新しいドラマが始まった。

一番楽しみにしていた『カルテット』を見た。

 

またまた坂元裕二さんの好きなように書かせてしまうのか?

とちょっと怖い感じで始まっている。

大好きな脚本家なので、私は構わないのだが、

視聴率はいまいちってことになる。

 

始まってすぐ、車のナンバープレートが「長野」と表示される。

そうだ、そうだ、このドラマは軽井沢が舞台だった!

 

大好きな満島ひかりちゃんより

松たかこさんの方が主演扱いなのは少々気に入らないが、

ドラマを見てみたら、

圧倒的に満島さんの方が輝いているので、

ま、いいか。

 

初回の始まりも予想通り満島ひかりさんから始まってるし、

アップもかなり多め。

相変わらず日本人離れした美しさ

顔の作りというよりも、

表情や内面からくる美しさに目を魅かれる。

 

それよりも、このロケのためにどのくらい軽井沢に行っているのだろう?

軽井沢に行けば、満島ひかりちゃんに会えたりするのかしら?

とそんなことばかり考えながら、軽井沢の映像を追っかけた。

 

室内が多いけど、

でも軽井沢なら東京からすぐだし、

折角だから軽井沢でロケセットで撮影しちゃうとかはいかがだろう。

 

というわけで、

軽井沢に行きたい気分になっている。

我が家からは、ひと山越えればって感じの近さ。

でも、今は冬

慣れない峠道を越えるのは天気を考えないと命取り。

そもそも、この寒いのに、我が家よりも寒い軽井沢に行って

一体何を愉しむのか?

 

やっぱ、行けないかな。

 

テレビドラマの中でだけ楽しんだ方がいいのかな?

 

でも、暖かくなったら、絶対ドライブがてら軽井沢に行こう!

満島ひかりちゃんはいないだろうけど、

(↑今行ったって会えるわけでもなし)

小さな役でいいから、私のこと使ってくれないかな?

もたいまさこさんの姉妹役とか出てこないのかしら?

 

と、またまたとんでもないことを考えながら見ている。

満島ひかりちゃんに会いたいだけなんだけど。

 

でも、好きな女優さんとは共演しない方がいいという前例もある。

会わないままの方がずーっと好きでいられたりもする。

 

話はまたずれましたが、

私は、このドラマ最終回まで楽しみます。

 

そして、暖かくなったら、軽井沢にドライブに行きます!

高速道路に乗らないで行けるなんて!

長野県民で良かった。

先日、ブログにも書いたけれど、

どんど焼きの日………………右足のふくらはぎの前面が痛くなった。

最初は、あの日ちょっと坂道を走った時に痛めたのかと思った。

だって、ちょっとなのだ50メートルくらい?

坂道だったので、結構息は切れたけど。

でも、次の日に痛みが少し広がって、

どうやら筋肉痛らしい感じになった。

筋肉痛って何?

一体何をしたら筋肉痛になるの?

坂道を50メートル速足で進むと?

それともどんど焼きで盛り上がり過ぎたのか?

 

今朝から、両腕の脇のところが、痛い。

ナニコレ?

筋肉痛?

ああ、昨日、庭の向こうの村道まで通れるように雪掻きしたんだ。

雪掻きって程のことはない。

サラサラの雪をスコップで左右にどけながら

村道まで40メートルくらい歩いただけだ。

 

えええええっ!

こんなことで筋肉痛?

 

そもそも腕力はないので、

こちらはありそうなのだが、

先日の足の方の筋肉痛は、ヤバいでしょ

って感じです。

 

田舎にくると逆に運動不足になるとはよく聞く話。

生活の中心が車になるから。

東京での通勤を侮るなかれ、である。

私の場合、東京でも車通勤だったのであまり威張れないが、

それでも駅まで買い物とか歩いていたのだと思う。

 

まずい、今から運動不足では。

年末に亡くなったパトラ猫の看病が続いていたから……というのはわかり易い言い訳。

 

とにかく運動というと、時々のストレッチだけ。

 

10月の頭まではそれでも畑を耕していたので上半身の運動はあったのだけれど。

 

グッドタイミングで来週からピラティスが始まる。

村の公民館でやるこうした教室はすべて実費だけで村民は受けられる。

良かった。

とりあえず、身体を動かせる。

でも6回で終わってしまうので、次のことも考えないとな。

 

実際、ヨガ教室をずっと探していて、目星は立っているのだ。

 

パトラを理由に出不精を決め込んでいた私につけが回ってきた。

さあて、活動開始しますか……(*^ー^)ノ

今日は朝から色々なモノが届いた。

午前中、ヤマト……また、旦那がアマゾンで何か買ったんだ(`Δ´)

昼前、ゆうパックで、カードのポイントで頼んだお味噌セットが届いた(*^o^*)

