ろりえ『女優(おんなやさしい)』観劇!
あああ。ずっと更新しないでいたら、もう8月。。
多分誰も読んでないと思うのでこっそり更新します(笑)
ろりえ『女優(おんなやさしい)』観劇して参りました@シアターグリーンBOX in BOX。
2010年の観劇は、前回のさいたまネクストシアターで終了のつもりだったのですが、チケプレで当たったので急遽。その結果、先を観たい役者さんに二人も出会ってしまって。思い余って2回目も観劇してしまいましたよ、クリスマスの日に(笑)
ジュンとリョウコは血の繋がっていない兄妹。中学1年の頃からリョウコはジュンの部活仲間達と関係を持ち、それが原因でジュンは10年間のに引きこもり生活に入ってしまう。その間も毎年クリスマスの飾り付けを手伝いに来た彼らとリョウコは寝続け、さらにジュンとも継父とも関係し、果ては父親の分からない子を妊娠してしまう。
リョウコが誰とでも寝てしまうのは「優しいから」。相談にのっているうちにヤッてしまう。脚本家さんの言いたかったことは子供を生むときのセリフに凝縮されていて「女は優しさに包まれて生まれてきて、母親の優しさを奪い取ってしまう」。
いえね。一回目の印象は、決して良くはなかったのです。上演時間が3時間もあって異常に疲れた上に、前半は全体的にコントの繋ぎのように思えてしまって。これは演劇なのか?コントなのか?と首を傾げながら観てしまったのです。
しかも、複数の男性と関係を持ち続ける女性を「優しい」と表現するのは、同じ女性として生理的に不快を感じるのは否めなくて。(しかし決定的な嫌悪感を持たせないのは、梅舟惟永さんという魅力的な女優さんの持つ独特の清涼感のおかげかな、と。)
けれど。観終わって日を増すごとに、その舞台への愛しさが不思議なほど募ってきて・・・。それは、オープニング曲「モンタージュ」でのダンスであったり。個性的で愛らしいキャラクターの魅力であったり。考えれば考えるほど、「もう一度観たい」という欲求に駆られて、2回目を観に行ったのでした。
2回目に観る同じ舞台は、最初から愛しくて愛しくて。オープニングのダンスでは、丁度センターの役者さんと目線が合う位置だったので、終始ドキドキ。その役者さんは、ジュンを演じた花組芝居の堀越涼さん。引きこもりの役だったので、鬱蒼とした表情が多かったのですが。不思議なもので、ジュンが嬉しそうだと、私も嬉しい。ジュンが悲しそうだと、私も悲しい。だからジュンには笑顔でいてほしい・・・そんな風に思えたのです。
もう一人は、PLAT-formanceの安藤理樹さん。典型的な眼鏡男子で、今多分旬のルックス(笑) 安定感のあるコミカルさで、上手いな、と。観終わってから気付いたのですが、友達が彼の凄いファンでした(笑)
というわけで、堀越さんと安藤さんは私の中で注目役者さん入り。お二人に出会えたことは、私にとって「新しい風」のようなことで・・・2011年の観劇生活に、淡い期待が膨らむのでした。
それにしても、セット凄かったなぁ・・・。ドリフ並の大仕掛け。これでチケット代2500円とか、安すぎでしょ(笑)
さいたまネクストシアター『美しきものの伝説』観劇っ♪♪
さいたまネクストシアター『美しきものの伝説』
観劇して参りました@さいたま芸術劇場。
大正時代の政治と演劇における革命家達の壮絶な生を描いた物語で、学校の教科書ほどの知識しかない私にとってかなり難解なものになるかと思いきや。役者さんが目の前で「演じている」のではなく「生きている」としか思えない、それほどに実感のこもった演技で魅せてくれたおかげで人物や世相が自然と体感できて、素直に物語を楽しむことができました。
さいたまネクストシアターは、蜷川幸雄が集めた若手の劇団です。ゆえに、役者さんの演技力が異常に高くて驚きました。前説でバイオリンや三味線を手に役者さんたちが大正の流行歌を歌う時点でレベルの高さがもう異常。これだけで立派に一流のエンターテイメントとして成り立っているのです。
そして蜷川さんの演出が、非常に美しかった!!舞台の上には、人が入れるほどの大きさの無数のガラスケース。老年の男女がそこに横たわっていたり、ロシアのイコン(聖画)が飾られたり、火の灯った蝋燭が置かれたり コスモスが咲き誇っていたり。それらを配する転換なども、役者さんや黒子が総出で行う割には空気感になんの邪魔にもならず、シーンが続くことに感嘆。
