国内でいいから、ひとり旅したいなぁ

時々、思う

 

何処に行きたい?

 

若い頃、海外にばかり目が向いていた私は、

いまだに行きたいと望む場所がたくさんある

あの時、行くチャンスを逃した国々

スペイン、南仏、チェコ、デンマーク、北欧三国、バルト三国、ミャンマー、アフガニスタン

 

国内なら、すぐにでも行けるかもしれないと、

現実的に行きたいところを考える

 

一応、47の都道府県全てに一泊以上したことがある

もう一度行きたいと思う素敵なところは数あれど、

何処に行きたいと考えると、出てこない

 

観光することに取り立てて魅力を感じていないのだ

 

あった、行きたいと思っていたところ

軍艦島

 

それ以外は、全て、場所ではなく、人にまつわるのだった

 

「あの人に会いたい」

それが、旅の目的になっていいのだと思う

何処かではなく、誰か

 

いつも思い浮かべるのは、

フランスのモンペリエ

NY時代の親友がいる町

そして、ニューヨーク

2001年のテロ後のグランウンド0に行きたいし、

会いたい人もいる

 

結局、海外かい?!

 

国内を見ると、今住んでいる信州をもっと開拓したい

そうやって、行動範囲が狭まっていくのが歳をとると言うことなのかもしれない

そして、近所の友人とのお茶とおしゃべりを楽しみに出来ればそれで十分いい暮らしなのかもしれない。

 

だからこそ、

若い時に、旅をしてください

タイムマシーンがあるならば、

私は絶対、過去に行きたい!

未来には何の興味もない

というより、未来は知らない方がいい

 

過去には会いたい人、見たいものが幾つかある

会いたい人は、勿論、今は亡き人

見たいものは、若かりし頃の自分

 

今では想像できないほど頑張っていた自分

若いからこその体力と無茶振りで突き進んでいた自分

 

役者の養成所に行っていた頃の私は

いつ寝ていたんだろう?と計算できないほど

稽古とバイトと遊びに精を出していた

 

今の私には出来ないその頑張りを見てみたい

そして「頑張ったね」って言いたい

 

想像できないのだ

 

早朝バイトして、朝練して、その後稽古、そして友達とダベって(なんか懐かしい言い方)その後バイト。

楽しく充実していたのは、全て今は持ち合わせていない若さと体力の賜物?

 

歳を取ってから、若かりし頃の自分を振り返ることがある。

そういう時に思い出すのは、

この歳では出来ない、とんでもない事象

怖いもの知らずで突き進んだ事実

 

そして、今は出来ないだけに、

その時にやって良かったと思い、懐かしく思い出す

 

一番は、海外一人旅。

バックパックでヨーロッパを1ヶ月ぶらぶらした

楽しかったというよりも、色々トライしたという記憶の方が強い

 

海外旅行にも行かなくなってしまったが、

次に行くチャンスがあったら、

絶対に空港から帰りの空港まで送り迎えしてくれるツアーにしかもう参加できないんだろうなぁ。

田舎に来て、ドライブが快適

 

私の家は標高1100mを超えている

 

私は基本的に窓を開けて運転する主義なのだけれど、

環八を走っていて、窓を開けている車を発見すると、

ほぼ間違いなく、ドライバーが喫煙していた

 

こちらでは、もう少し多くの人が窓を開けて走っている

美しい風を切って走れる乗り物なのに、

窓を閉めて走る人の気が知れない

エアコンに慣れ切っているのか、

エアコンなんて自然の風と比較することさえできないのに

 

諏訪湖あたりで遊んでいて、

ちょっと暑いなぁと思いながら走っていても、

家のそばに来ると、

(あら?私エアコンつけていたかしら?)と

疑問に感じるほど、冷たい風が入り込んできて、爽快である

 

車のナビは古くて地図がわりだけれど、

スマホのナビは絶えず新調されている

ナビさえあれば、

小回りの効くマイカーさえあれば

日本国中、どこへでも行くことができる

 

ただ…

今の私には体力がない

若かったら、走れるだけ走って、疲れたら何処かに停めて休憩して

気の向くままに日本国中を走り回れるのに…

 

どんなことでも若い時にやっておいた方がいい

歳を取ってからも出来ることはたくさんあるけれど、

感じ方が違うし、準備も違う、

若い時にあちこち出かけて、

若いなりの感じ方でお腹いっぱいにすることをお薦めする

生まれて初めて、軽自動車を手に入れた

ダイハツのミラトコットという、人気がなくて23年年末に生産が中止された車

 

私が手に入れたのは、22年の秋

その時、すでに人気がなくなって生産されなくなっていた

レモンスカッシュ色

 

つまり、私が手に入れた中古車は、

人気がなくて丸5年で生産中止になった車種の中でも

人気がなくて3年で、作らなくなった色

 