 

それと一緒に、郵便屋さんが持ってきてくれた手紙の中に、

一枚のハガキがあった。

先月亡くなった猫、パトラの火葬をお願いした会社からの葉書だった。

パトラの四十九日が近いからと下さったものなのだが、

文章を読んで……

「今頃は、虹の橋のたもとで、いつかご家族の皆様と再会できる日を待ちわびながら」

そうか、パトラは、私のこと待っているんだ~(^_^)v

「たくさんのお友だちと一緒に元気に過ごされていることと存じます」

そうか、パトラにはお友だちがたくさんいたんだ。

あんなに猫嫌いだったけど、良かった良かった。

と、ひとしきり泣いた(´_`。)

 

午後になると、今度は佐川が来た。

なんだか長いものが届いた。

また、旦那が買い物したんだ゛(`ヘ´#)

 

そして極めつけは、お花だった。

お花屋さんから電話が来て、

花を届けたいのですが……と家の場所を聞かれた。

ここに来てから、住所ではナビにも出てこないので、

初めての人は来る前によく電話をして場所を確かめる。

花が届くらしい~(・_・;)

誰から?

まったく心当たりがない。

 

誕生日でもないし、←誕生日に花束が届くこともないけど

誰かに何かしてあげた記憶もないし、

旦那に届くことはさらに考えにくい。

 

とにかくそれから2時間後、花が届いた。

とてもいい香りがする花束だった。

勿論、私宛。

送り主は……勿論意外な人からだった。

 

パトラがお世話になった荻窪のペットクリニックからだったのだ。

 

数日前、私がパトラの死を伝える手紙などを送ったから

なんと花束を贈って下さった。

今日届いたのは、たまたまで四十九日が近いとか全然関係ないのだけれど……

でも、いい香りの花束を右手に抱えると、

パトラを抱っこしているような気になってしまった。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

また、しばし泣いた( ´(ェ)`)

 

最近は、パトラのことを思い出しても泣くことは少なくなっていたのだけれど、

今日は、パトラが現れたような気がする。

 

手紙や贈り物は、色々なモノを一緒に運んでくる。

私は今日家に居ながらにして、多くのモノを受け取り、

色んな事を考えさせられた。

 

抱っこが好きな子で、猫というよりはお猿さんのように私に抱っこされていた

あの感覚が一番、私に残っているんだなぁ~。

私の上にいると自慢げで

私の首に手を巻き付けて、大好き攻撃をする子でした。

 

初めてどんど焼きというものに出かけた。

家から400メートルくらい下ったグラウンドの駐車場で行われるとのことだったので、

友人と歩いて出かけた。

いく時は、まだ夕暮れだったけど

あっという間に真っ暗になるから(外灯は全くありません)

ヘッデンをつけて、長靴を履いて。

一部100メートルくらいは、

ほぼ人が歩いていない道で雪の中を進んだ。

しばらく待っていると、子どもたちが松明を持って現れた

彼らが火を放つ

立派に組み上げられたお正月飾りに点火

結構風があったらしく、あっという間に燃え広がる

おき火になると(なってないけど)

お餅を焼き始める。

私たちは用意していなかったのだけど、

ご近所さんが焼いたものを分けて下さったので、

お餅を食べて無病息災(*^ー^)ノ

この後が、原村独特なのか? 聞いたこともない大騒ぎになる。

 

クレーンで繋がれたロープにいろいろなプレゼントが吊るされている。

このクレーンが降りてきて、早い者勝ちで取り合うのだ。

これは厄年の女性から、厄落としの品々らしい。

 

そして、厄年の男性は、この後現れて、実際に品物を投げるのだ。

まずトラックがやってきて、これが開くと

今年の厄年の男性が並んでいる。

仕事の都合などでこの日村にいない人たちの名前を書かれていて、

それぞれが自己紹介した後、

彼らの厄を投げるので拾ってください!

ということ?なのだ。

で、みんなが大騒ぎで拾う。

もう大騒ぎだ!

写真のように段ボール箱を持参している人もいるけれど、

たいがいは、大きな袋を持参している。

私も聞いていたので袋を隠し持っていた。

近くの子どもたちに拾うコツを伝授してもらい、

私は、初参加。

予想以上に長い間、お菓子やお金が投げられ続けた。

 

なんだかテンションが上がって、

帰宅するまで外気が零下であることを感じないほど

暖かかった。

ま、着てるしね。

 

星が美しく、笑いが止まらない夜でした。

 

 

長野県民になって驚いたこと

テレビでもラジオでも話題は長野県のことばかり!