しかしやはり驚くべきは、役者さんの力。長いシーン、難解なセリフをなんの違和感もなく展開していて、演技であることは微塵も感じさせず革命家としての思想や生き様を目の前に表していて。この緊張感の持続を演じえる人がどれだけいるのだろうと、観ていて戦慄するほどの役者さんが何人もいました。
特に、芸術座の主宰・抱月と、書生の久保栄が議論を交わす長いシーン。 今まで観た演劇の中で一番の緊張感に心底震えました。久保栄役の川口覚くんは、清涼感のある演技に将来性を感じていたものの、ここまで凄い演技をできる人だったのかと戦慄。長い長いシーンの中で、感情がセリフ以上に緊張感で表されて。対する抱月役のベテラン役者さんとともに、またも演劇の力・人間の力の素晴らしさに感嘆させられたのです。常々思っているのですが、上に行く品格というものが川口くんにはちゃんと備わっているな、と。その実力が蜷川さんの信頼を得ていることは、この大事なシーンを任されたことでちゃんと証明されていて。見守る立場として非常に嬉しいのです。
そして、演劇を観る者として考えさせられたことがありました。お芝居の中で語られる演劇論は、当時は革命的であったけれど、今でも普遍的な作り手の葛藤の大きなファクターとなっていて。難しいな、と思わされるのです。それは、芸術と芸能の融合バランス。どんなに命を燃やしていても、戦っていても。報われないどころか、観もせずに揶揄されることも多々ある。それでも戦い続ける人、懸命に生きる人たちのなんと美しいことか。 舞台の中で描かれる人たちも、舞台で演じていた役者さん達も。 そして実際に今演劇界で戦っている人達も。その人達の姿を観て、懸命に生きろ、と。 私の大好きなテーマが語られていたこの演劇を心から愛しいと思いました。
にしても、川口くん凄いなー。ほんと凄いなー。2008年に新国立劇場で拝見していらい、その存在感に引き付けられっぱなしなのです。
北京蝶々『あなたの部品 リライト』観劇♪
北京蝶々『あなたの部品 リライト』@ルデコ、観てきました。
私にとっては初・北京蝶々。しかし演出が時間堂の黒澤世莉さんということで、純粋に北京蝶々を観たのかと考えると、そうとは言えないかもしれません。確かに面白かったのですが、良くも悪くも世莉さん色が前面に現れすぎていて、どちらかというと時間堂をみているようで。穿った見方かもしれませんが、北京蝶々への挑戦状にも見えてしまったような、そんな印象でした。
常々時間堂の作風は「いい意味で"綺麗事"」を描いているなと思うのですが、今回の大塩哲史さん(北京蝶々)脚本は時間堂とは正反対といってもいいほど綺麗事では済まない内容。欠損した身体の一部を作る仕事を生業にする義肢装具士を主人公に、 障害者健常者の境目なしに「心の欠損」を描き出す物語でした。
酒巻誉洋さん演じる装具士自身が、自分の欠損した心を埋めるように様々な患者に身体の一部を作り与えてく物語なのですが、酒巻さんの繊細さ溢れる演技がとても素敵で。実は元女性で、性転換して男になったという話にも納得。
そして、金子久美さん演じる歌手にストーキングをしているという設定の、木村キリコさんの微妙な亜流っぷりが面白くて。この点、キャスティングが絶妙だなと。
ちなみに、義肢装具士で思い出すのは、今年の春に観た映画『カケラ』。満島ひかりちゃん演じる主人公の恋人(女性)が義肢装具士で。やはり心のカケラを埋めるように義肢を作る繊細な役だったのです。指や手を作る、という作業にエロティシズムを感じることには、ある意味少しの罪悪感を覚えてしまいます。
その罪悪感を肯定するかのように、『私の部品リライト』の登場人物は障害者や健常者という枠など全く関係なく赤裸々な素の自分を吐露してくれる。このように罪悪感を抱きながらも共感して心が躍ってしまう・・・そんな人間の側面に出会わせてくれる感覚、これが「北京蝶々」なのでしょうか?だとしたら。とても素敵な作風だな、と。
次回公演『パラリンピックレコード』は、柿喰う客の中屋敷法仁さんが演出をされるということで非常に楽しみではありますが。いつか、北京蝶々を大石さんの演出で観たいな、と。100%、北京蝶々の感性の舞台をみてみたいなとも思うのです。




