだろうか?
その彼らに、急にお金が入り始める。
お金の使い方もよく分からない。
または、スポーツ以外やっていないので、
貰ったお金を使う当てがない。

これは問題だ。

合宿などでがんじがらめにするのならば、
スタッフがしっかりと社会性も含めて一般常識をしっかり教育していかなければ。

この選手は21歳で、将来がある選手。
是非、今後もバドミントンを続けて、
東京オリンピックを目指して欲しい。
しかし、無期出場停止という状況で、
これから4年間頑張れるだろうか?
これも周りのスタッフ次第だと思う。
才能のある選手が頑張れるように周りのスタッフはいるのだから。

もしも、彼が、今回のことを乗り越えて、
次のオリンピックを目指し、努力を積み重ね、
そしてオリンピックに出場できたとしたら、
彼は、今回のリオで取れる以上のメダルを手に出来なかったとしても、
彼の人生においては、もっと大きなメダルを獲得したことになるのだ。

以前、ブログでもご紹介しましたが、
「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」でも有名な、
前ウルグアイ大統領
ホセ・ムヒカさんが来日しています。
めちゃくちゃお会いしたいです。
お手紙とか書きたいです。
世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ

これに出会った時、
私がなんとなく感じているのだけれど、
うまく表現できなかったことのすべてを
ムヒカ大統領は語ってくれていました。

私が話すとどうしても極端になってしまう。
それをきちんと明文化してくださり、
更に説得力のあるスピーチにしてくださっています。
今、なんとなく幸せではない方に見て貰いたいです。

ですから、毎日ツィッターで配信しています。

ムヒカさんは言っています。

「私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。
幸せになるためにこの地球にやってきたのです。
人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。
命より高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているにも関わらず、
高価な商品やライフスタイルのために人生を投げ出しているのです。
消費が止まれば経済がマヒし、不況のお化けがみんなの前に現れる。
人がもっと働くため、もっと売るために
使い捨ての社会を続けなければならないのです。
悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか?
石器時代に戻れとは言っていません。
マーケットをコントロールしなければならないと言っているのです。

発展は、幸福を阻害するものであってはいけないのです。
発展は、人類に幸福をもたらすものでなければならないのです。
幸福が私たちの最も大切なモノであるからです。

「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、
無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

東日本大震災をきっかけに、人生についていろいろ考えた方は少なくないと思います。
一生懸命働いて、
家族と過ごす時間も持てないほど働いて、
お金があるから好きなモノを買えるけれど、
なんとなく幸せを感じられない人もいると思います。

私は、半世紀生きてきた時、
やはり人生はなんて短いのだろうと感じました。
残りわずかです。

だから、何が大切なのか?
どう生きたいのか?
無駄なモノをなくして、
本当にやりたい生活、幸せを感じられる生活を
これからやるために
ここ数年着々と準備を続けてきました。

いくら稼いでも、
税金と光熱費と保険で出ていく。
もっとお金がなくても、お金を使わなくても生活が出来るはずだと思うのです。

半自給自足の生活に近づける努力をこれからしていくつもりです。
この日本で何が出来るのか分からないけれど、
都会生まれで、都会育ちに私に何が出来るか分からないけれど、
人生はあっという間だから、
考えている暇はありません。
思った時に、行動しなければ。

日本には、ホセ・ムヒカ氏のような政治家は現れないのでしょうか?

彼が大統領になった時、
40%だった貧困率が、10%まで減りました。
今の日本は子どもの貧困率16%です。
これは悲惨な状況です。
彼は勿論、民主、左寄りの方です。
彼のような政治家が出てきてくれないでしょうか?

私個人的には山本太郎さんに期待しています。

でも、この国では経済が良くなる話をしないと
選挙には勝てない。

そう、国民の多くが、
ムヒカ氏のように本当の価値観に気付いて
自分の意思で投票に行くようにならないと変わらないです。

だから、彼のスピーチを聞いてください。
幸せを感じられない時、聞いてください。
この大国の歯車にされている私たち国民のひとりひとりが
考え、行動しないと、この国は、いい方向へ向かっていきません。
今起こっているすべての悪循環を、
いつか好循環の流れに変えていくまで、
頑張りましょう。

銀行のことなので、名称をそのまま書いてしまいます。

私のメインバンクは、りそな銀行
理由、好きだから。
その前の大和銀行の時から好きな銀行。

嫌いな銀行は、東京三菱UFJ 銀行
UFJは好きだったけど、
三菱銀行が以前から嫌いだから。
でも、これは仕事などの流れでどうしても解約できない銀行口座。

残りの口座は、整理しようと思って、今随時解約中。
その一つの話。

みずほ銀行。

口座は持っているものの、ほとんど使うことがなかった銀行。

そもそもこの口座を使ったのは、
やはり仕事の絡みで、振り込みなどが発生するため
持っていた方が楽だと思ったからなのだが、
しかし、当時、作ってみたら、
みずほは、同じ銀行間振り込みも有料で、
そのうち、みずほ銀行に振り込む時に、
みずほから振り込むよりもりそなから振り込んだ方が手数料が安くなったので、
結局ほとんど使うことはなかった。

使用しない口座もそのままにしている人って結構いるのだろうか?