お陰で、長野県出身のスポーツ選手とかすぐに知ることが出来る。

 

丁度昨年引っ越してきた頃、

御嶽海が、幕内力士としてかなり上位に入り、

これはとても珍しい(久しぶり?)な事だったのだと思われる。

テレビでNHKの夕方のニュースを見ていると

途中からイブニング信州という地方のニュースに変わるのだけれど、

御嶽海の話題がよく出ていた。

なあんとなく、相撲=御嶽海 みたいな印象を与えるのだ。

相撲取りには御嶽海しかいないの?的な

 

それは東京生まれ千葉県育ちの私には新鮮だった。

千葉県のテレビは、

(それは千葉テレビで、私も随分お世話になった局だが)

あまり地元の人が見ている印象がない。

そもそもNHKを見ていたら千葉の地方局のニュースやCMに変わることはない。

だから、他の地域では、どのレベルでこうなるのか全く分からないのだが……

 

とにかく、全国ネットの番組を見ていても、

途中で長野のCMになったり、

全国の天気予報から、自然と長野の天気予報に変わったりする

この状況は、これまで経験がなかったのだ。

 

さて、御嶽海

今場所は大変なことになっている。

前頭筆頭の今場所、

当然のごとく、大関、横綱とまず当たる。

初日、大関、豪栄道を破り、

次の日から3日続けて結びの一番で、横綱と当たり、

なんと2つの金星を獲得した。

ここからは、もう全国ネットでも話題になるくらいだから、

長野県はもう大変だ。

 

イブニング信州のニュースは、

金星を取った日、トップニュースが御嶽海だった。

そして、昨日は大関、稀勢の里に敢闘しつつ負けたにも拘わらず、

やはりトップニュースだった。

地元、上松市では、毎日一喜一憂しているというニュース。

そのうち、夕方になると町から誰も居なくなるのではないかと思われるくらいの

フィーバーぶりである。

 

相撲をそれほど見ていない私も、

一昨日あたりからしっかり御嶽海応援に回っている。

昨日の稀勢の里戦は、一度は勝ったと思えるくらい素晴らしい出来だった。

今回の強さは、本物かもしれない。

 

大関陣がそこそこ年を取ってしまっているのに対し、

御嶽海はまだ若いのであがっていく可能性はたっぷりある。

 

ああ~すっかり長野県民として盛り上がっている私なのだ。

まだ半年でも、心は充分長野県民です。

 

明後日は、全国都道府県駅伝。

当然、長野県を応援します。

次に千葉県のことも応援しているんだけどね(^_^)v

今年は年賀状を出しませんでした。

昨年6月に原村に移住したのに、

たまたまメールなどで連絡を取り合った人と、

会った人以外には、住所変更などのお知らせもまだやっていません。

 

忙しかったから……ではありません。

なんとなくやる気がなかったのです。

 

年賀状に関しては、辞めようかな?と考えています。

5年前までは、仕事のためにも知人、仕事関係者すべてに年賀状を書いていたので、

大体150枚くらい?は出していました。

5年前から、それを辞めて毎年30枚のみ年賀状を出すことにしました。

これはなかなか気に入ったアイデアでした。

 

年末になると30枚年賀状を購入する。

そして、基本手書きの年賀状を作成する。

そして、一年を振り返って、今の私にとって大切な30名を選抜して

その人の宛名を書き、

その人のことを考えながら文章を書く。

どんなに好きな人でも、基本的にその年に会わなかった人は除外する。

 

そんなルールで楽しんで年賀状を書いていました。

 

でも、こちらに引っ越してきて、それは難しいことに気付いたのです。

多分、今年会った大切な人の大半は、村の人たちになる。

でも、村の中で知り合った(つまりご近所さん)人たちに年賀状は書かないと思う。

そうなったら、一体どんな30名になるのよ?って。

 

そうやって考えているうちに、普通にお正月が来ました。

年賀状を戴いた方の中から、

仕事関係の重要な方と、

ほとんど付き合いがないのに律儀に年賀状だけを毎年下さる方に

年賀状の返事を出しました。

残りの人たちは、これからゆっくり寒中見舞いを出します。

 

そう、これも理由の一つ。

毎年30名の大切な人に年賀状を出す。

その後、年始に年賀状を戴いた人にお返事として寒中見舞いを出していたのだけれど、

こっちの方が時間に余裕があるので、

きちんとしたお手紙が書ける。

そうなるとどっちが大切に出来ているか分からなくなってしまうじゃない。

 

来年からは、年賀状は辞めようと思います。

(今年もそうだったわけですが)

これまでの長い人生で、いつも100枚前後の年賀状を書いていた私には

大きな出来事です。

そもそも筆まめの私は、

大切な人にはお誕生日などを利用して手紙を出すので、

何も年始に(正確には忙しい年末に)慌てて

それも他の人と同じような書式のハガキを出す必要がない!