私にとって生まれて初めての軽自動車は、

馬力がないことを除いては、

最高の車である

 

この車さえあれば、私は一人でどこへでも行ける

道を間違えても、どこででもUターンできる

古いナビはあまり当てにならないけれど、スマホのナビがあるから大丈夫

 

軽自動車ってこんなに楽だったのね

こういうのを「足」っていうんだわ

 

それまで普通車しか運転したことがなかった私は、

軽自動車の素晴らしさを初めて知ったわけです

 

人気がないとはいえ、この車は可愛い

実際、稀に同じ車種の車と出会うと、可愛いと感じる

 

そして何よりも素晴らしいことは、

スズキのハスラーとかホンダのN -box等の人気車種と違って

滅多に走っていないこと

 

私にぴったりの車なのです

 

次は、新車で、最高の軽自動車を買おうと思っている

それは私にとって人生最後のマイカーになる

だから、気張って、最高の車を探している

もっと若かったらバイクに乗りたいと思っていた時期もある

でも、今となっては四輪車

とにかく安定性

車は、よっぽどラフなことをやらない限り転倒しない

でも2輪車は転倒する乗り物である

 

私の普通自動車免許歴は長いけれど、

ペーパーだった時期も長い

 

一年に1、2度、誰かと旅行に行ったりした時に、

高速のPAから次のPAまで運転を変わったりする程度だった

運転していないので上手ではなかったけれど、

苦手意識もなかった

 

20年くらい前、

夫が購入したMINIのカブリオーレがあまりにも可愛くて

カブリオーレのくせに、スポーツカー的な嫌らしさがない

ただただ可愛い

それに乗りたくて頑張って運転するようになった

 

それまで運転したことのない東京の道を通勤で走り、

丸一年は、いつも胃痛がしていた

 

そして慣れた

 

ナビさえあれば、どこへでも行けるようになった

環八の渋滞でさえ、時間に余裕があれば楽しめたし、

環八の排気ガスの中でも、窓を開けて走った

仕事帰りはマックに寄ってマックシェークを買えば

それだけでどんな渋滞も楽しく運転できた

 

つまり運転は慣れなのだ!

 

勿論向いていない人というのは一定数いると思う

東京の道はストレスフルなので頑張って運転する必要もないと思う

 

東京の、

あの時間の読めない、空気の良くない道でも楽しめた私は、

八ヶ岳に来て、運転をするたびに

 

「なんて素敵な場所に来たんだろう❤️」

 

といつも感動している

田舎では車が必需品なので、18歳になるとすぐに取る人が多いと思う

それまで親の送り迎えがないと行けなかった場所に一人で出かけられることは、想像を絶する喜びだろう

 

移住者の中には、免許を持っていない人も間々いるし、

持っているけれどペーパーだからということで、

殆ど夫の運転で移動している人もいる

 

今日が一番若いのだから、

移住をきっかけに、まず運転に慣れるべきだと思うが、

それをしないで、いつまでも夫の庇護のもと行動している人がいる

 

前述同様、自力でどこも行けないわけだ

そういう人をどう理解したらいいのか?

よっぽど夫と一緒に居たい稀な女性というべきか

 

成人になったらすぐに、免許を取る人

そうではない人

 

では、そうではない人はいつ、何をきっかけに免許を取るのか?

 

私の知り合いで40代以降で、免許を取った女性の大半が、

夫の病気がきっかけだった。

 

夫が病気で入院した時に、足がなくて困った。

 

いい大人なんだから、もっと早く気づこうよとは思うけれど、

それでも免許取れる内に、そういう機会があってよかったのだ

 

大変だなあと思うのは、

田舎に引っ越してきて、夫に先立たれ、移動手段を失った人

 

誰だって、80代90代になれば、免許返納して、

自家用車ではない交通手段を考えなければならないけれど、

やはり動ける時は、自力で行動出来ることを考えるべきだと私は思う

 

それが自立した大人ということだ

田舎では車がないと自由に動けないのだ

 

でも、都会は、別

歳を取ったら、駅そばのタワマンに移住というのは素敵な選択肢の一つだと思う

 

私は、都会生まれの都会育ちで

歳を取ってから田舎への移住を決めた

ここに住んで丸9年

後悔したことは一度もないし、

今もなお東京に住んでいたら…と想像するとゾッとする

それほど、今快適な暮らしをしている話は

これから続々と登場する(*´꒳`*)

普通自動車の免許は、可能な限り早く教習所に入所することから始まった

高校3年の9月頭に18歳という、免許を取れる年齢になった

教習所にはその2週間前から入所可能だったので、

8月の夏休み中に入所

高校3年生の年末までには取得した

 