使わない通帳があるのも嫌なので、
今回近くのみずほ銀行に口座の解約に行った。
そしたら出来なかった。
そもそも、池袋支店で作った口座で、
外貨預金の口座があるので、解約できず、
普通預金も解約できないとのこと。

結局、残金をすべて引き落として、口座はそのまま残ってしまった。
銀行員が、「池袋に行った際に解約してください」と言う。
池袋に行くことがないからここでやっているのだし、
解約のためにわざわざ池袋に行くことはない。
で、私は今日この通帳をシュレッダーにかける。

以前は、簡単に作れた銀行口座も、
今は、身分を証明しないと作れない。
だから、中途半端な口座をそのまま残しているのも嫌だし、
使わない通帳が家にあるのも。

結局、この口座は解約出来ないのだ。
私が通帳やカードを破棄したところで、口座は事実上存在していることになる。
なんか気持ち悪い。
整理したかったのに。

でも、こんな口座いくらでもあるのだろうと思う。
下手すれば数百円残っているような口座が、数え切れないほど残っているに違いない。

悪用される可能性があるのならば、
やっぱりすっきり片付けた方がいいと思うが……、
便利な東京に居てもこうして解約出来なかったのだから、
地方に住んでいらっしゃる方なら尚更だろう。

残金が残っていて、
十年以上動かしていない口座については、
銀行の方から行動するとかどうだろう?とも思うが、
それは煩雑な銀行業務の中には入らないのだろうな。

因みに、以前のことですが、
口座に残っているお金が1000円を切ってしばらく使わないでいると、
ATM使用不可になります。
だから、私はいつも解約していない口座には1000円以上入れておくようにしていました。
窓口で色々やる手間が増えるだけで、
残金は間違いなく残ってはいますが……。

今、クレジットカードも整理中。
すっきりさせたい季節なのだ。


ここ数年のことなのだけれど、
私は何度か年寄りに避けられたな。と感じたことがある。

例を出すと、
今の家に引っ越してきて2,3年経った頃。
前に住んでいるおばあさんとは、挨拶を交わす仲だった。
私は優しそうな彼女が好きで、
道で出会うと
「おはようございます」の他に
その日の天気のこととか一言二言話していた。
普通のご近所さんだった。

ところが……

ある日、丁度家の前で彼女を見かけたので声を掛けに行った。
そう、わざわざその日は行ったと思う。
理由は、その前日に、結構大きな地震があったから。

「昨日の地震怖かったですねぇ」
そのおばあさんは、一人暮らしでしたので、
何かモノが倒れたり壊れたりしたら一人で困ることもあるのでは?と思った私は、
「何か困ったことがあったらいつでもピンポンしてくださいね」と言ったと思う。

その日から、彼女に避けられた気がするのだ。

それまであいさつ程度だった関係から一歩進んだら
避けられたという感じ。
こちらからすると大好きなおばあさんだったのに、
失った感じ……?

実は、これと似たおばあさんがもうひとりいる。
同じことが2回あったので、最近の年寄りはこういうモノかと思うようになった。

つまりある距離以上に関わって欲しくない。
または、距離を縮めてくる人を警戒する。
同居はしていないけれど、どちらも娘がいるようだったので、
ご近所の親切にしてくる人を嫌がる?

どれだか分からないのだけれど、
私の印象では、警戒されたのだと思う。
年寄りを狙う詐欺とかが多いから?
身体も脳力も衰えてきた人だから、怪しい人や危険な人を寄せ付けないように心掛けなければならない?

そんなことかと思うのだけれど、
これはとても悲しいことだ。
少なくとも、そのおばあさんとは2,3年顔見知りだったし。

昔は、ご近所で年寄りほど知らない子ども達に声を掛ける人はいなかった。
年寄りが、お節介にも声を掛けて、他人とのつながりが出来るものだった。
実際、そういった知り合いが大いに越したことがないのも年配者だ。

しかし、オレオレ詐欺などの影響で、
年寄りが狙われやすいということを感じているのかもしれない。
だから、必要以上に他人を近づけない。
自分の生活圏に入れたくない。

ああ、こうやって書いていても本当に悲しいことだと思う。

私は、出来れば若い人が遊びに来てくれるような年寄りになりたいと思っている。
そのために今から着々と準備をしている。
それでもなかなか来てくれないだろう。
そもそも年取ったら、若い人が声を掛けてくれるだけでもハッピーなことだ。
私なんか、20代や30代の若者たちが、
一緒に楽しく会話してくれるだけで、私はラッキーだなと思う日々だ。
でも、そうではない人が増えているのだろうか?

実は、さっきスーパーマーケットで、
杖をついた老婆が、エコバックを出すのに苦労していたので
「お手伝いしましょうか」と声を掛けつつ手を出した。
そしたら「大丈夫です」と断られた。
そんなに強い言い方ではないけれど、
明らかに拒絶が感じられたので、
それ以上は、やめておいた。

でも、私は「ありがとう」と言って助けて貰う老人になるつもりだ。
そして、チャンスがあったらしばらくの間おしゃべりしたいと思う。
ほんの束の間一緒にスーパーを歩きながら若い人とお話しできたら素敵な時間だと思う。
そうは、思わないのだろうか?
それともそうは思うけれども、人を疑ってかかっているのだろうか?

やっぱり悲しい。
哀しすぎる。

知らない人と、束の間、立ち話するなんて、
とっても素敵な時間なのに……もったいない
と、私は思う。