そういう結論です。

その代わり、春だろうが、秋だろうが、

理由を見つけては手紙を書くつもりです。

 

私の趣味は「手紙を書くこと」ですから。

手紙を書く人が少なくなった現代

声を大にしてこう言えるようになりました!

 

でも、住所変更の葉書は出すべきだと思っています。

出します、近いうちに。

そもそも私が移住することを知っていたのに

何もお知らせが来ないなぁ~と思われている人もいるはず

その方たちにはとっても失礼だし。

 

近日中に、寒中見舞いという形で

新住所をお知らせするつもりです。

 

だって、今年、葉書を送る料金が10円上がる!と聞きました。

62円になります。

高い!

そもそもこの国は郵便料金が高いのに。

それに何で葉書だけ上げるの?

多分、手紙は料金を上げると

クロネコなどにどんどん顧客を持っていかれるからでしょう。

 

葉書が値上がりしたら、もう葉書出さないだろうなぁ~

いつも葉書を出すと、各スペースが少なくて困る。

あと20円出せば、便箋5枚は書けるのだから。

エアーメールのような薄い紙を使えばもっともっと書ける。

 

現在のことは全く知らないけれど

1990年当時、日本の誰かに手紙を出すには、

日本から出すよりもアメリカから出した方が郵便代が安かったのです!!

そんなのって……やっぱり変だよねぇ~。

午後から雪予報が出ていた日曜日から

仕事などで東京に一泊して帰宅したら

辺り一面真っ白になっていました

 

雪掻き出来なかったな。

 

前の村道にも除雪車が出てくれたので

駅からの道は凍っていることもなく

ただ、

もうこの雪は春まで溶けないかな?

 

明日から寒いらしい。

 

例年の最低気温以下だと言っていた。

北日本は大荒れとか。

 

冬を楽しみたいですね。

 

日曜日仕事で東京へ行った。

夕方仕事が終わり、友人宅へ

その時はもう雨が降っていた。

一泊なので大きいリュック。

そこから折り畳み傘を出す。

手袋をする。

手土産を探しに駅ビルに入る。

背中のリュックは店舗をウロウロするには少し大きすぎるので

周りを気にしながら手土産を探す。

手には財布が入ったポーチと

すっかり濡れた折り畳み傘。

そして購入したプリンを手に持つともう手が一杯で大変!

 

外に出て傘をさす?

改札口でポーチからスイカの入った財布を出す。

いちいち停止しないと

近くの人に迷惑をかけそうで。

そして冷たい雨に足元も上着の裾もリュックも濡れる。

 

もう嫌だ

東京は濡れるし冷たいし荷物は重いし、狭いし、

すっごく疲れる。

考えてみたら、傘をさして歩くということがほとんどなくなった。

田舎では雨が降ったら大した用事でなければ出かけない。

出かけても車なので、車を停めて建物まで走る。

そもそも原村は雨が少ない。

傘を使う機会がほとんどない。

 

これはかなり幸せなことだ。

 

東京……疲れる……トホホ

私の2016年は2つしかありませんでした。
長野県の原村への移住。

赤ちゃん猫Patraパトラの病。

2年前から計画していた原村に家を持つということを遂行しました。

そんな中、パトラが病気になり、原村に一緒に来ることは無理だと諦めていたのに、頑張って6月末一緒に夢の原村に引っ越してきました。4月には死にそうだった子が、こちらに来て元気になり、10月なかばまでは病気なことを忘れるくらい。それから2ヶ月介護して、なんと10歳になってくれて、最後まで頑張って、生きてくれました。

原村に引っ越してきて半年が経ちました。私はこの村に住もうと決めてやってきて、不安はあったけれど、予想以上に幸せにやっています。

今はパトラを失った喪失感で涙することも多いけれど、それはそれ、残りの時間をこの村で暮らしていく気持ちに変わりはありません。

是非、原村を訪ねて下さい。

来年もどうぞ宜しくお願い致しますm(__)m
私の2016年は2つしかありませんでした。
長野県の原村への移住。

赤ちゃん猫Patraパトラの病。

2年前から計画していた原村に家を持つということを遂行しました。

そんな中、パトラが病気になり、原村に一緒に来ることは無理だと諦めていたのに、頑張って6月末一緒に夢の原村に引っ越してきました。4月には死にそうだった子が、こちらに来て元気になり、10月なかばまでは病気なことを忘れるくらい。それから2ヶ月介護して、なんと10歳になってくれて、最後まで頑張って、生きてくれました。

原村に引っ越してきて半年が経ちました。私はこの村に住もうと決めてやってきて、不安はあったけれど、予想以上に幸せにやっています。

今はパトラを失った喪失感で涙することも多いけれど、それはそれ、残りの時間をこの村で暮らしていく気持ちに変わりはありません。

是非、原村を訪ねて下さい。

来年もどうぞ宜しくお願い致しますm(__)m