路上教習に出た時、

教習所の教官たちが、

暗い時間の路上運転を嫌がったので、

朝一で、路上教習を取るようにした

つまり、その日高校は遅刻していった

 

私にとって、高3は、

役者になるための準備期間であり、

周囲が大学受験勉強に励む時、

私が励んだのは、脚本を読むこと、バイトでお金を貯めること

そして、時間のある高校生の時に、普通免許を取得することだった

 

免許とパスポートは役者には必需品

いつ、運転するシーンがあっても大丈夫なように

そして、いつでも海外ロケに行けるように❤️

 

学校帰りだろうが、学校前だろうが、

学生服で教習所に通う麗しき女子高生は、

教習所の教官たちには大人気だった

(当時は、大人の男性ばかりだった)

その割に、OKスタンプをたくさん押してくれたわけではないけれど…

 

教習所に嫌な印象は持っていないけれど、

行きたい場所でもない

ただただ、面倒

 

やはり若い時にとっておくに限る

自転車に殆ど乗ったことのなかった私が、一輪車に挑戦したことがある

 

サーカスのドラマの制作予定があるからと

プロダクションから、一輪車を練習しろと指令があり、

先生と一輪車が我が家に送り込まれた

 

先生の指導は、1日

その後、お借りした一輪車を毎日近くの公園で練習した

 

一輪車は、その時期から小学生の間で人気が高まり、

とても上手に乗りこなす子供たちはよく目にしていた

 

バランス感覚が必要な乗り物らしい

 

真面目な私は、1ヶ月くらい毎日練習したが、

ついぞ乗れるようにはならなかった

そして、ドラマの制作もその後聞いていない

 

一輪車の練習をしたことがある人はわかると思うのだけれど、

最初、どこかに掴まって、前後前後にタイヤを動かす練習を繰り返す

そして、そのうち前に進んでいくのだと思うのだけれど、

私の場合、前に進んでいくことはなく、

ずーっとその場で前後前後していた

 

先生にお返しした一輪車は、

タイヤの半分だけがかなりすり減っていたのを記憶している

 

それ以降、私の人生から

バランス感覚を必要とするスポーツが消えた

サーフィン、スノーボード、スケートボード

これらは、バランス感覚が必要だと聞いた

 

スキーとか、自転車とかは違うらしい

(すべて一輪車の先生に聞いた話)

 

だから、その後も自転車は挑戦する機会が残っていたわけである

以前住んでいた所は荻窪駅から徒歩13分って感じで、

時々自転車で駅まで買い物に行ってみたんだけど…

 

駅に自転車置き場があるけど、

空きを探すのに一苦労

見つけても、狭いところを通って、

少し持ち上げて置かなくちゃいけないでしょう?

力のない私には重労働でした

空いていなければしばらく待たなければならないしね

 

そんな私でも、一時期、駅そばの自転車置き場を契約して借りていた

そういうのも勿論空きが出るまで待たなくてはいけない

自転車苦手の私がわざわざ乗ったのは、

帰りの荷物のせいだと思う

スーパーで買い物すると、

手が痛くて家まで辿り着けない(気がした)

 

家の間口も狭かったので、

自転車を家から出して、

道路を渡り、

歩行者や自転車や車に気をつけながら駅まで走って、

自転車置き場で、空いているところを見つけてやっと置いて、

そこから駅まで徒歩3分くらいとはいえ、

青梅街道を横断しなくちゃならなくて

こう順に思い出してみても楽な感じがしない

 

これも自転車得意な人だと楽な作業なのかしら?

 

私の足だと徒歩11分

こちらの方が確実でした

 

都会は人が多くて何をするにも待たなければならなくて

やっと順番が回ってきても混んでいて

年と共に、暮らしていくことが大変になりました

私の自転車歴はとても短い

物心ついて、初めて2輪の自転車を練習して乗ったのは小学校3年生

知人の田舎に遊びに行った時だった

 

その時も、それ以降も、電車の駅から近くに住んでいたので自転車を必要とすることがなかった

 

MY自転車を初めて持ったのは34歳の時、

マンションに置き去りにされた古い自転車だった

ちょっと嬉しくて磨いたことを覚えている

 

その時の家は駅まで徒歩3分

だから通勤ではなく、

母が入院する病院へ通ったり

猫砂や猫餌の買い物に役に立った

 

おかげで自転車は得意ではない

そんな私でも、その後ロードバイクを手に入れることになる

50代のこと

 

甲斐小泉にログハウスを持ち、

原村に引っ越して、ロードバイクを役立てようと考えたけれど、

ここは山なのでなかなかの急坂がどうしても出てきてしまう

年齢的にも急坂的にも無理になり

数年前手放した

今は、四輪を楽しんでいる

 

本当に短い自転車との縁でした